【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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48.ジャンヌの父

 数日後の夕刻、清掃員アンは、残る実家の仕事を書生のヴァネッサに押しつけ、『魅惑の妖精』亭へと訪れていた。

 店は夜の営業のために開店準備中。

 前の騒動の時は店にいなかった店長のスカロンに、アンはジャンヌの家の場所を尋ねた。

 

「あの子の家? なんでそんなこと知りたいのかしら? アンさんと言えど、店員個人の事情にはあまり深入りしてほしくないわね~」

 

 何かとワケありな娘達を集めて店を経営している店長として、スカロンは当然のように拒否の意思を見せた。スカロンは、派手な服を身に纏った男だ。周囲には、ミ・マドモワゼルと呼ばせている女口調の成人男性である。

 そんな彼が経営するこの店は、叩けば叩くほどホコリが出るような場所である。なにせ、街角で路頭に迷っているような子供でも、お構いなしに店員として招き入れているのだ。

 

 だからといって、店で違法な仕事をさせているわけではない。

 汚れた過去から足を洗うための場として、娘達に給仕としての仕事を与えているのだ。

 店の決まりの一つ、店員はお客からいくらでもチップを巻き上げても良い、というのも、スカロンの心遣い。彼女達が独り立ちするためのお金を稼がせてあげようという、優しい想いからくる言葉であった。

 

 だがアンも、この程度で引き下がるつもりはない。

 

「ほら、わたくし『水』のメイジでしょう? もしジャンヌさんのご家族が、あの徴税官に乱暴されているのなら治療できるかしら、と」

 

「なるほど、そういうことね」

 

 スカロンは考える。アンにジャンヌの家を教えて良いものかと。アンの『本当の姿』は知っている。この店でそれを知っているのは彼だけであるが。

 もしジャンヌに表沙汰にできない過去があったとしたら、アンはどうするであろうか。今までアンが解決してきた、街の事件を思い出す。

 問題ない。アンはこの不良清掃員の姿をしている限り、義に厚く法の力を振り回そうとすることはない。

 

 そしてジャンヌ。スカロンは、彼女の抱えている事情を何も知らない。

 だが自分がいないときに、店内でジャンヌを巡って一騒動起きたことは知っている。店で長く勤めた店員は皆、スカロンにとって実の娘のような存在だ。過去はともかく、今現在、その身に不幸がふりかかっているならば、手をさしのべてやりたかった。

 

「別にジャンヌさんをどうこうしようとしているわけでは、ないですわよ?」

 

 アンもジャンヌが『レコン・キスタ』の間諜などではない限り、無理に彼女の事情を暴き立てようとする気はなかった。たとえジャンヌに多少の後ろ暗い過去があったとしてもである。

 狙いはあくまで、彼女に狼藉(ろうぜき)を働こうとしている、チュレンヌ徴税官とその背後なのだ。

 

 法を犯す者全てを断罪するなど、面倒極まりないことだ。

 アンは、しばしばトリスタニアで目にした邪悪を成敗することがある。が、法の精神などという崇高なものからくる行ないではない。ただの自己満足と義憤からくる行為である。

 

「……よし、分かったわ! 教えるけど、後ろ暗い事情を抱えていても、責めないであげてね」

 

 スカロンは腰を振り、アンに向けてウインクを飛ばした。

 ジャンヌが今、辛い状況にあるのなら、できれば助けてあげたい。それがスカロンの想い。

 だが、しがない酒場宿の店長には、できることがとても少ない。だからこそ、あちこちに首を突っ込んでは、豪快に解決してしまうこの不良清掃員に託すことにした。

 

「ええ、約束。ついでに徴税官の職務態度も調べますわ」

 

「トレビアーン! それは助かるわ~。あの貴族さま、アンさんがしばらく街に顔を見せていない間に、ずいぶんと好き勝手していて困っていたのよ」

 

「ヴァネッサがうちで働いてくれれば、こんなこともないのですけれど」

 

 アンは貴族の横柄の責任を幼馴染みの居候に、全力で押しつけた。

 彼女が自分の手助けをしてくれれば、トリスタニアは住みよい街になるのに、と。

 別にアンは、あの幼馴染みが自分に従ってくれないことが、悪いと言っているわけではない。ただの愚痴だ。

 

「だめよ~。ああいう子は野山の花と同じで、無理に手元に置いたら枯れちゃうのよん」

 

「わたくしの方があの子とは長いのに、言いますわね」

 

