【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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44.遥かに仰ぎ、麗しの

汝等此処より入りたる者、一切の望みを捨てよ

 

 ルイズは、門に刻まれた文字を高々と読み上げた。

 

 幽閉塔『女学院』。空から見たその建物は、塔ではなく城と呼ぶべき物であった。

 

 竜籠から降りてやってきたそんな城への入り口。ガーゴイルの彫像が飾られた城門を才人は見上げる。

 悪魔の像、そしてルイズの読んだ文字。

 

「まるで、地獄の門だな」

 

「人によっては、そうかもね」

 

「ルイズにとっては?」

 

「さあ……考えたこと無いわ」

 

 そして考えるつもりもない、そう言ってルイズは門を開いた。

 

 ルイズ達が塔の中に入ると、すぐにメイド服を着た使用人が出迎えた。

 これまで才人は、魔法学院とニューカッスル城でメイド服の使用人を見てきた。なので彼は、ハルケギニアにおける女性の使用人の服装は、メイド服が定番なのだと認識した。

 

 竜籠の御者とは塔に入ってすぐの来賓室で別れ、ルイズと才人は使用人に案内されて塔の奥へと進んでいった。

 廊下に点在する窓はすべてカーテンがかけられており、直接の陽の光は一切入ってこない。

 代わりに、魔法の照明が天井から吊り下げられている。

 

 寂しい場所だ。才人が、そう思った矢先のこと。

 

「あっ、ルイズだー」

 

 廊下の向こうから、十歳ほどの少女が駆け寄ってきた。

 

「久しぶりね」

 

「わーわー」

 

 少女はルイズの背中に抱きつくと、ルイズの魔法学院の制服であるマントをつかんで、自分の身体に巻き付けた。

 

「はいはい、後で温室に行くから、また後でね」

 

「はーい」

 

 じゃれる少女からマントを引きはがし、その背中を押す。

 すると少女はルイズを見つけてそうしたときと同じように、廊下の向こうへ駆けて行った。

 そして。

 

「みんなー! ルイズ来たよー!」

 

 大声が廊下に響いた。

 それを聞いたルイズは苦笑。使用人は口元に拳を当てて小さく笑った。

 

「変わらないわね、ここは」

 

 ルイズがそう言うと、使用人は笑みを浮かべたまま応える。

 

「はい。いつも通りでございます。これまでも、これからも」

 

 訂正、ここはきっと明るい場所だ。才人は、そう考え直した。

 

 それから廊下を一分ほど進み、使用人は一つの扉の前で歩みを止めた。

 彼女は扉の正面に立ち、扉につけられたノッカーを打つ。

 

「ほーい」

 

 扉の向こうから、気の抜けた返事が返ってきた。

 

「ミス・ヴァリエールが、お着きになられました」

 

「はいはいはーい」

 

 扉の向こうからドタバタと動く音がして、それから一拍おいて扉が開いた。

 

 中から出てきたのは黒髪を腰まで伸ばした少女。

 服装は先ほど廊下でルイズに飛びついた少女と同じ。この『女学院』で支給されている制服だった。

 その作りはしっかりしたもので、貴族を相手にする針子が作った高級品。ただし、貴族を象徴するマントは着用していなかった。

 

「よっす」

 

 黒髪の少女がルイズに向かって片手を上げて挨拶をした。

 貴族らしからぬその砕けた態度に才人は、面を食らう。

 対するルイズは腕を組んで胸を張り、言った。

 

「使い魔を連れてきたわ。賭けは私の勝ちね」

 

 そのルイズの言葉に、黒髪の少女はきょとんとした表情になる。

 

「使い魔? どこ?」

 

「これ」

 

 ルイズは組んだ腕を解き、親指で横に立つ才人を指し示した。

 指差された才人は何も言わない。そもそも目の前に立つ少女が、ルイズの友人であると言うこと以外何も分からないのだ。よって、自己紹介をすべき場面なのか分からない。

 

 黒髪の少女は腰を軽く曲げ、下から覗きこむように才人の顔を眺めた。

 値踏みするかのように数秒間、才人を見つめた後、少女は姿勢を元に戻し一歩後ろに下がった。

 

「ま、とりあえず中に入りな」

 

 促されるままにルイズと才人は部屋の中へ入っていく。

 使用人は一人、笑顔でその様子を眺めていた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 足を踏み入れた部屋には、高価な調度品と金属細工の入った家具が並んでいた。

 広さは魔法学院の寮部屋の倍ほどはある。

 

 竜籠でルイズが才人に説明した通り、この塔は貴族が幽閉される場所。

 その私室ともなれば、相応の広さが求められる。

 

