【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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32.結婚しようよ

 ルイズは、遠い日の思い出を夢として見ていた。

 それは、十年以上も前のこと。ラ・ヴァリエールの屋敷で、母になぜ魔法が使えないのかと叱られ、毎日のように一人庭に逃げ出していた過去。

 夢の中のルイズも、その過去をなぞるように説教の最中、庭に逃げ、池に浮かべた小舟の中へと隠れ一人泣いていた。

 

 ルイズの夢。それは、幼いルイズの視点ではなく、空の上から幼い自分が泣く様子を見下ろす物であった。

 

 夢の中。しかしルイズは、はっきりと自分が過去を見ているのだと認識していた。

 

「なんで、わたしだけが、こんな目にあわなければならないんだろう……」

 

 泣きながら、幼いルイズは、そう(なげ)いた。

 これは、あの雷が降った嵐の夜より以前の光景。眼下のこの幼子は、魔法が使えぬと嘆き、皆に哀れまれ、ただただ心を歪ませ続けていた。

 

 それを見て、ルイズは叫んだ。

 

 ――顔を上げろ! 目を見開け! 自分の魔法を見ろ! お前は破壊の力に愛されている!

 

 だがその声は届かない。

 

 代わりに、幼いルイズへと語りかける声があった。

 

「泣いているのかい? ルイズ」

 

 それは、銀髪青目の美しい少年だった。

 

 誰だろう。そう一瞬、思い悩む空に浮かぶルイズだったが、すぐに思い出した。

 ラ・ヴァリエール領の近隣にある、ワルド領を預かる子爵家の現当主。ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドの少年時代だ。

 

 彼の久しぶりに見る若い頃の姿を見て、ルイズは当時のことをハッキリと思い出していた。

 なぜ魔法が使えぬのかと母から叱られ、ただただその現実から逃げ続け、一人で泣き、そしてこの少年に慰められるのだ。

 今のルイズにとっては恥ずかしく、そして忌まわしい過去だった。

 

 ルイズの見守る中、少年は幼いルイズを優しい言葉でなだめていった。

 そして少年は幼いルイズの手を取り、小舟から降りて共に屋敷へと向かい歩いていく。

 

 ルイズはそれを見て、再び叫んだ。

 

 ――そっちへいくな! そっちは、お前の行くべき道じゃない!

 

 声は響かない。

 だが、その叫びに、幼いルイズはゆっくりと振り返り空を見上げた。

 

「ほんとうにそれでいいの?」

 

 幼いルイズは、空のルイズへと向けてそう呟いた。

 

「あなたはそれでほんとうにいいの? まじょでいいの?」

 

 気がつくと、夢の中の幼いルイズは、現実の自分と同じ少女の姿へとなっていた。

 そして、こちらに背を向ける少年の手を握りながら、夢のルイズは言葉を続ける。

 

「わたしはおうじさまに救われ愛される、おひめさまでありたい」

 

 そう告げた夢のルイズは、少年と二人、屋敷へと消えていった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 ルイズは朝に弱い。

 二度寝は当たり前のことで、朝食を抜く日もある。

 ハルケギニア中を冒険したり、格闘の腕を鍛えたりと、健康極まりないルイズの体。

 それでも小さく細い彼女の体は、やや低血圧気味であった。

 

 任務初日の朝、ルイズは才人に起こされ、寝ぼけまなこで窓の外を眺た。そして、朝食には早すぎる時間に起こされたことを怒り、才人を蹴りつけようとした。

 だが、そこで才人に任務のことを指摘されてようやく意識を覚醒させ、大慌てで荷造りを始めた。

 

 そしてパンを朝食としてかじりながら、ルイズと才人は学院の外へと向かう。昨晩、ワインのつまみとして用意して、結局手をつけなかった塩パンである。

 朝番の門番が守る学院の門の外、そこには既にキュルケ、タバサ、ギーシュの三人がそろっていた。

 彼らの傍らにはそれぞれの使い魔が同行しており、キュルケの使い魔フレイムと、ギーシュの使い魔のジャイアントモールがきゅるきゅるもぐもぐと挨拶を交わしていた。

 

 その様子を眠そうな目で眺めていたキュルケが、ようやく姿を見せたルイズを見つけて声を上げた。

 

「ルイズ、遅いわよ。……またその格好なの?」

 

 キュルケが眉をひそめながらそう言う。

 

