【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま 作:Leni
テーブルを囲むようにして、一同は座る。
思わぬ人数超過に、ルイズはクローゼットの奥から野営用の折りたたみ椅子を持ち出して、自分はそこに座っていた。
そしてルイズは座ったまま、
「こちらはマザリーニ枢機卿。サイト以外は知っていると思うけど、この国の宰相よ」
「ふむ、宰相の職はいただいてはおらぬのですが……まあ、良いでしょう」
「わたしがトリステインの王宮でお世話になっていた頃の、ええと、上司? 違うわね。とにかく、お世話になった方よ」
「ハハハ、世話になったのはこちらの方ですよ、『小さな賢者』殿」
マザリーニは口ヒゲを手で撫でつけながら、そう笑った。
キュルケとタバサは目の前の人物を知っていた。
いや、トリステインに住む者なら、皆が知っているであろう人物だ。彼は、王位が空いたこの国における、最高指導者の一人であった。
「そしてマザリーニ様。ここにいるのは学院での友人達です。こちらがゲルマニアからの留学生、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー」
ルイズの紹介にキュルケは立ち上がり、優雅な貴族の礼を執った。
「こちらがガリアからの留学生、シャルロット・エレーヌ・オルレアン。わたし達はタバサと愛称で呼んでいます」
いつの間にか本を閉じていたタバサは、キュルケに倣うように礼を執る。
普段は周りなど知ったことではないという態度を取るタバサだが、これでもガリアの王族。正しい態度を取るべき状況というものは、重々承知していた。
そんなタバサを見て、マザリーニは「ほう、あなたさまが」と小さく呟いた。
彼は外交にも深く関わる人物。当然のことながらこの学院にガリア王家に連なる者が留学してきていることは、しっかりと把握していた。
「そしてこちらがわたしの使い魔、ヒラガ・サイト。地図にも載っていない遠い遠い異国の地からお越しいただいた、賢人でございます」
「遠い異国の賢人ですとな? それはまた、『賢者』の名にふさわしい者を召喚したものですな」
笑みを浮かべながら才人を見るマザリーニ。
その笑みに嫌味は全くなく、心から『賢者』のルイズを
そしてひとしきりルイズの友人達を眺めると、マザリーニは椅子に深く座り直して語り始めた。
「まず、皆様には、私がなぜ夜分に『賢者』殿の部屋まで訪ねてきたのか、ご説明しなければなりませんな。なに、やましい目的などございませんぞ。実はですな、トリステイン一の知識を持つ『賢者』殿に、まつりごとの相談へ参ったのです。学院側や寮長の承認も得ております」
まつりごと、と聞いてキュルケは眉をひそめた。
目の前にいる者は、このトリステインの政治の全てを牛耳っていると噂される人物だ。
それが、この小さな桃色の『魔女』に相談だと?
「『賢者』殿には、昔から様々な御知恵をお貸しいただいていましてな。……たとえばそう、皆様は城下町、首都トリスタニアに訪れたことはございますかな?」
「ええ、水の街の名にふさわしい、美しい街並みでしたわ」
キュルケは、髪の毛を右手でかきあげながらそう言った。
トリスタニアは美しい都だ。ゲルマニアとトリステインで様々な都市を見てきたキュルケだが、トリスタニア以上に美しさにあふれた街を彼女は見たことがない。
「そう言っていただけると、治める甲斐がございますな。では、そこにいる清掃を行う『水』のメイジを見たことは?」
「あります。他の町ではなかなか見ない光景ですわね」
「そう、この『水』のメイジこそ、『賢者』殿が考え出した、疫病を防ぐための政策なのです」
マザリーニは、胸の前で手を打ち合わせてそう言った。
「あれは八年も前のことでしたかな。アカデミーの所長が私に進言したのです。王都に『水』のメイジを
マザリーニの口は止まることなく動く。
まさしく、政治屋の口。早口だというのに、その言葉はキュルケの頭にスラスラと入ってきた。
「傭兵やごろつきに身をやつした平民のメイジを集め、さっそく町の清掃を始めました。するとどういうことか、一年もする頃には清掃区画の病人が大幅に減少したのです」
汚れは病へと繋がる。その概念は、才人の故郷の地球だけでなく、ハルケギニアにも存在している。
だが、今までその概念が広まっていたのは医療の現場だけであり、市街地の汚物処理には繋がっていなかった。