「こればかりは人生経験よ」

 

 スカロンは再びアンにウインクを飛ばすと、ジャンヌの家の場所について話し始めた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 トリスタニアは広い。

 ここ数年は、善政で評判になったヴァリエール公爵領や、モット伯爵領にいくらか人が流れているが、ハルケギニア一美しい水の都としての名は高く、今も二十万人近い人々が居を構えている。

 トリスタニアを大雑把に区分すると、王城近くにある貴族の屋敷が建ち並ぶ街と、平民達の住居や商人の店が多く集まる下町の二つに分けられる。それら貴族街と下町はそれとなく分かれており、貴族と平民という二つの階級を物理的に分ける象徴となっていた。

 

 アンがやってきたのは、下町の中流階級の住居が並ぶ裏通り。そこに、ジャンヌの住む家があった。

 ジャンヌの家はアンが想像していた小さな家屋とは違い、立派な白い石造りの建物であった。

 家と屋敷の中間ほどの佇まいの建築。下流貴族や、それなりの規模を持つ商人の住んでいるような家だ。周囲の家と比べるとその大きさは少々目立っていた。

 自身が清掃員に扮しているときに自称している、貧乏貴族の三女の地位。それに実家というものがあるのならば、このような家なのだろうと、アンは思った。

 

 アンは家の扉に付けられた、大きなノッカーを叩く。

 すると、ノックの音にわずか遅れて扉の裏から鈴の音が響いた。来客を知らせる家屋用のマジックアイテムの一つだ。

 

 ジャンヌは訳あり娘が集まる『魅惑の妖精』亭に勤めているが、それなりに裕福な家柄らしい。

 アンが思い出してみると、ジャンヌは店の給仕としての仕事を楽しんでやっていた。

 純粋に人と接するのが好きであの仕事を続けているのだろう。だからこそきわどい格好でお客を魅了し機嫌を取るという仕事で、給仕の中でも上から二番目の人気を誇っているのだ。

 

 なにかと複雑な事情を抱えるあの店の店員の一人ということで、アンはジャンヌを色眼鏡で見ていた。だが、人を思い込みで判断していたかと、アンは少々反省した。

 アンがそのようなことをつらつらと考えていると、木製の扉が小さくきしむ音を立てながらゆっくりと開いた。

 

 扉の奥から出てきたのは、四十歳ほどの男性。トリスタニアの清掃員の制服を着て、肩には焼却担当の貴族階級である『火』のメイジであることを示すマントがかけられていた。

 この人がジャンヌの家族だろうか。アンは思った。

 となると、ジャンヌは平民ではなく、貴族の子女ということになる。昼夜問わず店に勤めていることから、この家の給仕も兼任しているということはないだろう。

 

「おや、急ぎの焼却ですかな?」

 

 と、貴族の男はアンの清掃員のマントを見ながら言った。

 彼はアンを清掃局から仕事の催促に来た、連絡員だと思ったのだ。

 

 トリスタニアには多くの清掃員が勤め、街中のゴミを拾い、水で道を清めている。だが、当然拾われたゴミは、当然どこかに集めて処理しなければならない。

 ゴミ処理は水メイジの魔法では、その多くは汚れを洗い落とす程度のことしかできない。

 

 ゴミが可燃物ならば、火の魔法が得意なメイジに任せて、処理施設で焼却処分する。

 だが、ただ火をつければいいというわけではなく、より高火力でかつ施設へ熱の影響を与えないという魔法が必要なため、それを行なう『火』のメイジにも高度な技術が求められる。

 

 しかし、高度な魔法教育を受けている高位貴族は、清掃員という職になかなか就きたがらない。そのため、焼却担当のメイジは街中の清掃を行う『水』のメイジと比べて少ない。

 これは、焼却後の灰や不燃物を『錬金』して、再利用可能な物質に変換する『土』のメイジも同じだ。

 

 この男は腕の高いメイジで、かつ貴族が集まる地区に居を構えない下級貴族なのかもしれない。アンはそうあたりをつけた。

 そしてアンは初めて会う男に、軽く一礼をする。

 

「いえ、お仕事ではありませんわ。わたくしはジャンヌさんのお店に通わせていただいております、アンと申します。お友達のジャンヌさんの家を人づてに聞きまして、訪ねてみようかと」

 

 アンの自己紹介を聞いて、男はわずかに呆ける。家族であるジャンヌが勤める店は、男性客向けの酒場宿。このような若い貴族の娘が、通っているものなのかと意外に思ったのだ。

