【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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40.戦いを終えて

 風韻竜がアルビオン大陸を背に、空を滑空していた。

 

 翼は広げたまま、動かさない。

 ニューカッスル城で、たっぷりと肉を食べさせてもらった彼女は絶好調。その気になれば、背に乗せたタバサ、キュルケ、ギーシュ、才人、ジャイアントモールの四人と一匹の重さも気にせずに、空高く飛ぶことも可能。今回目指す先は地上なので、今のような滑空で十分なのだが。

 

 なお、ルイズとフレイムは、行きと同じようにワルドのグリフォンへ乗せてもらっている。

 

 遠くに見える大地を目指し、進む二頭の幻獣。

 その背に乗る人間でいずれも無傷で済んだ者はいない。乱戦となったホールで、敵の突入隊が途切れるまで戦い抜いたのだ。

 その傷を癒やすため、『風』の系統だけでなく『水』の系統にも精通しているタバサが、魔法を唱え続ける。

 

 今、タバサの治療を受けているのは才人だ。その彼は、ただジッと無言でタバサの処置を受け入れていた。

 

「どうしたの、サイト。だんまりしちゃって」

 

 才人の様子を見たキュルケは、手鏡で自分の顔に傷がついていないか確認しながら、彼に尋ねた。

 才人はキュルケの方へと顔を向けると、ポツリと呟いた。

 

「……本気で死ぬかと思った」

 

「は?」

 

「本気で殺されるかと思った。なんだよもう、剣で斬り合うってこんなに怖いのかよ! ゲームと全然違うじゃねえか。聞いてねえぞ、おいデルフ、デルフ聞いてんのか」

 

 背中に背負った長剣を外すと、手の平で鞘を叩き始めた才人。

 

 才人は生まれて初めて味わった死の恐怖に、今更になって混乱していた。

 彼が命のやり取りを本格的に体験したのは、ホールで敵メイジと剣を切り結んだ、先の戦いが初めてであった。

 港町で傭兵を斬り捨てたときも、騎竜に弾丸を投げつけたときも『ガンダールヴ』の力に任せるままの一方的な戦いであった。だが、ゲーム感覚での戦いはそこで終わり。最後は敵味方双方が次々と死んでいくという戦場で、初めて死の恐怖を体感した。

 

 真剣を握ったときに、覚悟していた。戦場に行くと決意し、覚悟していた。

 だが、当たれば即死というメイジの魔法を前に、そんな覚悟はどこかに吹き飛んでしまった。

 

 鞘からわずかに刀身を見せたデルフリンガーは、面倒くさそうに声を返す。

 

「うるせーなー。剣を握っておいて、今更怖かったとか、馬鹿じゃねーのか」

 

「しかたねーだろーが! 誰だって初めてはあるんだよ! もう二度と、こんな思いはしたくないけどな!」

 

 そんな少年と剣のやり取りを苦笑しながら眺めていたキュルケ。そして、才人がデルフリンガーを鞘にしかと収めるのを見てから、キュルケは彼に再度声をかけた。

 

「サイトはこういう戦い、初めてだったの? あんなに剣を使うのが上手なのに」

 

「そうだよ。日本じゃ、こんな物騒なことまず起きない」

 

「あら、そうなの?」

 

「そもそもこんな刃物を持ち歩いていたら、危険人物とみなされてお縄になって牢獄送りだ」

 

「変わってるのね」

 

「治安が良いんだよ。剣なんて持っていたら、喧嘩のとき殺し合いになるだろ」

 

 魔法のない世界ならそういうものかもしれない、とキュルケは納得して才人から目線を横にずらした。

 その先にいたのは、ギーシュだ。彼も、あの戦場の気に当てられたのだろうか。青ざめた顔で、空の上をぼんやりと眺めている。

 

 まったく、自分から死地への旅を志願したくせに、情けないったらありゃしない。タバサなんて、戦いを終えた後も精神力を切らさず、こうして皆を治療できる余裕まで持っているというのに。

 キュルケは、自身もわずかに震えていることを自覚しつつ、心の中でため息をついた。

 しかし、まあ。今は、皆で無事に学院へ帰れることを喜ぼう。キュルケは手鏡をしまいながら、そんなことを思うのであった。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 ルイズは、遠い遠い日の思い出を夢として見ていた。

 

 それは、池の小舟で一人泣く夢。

 憧れの少年に慰められ、手を差し伸べられる夢。

 

 ルイズはその幼い日の情景を空から見下ろし一人見ていた。

 少年に手を取られ屋敷へと歩いていこうとする夢の中の幼いルイズ。

 それに向かいルイズは淡々と告げた。

 

「そっちは、あなたの行くべき道じゃないわ」

 

 その声に幼いルイズはゆっくりと振り返り空を見上げた。

 

 ――ほんとうにそれでいいの?