 魔法学院の寮はあくまで貴族の子供を入れる場所であるが、この『女学院』は子供ばかりが住んでいるわけではない。

 ここは一生を過ごすための場所だ。貴族として最低限の暮らしができるよう、ある程度の広さが確保されていた。

 

 ルイズと才人は部屋の中央に置かれたテーブルへと促され、椅子を引いて着席した。

 黒髪の少女はルイズと才人が二人並んで座ったのを確認すると、その対面に座る。

 そして、ルイズが笑みを浮かべながら冗談めかして言う。

 

「友人が訪ねてきたのに、飲み物も出さないのね」

 

「どうせ後で温室に行って山ほど飲むんだろう。最近(ちまた)では、東方の『お茶』が人気らしいな。それより説明しろよ、人攫(ひとさら)いさん」

 

 人攫い。久しぶりにその言葉を聞いて、ルイズは苦笑した。

 才人を召喚したばかりの頃は、同じように魔法学院の生徒達から、人攫いだの平民を連れてきただのと言われていたことを思い出す。

 

 そしてルイズは以前、生徒達に説明したときと同じように、嘘を混ぜた才人の出自を説明した。

 

 黒髪の少女はというと、机に頬杖を突きながらぼんやりとルイズの言葉を聞いていた。

 そして、ルイズの話が終わると、ふうん、と特に感心もしていない様子でつぶやいた。

 

「ふうん、じゃないわよ。使い魔が召喚できるかの賭け、私の勝ちよ。約束通りあれを渡しなさい」

 

「へいへい」

 

 少女は面倒臭そうに返事をして席を立つと、部屋の一角にある本棚へと歩く。

 そして棚から一冊の本を抜き出しテーブルへと戻ってくる。

 

「ほらよ」

 

 そう言ってルイズに本を投げ渡す。

 それを受け取ったルイズは表紙を数秒眺めると、本を開きページをめくっていった。

 

「なんだそれ」

 

 横に居た才人が、ルイズの持つ本を見て言った。

 ずいぶんと古ぼけた本だ。

 

「『始祖の祈祷書』っていうトリステインの国宝の偽もんだよ、使い魔くん」

 

 答えたのはルイズではなく、正面に座り直した黒髪の少女。

 

「異国人って言うからこっちの言葉を喋れないかと思ったけど、そうでもないみたいだな。『爆弾魔』だ。よろしく」

 

 彼女から初めてかけられた挨拶の言葉に、才人も「よろしく」と返す。

 

『爆弾魔』。名前なのかそれともメイジの二つ名なのか。

 さすがに名前と言うことはないか、と才人がそれについて尋ねると……。

 

「ここでは、本名を名乗ってはいけないってしきたりがあるのさ。そして、わたしのこれは二つ名でもない。これはまー、ここに入った罪状みたいなもんだ」

 

「罪状?」

 

「おう、それ聞く? 聞いちゃう? ここじゃ、幽閉された理由を聞くのはマナー違反だ。だけどまあ、わたしは、心が広いから教えてやろう」

 

 妙なテンションで『爆弾魔』はまくし立てる。

 トリステイン貴族は演劇好き、とは誰の言葉だっただろうか。

 魔法学院で妙に大げさな言動を取る貴族達を見てきた才人は、落ち着いて『爆弾魔』に相づちを返す。

 

 彼女が語り始めたのは、一つの事件。

 首都トリスタニアでかつて連続爆破事件があった。

 

 街の至る所で上がる火の手。

 それの解決に乗り出したのが、当時アンリエッタ姫の遊び相手としてトリスタニアの王宮に滞在していた『小さな賢者』ルイズだった。

 

 捜査を開始してから一週間で、ルイズは爆破の実行犯を突き止めた。

 それは宮廷貴族の一人娘。ルイズとも面識のある女の子だった。

 

 爆破の証拠、アリバイ、目撃者と、彼女を犯人と断定するだけの材料がそろっていた。しかし、その娘には、犯人とするには一つだけ足りない要素があった。

 爆破を行なう動機がなかったのだ。

 いや、そもそも本人自身が、爆破を行なっているという自覚をしていなかった。

 

 彼女は、爆破事件の真犯人により、『爆弾魔』としての人格を植え付けられていた。

 トリスタニアの爆破を実行していた者は、女の子の身体を操っていた、その『爆弾魔』の人格だったのだ。

 

「人格を植え付ける……?」

 

 とんでもない話だ。そんなことが可能なのか。才人は戦慄する。

 

「理論上は可能よ」

 

 答えたのは、『始祖の祈祷書』の贋作を読み終えたルイズだった。

 

