【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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43.幽閉塔

 アルビオンでの戦いから約一週間が経過し、虚無の休日となった。

 平賀才人はその日一日は鍛錬を休み、他の生徒達と同様に休日を満喫していた。

 

 剣の師匠曰く、休息も鍛錬の一環である。

 才人と共に軍杖術を学ぶタバサも、今日は自室で読書を楽しんでいることだろう。

 

 空は、休日を過ごすのにふさわしい晴天。

 学院の使用人達は広場に野外用の椅子とテーブルを並べ、生徒達はそこでワイングラス片手に談笑していた。

 

 話題の中心は、先日、トリステインの王室から発表されたばかりの、ウェールズ皇太子亡命について。彼の救出劇は、もはや学院で知らない者はいない状況となっていた。

 事実がいくらか曲げられたそれだが、生徒達はどこまでが本当でどこまでが嘘か、主に『魔女』の行動について妄想で話を膨らませた。ルイズ達が命を懸けた冒険も、学院の生徒にとっては暇を潰すのにちょうどよい、噂話の一つでしかない。

 

 もちろん、そんな話をする者ばかりというわけでもなく。どうでもいい雑談や恋の悩みについて話す者もいたり、酔った勢いでコルベール式自転車を爆走させる飲酒運転全開な男子生徒がいたりした。

 

 そして皇太子救出の中心人物であった才人とギーシュはというと、学院メイドちちくらべと称して激しく討論を交わしていた。彼らはアルビオンでの真相を聞き出そうと来る男子生徒達を次々と仲間に加え、二人の英雄に(こび)を売ろうと近寄る女子生徒を落胆させた。

 

 これまで、『魔女』の従者として、距離を取られがちであった才人。だが、乳について男達と語るこの瞬間、彼はある種の一体感を感じていた。

 

 かつてはルイズの乳サイズの解釈で、決闘騒ぎを起こした才人とギーシュ。だが、彼らは成長した。

 受け入れられぬ他者の性的嗜好を尊敬すべき一つの道として受け入れる。多様性を知り、海のように広い(おとこ)の心を彼らは身につけていたのだ。

 

「エロは、国境を越える!」

 

 才人の放った言葉に、男達から賛同のうなりが上がった。

 

 いつになく真面目な表情で、拳を握りしめる才人。

 すると、不意に、その顔に靴先がめり込んだ。

 

「――!?」

 

 才人は声にならない叫びをあげて、草むらを転がる。

 突然の物音に、広場は静まりかえった。

 

 才人の周りにいた男達は、一瞬何が起きたか分からず困惑した。が、ただ一人、『風上』のマリコリヌだけは、その瞬間をはっきりと目視していた。

 この世で最も美しい脚が、才人の顔面に蹴りを叩き込んだのだ。

 

 男達の野望の王国に割り込んだ侵入者。

 それは才人の主、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだった。

 

 ルイズは地べたに這いつくばる才人のもとへと歩くと、つま先で一発、二発と彼の尻を蹴りつけた。

 そして彼の襟首に腕を回し、才人の首を小脇に抱えた。

 

「出かけるわよ」

 

 その言葉と共にルイズは才人を引きずるようにして、歩き出した。

 

「ル、ルイズ?」

 

 事態が飲み込めないままギーシュが声をかけると、無表情のルイズが振り返った。

 

「……なに?」

 

「え、ええと、そのだね。うん、キミ、王宮にいるんじゃなかったのかい?」

 

「休暇」

 

 そう一言だけ答えると、才人を引きずったままルイズは広場を後にした。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 学院を出たルイズは、門の横に止めてあった移動用の(かご)に才人を叩き込む。そして、その横に居た竜騎士に指示を出すと、自分も籠の中に乗り込んだ。

 籠には何本もの鎖が繋がれており、鎖の先は一匹の風竜の鞍に繋がっていた。風竜は巨大で、タバサの使い魔のシルフィードの倍以上の体躯を誇っていた。

 

 竜騎士は慣れた様子で鞍に乗り込むと、手綱を操り風竜を飛び立たせた。

 竜と鎖で繋がっている籠は、ゆっくりと地面から浮く。

 揺れも傾きもしないその離陸は、風竜を操る竜騎士が、この道三十年の熟練の操縦者だからこそできる芸当であった。

 