「街の景観をよくするという理由もあり、貧しい貴族からも『水』のメイジを集めて王都の清掃に当たらせました。それが
そこまでマザリーニは言うと、語り口を止め、口ヒゲをいじりながら軽快に笑った。
話をずっと聞いていたキュルケは、少し驚いた顔でルイズの方を振り向いた。
「ルイズ、そんなことやっていたの?」
「アカデミーの人に見せたのは、穴だらけで稚拙な論文以下の紙切れよ。わたしはただあの頃、病気がちなカトレア姉さまが過ごすには世界は汚すぎると思っていただけ」
「はっはっは、謙遜なさるな。それは今日に続いている確かな想い。あなたの下の姉君は、あなた自身の手で病を克服させたと聞き及んでおりますよ」
そう笑うマザリーニの様子を見て、国のトップにずいぶんと気に入られたものだと、キュルケは思った。そして、ふと湧いてきた疑問をルイズに向けてキュルケは尋ねる。
「ねえルイズ、この前、留年したときのための論文なんて書いていたわね? でも、そんなことして地位を得なくても、この方に言えばいくらでも働き口はあったんじゃないの?」
「嫌よ。マザリーニ様になんて頼んだら、国の中枢入りは確実。わたし、政治には興味ないの。あと、領地も領民もいらない。一人でのんきに研究をしたいわ」
「私としては、今すぐにでも学院を辞めて、王宮へ来て欲しいものですがなぁ……」
そんなマザリーニの言葉に、おおげさなジェスチャーで肩をすくてみせるキュルケ。ただの同級生の悪友が、国を動かす重鎮として招かれる。自分の住む世界とは、ずいぶんとスケールの違う話だ。
「このように、『賢者』殿は自分からまつりごとに関わることを良しとはしませんが、まつりごとに関わる知識が豊富なことは確か。ですから、以前からこうやって秘密裏に相談へ乗ってもらっていたのです」
「なるほど……あ、でもトリステインの国政に関わることを話すなら、留学生のわたし達は席を外した方が良いのかしら?」
「いえ、かまいませぬよ。どちらにしろ、このような王宮から遠く離れた場所での相談事。そこまで重大なことは話しませぬ。先ほど使った『
そう前置きをしてから、マザリーニはルイズに質問を投げかけ始めた。
上下水道の整備、飢饉への備え、新法の正当性。おおよそ、この小さな『魔女』にはふさわしくない話ばかりであった。
ルイズは、それらの相談に、スラスラと答えていった。
この知識をもってかつては『賢者』の二つ名で呼ばれたルイズだが、今の彼女はその当時よりも内政について強みを持っていた。それは、トリステインよりも文明が進んだ異国『ニッポン』の話を才人から、毎日のように聞いているおかげであった。
たとえば、こんな話。
「アルビオンの内乱が激しく、このままでは王家が倒れるのも時間の問題でしょう。多くの人や物がアルビオンからトリステインに流れてくるでしょう。ならず者が増え、信用を失ったアルビオンの貨幣の流通も増えるでしょうな。こうなると、厄介なのが貨幣の扱いです。ならず者と、信用を失った金貨の組み合わせでどうなるかと言いますと……」
「エキュー金貨や新金貨の偽造、かしら?」
「そうなのです。最近の賊どもはアルビオンの金貨を鋳つぶしているのか、どうやら
「あら、アカデミーの実践魔法研究室の方々は、そんなぼんくらぞろいではありませんよ」
「確か、あなたの上の姉君が室長を務める部署でございますな。そこに相談すればよいと?」
「ええ。それと、もう一つ……サイト、ちょっと財布の中身を借りるわよ」
と、急に話を振られた才人は、困惑しながら言葉を返す。
「あ? ああ……」
才人の返事を了承と取ったルイズは、部屋にある才人が個人用として使っている小物入れから、彼が地球から持ち込んだ財布を取り出す。そして、二つ折りの財布を開き、小銭入れの中から五百円玉を取りだした。
「これは賢人ヒラガの居た異国『ニッポン』で広く流通した貨幣です」
ルイズは、まるで自身の成果を誇るかのようにして五百円玉をマザリーニに見せ、そして彼に手渡した。
部屋に据え付けられた魔法のランプで、キラキラと輝く五百円玉。それを受け取ったマザリーニは、まじまじとそれを眺めた。
「むっ、これは……おお、まるで装飾細工のようだ!」
「それをアカデミーにいるわたしの姉に再現させれば、偽造は困難になります。マザリーニ様も御察しの通り、通貨の偽造がはびこるのも、貨幣の価値を中の金属の価値に頼り切っているからです」
「ふむ、すばらしい。これはお借りしても?」
