【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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27.最強の証明

 ミス・ロングビルは考える。

 自分は今、幸せなのではないだろうかと。

 

 とある狙いがあって就いた、秘書という職。

 嫌いな貴族達が集まる場所。

 嫌々始めた仕事だが、なんと言うことか、連日引き起こされる『魔女』の事件の処理に追われるうち、ふと充実した気持ちになっていることに気がついた。

 まるで、自分がごく普通の人間にでもなったかのような錯覚。

 このままでいいかもしれない。そんな考えが湧いてきてしまい、思わず首を横に振った。

 

 土くれのフーケは考える。

 自分は、いつまでこんなことをし続けるのだろうかと。

 

 憎い貴族達への復讐のために始めた、盗賊稼業。

 馬鹿な貴族の慌てふためく様を見られればいい。そう思っていた。

 だがいつからか、この仕事は故郷の国にいる妹分や孤児達を養うための手段へと変わり、引くに引けない状況になっていることに気がついた。

 いつの日か自分は捕まり、処刑台に立たされるだろう。自分の魔法に、絶対的な自信は持っていなかった。すでに貴族達は警戒の色を強めている。

 このままではいけない。そう思うが金のために、やめるわけにはいかなかった。

 

 マチルダ・オブ・サウスゴータは考える。

 自分は、はたしてどのように生きるのが正しいのかと。

 

 秘書の仕事も、学院の宝を盗むために始めたもの。

 偽りの生き方だ。そこに未来はない。

 盗賊としての仕事も、ただの八つ当たりであることを自覚している。自分をこんな地の底まで引きずり下ろしたのは、あの憎きアルビオン王だ。

 トリステインの貴族は、何も関係がない。こんなことをしても、父の誇りは取り戻せない。

 このままどうなってしまうのだろうか。彼女は、決断を迫られていた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 使い魔品評会の開催日よりも少し前となる、ある日のこと。

 夜の闇に包まれた魔法学院に、土くれのフーケが忍びこんだ。

 

 フーケは誰にも悟られることなく、トリステイン魔法学院本塔の外壁へ垂直に降り立つ。

 (ちまた)を騒がせる貴族専門の盗賊。土くれのフーケが次に狙う犯行場所は、三ヶ月もの間、調査を続けていたこのトリステイン魔法学院の宝物庫であった。

 

 魔法を学ぶために貴族の子供達が集まるこの学院は、まさにこの国の貴族の象徴だ。

 そこを狙うことは、盗賊土くれのフーケとして最重要課題であると、フーケは思っていた。

 

 壁を歩き、宝物庫のある位置へと移動する。

 熟練の『土』のメイジであるフーケは、素足で壁や床を踏みしめるだけでその性質を感じ取ることができる。

 そして、宝物庫の壁で足を止めたフーケは肩を落とした。

 

 壁の強度が高すぎるのだ。かかっている魔法も非常に強力で、得意の『錬金』魔法で壁を土に変えることもできない。

 このままでは、自分の力ではどうやってもここを破ることができない。

 

 この魔法学院の宝物庫は、大陸有数の難攻不落の守りを誇ると言われている。

 そうなったのは、ごく最近の話。

 フーケが学院へ調査に入ったばかりの三ヶ月前のことだ。

 

 三ヶ月前の宝物庫。その時点でもこの壁は分厚く、さらにはスクウェアクラスの『固定化』の魔法がかけられており、容易に中に突破できるようなものではなかった。

 学院の教師は、それを自らの成果のように生徒達へと(ほこ)っていた。

 その話は、やがて一人の『魔女』の耳へと入ることとなった。

 

「それなら、ただの一生徒の魔法などに破られることなどないのでしょうね」

 

 その魔女は笑いながらそう言い、学院長と、秘書ロングビルに扮したフーケの目の前で、宝物庫の外壁を爆破した。

 分厚い壁は、まるで魔法の守りなどないかのように、粉々に粉砕された。

 

 それを見た学院長は(いきどお)った。

『魔女』に対してではない。小さな少女の魔法の力に耐えられなかった、宝物庫の守りに対してだ。

 魔法の権威である学院長は、その知識と魔法の全てを総動員し、宝物庫の造りをより強固な物に変え警備を強化した。

 

 狙い始めたばかりの宝物庫の守りがみるみるうちに強化されていく状況に、フーケは歯がみした。

 やがて宝物庫はフーケでは、いや、熟練のスクウェアクラスのメイジの集団ですら突破できないであろう領域にまで強化された。

 本塔が根本から破壊されたとしても、宝物庫はその四角い密室を保ったまま瓦礫の中でたたずむだろう。

 

 フーケは考える。

 この宝物庫を破るにはどうすればいいのか。扉を開ける瞬間を狙えばいいのか?

