【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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24.雪風さんちのタバサさん

 放課後の女子寮。ルイズと才人は、部屋の床に積まれた荷物をあわただしく片付けていた。

 

 先日の虚無の曜日に、城下町で買った品々だ。

 最初に訪れた武具店の品だけでなく、持ちきれなかった服や日用品も多い。

 

 才人は制服を着る学院の生徒や使用人達と違い、毎日私服だ。

 仮にもヴァリエール家の客人という立場であるので、服は平民が着るような物ではなく、貴族用の物を買っている。もちろん、貴族の証であるマントは含まれていないのだが。

 

「普段着る服は、ベッドの下の簡易タンスへ。礼服はクローゼットに掛けておきましょう」

 

「おう、礼服はこれかな。……おいルイズ、ちょっとクローゼットの中、服に関係ない物を入れすぎじゃねえ?」

 

「それ、大きいから便利なのよ」

 

「革製のものとかあるし……臭い移るだろ」

 

「香水で誤魔化せば……駄目?」

 

「俺もそこまで身なりとかにうるさくないけど、これはないわ」

 

「ううー、剣とかも買ったし、別に棚か何かを用意すべきかしら」

 

「鉄臭い服は、着たくねえなぁ」

 

 そんな会話を交わしながら、二人は服と日用品を片付け終わり、残った武器に手を付ける。

 とは言っても、しまう場所がないので、壁に立てかけたり床に置いて埃を被らないよう布をかぶせたりする程度だ。

 

「地震が来たら危ないな」

 

「トリステインには、そうそう来ないわよ。一応、だけど」

 

 そうなのか、と返事をしながら才人は壁に立てかけられた古剣をつかむと、鞘からわずかに抜いて刀身を覗かせた。

 

「――プハァ! ようやく解放されたぁ! おい相棒に娘ッ子、買っていきなり置いていくのは酷いんじゃねーの?」

 

 解放されて早速とばかりに口を開く魔剣デルフリンガー。そんな彼に才人は、なだめるようにして言った。

 

「まあ、そう言うなよ。今日からはちゃんと持ち運んでやるから」

 

 そしてもう一人、ルイズはというと、インテリジェンスソードの発声がどこからなされているかを観察しながら、デルフリンガーに向けて言う。

 

「わざわざ錆落とししてもらったんだから、ありがたく思いなさい」

 

「そんなことしてもらわなくても、俺は自分で……えーと、なんだっけ?」

 

 何かを言いかけて止まるデルフリンガーだが、ルイズはそれを気にしない。

 どうもこのボロ剣は、あまりに長く生きすぎて、記憶が曖昧になっているらしいのだ。

 齢三百と噂されるあのオールド・オスマンだって、ときどき記憶が危ういときがあるのだ。千年以上生きた剣なら、どれだけのものだろうか。

 

 金具に気を付けながら、荷物から武器を取り出していくルイズ。

 その中に、見覚えのない細身の短剣が入っていることに気付いた。

 

「ねえサイト、こんなの買った? 短剣ならすでにいくつか持っているから、今更、必要なかったのだけれど」

 

「あ、それは、えーと、タバサが……」

 

 と、才人が説明をしようとした時、扉からノックの音が響いた。

 

「あー、はいはい、ちょっと待ってー」

 

 ルイズは荷物を包んでいた厚布に汚れた手をこすりつけて拭き取ると、扉まで小走りで向かう。

 そして鍵を開けて扉を開くと、そこにはタバサが立っていた。

 いつもの大きな杖は持っていない。代わりに、ルイズが貸した指輪型の杖を左手の人差し指にはめている。すでに杖との契約は終わっており、いつでも指輪から魔法が放てるようになっていた。

 

「あら、タバサ。ごめんなさいね、今ちょっと荷物の整理をしているの」

 

「荷物に用事。入って良い?」

 

「ん? どうぞ」

 

 才人の服に何かあるのかと首をかしげながら、ルイズはタバサを部屋へと招き入れる。

 

 部屋へと入ったタバサは部屋の真ん中でキョロキョロと周りを見回す。

 やがて開封しかけの荷物の中にある物に気付き、厚布の袋に手を入れた。そして、先ほどルイズが言及していた短剣を取り出した。

 

「その短剣が、どうかしたの?」

 

 タバサの突然の行動に、ルイズが尋ねる。すると、タバサは端的に答えた。

 

