【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま 作:Leni
部屋に響くマザリーニの声。
それに対し、輝かんばかりの美貌を持った少女、トリステイン王国の王女アンリエッタは言葉を返す。
「あら、枢機卿。こんばんは」
驚いた様子もなくけろりとした様子で、彼女は言った。
「こんばんは、ではありませんぞ殿下! このような時間に護衛もつけずに、何をしておいでですか!」
「あらあら。その言葉はそのまま返しますわよ、宰相さま? こんな夜更けに女の子の部屋に居るだなんて、はしたないわ」
「私は、『賢者』殿に政治の相談をしにきただけですぞ」
「あら、またなの? またなの? マザリーニ? ルイズに頼ってばかりでは、彼女も大変よ。まあわたくしも、ルイズに相談があってきたのですけれど」
そこまで言うと、アンリエッタはルイズの方へと向き直る。
そして両手を広げてルイズへと抱きついた。
「ああ、ルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ!」
「いえ、この前、竜騎士隊の風竜を見せてもらうときに、会いましたが」
「ああ! ルイズ! ルイズ・フランソワーズ! そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい! あなたとわたくしはおともだち! おともだちじゃないの!」
「聞いてませんね。というかその台詞、予め考えていましたね? 姫さま相手に堅苦しい態度を取るのは疲れるので、いつも通りで良いですね?」
「ええ、そうね。そうよ、ルイズ。それでこそ、わたくしのルイズね! 心を許せるおともだちは、あなただけよ!」
「ともだちがいないのは、作ろうとしないからでは?」
「まあ、酷いわ! 王宮には口うるさいくせに自分は何もしない母上や、わたくしがお仕事を手伝っているというのに失礼にも日に日に痩せていく枢機卿や、頭の中が空っぽのくせに欲だけは旺盛な宮廷貴族たちばかり! 偽名を使って城下町で遊び回った方が、ずっと心が安まるわ」
「で、殿下! 私の目を盗んでそんなことを!」
アンリエッタの偽名で遊び回るという発言に、椅子から立ち上がり詰め寄ろうとするマザリーニ。
だが、アンリエッタはマザリーニの前で手をヒラヒラと振って、彼を下がらせた。
「こうなったのも、ルイズが王宮を離れてしまってからのこと。こうして話していると、幼い頃を思い出すわね、ルイズ。一緒になって宮廷の中庭で蝶を追いかけた、あの日! 泥だらけになって!」
ルイズに抱きついていたアンリエッタは、ルイズから身を離すと、今度は手の平でルイズの両肩に触れ、ダンスを踊るかのようにくるくると回り始めた。
「……ええ、その最中、『秘密の花園の乙女たち』の台詞を間違ったわたしに、姫さまは台詞を覚えられるまで暗唱を命じましたね」
「そうよ! そうよ、ルイズ! ふわふわのクリーム菓子を取り合って、つかみあいになったこともあるわ! あの『不思議の国のアニエス』に出てくるお菓子のようで、わたくしすごく欲しかったのに、食い意地を張ったルイズに蹴り飛ばされたわね。ああ、喧嘩になると、いつもわたくしが負かされていたわ。あなたに全身を爆破されて、よく泣いたものよ」
友人達の前で自分の過去を暴露されたルイズは、顔を赤くしながらも会話を続ける。
「いえ、姫さまが勝利を収めたことも、一度ならずございました」
「思い出したわ! わたくしたちがほら、アミアンの悲劇と呼んでいるあの一戦よ!」
「姫さまの寝室で、ドレスを奪い合ったときですね」
「そうよ、『舞台女優ごっこ』の最中、どちらがオードリー役をやるかで揉めて、取っ組み合いになったわね! わたくしの一発が、上手い具合にルイズ・フランソワーズ、あなたのおなかに決まって」
