【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま 作:Leni
宴の用意が進められる中、ルイズは老メイジのパリーに連れられ、ウェールズの部屋へと歩を進めていた。
キュルケ達は旅の疲れを癒すために客間へ案内され、その中でルイズだけが大使の代表として手紙を受け取りに来たのだ。
「私は、ウェールズ殿下の従者を仰せつかっておりましてな。姫殿下とウェールズ殿下との仲も、もちろん存じておりました」
「はあ」
そんな会話をしながら暗い城内を進む。
「殿下が外遊なさるときも、従者として同行しておりまして。トリステインに訪れる機会も多く、私は以前、『賢者』殿ともお会いしているのです。もちろん、ラグドリアン湖の会談でも」
「あらそうなのですか……申し訳ありません、記憶にございません」
「ほほ、そうでしょう。私は皆に交じって『賢者』殿を見ただけですからな。ラグドリアン湖でウェールズ殿下とアンリエッタ殿下が密会しようとしたときのことは、覚えておいでですかな?」
「あー……密会しようとしたところを皆で覗いて、姫さま達が戻ろうとしたところで、拍手で迎えた時のことですね」
「そうです、そうです。いやあ、あのときは見事、『賢者』殿に扇動されてしまったものです」
「今思うと、あのときのわたしの行為は、身分をわきまえない失礼な行動であったと思います」
ルイズはそんな心にもない反省の言葉を述べつつ、今から三年前の出来事を思い出していた。
ウェールズと逢引きをしたいと言い出したアンリエッタ。
またいつもの演劇のヒロインごっこかと呆れて、それを全力でひやかしたルイズ。
だが、それが本気の恋による行動であったとは、当時のルイズは想像もしていなかった。
ルイズは恋愛に疎い。
かつては婚約者もいた。慕ってくれる者も多い。
だが、ルイズに普段向けられる感情は、『賢者』や『魔女』という名への崇拝からくるものだ。ただの少女として彼女を見る者は、意外と少ない。居たとしても、マリコルヌのような、異質なラブコールそのものを楽しむような変態だ。
そこへ来て、才人という少年がルイズの前に現れた。
彼は、いったい自分のことをどう思ってくれているのだろうか。異世界から拉致をした元凶に、彼は憎むこともなく接してくれている。しかも、こんな死地にまで付き合ってくれている。彼は、自分のことをどういう感情で見ているのだろうか? ルイズの中に、モヤモヤとした思いが次々と浮かび上がってくる。
皆の前では唯我独尊を気取ってみせるルイズだが、内面では年齢相応の乙女な部分も確かに存在していた。
「ここです」
頭の中でグルグルと思考を回していたルイズに、パリーが話しかけてくる。
彼は質素な木製の扉の前に立ち、懐から鍵束を出して扉の鍵を開けた。
パリーは扉を開け部屋の中へと入ると、ルイズを中へと招き入れる。
そこは、扉と同様に質素な内装の部屋であった。
一人用の小さなベッドに、飾り気のないテーブルと椅子。
調度品の類と言えば、壁に掛けられたタペストリー程度だろうか。
内戦が始まって以降、ジェームズ一世率いる王党派の軍勢は敗北を重ねた。そして、敗走の末に、アルビオンの端の岬にあるこのニューカッスル城へと押し込まれた。
この城はおおよそ王族が立ち入るような場所ではなく、他国からの侵攻に対抗するために用意された最前線の軍事拠点である。
王族が泊まるにふさわしい部屋などない、ただただ無骨な作りをした要塞であった。
「さて、どこにしまっておいでですかな」
パリーはそうつぶやくと、この部屋の唯一の収納場所であるテーブルの引き出しを漁り始めた。
仮にも王子の居室だというのに、彼の動作には遠慮と言うものがない。それだけウェールズとこの老メイジとの間には、親密な関係が結ばれているのだろう。
やがてパリーは引き出しの中から、幅二十サントほどの箱を見つけ出した。
金装飾や宝石が散りばめられた、大きな宝石箱だ。
「鍵は殿下がお持ちなので開けられないですが、確かに手紙はこの箱の中に入っております」
テーブルの上に置かれた宝石箱。その正面には小さな鍵穴が空いていた。
ルイズはそれを眺めると、パリーへと訊ねた。
「『アン・ロック』の魔法は?」
「無理ですな。この宝石箱は、王宮から持ち出してきた王族用のマジックアイテムですので」