 ルイズの格好は、普段の魔法学院の制服ではなく、平民が着るようなデザインの、動きやすく、それでいて頑丈な服であった。動きの邪魔になるマントは背に負った革袋の中に入れてある。才人が地球から持ち込んだリュックサックは、潜入任務では目立ちすぎるため置いてきた。

 そして、わずかにウェーブがかかったストロベリーブロンドの長い髪は、頭の後ろで結び上げられ、ポニーテールとなっていた。

 彼女と共に現れた才人も、いつもの絹で出来た服ではなく、傭兵が着るような厚手の服に身を包んでいた。

 

 ルイズの腰には短剣。

 才人の背にはスッカリ話が合い相棒となった長剣のデルフリンガー、腰にはソードブレーカーを吊り下げている。

 二人とも、どこからどう見ても若き平民の傭兵といった姿であった。

 

 対するキュルケ達は、貴族が乗馬や狩猟の時に着る上等な運動服を着込んでいた。もちろん、貴族を表すマントは着用している。

 

「動きやすさ優先よ。これから行くのは観光地じゃなくて、戦場なの」

 

 そう言いながらルイズはポケットに手を入れ何かを取り出すと、キュルケにそれを放った。

 

「指輪? ルイズ、これは?」

 

「杖よ。いつもの杖を手放したときの切り札にでも使って。それ一つで王室ブランドの剣杖が三本買えちゃうから、大切にしてね。今夜の宿で、杖の魔法契約をしましょう」

 

 ルイズはそう言い、そして、未だに挨拶を続けるサラマンダーとジャイアントモールの姿に目をつけた。

 

「使い魔、連れて行くの?」

 

「ルイズだって、サイトを連れているじゃない」

 

「フレイムも主人の言いつけを無視して付いてきたいと言うような、単純馬鹿な使い魔なのかしら」

 

「おいおい、心配してやったのに単純馬鹿はねーだろう」

 

 ルイズの思わぬ評価に、彼女の横に立っていた才人は苦笑しながら言う。

 ルイズはそれを黙殺し、フレイムの(かたわ)らでふごふご鼻を鳴らすジャイアントモールを見た。

 

「ねえ、ギーシュ。ジャイアントモールをタバサの使い魔の背中に乗せるつもり?」

 

「駄目なのかい? 秀才のルイズ」

 

「残念ながら、モグラを空に浮かべた話は、聞いたことないわね。土の中で生きるモールが高所を飛ぶとか、大丈夫なのかしら?」

 

 ルイズのその言葉を聞いたギーシュは自分の使い魔に「大丈夫かい?」と聞くと、ジャイアントモールはもぐもぐとうなずいた。

 

 そんな様子をルイズは眺め、一人計算していた。

 

 ――五人にサラマンダー、ジャイアントモール。追加でグリフォン隊から何人か。隊長格のグリフォンなら三人は乗れるから……。

 

 行程の計算。この任務は、ただアルビオンに行って帰ってくるだけのものではない。

 アルビオンの国王と皇太子が率いる王党派のもとへと辿り着く道中では、反乱軍との戦闘も予想される。可能な限り、体力と精神力を温存しなければならない。

 乗るだけで疲労の溜まる馬を長時間使うのは論外。いかに、空を真っ直ぐ飛ぶ風韻竜とグリフォンで楽をするのかが重要となるのだが、その風韻竜とグリフォンの疲労も考えなければならない。

 

 ルイズはとりあえずの目的地を浮遊大陸アルビオンへの航空便がある港町ラ・ロシェールに定め、今日一日の飛行計画を考えた。

 風韻竜のシルフィードならば半日とかからず飛べる距離だが、大所帯を考えると急ぎすぎるのも無理が出る。

 

 そんなことを考えていると、ルイズの視界にふと影が差した。

 三頭の幻獣が、空から降りてきたのだ。(わし)の頭と翼と前足、獅子の胴体と後ろ足を持った幻獣。グリフォンである。

 

「やあ、待たせてしまったかな」

 

 一際大きなグリフォンの背に乗る騎手が、ルイズへとそう語りかける。

 大きなグリフォンはゆっくりと地へと降り立ち、その背から羽帽子の貴族が飛び降りた。

 

 ルイズ達の前に立ったその貴族は、優雅な仕草で帽子を取り彼女達に一礼した。

 

「トリステイン王国魔法衛士(えじ)隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ。姫将軍殿下の命により参上した」

 

 銀髪青目で髭面の貴族は、凛とした表情でそう告げた。そして、彼はルイズの方へと目を向け、表情を崩して笑みを作る。

 