「姫さまの前で、わたし、嘔吐いたしました」
それからアンリエッタは口元を押さえてあははは、と笑った。ルイズは笑いつつも、恥ずかしさで顔を真っ赤にしていた。
才人は椅子に座り、興奮冷めやらぬマザリーニに落ち着くようジェスチャーを向けながら、二人の様子を眺めていた。
今も暴露中のルイズの過去には驚いたが、目の前の姫さまの言動にも驚きだ。とんだおてんば姫である。
「なあ、キュルケ。二人がどんな知り合いなのか、知っているか?」
二人の中に割って入って聞き出す勇気もなく、才人は隣に座るキュルケに尋ねた。
「ルイズは幼い頃、お姫さまの遊び相手を務めたそうよ。舞台劇ごっこをよくやったそうね」
「殿下が舞台劇が好きなのは、『賢者』殿が殿下を城下町の劇場に連れ出したことがきっかけですな」
ようやく落ち着きを取り戻したマザリーニは、キュルケの言葉にそんな逸話を付け足した。
才人はそんな二人の言葉を聞いて、アンリエッタがなぜこんな芝居がかった話し方や動きをしているのか理解した。
彼女は今、旧友と舞台劇ごっこの続きを行なっているのだろう。ルイズのノリは良くないが。
そんなことを考えている間にも、アンリエッタとルイズの会話は進んでいた。
「あなたが羨ましいわ。自由って素敵ね。ルイズ・フランソワーズ」
「自由を代償に、国で一番の地位を得ているではないですか」
「地位、地位だなんておかしい。わたくしは籠に飼われた鳥よ、ルイズ。結婚するのよ、わたくし。それも、昔から恐れていたゲルマニアとの政略結婚の駒として」
よよよと奇妙な泣き声を口にしながら、床に膝をつくアンリエッタ。
そんな様子を見て、マザリーニは思わず立ち上がった。
「殿下! アルビオンにはびこる反乱勢力の脅威に対抗するには、ゲルマニアに輿入れし同盟を組むのが一番と言い出したのは、殿下ではありませんか!」
「そうだったかしら。でも、政治と恋は別物ですのよ。会ってしばらく言葉を交わしてはみたものの、やはりあの皇帝は全然好みではないの。好色そうな目が気に入らないわ。ああっ! 可哀想なわたくし!」
アンリエッタは床に腰を下ろしたまま、額に手の甲を当てて天井を仰ぎ見た。
彼女は一通り身をくねらせると、やがて演技に飽きたのか、体を起き上がらせてマントの埃を払った。
そして、自分を見る呆れた視線の数々に気付く。
「あら、ごめんなさい。おともだちとの夜の談話を邪魔したようね。はじめまして、わたくしはこの国の王女、アンリエッタ・ド・トリステインですわ。……そちらはゲルマニアのミス・ツェルプストーに、ガリアの姫騎士ミス・オルレアン。そして、ルイズの使い魔であり異国からやってきた賢人であるミスタ・ヒラガでよろしかったかしら?」
「えっ、ああ、はい」
突然呼ばれた自分の名前に、才人と他二名は、アンリエッタを不思議そうな目で見た。
「いきなり名前を呼んで、驚かせてしまったかしら? ルイズのことが心配で、ときどき学院の話を部下から伝え聞いているの」
「心配という割には、いつも『賢者』殿の奇行に腹を抱えて笑っておりますな、殿下」
「普段の王女の仕事には、うるおいが足りないから。フォークが落ちただけで笑ってしまうんですのよ、わたくしは」
マザリーニの言葉に、アンリエッタは口元に手を当ててクスクスと笑いながら、そう返した。
そして、アンリエッタは笑いを止めると、笑みの上にわずかに真面目な表情を作って、ルイズへと語りかけた。
「さて、ルイズ・フランソワーズ。今日は相談事があって参りました。折角です、枢機卿もそこにお座りになったまま聞いてくださいまし」
かしこまって言うアンリエッタに、ルイズは背筋を伸ばしてその話を聞く。
アンリエッタは言葉を続ける。