ルイズは宝石箱を手にとって、その造りを眺めた。
「では、鍵を壊して中を開けます……よろしいですか?」
「ええ、殿下も戻られないようですしな。本当は今日の夕方には城へお戻りになるはずでしたが……戻られぬと言うことは、反乱軍に捕らえられてしまったのかもしれませぬ」
「秘密通路でも使って、城を抜け出していた?」
「そのとおりです。この城の地下には秘密の港がございましてな。そこから殿下は空賊に扮して、反乱軍の補給路を狙っていたのです。皆様も、今夜の宴が終わり次第、そこから竜とグリフォンで逃げていただきたく」
空賊、という言葉を聞いて、ルイズはビクリと体を硬直させた。
嫌な予感がする。背中からジワリと汗がしみ出してきた。
「ええと、その空賊船は、アルビオン王室謹製の軍艦でしたか?」
「噂にでもなっておりましたかな? 使っていたフネは、『イーグル』号という王室直属の軍艦ですな。……ああ、見る者が見れば確かに王軍のものと分かってしまいます。そこを反乱軍に狙われたのやも……」
「う、撃ち落とされてしまっている可能性はありますね……」
今日未明、ルイズが撃ち落とした空賊のフネは、ウェールズの乗るフネであることは明らかであった。
どうしたものかと考えを巡らせようとするルイズだが、手の平に載る宝石箱の重さに意識を戻し、任務の遂行を優先した。現実逃避したと言い換えても良いかもしれない。
ルイズはコモン・スペルの口語詠唱をすると、宝石箱の鍵穴に向けて『アン・ロック』の魔法をかけた。
鍵穴を中心として小さな爆発が起き、鍵が破壊される。綺麗な宝石箱に円い穴が空いていた。
ルイズはそれを気にした様子もなく、テーブルの上に箱を置き直すと、蓋をゆっくりとあけた。
中には、紙の束が詰まっていた。
「……ええと」
「それら全てが姫殿下より送られた手紙です。二人は、頻繁にやりとりをしておりましたので」
「隠す気全然無いじゃない、あの脳天毒花畑……」
ルイズはそう毒づきながら、これが任務対象の恋文か確かめるために、束の中から一番上の紙を手に取って目を通した。
『愛しのウェールズ様。最愛なるウェールズ様。わたくしだけのウェールズ様。あなたと離ればなれになってどれだけの月日が経ったでしょうか。あなたの居ない王宮での日々はまるで始祖ブリミルの加護のないはるか異教の砂漠で過ごしているかのようです。今すぐにでもあなたのもとへと駆け出したい。ウェールズ様ウェールズ様ウェールズ様。この胸が張り裂けそうな気持ちをどう言葉に表せばいいのでしょう。あなたを思うこの気持ち、詩にこめてあなたへと贈ります――』
ルイズは無言で手紙を宝石箱の中へと戻すと、腰の小物入れから着火の用意を始めた。
宴の場では、甘い物を食べられそうになかった。
◆◇◆◇◆
アルビオン王国最後の祝宴。キュルケはそこでワイングラスを片手に持ちながら、ホール全体を眺めていた。
籠城をしていたというのに十分な食材の蓄えがあったらしく、ホールに並べられたテーブルには、様々な料理が載せられている。
テーブルの周りには、軍服に身を包んだ貴族達。いずれも杖や武器を携帯したままだ。
ここは戦場真っただ中だ。舞踏会のような、礼服やドレスを着込んで杖を手放すような華やかな場ではない。いつでも戦いを再開しても構わないという心構えをキュルケは彼らに見た。
もちろん、キュルケ自身、いつでも城を脱出できるよう、持ち込んだ荷物はすべて身につけている。
それにしても、宴の参加者は多い。キュルケは周囲を見回して思った。
王党派の残り兵力は五百だっただろうか。そこから考えると、このホールに集まるメイジの数は非常に多かった。
最後の舞台まで、王族に付き従うような忠誠心を持つのは、やはり貴族だからか。成り上がり者の集団であるゲルマニアでは考えられない事態だった。ゲルマニアの皇帝は、国の成り立ち上、このような求心力はない。
いや、もしかしたら……この宴に、格の高い平民の兵士も混ざっているのかもしれない。キュルケはそんなことを考えた。
そんなキュルケのもとに、貴族の男達が代わる代わる訪れてきた。
滅びる国への最後の使者へ顔を覚えてもらおうとやってきているのか、それともこの場ではもう数少ない、若く美しい少女を一目見ようとやってきているのか。そのあたりの真実は分からないが、キュルケは彼ら一人一人と丁寧に言葉を交わしていった。