 いや、駄目だ。学院の教師である『トライアングル』や『スクウェア』のメイジ複数名が見守る中を突破するなど、現実的ではない。

 宝物庫の開閉は、複数の教師達の同伴のもと行なわれるのだ。

 

 フーケは決断する。今、踏みしめているこの壁を破って中の物を盗み出そうと。

 

 方法は考えている。

 

『魔女』の雷を使うのだ。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 時間はまた前後し、使い魔品評会を数日後に控えた、ある日の夜。

 才人とルイズは月夜の下、二人で広場に居た。

 

 才人は先日ルイズとコルベールが開発したばかりの試作型自転車にまたがり、前輪につけられたペダルをこいでいた。

 そして、足をとめるとハンドルにすえつけられたブレーキ用のバーを勢いよく引く。

 すると、ゴムの摩擦が木でできた車輪の回転を止め、自転車は急停止した。

 

「どう、ブレーキは?」

 

「んー、悪くはないんだろうけどなぁ。なんつーか、ちゃちだな」

 

 才人は自転車に新しくつけられたブレーキを眺めながら、そう言った。

 

「ブレーキは、自転車の中でも特に重要な部分なんだ。頑丈で強固で確実な作りにしないと、いざというとき大変なことになる」

 

「馬車は急には止まれないって言うわよ?」

 

「それは馬車の抱えている欠陥だろ? 急停止さえできていれば、()かれずに助かった人がきっとたくさんいたはずだ」

 

「……まあね。馬車の事故で命を落とす人は、毎年多くいるわ」

 

 才人は補助輪の外された自転車を降り、ルイズへと引き渡す。

 ルイズは既に、ブレーキをどう改造しようかと思考の波の中で揺られていた。

 

 そんな時、才人はふと感じた巨大な気配に背後を振り返った。

 

「んなっ!? ちょちょちょちょちょちょ」

 

「うるさいわね。考え中よ邪魔しないで」

 

「そんなことしてる場合じゃねー! ルイズ! 後ろ! 後ろ!」

 

「なによ……」

 

 振り返って、ルイズは驚愕した。

 三十メイルはある巨大な土のゴーレムが、巨体をゆらして歩いていたのだ。

 

 才人はそれを指さしてルイズに向かって叫ぶ。

 

「るるるるるいず、あれなんだ!?」

 

「ゴーレムよ。あの大きさ、戦術級のトライアングルゴーレムじゃない。なんでこんな場所に……」

 

 巨人は真っ直ぐにある方向へと歩いていく。

 

 その先にあるのは、学院の本塔だ。

 

 ルイズは驚きを思考の奥底に押し込め、状況を把握しようと考えを巡らせる。

 

「『トライアングル』の土魔法、本塔……学院長室、いえ、宝物庫。まさか土くれのフーケ!」

 

「土くれって……この前、武器屋で言っていた盗賊か?」

 

「ええ、可能性は高いわ。あの先には、貴重なマジックアイテムや財宝が収められた、宝物庫があるの」

 

「おいおいおい、それってやばくね?」

 

「いえ、今の宝物庫は、すごい頑丈だからあの大きさのゴーレムでも……」

 

 ルイズがそう言った矢先、巨大なゴーレムは本塔へと辿り着き人を模した腕を広げ、本塔に抱きついた。

 

 ゴーレムは宝物庫のある壁へ腕と胸を押しつけると、その体表を土から鉄に変え始めた。

 

 それを見たルイズは、ゴーレムを操るメイジの狙いに思い至った。

 

「その手があった……! まずいわ、あのゴーレム、本塔を壊して『宝物庫ごと』宝を持ち去るつもりよ」

 

「なんだそりゃあ!」

 

 その大胆な発想に、才人は目を白黒させた。

 まるで日本にいた頃にテレビで見た、重機を使ってお金をATMの筐体ごと奪う手法のようだと、才人は思った。

 

 ゴーレムの体表が、徐々に鉄に変わっていく。

 才人は腰のデルフリンガーを抜いた。

 

「デルフ、行くぞ!」

 

「おいおいおい相棒、あんなデカいのぶった切るつもりか」

 

 駆け出そうとする才人に、デルフリンガーは困惑の声を上げた。

 当然だ。

 あれほど巨大なゴーレムに剣一本で立ち向かおうとするなど、無茶を通り越して無謀だ。

 

「下がりなさい、サイト」

 

 そんな才人に、ルイズは冷たく指示を出す。

 

「いや、でも放っておくわけには……」

 

「いいから下がりなさい。その刃渡りで、どうやってあの巨大なゴーレムを斬ろうというの。何事にも相性というのがあるのよ。そう、この場合は剣ではなく魔法よ」

 