 

 幼いルイズは、空のルイズへと向けてそう呟いた。

 

 ――あなたはそれでほんとうにいいの? まじょでいいの? わたしは……。

 

 幼いルイズは少女の姿へと変わりルイズを正面から見据える。

 対するルイズは夢のルイズの言葉をどうでも良いという様子で聞く。

 

 ――わたしはおうじさまに救われ愛される、おひめさまでいたい。

 

 そう告げた夢のルイズの言葉をルイズは鼻で笑って流した。

 そしてルイズは空の上から庭へと降り立ち、手を繋ぐ少年と少女の二人の元へと歩いていく。

 

「王子さまを待ち続けるお姫さま役だなんて、わたしの趣味じゃないわ。そういう素敵な役割は、ちいねえさまに任せておく」

 

 そう言って、夢の中のルイズの傍らにいる少年の首に腕をかけ、無理矢理少年を奪い取った。

 

「わたしは、伝説の勇者と共に戦う、おとぎ話の魔女がいいわ」

 

 腕の中の少年は、いつのまにか才人に姿を変えていた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 ルイズが目を覚ますと、そこはワルドの駆るグリフォンの上ではなく、ベッドの上だった。

 どうやら、戦いの疲労の結果、ワルドの腕の中で眠ってしまったらしい。しかし、ここはどこだろうか。ルイズは見慣れぬ木造りの天井を見上げた。

 

 体にかけられたシーツをはぎとり身を起こすと、急な目覚めで血の回りきっていなかった頭がグラグラと揺れた。ルイズは寝起きが悪いのだ。

 頭を片手で押さえつつ、ルイズはベッドからゆっくりと降りた。

 

 立ち上がって周囲を見回したルイズ。木でできた素朴で狭い一室。

 小さなベッド、机、椅子。椅子の上には誰かが座っている。

 腕を組んで眠りこけている少年。才人だ。

 

 ルイズはその姿を見つけると、彼の肩をつかみ、揺り起こした。

 

「サイト、サイト、起きて」

 

「……んあ? あー……ああ、ルイズ、起きたか」

 

「ええ。それよりも、状況を説明して」

 

 起こされた才人は目をこすりあくびをかみ殺すと、顔を上げてルイズに言った。

 

「ここは、王党派の軍艦の中だ」

 

「……そう、見つけたの。じゃあ今は海の上?」

 

「いや、トリステインの岸辺。フネが沈む前に、漂着したらしい」

 

「そう。……まあ、わたしも船底に穴が空かないよう落としたから、そうでしょうね」

 

 そんな会話を簡単にかわし、才人は膝を叩いて椅子から立ち上がると、扉に向けて歩き出した。

 

「さて、ちょっと外の空気でも吸いに行きてえ。歩けるか?」

 

「ええ、大丈夫」

 

 めまいが消えはっきりした視界で、ルイズは才人を追う。

 その最中、ルイズは己の身体を確認した。ニューカッスル城の乱戦で、少なくない傷を受けていたはずだが、治療されている。タバサか、それとも他の『水』のメイジが魔法で治してくれたのだろうと、ルイズはあたりをつけた。

 

 扉を開け部屋から出て、艦内を進む。やがて、彼女は才人の先導で甲板へと出ると、夕暮れの空が目に入った。ワルドのグリフォンに乗っていたときは、朝が明けようという時間であった。それが、今や夕方である。

 

 どれだけ眠っていたのだろう、とルイズは思いながら目線を下に向けると、開けた海岸線が視界に映った。

 砂浜ではマントを着けた貴族が数人と、革鎧を着込んだ兵士達が何やら話している。

 貴族は、このフネに乗っていた者だろう。兵士達はこの領地を治める貴族の私兵だろうか。ここはアルビオンに近い国境付近の海岸だろうから警戒も強いのだろう。

 

 それからルイズ達は、室内に一度戻った。すると、部屋に兵士がやってきて、艦を降りるよう言ってきた。ルイズは素直に従い、兵の先導で軍艦から降りて、砂浜へと足を踏み出した。

 浅い海の上を歩き、砂の上に足跡を残しながら兵士の後を追う。

 

 彼女達が向かった先は、多くの兵士達が集まる場所だ。天幕が張られ、かがり火が焚かれている。

 そして、兵士達の中には、マントを着けたメイジがいた。それを見つけたルイズは、メイジに向けて自分の名を名乗る。ラ・ヴァリエールの名を聞いて、周囲の兵士達は顔を見合わせた。

 一方、ルイズの挨拶を受けたメイジは、彼女へと向けて笑みを作った。

 

「目が覚めたようだな、ミス・ヴァリエール」

 

「はい、お久しゅうございます、ウェールズ殿下」

 

 金髪のメイジ。その正体は、アルビオンの皇太子、ウェールズ・テューダーだ。ルイズ達を逃がすために殿(しんがり)となった、ジェームズ一世の一人息子。正真正銘の王子さまであった。

 

「お困りですか?」

 

 横目でトリステインの兵士達を見ながら、ルイズはウェールズに尋ねた。

 

「いや、大丈夫だ。今、亡命の話をしていたところだよ。内乱発生以降、こうして逃げてくるアルビオンの者は多かったらしくてね。問題なさそうだ」

 

 ルイズに笑顔を見せながら言うウェールズ。

 だが、その表情はどこか暗く沈んでいる。

 

「すでにニューカッスル城は、陥落したらしいね。我ながら情けないことだ。王国の最期に立ち会えず、こうしてのうのうと生きているなど」

 

「そのことですが、殿下。宴の席で、ジェームズ陛下より書状を一枚受け取って参りました」

 

「父上から?」

 

 ウェールズの声にうなずきを返すと、ルイズはウェールズの目をしっかりと見つめ、そして懐から折りたたまれた一枚の紙片を取り出した。

 ルイズはその紙を広げて両手でウェールズに差し出した。

 それを受け取ったウェールズは、紙に書かれた短い文に目を通す。

 

「父上……」

 

「陛下から(うけたまわ)った、アルビオン王国国王最後の命令です。それはただ一つ。『テューダー王家の血を絶やすな』です」

 

 ルイズの言葉を聞いたウェールズは、悔しさとも悲しみとも取れる、苦々しい表情を浮かべた。

 




・テューダー王家
ウェールズ皇太子の名はウェールズ・テューダーですが、このテューダーという名はセカンドネームではなく、王家の名のようです(アニメ版十二話のクロムウェルの台詞で確認)。
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