「トリステインの大使殿! このワインをお試しあれ! お国のものより上等と思いますぞ!」
キュルケはトリステインの貴族ではないのだが、彼らの話の腰を折るのもなんなので、彼女はただ笑ってそれに返した。ちなみにアルビオンではワインよりも、
「なに! いかん! そのようなものをお出ししたのでは、アルビオンの恥と申すもの! このハチミツが塗られた鳥を食してごらんなさい! うまくて、頬が落ちますぞ!」
言われるままに、キュルケは鳥の肉を一口食べる。
だが、頬が落ちるということはなかった。
正直、学院で食べるマルトー達の作る食事の方が美味だ。
そういえばここはアルビオンだったんだな、とキュルケはどうでも良いことを思い出した。
もちろん、それを口に出すことはしないが。
訪れては大声で話し、笑い声を出して去っていく貴族達。
まるでそれが命の最期の輝きのように見えて、キュルケはどこか寂しさを覚えた。
「六千年の栄華、ここに没する、か……」
過去、幾度もハルケギニアでは戦争があった。いくつもの国が滅びた。
だが、始祖ブリミルに連なる尊き血を伝える三王家と、始祖ブリミルの墓守りが祖のロマリア国は、たとえ領土をせばめることはあっても、この六千年滅びたことはなかった。
それが今、一つ潰えようとしている。
アルビオンという大陸そのものが無くなるわけではない。だが、始祖ブリミルを象徴する王家が、一つ消え去るのだ。
キュルケには、今後、ハルケギニアの歴史がどう動いていくのか、想像もつかない。
反乱軍は、聖地奪回を旗に掲げているらしい。ブリミル教の聖地は東の砂漠地帯にあり、その地は恐ろしいエルフが占領している。歴史上、何度もハルケギニア諸国は聖地を奪回しようとして、そのことごとくが敗れ去っていた。
ゆえに、反乱軍に付き従う国は少ないだろう。場合によっては、反乱軍と周辺諸国の全面戦争に発展するかもしれない。
キュルケはホール全体を見渡す。
今、ここにいる彼らの敗死が、これからの歴史の動きの引き金となるのだろうか。
ここまで来た彼らが、今さら捕虜になるなどとは思えない。捕まるとなったら爆薬を抱えて、一人でも多くの敵を葬ろうとするだろう。
玉座を見る。年老いた最後のアルビオン王。その隣では、ルイズがその王の耳に口を寄せ、何かを話していた。
やがてルイズは王との会話を終え、ノンアルコール飲料が入ったグラスを片手に、キュルケのもとへと歩いてきた。
「何を話していたの?」
キュルケの隣に立ち、鳥肉料理を食し始めたルイズにキュルケが尋ねる。
すると、ルイズは口の中の肉を飲みこむと、簡素に答えた。
「アルビオンの今後について」
「あら、政治に興味はなかったんじゃないの?」
「それでも、わたしの知識が彼らの役に立つというのなら、出し惜しみはしないわ」
「戦場に向かう、彼らへの最後のはなむけとか言うつもり? それとも感傷?」
ルイズはキュルケの言葉に答えない。
代わりに、ルイズは己の使い魔の方へと目線を向けた。
才人は、アルビオンのメイジ達と談笑を交わしていた。
メイジ達は、才人を平民と
そんな彼らに、才人は泣きそうな顔になりながらワインを注いであげていた。
才人はルイズやキュルケ、ギーシュよりも、道中の戦場の空気にへこたれていなかった。
しかし。目の当たりにしたメイジや兵達の死への覚悟に、彼はまるで心が押しつぶされているようになっているかのように、ルイズの目からは見えた。
フォローしてあげるべきか。そう思い、ルイズが才人の方へと足を向けたその瞬間だ。
突然、城内に甲高い音が鳴り響いた。
人の手で打ち鳴らされているであろう、鐘の音。それは、明らかな異常事態を伝えるものだ。
そして、音の発生からすぐに、伝令兵がホールに駆け込んでくる。
「敵襲! 敵襲! 何者かにより、城門が開放されました!」
その言葉が終わる前、すでにホールのメイジ達は杖を抜き、戦闘態勢を整えていた。
そして、大きな多数の足音が、ホールの入り口から響いてくる。
まさに敵襲。ホールへなだれ込むように、武装した反乱軍のメイジが突入してきた。
そのメイジの先頭には、ここまでルイズ達に同行してきたグリフォン隊の副隊長と、遠くで拘束しているはずの小隊長の姿があった。