 だが、男はすぐに表情を正すと、アンに礼を返した。

 

「これはこれは。私はジャンヌの父でございます。見ての通り、そちらと同じく清掃員をやっております」

 

 父であると言った男は、ジャンヌと同じ栗毛の髪をしていた。

 やはり、ジャンヌは貴族の娘であったようだ。

 

「しかし、娘は先ほど出勤したところでして……」

 

「そうでしたか……。でしたら、こちらのお土産をジャンヌさんにお渡しいただけますか?」

 

 そういうとアンは腰にさげた荷物袋から、街で評判の小麦菓子の袋を取り出した。

 

「これはまたご丁寧に。どうですかな、娘はおりませんが東方から来たという『お茶』の一杯でも」

 

「あら、ありがとうございます。少しご馳走になろうかしら」

 

 ジャンヌの父に案内され、アンは家の中へと入っていく。

 若い貴族の娘を家に連れ込んだという見える構図である。だが、ジャンヌの父には下心などなく、娘の貴族の友人を素直にもてなそうとしただけである。アンもそれを分かって、『お茶』の誘いに乗ったのだった。

 

 貴族が一家族住むにはわずかに小さめのこの家に使用人はいないらしく、ジャンヌの父自ら炊事場に湯の用意をしにいった。

 彼の妻らしき人もいない。初めはジャンヌのように仕事に出かけているのかとアンは思った。だが、居間に置かれた死者を弔うブリミル教の聖具を見て、彼の妻はすでに亡くなっているのだと知った。

 

 数分後、ハルケギニアの陶器とは違う独特の佇まいを持つ『茶器』を盆に載せ、ジャンヌ父が居間へと戻ってくる。

 湯を沸かすには少し短い時間だったが、『火』の魔法を使ったのだろうとアンは当たりを付けた。

 

「ハハハ、娘が店員の子達を連れてくるということはありましたが、お客が訪ねてくるのは初めてですなぁ」

 

『茶器』からこれまた異国風の『茶碗』へと『お茶』を煎れながら、父は笑った。

 アンはその言葉に、確かにそれはその通りだろうと笑い返す。

 

「ああいうお店ですから、お客がお店の子の家を知るのは良くないことですわ」

 

『魅惑の妖精』亭は、色香のある若い娘が客を誘惑しながら給仕をするという、性風俗スレスレの行為が売りの店だ。

 店員に本気で入れ込んだ客が、家まで尾行して問題を起こすという事件もたびたび起こる。よって、店長であるスカロンが給仕の家を教えることなど、アンが相手でなければ絶対になかったであろう。

 

「あ、わたくしは別に『そういう趣味』ではございませんよ? あのお店は、良いお酒を扱っているのです」

 

 そう言い訳するアンだったが、実際のところアンはあの店の雰囲気が大好きであった。良い酒を飲みたいならば実家で飲めば良いだけだ。

 ただし、可愛い女の子に酌をされるという行為そのものが、好きなわけではない。アンは、善政で知られるモット伯爵が、若い美少女メイド達に酌をさせるという夜会に忍び込んだことがある。が、そのときは特に感じ入るものはなかった。

 では、どういうことかというと、『魅惑の妖精』亭の妖精達は、あのときのどこか義務的だったメイド達と違って生き生きと仕事をしているのだ。自発的に色気を振りまき、チップを貰って心から喜ぶ。アンが普段見ることができない、城下の平民達が全力で生きる姿なのだ。

 

「それで、今日はご挨拶とは別にジャンヌさんのご家族に、ちょっとお話があって来たのです」

 

 渡された『お茶』を優雅に飲みながら、アンはそう話を切り出した。

 彼女は別に意味もなく『お茶』を楽しみに来たわけではない。

 

「先日、ジャンヌさんがお店で、あの悪名高い徴税官に(さら)われそうになったのを見まして」

 

「何ですと!」

 

 アンの言葉を聞いて、ジャンヌの父は『茶器』をテーブルの上に取り落とし勢いよく立ち上がった。

『茶器』からはねた湯が服にかかり、彼は熱さでさらに飛び跳ねた。

 

「あら、聞いていなかったのですね。でもご安心くださいまし。徴税官達は街の衛士に追い払われていましたわ」

 

 そう言いながらアンは腰の荷物袋から人差し指ほどの長さの小さな杖を取り出すと、一言ルーンを唱えてテーブルの上に拳ほどの大きさの氷を作り出した。

 ジャンヌの父はかたじけない、と礼を言うとお湯のかかった服の上に氷を押し当てた。

 

