【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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42.異国のグルメ トリステイン魔法学院の賄い飯

 平賀才人はその日、学院の広場で剣の修練に(はげ)んでいた。

 

 (あるじ)であるルイズ・ド・ラ・ヴァリエールは王宮に詰めており、彼は一人、トリステイン魔法学院で日々を過ごしている。

 

 ルイズを置いてキュルケ達を(ともな)い学院に帰還したのは、ルイズ本人からの指示だ。使い魔が守るべき主から離れて良いのかと才人は抗議した。だが、王宮ほどこの国で守りが堅い場所などあり得ないとルイズに言われ、彼は納得して引き下がった。

 そもそも才人は、公爵家が身元を保証しているとはいえ異国人。戦争の兆候有りと厳戒態勢が敷かれる王宮に住み込むには、問題が多かったのだ。

 

 一人、ルイズの部屋で過ごす才人は、学院の授業に出ることはなかった。

 そもそも彼が学院でメイジのための授業に参加していた理由は、使い魔として主に同行するため。

 生徒でもなんでもない彼が、一人で授業に出るわけにはいかなかった。

 

 そうなると、才人がやれることといえば文字の学習か、剣の修練のみ。

 よって、アルビオンにて実戦を体験した彼は、より一層、剣の鍛錬に打ち込むようになった。

 

 魔法を学ぶ学院で、剣術を学ぶ彼を以前は奇異の目で見ていた貴族達。

 だが、アルビオンで反乱軍を蹴散らしたと自慢するギーシュの言で、皆、才人が確かに主であるルイズを守る使い魔なのだと認識した。そして、才人の訓練風景は次第に日常へと溶け込み、やがて誰も気にしなくなった。

 

 秘密任務であったはずのアルビオン潜入は、ウェールズ皇太子の亡命と共におおやけとなった。そして、ルイズ達は、正式に王政府から功績を表彰された。

 ルイズはトリステインで最も名誉ある勲章である聖ブリミル大勲章と、多くの金貨を(たまわ)った。金貨はなんらかの研究資金として使われることだろう。

 ギーシュは騎士(シュヴァリエ)に任命され、毎年五百エキューの年金を受け取れる立場となった。グラモン家は名門であるが貧乏でもあるため、ギーシュはこれをとても喜んだ。

 異国人であるキュルケとタバサには、旅行先でトリステイン人とアルビオン王党派を助けたという名目で金銭が贈られた。

 

 そして、剣一つで反乱軍の多くを打ち負かした才人も騎士にすべきではという声が、グリフォン隊隊長のワルドから上がった。だが、いずれ国もとに帰す彼をトリステインに属させて、しがらみを作らせたくないと考えたルイズ。才人もその意見に同意し、騎士となる代わりに平民では簡単には得られぬ量の金貨と、立派な剣を受け取るに留めた。

 しかし、才人がその剣を握ることは無かった。輝く刀身を持つ名剣に姿を変えたデルフリンガーが、すでに彼の愛剣となっていたからだ。

 

 その日も才人は、鞘からわずかに刀身を覗かせるデルフリンガーを背に負い、練習用に改良した木剣片手に、師匠から剣の手ほどきを受けていた。

 

 午前中は膝が上がらなくなるまで走り込み、午後はタバサと共に素振りと掛かり稽古を行なう。

 アルビオンから帰って以来、タバサは死角に回り込むことを重点的に狙う戦法を取るようになった。彼女もあの乱戦で学ぶところがあったのだろう。

 元々、戦闘慣れしていたタバサ。応用力は高く、腕力のなさを急所狙いで補おうとしたのだ。一方、変わらず真正面からの正攻法を取る才人は、自分とは違うタバサの戦い方にさらなる刺激を受けた。

 

 才人がこの世界に召喚されて、わずか一ヶ月と少し。

 彼の肉体は帰宅部の高校生のそれから、急速に作り替えられていく。

 アクションゲームやインターネットばかりが趣味であった才人は、純粋に剣を振るうことに楽しみを見いだすようにもなっていた。

 

 だが、一日中、身体を動かせば当然のごとく腹は減る。

 このとき才人は、とにかく腹が減っていた。

 