 そう言いながらルイズは才人の肩を引いて下がらせ、逆に自らが前に出た。

 

 その端麗な顔に鋭い表情を浮かび上がらせ、ルイズは本塔にしがみつくゴーレムを真っ直ぐ見据える。

 

「サイト。あなたには、まだ魔法の持つ本当の『力』というものを見せていなかったわね」

 

 振り返らずに、ルイズは背後の才人へと語り始めた。

 

「ああいう大きなゴーレムを打ち倒す方法は三つ。ゴーレムを操るメイジを直接狙う、同サイズかそれ以上のゴーレムをぶつける、そしてもう一つ……。ゴーレムを形作っている素材に、より強力な『ゴーレム生成』の魔法をかけて支配し、自分の物にしてしまう方法よ」

 

 そう言うとルイズは、右腕を伸ばしゴーレムへと向けた。

 この腕こそ、ルイズの持つ『魔法の杖』だ。

 

「見せてあげるわ。わたしが持つ『力』を」

 

 ルイズは、高らかにルーンを唱える。

 まるで、唄うかのような詠唱。

 そしてルイズは伸ばした腕を横へ払った。

 

「弾けなさい」

 

 ルイズが唱えた魔法は、『ゴーレム生成(クリエイト・ゴーレム)』。破壊の力が、ゴーレムの全身を支配する。

 

 未だ鉄になりきっていなかった太い足の隙間から光が漏れ、鉄でできた上半身にも亀裂が入る。

 ゴーレムは身を仰け反らせ大きく震え始める。

 そして震えが一瞬止まったかと思うと、大きな衝撃とともにその身を四散させた。

 轟音が学院を包む。

 

 土煙が広場を覆い、月の光を遮る。

 やがて土煙が消え光を取り戻すと、本塔に寄り添っていたゴーレムは、跡形もなく消えていた。

 あれほどの魔法だったというのに、本塔の壁には傷一つ無い。

 ルイズは服の埃を払い後ろへと振り向くと、才人に向けてウインクを飛ばした。

 

 一方、土くれのフーケは、その一部始終を遠くから眺めていた。

 

 想定外の事態。

 本来ならば、宝物庫の壁は『魔女』の魔法で、あのゴーレムごと崩壊していたはずなのだ。

 それがなんだ。爆発など無かったかのように、本塔は立派にそびえ立っている。

 

 ルイズの魔法が弱すぎたと言うことはないだろう。鋼鉄の皮膚を持つ巨大なゴーレムを粉塵になるまで破壊し尽くす、その圧倒的な力。これで宝物庫が破れぬはずがないのだ。

 おそらく彼女の使う魔法は、フーケが想像するよりも、はるかに繊細で奥が深いのだろう。

 

 ルイズの操る魔法は、自分の盗賊として、メイジとしての格を(はる)かに超えた代物だ。そう直感したフーケは、歯ぎしりをしながら夜の闇へと姿を消す。

 

「おのれ、ヴァリエール。あの化け物め!」

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 使い魔品評会が終わって三日後の夜、ルイズは部屋で一枚の便せんを読んでいた。

 

「あれ、それ手紙? 知り合いから?」

 

 そこに、学院内にある貴族用の風呂場から部屋へと戻った才人が、ルイズの眺める便せんに注目した。声をかけられたルイズは、便せんから目を外し、部屋の入り口の才人を見る。

 

「ええ、屋敷にいる姉から。去年までこの学院に居たんだけれど、卒業してね。こうして手紙でやり取りをしているのよ」

 

「へえ、姉貴から手紙か。いいなぁ、そういうの」

 

 才人はそう言いながら、自分のベッドに腰を下ろす。

 ルイズはそんな才人を見て、手の中にある便せんをひらひらとゆらしてみせた。

 

「それでね、面白いことが書いてあって……」

 

「へえ、どんなの?」

 

「土くれのフーケ、わたしの母が捕まえたんですって」

 

「なるほど……って、ええっ!?」

 

「どうもフーケは、わたしがゴーレムを破壊したことをお気に召さなかったみたいで、ヴァリエール家の屋敷に忍び込もうとしたみたい。そこを母さまに見つかって、そのまま直接母さまに叩き潰された、と」

 

「おいおい。あんなデカい土の巨人を作るやつが、まさか一人に負けたのか?」

 

「わたしの母なのよ、あの人は。そう言えば分かるでしょう?」

 

 こうして(ちまた)を騒がした土くれのフーケは捕まり、世間の表舞台からあっさりと姿を消す。

 フーケは、世の中にルイズ以上の化け物がいることを知らなかったのだ。

 




第二章は以上で終了です。次回からは、Arcadia版から少しだけ展開が変わるアルビオン潜入編です。
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