「先ほど申しましたように、わたくしはゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになりました。軍事同盟を締結するためです。まあ、仕方がありませんね。呑気に王宮で過ごしていたら、いつ首をはねられるか、分かったものではありませんもの。アルビオン大陸では、王家に貴族達が刃向かっている最中ですから」
アンリエッタは首に手刀を当てながらそう言った。
芝居かかった台詞はなくなったが、それでも演劇のように身振り手振りをまじえて話していた。
「アルビオン王国の反乱勢力は、トリステインとゲルマニアの軍事同盟を脅威と感じています。当然ですね。彼らは王権の存在を許さない。アルビオン大陸を平らげた後は、トリステインに攻めてくるつもりでしょう。したがって、二国の同盟を成立させるこの婚姻を妨げるために、わたくし達の隙を血眼になって探しています」
「……もしかして、姫さまのめでたい政略結婚を妨げるような何かがあると?」
「そう、そうなのよフランソワーズ! 都合良く、そんなものが存在してしまっているの!」
そんなアンリエッタの言葉を聞いて、マザリーニは思わず立ち上がった。
「で、殿下! 聞いておりませぬぞ、そんなことは!」
「言ってませんもの。まあ、落ち着いて最後まで聞いてくださいまし」
アンリエッタはマザリーニに黙って座れというジェスチャーをして、再び語り始めた。
「婚姻の妨げになるほどの材料。それはわたくしが以前したためた恋文なのです」
「こ、恋文?」
ルイズは思いもしなかった言葉に思わず聞き返してしまった。
「そう、恋文です。わたくしから、アルビオンの愛しのウェールズ皇太子に宛てた一通の手紙です」
そこまで聞いて、マザリーニは椅子を蹴倒してアンリエッタに詰め寄った。
「殿下ッ! 聞いておりませぬ、聞いておりませぬぞ、そんなことはッ!」
「あら、マザリーニ、そんな大声を上げては、はしたないわ」
「はしたないわ、ではございませぬ!」
騒ぐマザリーニと、それを淡々とかわすアンリエッタ。
才人達は知るよしもなかったが、これは王宮で毎日のように繰り返されている二人の日常的な光景であった。
「……ええと、姫さま。アルビオンの皇太子殿下に宛てた恋文が、嫁ぐはずだったゲルマニアの皇帝を怒らせる、ということですよね?」
そんな二人のやり取りに割って入るようにして、ルイズがアンリエッタに尋ねた。
すると、アンリエッタはとぼけた様子で答える。
「そうかもしれないわね」
「恋文の一枚や二枚、簡単に偽造できるものですよね? アルビオンの貴族たちが恋文を見つけても、それは偽書だと主張すれば良いのでは?」
「そうね。そう上手くいけばよかったのだけれど。しかし、困ったことに、わたくしが存在を危ぶむ書にはね、重要な文書用の王家に伝わる魔法のインクで、水の精霊に誓った永遠の願いと、わたくしの署名が書かれているの。トリステイン王室発行の書だと言うことは位の高い貴族なら分かってしまうでしょうね」
「な、なんでそんなことを……」
そんな二人の近くでずっと座って無言を貫いていたタバサが、ぽつりとつぶやいた。
「『ラグドリアン湖の誓い』」
「そう、よくご存じですね、ミス・オルレアン! ラグドリアン湖に住む水の精霊に誓った約束は、永遠に守られるといういわれがあるのよ。精霊に誓う大切な文書には、それ相応の作法と『格』が必要というものです」
その言葉を聞いてマザリーニは、ただただ頭を抱えた。
「殿下、なにゆえそのようなことを……」
「説教は聞きませんよ、マザリーニ。必要なのは過去を
アンリエッタが期待に満ちた目をルイズに向けた。
ルイズはそれを見て、ただただ嫌な予感しかしなかった。