「それで、あの(みにく)い徴税官のことですから、わたくしのお友達のご家族にまで、乱暴をしていないかと心配になりまして……」

 

「は、いや、そうでしたか。でもご心配なさらず。私と娘二人で暮らしておりますが、この通り怪我も病気もなく……いや火傷はありますが」

 

「少し失礼いたします」

 

 アンは杖をしまい茶碗を置くと、立ち上がりジャンヌの父の元へと歩く。そして、アンは湯のかかった服ではなく、ジャンヌの父の左肩を握った。

 すると父は顔をしかめて低い声でうなった。彼の左肩は打ち身になっており、若い娘の力で握られただけで、痛みが表に出てきてしまった。

 

「あらやっぱり。わたくし、医療も少したしなんでいる、『水』のメイジですの。怪我をしているか、なんとなく分かってしまうのです」

 

 彼が『お茶』を煎れているとき、右手を必要以上に多く使っていた。

 また、お湯がかかり立ち上がったときも、身体の一部をかばうようにしていたのも見受けられた。

 

「治療させていただいても?」

 

 アンは先ほどしまった杖を再び取り出しながら、ジャンヌの父に問いかける。

 

「はは、これは情けないところをお見せしましたな。しかし魔法に頼るほどの傷でもありません」

 

「いえいえ、ご遠慮なさらず。お金のかからぬ簡単な治療ですので。秘薬なども使いませんわ。ほらほら、お座りになって」

 

 アンは彼を強引に座らせると、長めのルーンを口ずさみ『治癒(ヒーリング)』の魔法を発現させた。

 

 軽い感じでアンは魔法をかけたが、発動した効果は『トライアングル』級に達した高度な『治癒』であった。

 傷を調べ、症状に相応しい治癒の力を相手に与える。本来ならば水の秘薬無しに、軽々しく使えるような魔法ではない。

 

 だが、アンはわざわざこのジャンヌの父にそれを言って、治療費を請求するなどということはしない。

 一方、同じく高位の魔法の使い手であるジャンヌの父は、アンの使った魔法の効果を理解していた。だが、だからといって彼がアンに無理にかしこまるということもしない。娘の友人の好意と受け取って、彼は素直に『治癒』の魔法をその身に受けた。

 

「しかし、徴税官の手によるものとなると、何故ジャンヌさんが狙われるのでしょうね。ジャンヌさんはただの雇われ店員で、ミスタは王国直下の公職で、徴税官の狙う相手には思えないのですけれど……」

 

 魔法をかけながら、アンがそうつぶやいた。

 それを聞き、ジャンヌの父は顔に険しい表情を浮かべる。

 

「あらいやだ、立ち入った話をしてしまいましたね。そんなつもりはなかったのですけれど。忘れてくださいまし」

 

 アンが素直に話題を撤回すると、ジャンヌの父も表情を元に戻しアンに向けて笑みを浮かべた。

 

「見事な魔法の腕ですな。私の勤める清掃支局でお目にかかったことはありませんが、もしや中央支局の幹部の方でしたかな?」

 

「いえいえ、しがない貧乏貴族の三女でありますゆえ、そのような地位はとてもとても」

 

 杖を持たない片手でマントに触れながら、アンは大げさに首を横に振った。

 彼女のマントは、清掃員の貴族に与えられる物の中で、最も格が低い物である。

 

「仕事をサボってばかりの不良局員ですわ。ジャンヌさんにも、よく税金泥棒などと言われますね」

 

「それは、娘が失礼を」

 

「事実ですので、全面的にわたくしが悪いのです。あ、今日も仕事を他の方に押しつけてここに来てますの。内緒ですよ?」

 

 そう言ってアンは、ジャンヌの父に笑みを返した。

 豪奢な化粧に飾られていないが、それは確かにトリステインで最も美しいと(うた)われる笑みであった。

 

「はは、治療代として、黙っておきますよ」

 

 ジャンヌの父はその笑みに魅了されるわけでもなく、ただ冗談を返した。

 

「うふふ、ありがとうございます」

 

 アンは魔法を終え杖をしまうと、優雅な礼をする。

 そして、『お茶』の続きを楽しもうと、もとの席へと戻っていった。

 




・ジャンヌの父
オリキャラ。ジャンヌ本人は原作キャラですが、彼女の父や彼女の過去等は全部今回の章のための捏造設定です。
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