「久しぶりだな! ルイズ! 我が義妹よ!」

 

 そう良いながら髭面長身の貴族、ワルドはルイズへと歩み寄った。

 

「久しぶりね、ワルド子爵」

 

「前に会ったのは、確か半年前だったかな?」

 

 そう言いながらワルドは、まるで幼子をあやすかのようにルイズを抱きかかえ、持ち上げた。

 

「相変わらず軽いなキミは! まるで羽のようだ!」

 

「やめて、恥ずかしい。子爵、わたしはもう子供ではないのよ」

 

「おお、これは失礼。キミもすっかり、可愛らしいレディに育ったものだ」

 

 ワルドは笑顔のままルイズを地面に下ろし、身体を離した。

 そして、ルイズの近くに立っていた学院の面々に目を向ける。

 

「いやはや、義妹との再会に浮かれてしまったようだ。ルイズ、同行する彼らを紹介してくれるか?」

 

 そんなワルドの言葉に、ルイズは笑みを浮かべたまま答えた。

 

「道中で教えるわ。急ぎの任務、まずは日が昇る前に出発しましょうか」

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 ラ・ロシェールに向けて四頭の幻獣が空を行く。

 ワルドが操るグリフォンにはルイズが乗った。一番大きく最も速く空を飛べるタバサの使い魔、シルフィードの上には、キュルケ、タバサ、才人、ギーシュ、ジャイアントモールがギュウギュウ詰めになって乗り込んでいた。

 

 キュルケは竜の背の上で爪の手入れをし、タバサはいつも通り本を手に一人黙っている。そんなタバサは本を読みつつも指につけた魔法の指輪に微弱な精神力をこめ、風よけの魔法を使っていた。風で本のページがめくれるのを嫌ったのだ。

 

 そして才人とギーシュは、そわそわと先頭をいくグリフォンの姿を眺めていた。

 

「なに? 気になるの?」

 

 キュルケは爪にかけていたヤスリを動かす手をとめ、二人の少年に語りかける。

 

「いやなに、ずいぶんと『魔女』と親しそうな美男子だなと思ってね……」

 

 と、ギーシュ。

 

「ああいうキザなヤツは、どうにも慣れねえ。ほら、見えるか? なんだか、ルイズと身を寄せ合って、くっちゃべってやがる」

 

 と、才人。

 

「ふうん、気になるんだ」

 

 キュルケはそんな二人の様子を見てニヤニヤと笑った。

 

「ま、わたしも、ちょっとあの二人の関係が気になるわね。ルイズから、あんな知り合いが居るだなんて、聞いたことないもの。だからね、あのグリフォンにはフレイムを乗せたわ」

 

 そのキュルケの言葉に、ギーシュは「おや」とつぶやき、そしてニヤリと笑ってみせた。

 一方の才人は、何のことやらと首をひねる。

 

「フレイムが乗っているから、なんなんだ?」

 

「おや? ルイズから聞いていないかい? 使い魔は、(あるじ)の目となり耳となると」

 

「そ、だから今からちょっとフレイムの耳を借りて、二人の話を盗み聞きしてみるわ」

 

 キュルケの言葉を聞いて、才人もニヤニヤと笑い始めた。

 本を読みながらその話を聞いていたタバサは「悪趣味」と言おうとしたが、ルイズにまとわりつくあの男のことが気になったので、口に出すことを止めた。

 

 キュルケはフレイムに感覚を飛ばし、伝わってくる声を才人達へとそのまま話す。

 

『ルイズ、キミとは最近、疎遠になってしまったな』

 

『仕方が無いことね。あなたが魔法衛士隊で働く間もわたしは王宮へは訪れていたけど、流石に衛士隊と接触を持つ機会はなかったわ』

 

『おや、そうか? この前は、騎竜を見に竜騎士隊に訪れたと聞くし、それに俺の隊にもキミの信奉者はいるんだ。『賢者』にして『魔女』の愛しいルイズ』

 

『あら、そんなことになっているのね』

 

 キュルケはルイズ達の言葉をそうシルフィードの上の面々に伝えると、口もとを歪ませ笑った。

 

「ずいぶんと仲がいいわね」

 

「そうだね。ルイズが年上の貴族相手に、敬語を使わないなんて。なんとも親しげだ」

 

 キュルケとギーシュのその言葉を聞いて、才人はなんとなくモヤッとした。

 そんな会話の最中にも、キュルケは盗聴を続ける。

 