 貴族達の夕食の時間が過ぎると、才人はフラフラと食堂へと向かった。

 食堂ではわずかに残る貴族達が談話をしながら、食後のワインを楽しんでいる。

 だが才人は料理が未だに残るテーブルへは着かない。この日の夕食は、料理長のマルトーから(まかな)いを食べないかと誘われていたためだ。才人は真っ直ぐに厨房へと入った。

 

 時折、才人はこうして厨房へ行き、賄いを食べる。

 というのも、賄いには貴族の食卓にはまだ出されない、マルトーの作った新作料理が出るからだ。最近のマルトーは、才人から伝え聞いた地球の料理を再現しようとやっきになっていた。

 

「おう坊主、来たなぁ。今日のはうめぇぞ!」

 

「マルトーさんの料理は、いつも美味しいッスよ」

 

 そう会話を交わしながら才人は座る。

 今日は、以前のように手伝いを申し出ることはない。すでに昼の間に体力作りとして、厨房用の薪割りを行なっていたからだ。

 

 その才人の前に、メイドの少女が配膳を持ってやってきた。

 黒髪黒目のどこか東洋の雰囲気がする少女、タルブ村のシエスタだ。

 一緒に食べましょうというシエスタに、才人は二つ返事で了承した。

 

 美人の女の子と一緒に食べられるのは大賛成だ……と、いつもの才人ならそう考えていただろう。だが、この日の才人はとにかく空腹で、誰かと一緒に食べるかどうかなどは、どうでもよかった。

 目の前に並べられる皿を才人は、そわそわしながら見る。

 

「はい、どうぞ」

 

 その料理は貴族の食卓と比べると豪華さと品数は劣るが、空腹の才人の食欲を満たすには十分な量が盛られていた。

 

<ガーリックパン>-ニンニクの練り込まれたパン。貴族の夜食用の残り物で、パサパサしている。

 

<ボイルライスのサラダ>-お米と新鮮野菜をたっぷり使った、マルトー料理長の新作実験料理。

 

<野菜スープ>-根菜の葉や肉の切れ端の入った、白いスープ。

 

<水>-井戸から汲んで一度沸かしたあとに冷やした飲用の水。いわゆる湯冷まし。東京の水道水よりどこか美味しい。

 

「へえ……」

 

 米だ。才人の目の前には米が並べられていた。

 野菜と一緒に混ぜ合わされているが、それは確かに才人がトリステインに来て初めて目にする、白いご飯だった。

 

「お米だ……」

 

「なんだか、珍しく入荷できたそうですよ」

 

 才人のつぶやきにシエスタが答える。

 そのシエスタに向けて、才人は思ったことを正直に伝えた。

 

「でも良いのか? 食堂の方でも見たことないのに、賄いで出すなんて」

 

「学院に在籍する貴族の方々は、人数が多いですからね。食卓に出すほどの量は、入荷できなかったそうです。あくまで試作目的というやつで。役得ですね」

 

 そんなものか、と才人は深く追求しなかった。

 それよりも、パンと米という主食が二つ重なってしまっていることが、才人は気になっていた。

 

 才人は知らないことだが、ハルケギニアでは米を穀物ではなく野菜として扱う料理人が一定数いる。

 そして、皿にご飯だけが載せられて食卓に並ぶことは、まずありえない。リゾットも未だに発明されていなかった。

 

「ま、いいか。いただきます」

 

 才人の食前の挨拶の後、シエスタも始祖ブリミルへの簡易な祈りを終える。

 全ての食材への感謝を込めて、といういただきますという言葉だが、今の才人にはそのようなことを考えている余裕はなかった。

 

 自作の箸を右手に持つ才人。

 ちなみに隣のシエスタも箸を使っていた。彼女の実家では、箸も食器の一つとして存在していたらしい。滅多に使うことはなかったらしいが。

 

 才人はとりあえず米に手を伸ばした。野菜が混ぜられ、ソースがかけられた白米。才人はそれを器用に箸で掴んだ。

 

 一口、二口としっかり噛みしめて食べる。

 

「……美味い、美味いんだけどなぁ」

 

 確かにそのライスサラダは、サラダとして優秀だった。

 

 ――でもなぁ。ふっくら炊いたご飯とは違うよなぁ。べちゃべちゃしているというか……。

 