「わたしの」

 

「は?」

 

「あ、いやー、ほら、この前、武器屋にいったときさ、タバサも一緒に剣を選んだんだよ」

 

 横から割って入った才人が、手を振りながらそう言って説明する。

 

「でも、なんでわたしの荷物にそれが入っているわけ?」

 

「え、そのー、それは……」

 

「…………」

 

 言いよどむ才人に、無言のタバサ。

 それでルイズは思い至った。

 

「ちょっとタバサ、もしかしてわたしの支払いに、それを交ぜたんじゃないでしょうね」

 

「…………」

 

「タバサ?」

 

「プレゼント」

 

「は?」

 

「あなたからわたしへ、プレゼント」

 

「……いや、別にあなたへ贈り物をすることは構わないけれど。でも、それがそんな飾り気もないもので、しかもわたしの知らないところでとか、ちょっとどうかなと思うのだけれど」

 

 そのルイズの言葉に、タバサは首をかしげて考え込んだ。

 

「運賃」

 

「なんのよ」

 

「シルフィード」

 

「それはありがたく思ってはいるけれど……近くの街まで往復乗せて金貨何枚分も取るとか、言外に乗せたくないって言ってる?」

 

「……じゃあ、口止め料」

 

「えっ、何に対して?」

 

 心当たりが多かったのか、背中から汗を流し始めたルイズ。そんな彼女の問いに、タバサは二人を見守る才人へと目線を向ける。

 

「彼についての隠し事。それを追求しない、口止め料」

 

「んなっ」

 

 彼とは才人。隠し事とは『ガンダールヴ』についてだ。もちろん、タバサは才人が『ガンダールヴ』であるとまでは知らないのだが。

 そして、ルイズの困惑を横に、タバサは短剣を大切そうに抱えて、部屋を後にした。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 さて、ルイズ経由で剣と指輪型の杖を手に入れたものの、これからどうしたものか。

 自室で鞘から短剣を抜いて、刀身を眺めながらタバサはそう考えた。

 

 剣の扱いに関する本は読んだ。この前、城下町にルイズ達と買い物へ行ったときに、本屋で指南書を一緒に買ってきたのだ。

 

 だが、戦いの技能は本では身につかない。かつてガリアの秘密騎士だったタバサは、身をもってそのことを知っていた。

 

 タバサは一通り思考を巡らすと、剣を買ったときに『鑑定』をしてもらったように、才人を頼ることにした。

 

 今、ルイズのもとへ戻っても機嫌が悪いままかもしれないと考え、夕食の時間まで待つ。そしてタバサは、食堂で才人に剣を教えてくれないかと頼んだ。

 

 だが、才人の返答は思ってもいないものだった。

 

「え、いや俺、剣の使い方とか全然知らないし」

 

 では、決闘の時に青銅のゴーレムを鉈で真っ二つにしたのは、なんだったのか。そう尋ねると、「馬鹿力」とだけ返ってきた。

 

 才人が言うには、日本には『気』という魔法とは違う人の力を引き出す技術があり、それを使って一時的に腕力を高めたとのことだ。

 疑いの目で見るタバサだが、では実際に『気』を見せてやる、と食後、才人に広場へと連れられていった。

 

 また決闘かと他の貴族達が見守る中、タバサは才人に言われるままに『ウィンド』の魔法を放った。

 ただ風を起こすだけの簡単な魔法だが、タバサほどのメイジが使えば事情は変わる。人一人なら簡単に吹き飛ばしてしまう、強烈な暴風が吹き荒れた。

 

 だが、才人はそれをズボンのポケットに手を入れたまま、足を踏ん張って耐えてみせた。

 

 それを見たタバサは、『気』の持つ潜在能力に魅せられた。

 

 是非教えて欲しい。そう、才人に詰め寄る。だが。

 

「魔法をメイジしか使えないように、『気』は日本人にしか使えないんだ。教えても絶対に使えない」

 

 タバサは、わずかに落胆しながら素直に引き下がった。

 彼が無理と言うのなら、無理なのだろう。地球では『気』も『カガク』の力で解明され、ニッポン人にしか使えないということが、はっきりと分かっている可能性が高い。

 なので、彼が剣に関して素人だと言う説明は、素直に受け取ることにした。

 しかし、そうなると誰に剣を教わればいいのか。

 そんなことを悩むタバサに、才人は提案をした。

 