「サイトの使っているデルフリンガーみたいに、物に人格を植え付ける方法は存在する。それを人間に対して行なった馬鹿がいたのよ」

 

 人の心を魔法で操ることは可能だ。そのような『水』の魔法もあるし、秘薬だって存在する。

 ゆえに、ルイズは真犯人を捕えた後に、実行犯に仕立て上げられた女の子の脳内に潜む『爆弾魔』の人格を消そうとした。

 

 爆破事件は、全て真犯人に指示を受けた『爆弾魔』の人格による犯行だ。

 女の子本人には罪は一切なく、『爆弾魔』の人格のみを処刑すれば彼女に罰が科されることもない。

 

 だが、女の子は人格の消去を拒否した。

 

「まー、なんつーか、自分の中に住んでる同居人を殺すのは後味悪いって思ったのさ。今じゃ人格がぐちゃぐちゃに混ざっちまって、消したくても消せないんだがね」

 

「確かに、会うたび言動が粗暴になっているわよね」

 

「それは人格じゃなくて、ここの生活のせいだな。キヒヒ」

 

 ケラケラと笑う『爆弾魔』。

 その様子を見て、才人は理解した。

 彼女は、タバサやアンリエッタのような、ルイズの『変な友人』の一人なのだと。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 窓が全て布で覆われ、外界と隔絶されているこの幽閉塔にも、陽の光を浴びることができる場所がある。

 植物を育てるための温室。作物を育てたり、花を愛でたりすることが趣味の者達が集まる、(いこ)いの場所だ。

 

 だが、現在、この温室に集まっている者達は、花を愛する寡黙な少女などではなかった。

 

「ルーイズ! アルビオンで大活躍だったんだってね!」

 

 集まっているのは、ルイズが『女学院』に足を運ぶうちにできた友人達。

 知識が豊富で饒舌なルイズは、友人を作ることが大の得意だった。

 

「耳が早いわねぇ。本発表からまだ三日よ」

 

「わはは、暇人をなめちゃいけないよ」

 

 そういうと、ルイズの周りにいた一人の女性が、一枚綴り形式の週報新聞をルイズの前で広げて見せた。

 

 記事の見出しは『ウェールズ皇太子殿下大救出!』。

 ちなみに一週間前の見出しは『アルビオン陥落! 始祖の血脈消滅!?』であった。

 

「それ、ゴシップ紙じゃないの?」

 

「えー、でもこれ面白いよ?」

 

 ルイズの突っ込みに、女性はそう返すと、新聞紙を握った手をぱたぱたと上下に振った。

 

 外との繋がりを持たない幽閉塔と言えど、生活するためには外からの物資が数多く必要となる。

 定期的に届く物資の中には、外の情報を載せた新聞も交ざっていた。

 

 トリステインにおいて、紙は貴重なものではない。

 貴族と平民の共通の趣味として読書があり、それなりの規模の街であれば紙で作られた書物を扱う店は必ずと言って良いほど存在する。

 本を専門とする行商人もごく少数であるが存在するし、首都トリスタニアともなれば王立の図書館だってある。

 

 ここまでトリステインの紙文化が発展しているのは、平民の識字率の高さにあると言えよう。

 もちろん義務教育という概念が存在する才人の故郷とは、比べものにはならないほど低い識字率だ。貴族から見ても、読み書きできる平民は少ないという認識。

 

 しかし、市場を見てみると、平民向けの娯楽小説がそれなりの数、刊行されている。

 そして、それらの本は、文字を習える層の平民が買える値段に抑えられている。そんな、貴族からしてみれば安値の商品が、商売として成り立つほど売れている状況が現在のトリステインだ。

 

 そのような市場の実態を知らない才人は、新聞というものの存在に純粋に感心した。

 数々の地球文明を越える魔法の産物を見てきた才人であるが、彼の頭の中では未だに、ハルケギニアの基本的な文明レベルは、剣と魔法の中世風ファンタジー世界という認識。

 新聞という日本の生活で身近だった製品が、この世界にあるなどと想像していなかったのだ。

 

 目の前で広げられた記事の内容は、つい先日の出来事である、アルビオン王国が滅び皇太子が亡命した一連の事件の顛末となっている。その当事者であるルイズは、次から次へと質問攻めにあい、彼女はそれに一つ一つ答えていった。

 

「ふうん、本当に人間の使い魔なのね」

 

 ルイズが皆と会話を進めるうち、一部の興味が才人に向いた。

 二十歳ほどのたれ目の女性に顔を触られ、十にも満たない子供に服をぐいぐいと引っ張られる。

 