 空を飛ぶ竜に、籠をぶら下げ移動手段とする。

 これは竜籠と呼ばれる貴族用の乗り物だ。

 

 地球と同じように、ハルケギニアにおいても移動にかける時間の短縮は重視されている。

 地を駆ける馬よりも、空を飛ぶ幻獣を。その中でも最速の風竜を。そんな風竜を調教し移動手段とすることは、ハルケギニアの歴史において早期に考え出されている。

 

 だが竜の背中というものは、とにかく不安定だ。馬に落馬があるように、空を飛ぶ竜から振り落とされる事例は、いくらでもある。

 空中浮遊の『フライ』の魔法を使える貴族といえど、皆が皆、とっさに杖を抜いて魔法を使えるわけでもない。

 そして、高速度で高所から地面に叩きつけられて、生き延びることはまずない。

 

 そこで考え出されたのが、籠の中に人を乗せ、風竜にそれを吊り下げさせる竜籠だ。

 

 もちろん、風竜は馬とは比べものにならないほど希少な生物であり、そのうえ知能が低いため飼育は困難だ。

 ゆえに、平民が竜籠を所持していることはまずなく、もっぱら貴族用の乗り物として使われていた。

 才人の故郷の地球でいうところの、自家用ヘリやビジネスジェットが近いだろうか。速度はビジネスジェットよりも、竜籠のほうが下なのだが。

 

 地球には存在しない、空を飛ぶ幻獣を使った乗り物であるが、それに才人は興味を示さなかった。

 いきなり自分を蹴りつけ、問答無用に学院から(さら)いだしたルイズに、批難を浴びせることが最優先であった。

 

 だが、怒る才人にルイズは淡々と答えた。

 

 婦女子の集まる場所で昼間からする会話か、この馬鹿犬、と。

 

 もっともな返答に、言葉に詰まる才人。

 ルイズを問い詰めるために乗り出した身体を引き、そのまま竜籠内部に用意されていた席に座る。

 背中から高級ソファーのような柔らかさが伝わってきた。学院長室のソファーと同じように、スプリングは効いていなかったが。

 

 籠の中は、観覧車のような対面式の構造だ。

 軽量化のために貴金属での装飾こそされていないものの、才人には内装が格式の高いものであると感じられた。

 

 内部からは見えないが、竜籠の外装には、百合をあしらったトリステイン王家の紋章が彫られている。

 王族用の竜籠をルイズは王宮での労働の見返りに借り受けていたのだった。

 

 才人がルイズと王宮で別れて一週間ほど。

 才人は久しぶりに会った主の顔を見て、あるものを見つけた。

 

「ルイズ、お前の顔……(くま)すごいな」

 

 彼女の整った顔に二つの黒い窪みが出来上がっていた。

 

「そう……そうなのよ。聞きなさいよ。聞け!」

 

 ルイズは両手で才人の左右の肩を掴むと、勢いよく前後に揺すった。

 そして突き飛ばすかのように手を離して座り直し、大きな動作で脚を組むと王宮での生活を語り始めた。

 

 マザリーニが仕事を押しつけてくる。

 貴族達が媚を売ろうと、次から次へと押しかける。

 アンリエッタが血の付いた剣杖を持ったまま、王宮を走り回っている。

 マリアンヌ大后が、娘の教育を間違ったと騒ぎ立てる。

 ウェールズは国内の貴族とわたりを付けるために不在気味で、助けになってくれない。

 

 寝る暇もないという主張だが、要約するとそれはただの愚痴であった。

 

 才人は考える。この小さな貴族のお姫さまが、今まで自分に愚痴を漏らしたことがあっただろうかと。

『魔女』や『賢者』などと言われているが、実際には十六歳の未熟な女の子でしかない。

 個人では消化しきれない辛いことや、どうしようもないこともあるだろう。

 客人としてどこか距離感があった一ヶ月前とは違い、アルビオンでの一件を経て本当の友人になれたのだろうか。才人はそんな思いを抱いた。

 

 とはいうものの、才人は日本において大多数の男子高校生の例に漏れず、異性の友人に恵まれていなかった。そのため、女友達との距離感の変化など、本当の意味で分かってはいなかったのだが。

 

「で、結局、どこに向かってるんだ」

 

 籠に取り付けられた窓から下界を見下ろしながら才人は尋ねた。

 視線の先には街道はなく、田畑もない。開拓されていない自然そのままの風景が広がっている。

 