「剣を使うなら、俺と一緒に学ばないか?」

 

 才人はタバサを連れて二人のやりとりを見学していたルイズのもとへ行くと、剣の修練について都合して欲しいと言った。

 するとルイズは「明日まで待って」と答える。

 そして、明くる日。

 

「紹介するわ。この人が、二人に剣を教えてくれるわ。王家の近衛である魔法衛士(えじ)隊の一つ、マンティコア隊の元隊員よ。軍杖(ぐんじょう)術の教師として名高い方ね」

 

 ルイズが才人とタバサの前に一人の人物を連れて来た。それは、白髪交じりの金髪をした五十歳ほどの益荒男。マントを着けているため、どうやら貴族のようだ。

 筋骨隆々で体格がよく、上背もある。いかにも強そうな印象を才人は受けた。

 

「ヴァリエール家の権力で、学院の臨時教師としてねじ込んでおいたわ。担当はそのまま軍杖術だけど、果たしてこの人のしごきに何人の生徒がついていけるのやら……」

 

「わっはっは! そのしごきに平然とついてきたルイズが、それを言うかよ?」

 

 ルイズの説明を受け、男が豪快に笑う。

 どうやらルイズは、実家の権力を存分に使い、才人の剣術の師をみつくろってくれたようであった。その事実に嬉しくなった才人は、師匠となる男に頭を下げた。

 

「よろしくお願いします! 平賀才人です! 師匠と呼ばせてください!」

 

「おう、よろしくな! では、これからオレは師匠だ! そう呼ぶといい!」

 

 筋骨隆々の男が、自ら名乗ることすらなく、そう答えた。

 

「……この人、わたしの母の元部下で、母に変な影響受けたのか、ときどき言動が変だけど気にしないであげてね」

 

 ルイズのその言葉を男は、「むしろオレが影響を与えた側だ!」と笑った。

 

「ピエールとカリーヌの娘御を守る使い魔と、ガリアに名高い花壇騎士団の元騎士に軍杖術を教えられるとは! これは魔法衛士隊の同期達に自慢できるな!」

 

 こうして才人とタバサは、剣を正式に学ぶことになった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 剣術、軍杖術とはいっても、技術よりもまずは体力と筋力が基本となる。

 

 そう主張する師匠にタバサと才人が受けた最初の指示は、毎朝の走り込みをすることであった。

 ガリアでの厳しい騎士の任務を経て、体力だけは豊富なタバサ。現代日本人にありがちな運動不足である才人を置いて、一人、学院の内壁を走っていく。

 

 空からは、いつの間に学院の外にある寝床から起きてきたのか、シルフィードが見下ろしていた。

 

 朝の走り込みが終わると、タバサは自室に戻って汗を拭き、いつもどおりに朝食を食べてから授業へと向かう。

 

 教室には才人の姿がない。

 なんでも、ルイズの部屋で一人、文字の勉強をしているらしい。

 

 才人の姿がないことで、剣の練習を抜け駆けされたのではないかと心配していたタバサは、それを聞いて安心した。

 二人同時に学び始めて、いきなり差を付けられるわけにはいかない。タバサは、自分が少々負けず嫌いである自覚があった。

 

 昼食を経て午後の授業が始まると、才人は教室で文字の勉強をしていた。

 彼曰く、日中に一人で部屋に籠もっているのは気が滅入る、とのことだ。

 本があれば一日中部屋から動かずにいられるタバサには、その気持ちは良く分からなかった。

 

 そして授業が終わって夕食が始まるまでの間、タバサと才人は師匠の指導で軍杖術を学ぶ。

 

 型も出来上がっていない状態で、いきなり刃物を振り回すのは危ない、と木剣を渡された。

 膝の高さほどしかない短い木剣だが、それでも手に感じる感触はずっしりと重かった。タバサが前まで使っていた、父の形見の杖とはまた違う。練習用とは言え、人を殴り殺せる立派な武器だ。

 

 師匠の指示のもと、木剣を構え、そして素振りを繰り返す。

 軍杖術は、刃が付いた杖をもって人を斬り殺すための実戦的武術。ただ剣を振るうと言うだけでも、無数に型が存在する。彼女達が最初に学んだ型は、剣を右肩の後ろに振りかぶり、左下へと振り下ろすというごくごく基本的なもの。

 