「ルイズ。あなたには、思い出の『ラグドリアン湖』でしたためた、あの御方への書をアルビオンに行って、受け取って来てほしいのです。なんなら、その場で燃やしてしまってもかまいません」
その言葉に、ルイズとマザリーニがピクリと反応する。
そして、マザリーニは声を低くしてうなるように言った。
「殿下、『賢者』殿に何をさせようとしているのか、分かっておいでですか? このような任務、軍か魔法衛士隊に任せるのが筋ではございませんか? 他家の、公爵家の息女を戦場に送り込むなど……」
そんなマザリーニの言葉を聞いて、アンリエッタは「あら」と瞬きをしながら答えた。
「戦うことしか知らない、脳みそまで筋肉でできたような軍人や衛士が何の役に立つというの? 彼ら、鶏の卵ですら王宮からこの学院にまで、割らずに運べないのよ。彼らに、大切な書を本当に任せられるのかしら? その点、ルイズならば『格』は十分。本当ならわたくしが直接向かいたいところですが……さすがに大事になりすぎるというもの」
その言葉に、マザリーニは果たして諦めたのか呆れ返ったのか、それ以上、言葉を発することはなかった。
「……まあ、でもそうね。確かに戦場に行くなら衛士達も役には立つでしょう。ルイズの知り合いがいるグリフォン隊から、わたくしが信頼している隊長と部下数名を
そんなアンリエッタの言葉を聞いたルイズは、眉間にしわを寄せながら考え込む。そして、アンリエッタに言葉を放った。
「姫さま、国王代理としての王命とあらば、国に忠誠を誓った公爵家の娘として、拒む意志はありません。
やや上目遣いで、自分より長身のアンリエッタの目を見つめるルイズ。
だがアンリエッタはルイズに微笑みを返してから、彼女の言葉に対して首を横に振って否定した。
「駄目よ、ルイズ、そんなことを言っては。あなたがこんな任務で死ぬはずがないわ。わたくし知っているのよ。あなた、旅行と称して、学院の外でおともだちと一緒に様々な揉め事を解決しているのでしょう? わたくし知っているのよ。春休みにも、ガリアで翼人と村人の調停をしたのですってね。ただの一学生にはできない功績だわ。力任せの軍人達では、絶対に無理だわ」
「……なぜ、それを」
二年生に進級する直前に、キュルケとタバサを連れて、ガリアへ先住魔法を調べるためフィールドワークに行ったときの出来事をルイズは思い出した。
そのとき立ち寄った場所で、目的の翼人と付近の村の住人達が対立していたため、仲裁を行なったのだ。
しかし、国内のことならともかく、なぜこの姫さまは他国であるガリアでの出来事を知っているのだろうか。ルイズは肝が冷えるような気持ちになった。
そんなルイズに、アンリエッタは笑って言う。
「国内外の情勢を知るために密偵を使うのは、政治の基本だと思わなくて?」
「……密偵がいるなら、そちらに頼めばよろしいのでは」
「あら、『賢者』ともあろう人が何を言っているの? 密偵の役割は情報収集。急に戦場へ行って密書を奪還してこいなんて任務、彼らでは力量が足りていないわ。なにより、密偵にわたくしたちの『ラグドリアン湖の誓い』を任せるには、『格』が足りません」
そこまで語り、アンリエッタはルイズに再び微笑みを向けた。
その笑みは、先ほどまでのルイズの幼馴染みとしてのものではなく、トリステインの政治を
「今回の件は、トリステイン、いえ、ハルケギニアの未来を左右します。行ってくれるかしら? ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール?」
・ウェールズ皇太子
原作では王太子ではなく皇太子の表記を採用しています。英国のプリンス・オブ・ウェールズとなる方も皇太子表記ですね。
・ラグドリアン湖の誓い
若干ネタバレになりますが、アンリエッタは恋文の話をしましたが、それを取ってこいとは言っていません。