「サイト、いいかしら?」
再度話を振られた才人は、ヒラヒラと手を振って答える。
「ああ、かまわねえよ。どうせ五百円だし、この国じゃ使い道ねえし」
これが財布に入った虎の子の一万円札なら遠慮したところだが、才人は五百円玉と聞いて、まあ良いかと軽く答えた。
「だそうです。ふふふ……マザリーニ様、その貨幣がわずか白パン五つ分の価値しかないと言ったら、驚きますかしら?」
「これがですとな!? むう、これは素材の価値を考慮したとしても、エキュー金貨を超える芸術品ですぞ」
「ちなみに彼の国では、高価な貨幣は全て、公的な機関が発行する小切手や手形のようなものだそうです。トリステインでいきなりそれをやることは、難しいですけれど」
「ふむなるほど。今度また時間のあるときにでも、その異国の政治の話を聞いてみたいものですな」
そのような話を繰り返しながら、ルイズとマザリーニは二人で会話をかわしていく。
そして、マザリーニの相談は、徐々に愚痴に変わっていった。
やれ太后陛下は国王陛下が亡くなったというのに、政治に全く興味を示そうとしない。やれ姫殿下は王族の義務である結婚を自分から言い出したというのに、嫌がる。
横でその話を聞いていたキュルケは、嫌われ者の『鳥の骨』にもいろいろあるのだと実感した。
『鳥の骨』とは、痩せぎすなマザリーニに対する、平民の間で広がる悪口だ。『灰色帽子の鳥の骨』という、王権を枢機卿が握っていることを
もちろん、実際にはマザリーニは王権など握っていない。国政の実状を知らぬ平民は、マザリーニの苦労を知らないのだ。
なお、キュルケの隣のタバサは、政治に興味が無いのか、いつの間にか読書を再開していた。
それからしばらくマザリーニは王族二人の愚痴を続けた。
特に、王女に対する愚痴が多い。それを聞いたルイズの反応はというと。
「いやまー、そうでしょーねー」
と、虚空を見上げながら言った。
「昔、姫さまに『帝王学の成績も悪いし、このままだと将来は政略結婚の駒ですね』って言ってから、なんだかあくどい施政者と夢見る乙女の二面性を持つようになっちゃって……」
「なんと! まったく、『賢者』殿には困ったものですな……」
呆れたように、眉をハの字にするマザリーニ。
彼は別にルイズの信奉者というわけではなく、彼女が様々な面倒事を引き起こす『魔女』であることも知っていた。
と、そんなことを話していると、突然扉の方からノックの音が響いた。
「あら、今度は誰かしら?」
キュルケはチラリと、マザリーニの方を見ながら言った。この場にいることを来客に知られても良いのかという目線だ。
マザリーニは口ヒゲをなでつけ、何かを考えるような仕草を見せる。その間も、ノックは規則正しく、一定のリズムを刻むように部屋に響いている。
その音に、ルイズは何か心当たりがあったのか、目を見開いた。
「これは……いえ、そうだわ。予想してしかるべきだった……」
そうつぶやいてルイズは立ち上がると、ゆっくりと扉を開き、どうぞと来訪者を部屋へと招いた。
その人物に、キュルケ達は眉をひそめた。
またもや怪しい人物が部屋に入ってきたのだ。マザリーニと同じように漆黒のマントに身を包み、頭巾を目深に被っている。
頭巾の人物は部屋の半ばまで進むと、懐から小さな魔法の杖を取り出した。
そして、口述詠唱をして杖を振る。
杖の先から光の粉が生まれ、部屋に降り注ぐ。
「『
どこかで見たような光景に、キュルケはそうつぶやいた。頭巾の人物はその言葉にうなずく。
「どこに耳が、目が光っているか分かりませんからね」
『ディテクトマジック』は、部屋のあらゆるところからマジックアイテムの反応を探知した。
その反応に頭巾の人物は、あわてて左右を見回した。その様子を見ていたルイズは、小さく「大丈夫です」と語りかけた。
それを聞いた頭巾の人物は、ゆっくりと頭に被った頭巾を取った。
そしてルイズへと話しかける。
「お久しぶりね、ルイズ・フランソワーズ」
「姫殿下!?」
その叫び声を上げたのは、ルイズではない。
トリステインの『鳥の骨』こと、マザリーニの驚きの声が、ルイズの部屋に響き渡った。
・アカデミーの実践魔法研究室
オリジナル部署。原作におけるアカデミーは、ブリミル教に関する神学研究を至上とする、魔法文明の発展に寄与できているのかイマイチ怪しい魔法研究所です。しかし、この作品世界ではこのような部署が新設されています。だいたい魔改造ルイズのせい。