 それでも木剣の重みは手の平を痛め、翌日の朝には手の平にマメができる寸前になっていた。タバサは『風』の魔法の次に『水』の魔法が得意なため、秘薬を使わぬ『水』の魔法による『治癒』で、簡単に治してしまったのだが。

 

 こうした生活が数日続いた、ある日のこと。

 ルイズからシルフィード用の『サイレント』の魔法がかかった首輪を譲り受けたタバサは、昼食後に広場の目立つ位置でシルフィードに『使い魔がしゃべることができるようになるかもしれない訓練』を試していた。

 シルフィードが人語を人前でしゃべっても、問題なく見せるための行動だ。普段は物静かなタバサの変わった行動に、多くの生徒達の目が集まった。タバサの狙い通りだ。

 

 しかし、真面目に取り組み過ぎたのか、いつの間にか昼の休憩時間は終わり、周りから人がいなくなっていた。

 

 人のいない広場。

 そこでタバサは、秘かに腰にさしていた短剣を抜いた。

 

 剣の訓練を開始してから幾日か経過したが、未だにこの剣を振るったことはない。

 

 貴族としてメイジとして騎士として魔法を学び続けてきたタバサだが、本当はずっと前から平民の武器である剣に興味を持っていた。

 

 それはある物語を読んだことがきっかけ。竜殺しの剣士が活躍する児童書、『イーヴァルディの勇者』だ。

 

 幼い日、母と一緒に読んだこの物語は、ずっとタバサの心の奥底に残り続けていた。

 いつか自分だけの勇者がやってきて、手を握って闇の底から救い出してくれるのだと、何度も妄想した。

 だが、勇者は現れなかった。当然だ。物語は現実とは違う。

 

 それでも、とタバサは思う。

 自分だけの勇者が居なくとも、自分が勇者になって剣を取ることは出来る。

 

 わたしは勇者になる。そう思いをはせていると、ふと『イーヴァルディの勇者』の一節が口からこぼれ出た。

 

「ルーを返せ」

 

 それは、主人公の少年が剣を構えて、村の領主令嬢をさらった邪竜へと叫んだ言葉だ。

 今、タバサの手には陽光に輝く短剣が握られている。

 そして、目の前にはその邪竜とは違うが、一匹の風韻竜が座っている。

 

 まるで物語の場面のような風景だとタバサは思った。

 

 ルーを返せ。その次に続く邪竜の台詞はなんだったろうか。

 

 ――あの娘はお前の妻なのか?

 

「違う」

 

 幼い頃、何度も読み返したガリア版の『イーヴァルディの勇者』の台詞が、タバサの頭の中へとよみがえってくる。

 

 ――お前とどのような関係があるのだ?

 

「なんの関係もない。ただ、立ち寄った村で、パンを食べさせてくれただけだ」

 

 ――それでお前は命を捨てるのか。

 

「それでぼくは命を懸けるんだ」

 

 タバサはそこまで台詞を言うと、短剣を振りかぶり、木剣で何度もそうしたように虚空に向けて刃を振り下ろした。

 

 そして、短剣を腰の鞘へと収める。

 

「もう大丈夫だよ」

 

 そう言いながら振り返り、先ほどまで剣を握っていた右手を差し伸べる。

 

「竜はやっつけた。きみは自由だ」

 

 手を差し伸べた先。

 そこには、なんとキュルケが立っていた。

 

 沈黙が広場を支配する。

 やがて、気まずそうな顔で、キュルケはつぶやいた。

 

「あ、あのね、タバサ。授業に来ないから呼びに来たのだけど……」

 

 キュルケはそこまで言うと目をそらし、さらに言葉を続ける。

 

「その、あなた、意外と演技派なのね」

 

 タバサの雪のように白い肌は、羞恥(しゅうち)で真っ赤に染まった。

 




・軍杖
原作で魔法衛士隊のワルド子爵やガリアの騎士などが装備している、レイピア状の杖です。『ブレイド』や『エア・ニードル』といった刃を発生させる魔法の土台に使用する他、この杖自体を剣のように使って直接相手を突き刺すこともします。なお、『烈風の騎士姫』一巻に登場した軍杖は鋳鉄製。

・軍杖術
本作品のオリジナル用語です。しかし、軍杖を扱う型が武闘派貴族の間で無いとは思えないため、この作品世界では武術の一つとして軍杖術が存在することとしました。
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