「幽閉塔、って知ってるかしら?」

 

「知らないな」

 

 ルイズの問いに対し、才人は即答した。

 そう、とルイズはつぶやくと、あるトリステインの文化についてルイズは説明を始めた。

 

 貴族の幽閉。

 

 通常、罪を犯し裁かれた平民は投獄される。

 だが位の高い貴族は、平民と同じ処遇にするわけにはいかなかった。

 

 暴虐の果てに王の座から引きずり落とされた王族が、かつてトリステインに居た。

 トリステインの王族は始祖ブリミルの血を引く世界で最も高貴な存在であり、牢獄に入れることは(はばか)られた。

 そして彼はうち捨てられた要塞塔に幽閉され、二十二年生きた後、病で死んだ。

 幽閉と言っても、広い要塞を自由に歩き回ることが許され、料理人など十数名の使用人が雇われていたという。

 

 貴族を罪人としてではなく、あくまで貴族として扱い幽閉する。

 地球の歴史においてもロンドン塔やタンプル塔など、王侯貴族の幽閉に使われた有名な施設は存在した。だが、当然のことながら才人はその存在を知らない。

 

「初めは罪人の幽閉に使われていた塔だけど、時代を経て違う使われ方をするようになっていったの」

 

 ルイズの言葉に、才人は適当に相づちを打つ。

 興味があるわけではないがつまらないわけでもない、といった姿勢。まあそんなものだろうと、ルイズは話を続ける。

 

「没落したものの力を付けて再興されては困る家、認知するわけにはいかない妾の子、魔法の使えない落ちこぼれメイジ、政治的事情から死亡者として扱われている者、そういった人物を貴族達はこぞって塔に隠し始めた。修道院に入れるって方法もあるんだけれど、それだとブリミル教の総本山に内情が丸見えになるのよね」

 

 幽閉塔と世俗は完全に切り離されている。貴族達はやがて、表に出せない事情を持つ者をそこに隠すようになったわけである。

 

「でも、貴族を幽閉しておけるだけの塔がいくつもあるわけではないわ。幽閉するためだけに新しく建てるのも目立つしね。だから貴族達は大きな幽閉塔を建てて、そこに皆で一斉に隠し物をした」

 

 幽閉塔の共有。どこの誰が考えたのかは分かっていないが、結果としてトリステイン中から次々と貴族が幽閉されていった。

 塔の情報を外に一切漏らさないのが利用者に課される(おきて)であり、時代を経ると共に塔にいる人物について外で噂することすら、貴族らしからぬ行為として扱われるまでになった。

 

「これから行くのはそんな塔の一つ、『女学院』。ま、いろいろ言ったけど、女しかいない秘密の花園に遊びに行くとでも思っておけばいいわ」

 

 そう言ってカラカラと笑うルイズに、才人は一つだけ疑問を投げかけた。

 

「なんとなくは分かった……。けど、その、そんなところに行って大丈夫なのか?」

 

「大丈夫ではないわね」

 

 大丈夫ではない。幽閉塔はトリステイン貴族の汚点だ。

 そのようなところに通われるのは、貴族達から見れば弱味を探られているのと同じである。

 

 悪意を込められた噂は何度も耳にし、抗議文が届いたこともある。

 両親からは何度も止められているし、今回竜籠の貸し出しを頼んだマザリーニからは迂遠(うえん)な言い回しで説教を受けた。そんなルイズだが……。

 

「けれどね」

 

 しかし、ルイズは恐れない。躊躇(ちゅうちょ)しない。遠慮しない。

 

「そこには友達が居るの。友達がいるなら会いに行く。何の問題もないわ」

 

 前を見て歩いている限り、世界は自分を中心にして動いている。

 ルイズの本質は『賢者』ではなく、あくまで『魔女』なのであった。

 




・共有幽閉塔
本作品のオリジナル要素。原作での貴人の幽閉先の例としては、ゲルマニアで政争に負けた皇族が塔に押し込められたり、ギーシュが罪を犯したら親に城へ幽閉されると言ったり、国境越えを宣言したルイズが塔に幽閉されたり、タバサとその母親が辺境の城に幽閉されたり、不吉とされる双子の片割れや貴人の隠し子が修道院送りになったりしています。
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