 この米は炊いて料理されたものではない。ボイル、つまり茹でて作られたものだ。

 そもそもハルケギニアには、米を炊くという文化がない。

 ボイルとしての正しい調理法を知るものもさほど多くなく、芯が残ったまま食卓に並ぶこともあるようだ。

 その点ではマルトーのボイルは完璧であったが、やはり炊いたご飯とは明らかに違うものであった。

 

「ガーンだな。でも、まあ仕方がないか」

 

 出鼻をくじかれた才人は、サラダの横で湯気を上げるスープへと手を伸ばした。

 小振りの深皿に入った白いスープ。白味噌の味噌汁みたいだなと才人は思った。

 そして、才人は深皿を手に持ち、味噌汁を飲むように直接皿に口をつけた。

 

「……!?」

 

 そこで才人の動きが止まった。

 あまりにも覚えのある味だったからだ。

 日本での学生生活。その学校帰りに友人達と一緒に店に寄って食べた味。

 

「豚骨スープ……!」

 

「おう、よく分かったな」

 

 後ろからかかった声に、才人は振り返った。

 そこにはマルトーが笑いながら腕を組んで立っていた。

 

「ハルケギニアにも、豚骨スープがあったんですね」

 

「いや、それは俺のオリジナルさ。おめぇの国にもあるんだな?」

 

 オリジナル、と聞いて才人は驚いた。

 己の知恵のみで豚骨などと言う考えに思い至ったのか。

 

「坊主に聞いた『出汁』って概念を改めて考えてみたんだ。色々試してみたら、鶏や豚の骨が意外と良い味出してくれてな」

 

 才人は以前、マルトーと地球料理の話をしたときに『出汁』の話題を出したことがあった。

 トリステイン料理でも、沿岸部では魚や甲殻類の魚介類から味を抽出する料理はある。肉や野菜を煮込んで、スープに味を移すという考えもある。だが、それは特定料理のレシピの一環に組み込まれているだけであり、『出汁』を取るという概念は意外と広まっていない。

 改めて提示されたその考えに、一流の料理人であるマルトーは好奇心を大いに刺激された。そして、三食の用意をする時間以外も厨房に立ち、日々研鑽を重ねていたのだ。

 

 マルトーのどうだという視線を受けながら、才人はスープの具を箸ですくって口の中に運んだ。

 スープの中は、具でぎっしりと満たされていた。

 本来なら残飯となる根菜の葉や葉菜の芯が刻まれて、たっぷりと入っている。まるで豚汁のようなボリュームいっぱいのスープだった。

 

「うん、うん、これは美味い」

 

 スープの具をひとしきり楽しんだ後、才人はようやく主食となるパンを手に取った。

 一口サイズに千切って食べる。焼かれてから一晩経過したそれは、この食卓のメインを飾るには少々物足りなかった。

 

「ちょっと惜しいよなぁ……ん?」

 

 ふと、横に座るシエスタを見る。すると、彼女は才人と同じようにパンを手に持ち、千切ったパンをスープに軽く浸して、それを食べていた。

 

 ――スープにパン! そういうのもあるのか。

 

 才人はシエスタを真似して、パンを豚骨スープにつけて口に入れた。

 わずかな豚骨の臭みがパンのニンニクの香りに上書きされ、さらに水気を失ったパンをしっとりとした味わいに変えていた。

 

 あとは、空腹に任せるまま。

 才人は、シエスタが食べる倍の速度で食事を進めていった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「ふう……」

 

 食事を終えた才人は、腹をさすりながら食堂を出て、二つの月が輝く星空の下を歩いていった。

 マルトーからお代わりを勧められた才人は、あの後もう一人前を平らげてしまった。そのせいか、腹がはち切れそうになっていた。明らかに食べすぎだ。

 

 夜風に当たりながら才人は先ほど食べたスープの味を思い出していた。

 

「ハハッ、豚骨か」

 

 そうつぶやきながら、彼はニヤニヤと笑い、歩く。

 

 ――豚骨スープといえば、やっぱりラーメンだよなぁ。パスタはあるから、そこから麺を改良してもらって……。

 

 平和な異世界の学院にて、才人は故郷の味に思いを馳せていた。

 

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