『彼らは、悪友と、親友と、ただの級友と、わたしの使い魔でヴァリエール家の客人ね』

 

『そうかい。婚約者だった身としては、キミの恋の行方が気になるものでな』

 

『あくまで元婚約者よ。子爵はもう、わたしの婚約者ではなく、カトレアお姉さまの婚約者なんだから』

 

 ここまで聞いて、キュルケ、ギーシュ、そしてタバサは目を見合わせた。

 

「姐さんに婚約者がいただなんて……」

 

 そう、驚きの声を漏らすキュルケ。

 

「おお、なんてことだ。麗しのカトレア嬢に、許嫁(いいなずけ)だなんて……」

 

 そう、薔薇の造花を片手に身をよじるギーシュ。

 

「…………」

 

 本を閉じ、フルフルと頭を左右に振るタバサ。

 

 そんな三人の様子を才人は、不思議そうに眺めていた。

 

「おい、いったいどうしたんだ?」

 

「……ああ、そうね、教えないと駄目ね。ねえサイト、ルイズに姉がいるのは知ってる?」

 

「ああ、なにやら手紙でやり取りをしていたな」

 

「そう、ルイズには八歳年上の姉が居てね、去年までこの学院に通っていたの」

 

「らしいな……って、え? 八歳年上?」

 

 予想していなかったルイズの姉の年齢に、才人は驚きの声を上げた。

 確かルイズ達の学院は三学年までしかないはず。八歳年上と言うことはルイズの姉は二十四歳。どういうことだろう。その年頃の生徒は、学院で見たことがない。十八歳だというキュルケは、最年長の部類だ。

 

「ルイズのお姉さん、カトレア姐さんは、幼い頃から病を患っていたの。それが最近になって完治して、二十歳になってようやく学院に通うことができたの」

 

 そのキュルケの説明に、ギーシュが追従する。

 

「うむ、カトレア嬢は周りの幼い乙女達とは違い、まさしく大人の魅力を放っていた。僕ら年下の男達は、皆、彼女の(とりこ)になったものさ」

 

「ルイズの面倒も良く見ていてね、あたしとルイズとタバサの『三魔女』で問題を起こして、彼女がそれをそれとなくフォローするという関係だったの。だから、あたしたちにとっては頼りになる姐さん」

 

「姐さん」

 

 キュルケの言葉に追加するように、タバサもそう言った。

 カトレアなるルイズの姉は、ずいぶんと皆に慕われた人物であったらしい。才人はようやく彼女らの言動に納得した。

 そして、さらにキュルケが言葉を続ける。

 

「今年は姐さんがいないから、そのフォローの役割をあたしがしなくちゃいけないんだけど……。それにしても、婚約者ね。彼がそれに釣り合うかと言われると……魔法衛士隊の隊長と考えると、どうかしらね」

 

「しかしだね、彼女も今年で二十四。そろそろ身を固めても良い頃だよ。残念な話だがね」

 

「…………」

 

 キュルケに向けて本当に残念そうに言うギーシュと、首を横に振ってそれを否定するタバサ。

 そしてキュルケは一人、考え込むように口元に手を当てていた。

 

「……まあ、詳しいことはもっと盗み聞きして調べましょう。町に着くのは、夕方近くですもの。きっと、話題にはたくさんでてくるはずよ」

 

 そう言ってキュルケは再びフレイムへと感覚を送った。

 

『この任務から無事帰ったら、カトレアと結婚するつもりだ。式にはキミも参加してくれるか? 学院の休みに合うようにはする』

 

「!?」

 

 まさかの言葉に、キュルケは絶句した。

 

 すると、ギーシュが「何があったんだい!?」と焦り、タバサがキュルケの肩をつかむ。

 盗聴した内容を求められたキュルケは、声を絞り出すようにして言った。

 

「任務から帰ったら、姐さんと結婚するって……」

 

「なにーッ!?」

 

「……!?」

 

 叫び声を上げるギーシュに、キュルケの肩をゆするタバサ。

 そんな三人の様子をちょっと引きながら見ていた才人は、気になったことをボソリとつぶやいた。

 

「あいつ、この状況で死亡フラグ立てやがった……」

 

 才人のつぶやきは、我関せずとモグモグ鳴いていたジャイアントモールだけが聞いていた。

 こうして一同は、山間の町、ラ・ロシェールへと無事に辿り付いた。

 

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