 多くの女性陣に囲まれて鼻の下が伸びそうになる才人だが、巨躯の狼に乗った双子の少女が「わたし達の使い魔とどっちが強いかな」と言ったところで冷や汗が吹き出た。

 狼に顔を舐められて硬直している才人をルイズがニヤニヤと眺めている。

 

「ルイズちゃん、わたし達の使い魔と一日交換しない?」

 

「狼の毛皮って、いいコートになるかしら」

 

「ごめん、やっぱなしでー」

 

 婦女子達と楽しそうに語り合うルイズを見て、才人はなんとなく自分がここに連れてこられた理由を察した。

 きっと友達に自慢したかったんだろう。自分が呼び出した使い魔を。

 

 竜籠の中で、ルイズはここへ友人に会いに行くと言った。

 あの『爆弾魔』がその友人なのかと才人は初め思っていたが、どうやらそれは間違いだ。

 ここにいる全員が、ルイズの友人なのだろう。

 

 思えば、魔法学院でもルイズは多くの友人達に囲まれている。

 

 友のためなら無理を押し通し、禁忌も足で踏みつける。

 自分のご主人様の本当の魅力は、美貌でも知識でもなく、その精神性にあるのだろう。

 平賀才人は狼に手を甘噛みされながらそんなことを思った。

 

 思ったのだが。

 

「さて、それじゃあ談話はここまで。みんな、ちょっと面会室を借りるわよ」

 

 ルイズがそんなことを言い出して、女子達から「えーっ」と不満の声が上がる。

 それを受けて、ルイズは苦笑をしながら言葉を続けた。

 

「ごめんなさい。今日は、この使い魔と内緒話をしに、ここへやってきたのよ」

 

「……どういうことだ? 今日は、友達のところに遊びに来たんじゃないのか?」

 

 ルイズの発言を聞いて、才人は浮かんできた疑問をそのまま素直にぶつけた。

 

「ううん。実は、才人に話したいことがあったの。それで、陸の孤島のここで、絶対に外へ話が漏れない面会室を使いたくてね」

 

「おいおい、ちょっとただごとじゃないな」

 

「魔法学院の寮の部屋はちょっとね。ほら、この前なんて大事な話の最中、ギーシュが盗み聞きして乱入してきたでしょう?」

 

「あー……」

 

 アンリエッタ姫からの依頼の最中、部屋にギーシュが殴り込んできた、あの日の光景を才人は思い出した。

 しかし、普段はその寮の部屋で、地球の話や『ガンダールヴ』の話などを才人達は平気でしていた。つまり、今回ルイズがしようとしている話は、それを超えるよほどの大事か、よほどの秘密だということである。

 

 そう理解した才人は、立ち上がったルイズを追うようにして自分も席を立ち、先導するように歩き出したルイズに着いていく。

 さらにそれを追おうとした小さな少女がいたが、他の女性陣に止められて、ションボリと肩を落とした。

 さらに、ルイズの行動を見守っていた女性陣の一人から、こんな台詞が飛び出した。

 

「今日は面会室の使用予定はないはずだから、中で三時間くらい休憩してきていいわよ」

 

 その言葉に、ルイズは振り返って苦笑する。

 

「そんなに長話はしないわよ」

 

「いやいや。男女のあれこれをしようとすると、三時間でも足りないかも」

 

「……ッ!? いや、サイトとはそういう関係じゃないわよ!?」

 

 そんなルイズと女性のやりとりに、才人は心の中で笑った。

 こういうハレンチな話題にルイズは弱いよな、と。自身のご主人様の意外な弱点だった。

 




・汝等此処より入りたる者、一切の望みを捨てよ
ダンテの『神曲』に登場する地獄の門に書かれた銘文。を元ネタにした、ゲーム『遥かに仰ぎ、麗しの』に登場する凰華女学院分校の正門に書かれた銘文のオマージュ。

・爆弾魔
ゲーム版の第一作『ゼロの使い魔 小悪魔と春風の協奏曲』に登場する要素。ただし、本作品のハルケギニア大陸西部には、ゲーム中に登場した獣人種族はいないこととしています。
ちなみに今回出てきた爆弾魔はオリキャラです。本作品の世界にゲームで出てきた高凪春奈はいません。

・識字率と紙
原作でのシエスタや彼女の同僚の使用人達は、娯楽小説本を買って読んでいます。トリステイン魔法学院の使用人はおそらく高給取りでしょうが、それでも平民が趣味として読書ができるくらいには識字率と紙の普及は進んでいます。

・新聞
原作の約三十年前を舞台としているであろう『烈風の騎士姫』に新聞社が登場します。
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