【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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49.悪の企み

 トリスタニアに夜が訪れる。

 夜間の犯罪を防ぐために城下町の所々にランタンが掲げられ、夜の闇を必死に払おうとしている。だがしかし、その火の光は街の奥深くまでは行き渡らない。

 城下町の大部分を占める下町では、貴族の屋敷で使われているような、灯りのマジックアイテムは使われていない。

 マジックアイテムは未だ貴族が使う高級品。首都トリスタニアと言えど、下町で監視もなく夜間放置していては、盗難にあってしまうのだ。

 

 それに対して王城近くの貴族が多く集まる地区。そこでは貴族達が己の所有する住処を周りに誇るように、灯りの魔道具が屋敷のいたるところに吊り下げられていた。

 国が市街地に置いた灯りなど、わずかなランタンしかない。だというのに、王城を囲むように広がる貴族街は、まばゆく光り輝いていた。

 

 その貴族街の一画、トリスタニアの徴税官チュレンヌの屋敷で、ある貴族達の密談が交わされていた。

 

 庭に面した一室。壁には銀細工の入った室内照明のマジックアイテムが部屋を照らしている。

 部屋の中には黄金や宝石の散りばめられた置物が、ズラリと並ぶように置かれていた。この一室だけでいったいどれほどのお金が注ぎ込まれているのだろうか。

 

 首都を担当する徴税官の屋敷とはいえど、ここまで豪華な調度品が揃えられた部屋はそうそうない。

 あるとすれば宝物庫であろうが、ここは庭へと続くテラスがある開けた部屋だ。部屋の中央には大理石作りのテーブルが置かれている。

 

 その豪奢(ごうしゃ)な部屋の中には、三人の男がいた。

 一人は扉の前に立つ、無地のマントを身につけた衛士風の男。この屋敷の主の私兵である。

 残る二人は、いかにも上位の貴族といった雰囲気の服とマントを身につけ、これまた立派な装飾入りの椅子に座っていた。

 

 その二人の上位貴族の片方、この屋敷の主であるチュレンヌ徴税官は、扉の前に立つ男へと言葉を投げかけた。

 

「なに? あの清掃員が、ヤツの家にとな……」

 

「はっ! 娘の店に張り込んでいた者によると、店からヤツの家へ向かったとのこと。おそらく、ヤツの娘の知人かと」

 

 部下の報告を聞き考え込むチュレンヌ。

 彼は、ある事情から、ジャンヌの家とその勤め先を部下に監視させていた。

 

 そして今、その部下のまとめ役から、ある清掃員がジャンヌの勤め先から出て、ジャンヌの家に姿を現したとの報告を受けていたのだ。

 

「このわたしを足蹴にしよって、平民と馬糞拾い風情が腹立たしい……」

 

 チェレンヌが思い出すのは、あの『魅惑の妖精』亭での一件。

 ジャンヌを連れてこようとしたところで平民が邪魔をして、あろうことか徴税官である自分を蹴り飛ばしてきたのだ。

 その隣にいた清掃員のメイジも、部下に向けて椅子を投げつけて、さらには杖を抜き『風』の魔法を向けてきた。

 

「うむ……そうだな」

 

 平民と清掃員などというくだらない連中が、この偉大な徴税官に逆らった。それがまた姿を現した。どうしてやろうか。そう考えたチュレンヌは少し悩んでから、清掃員に罰を与えることに決めた。

 

「その女を殺して、ヤツの家に死体を投げ入れろ。いい脅しになるだろう」

 

「承知致しました」

 

 命令を受けた男は、静かに部屋を退室していく。

 残されたのは、チュレンヌとその向かいに座る上位貴族の男。

 その貴族の男は、チュレンヌに言葉を向ける。

 

「チュレンヌよ」

 

「は、法院長殿」

 

 法院長と呼ばれた男は、手に持ったワイングラスを(もてあそ)びながらチュレンヌに問いかける。

 

「して、ヤツは口を割りそうか?」

 

 対するチュレンヌは、頭を横に振って否と伝える。

 

「ただ、あの拒みようでは、何かを知っているようではありますな……」

 

「ふむ、ではどうする?」

 

「やつは元暗部のメイジでありながら、今はゴミ焼きなどという地位に満足しておるようです。人を殺すのが怖いのでしょうなぁ。ならばこそ、娘に関わる人間を殺してみせて、脅しをかけましょう」

 

「街中ではしてやられたと聞いたが、できるのか?」

 

 法院長の男は、すでにジャンヌを(さら)うことに失敗したという報告をチュレンヌから聞いている。

 女二人に邪魔され、その場に城下の警邏(けいら)隊がかけつけて動きづらくなったとも。

 

「あのとき、わたしの部下達を叩き伏せたのは手練れの平民の娘。今回狙う相手は、その連れのただの清掃メイジでございます。使っていた魔法も初級の『風』程度。抜かりありません」

 

「そうか。くくく、期待しておるぞ……」

 

 男は喉の奥で低く笑うと、グラスの中身を一息に飲み干した。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 夜の小道をアンは一人歩いていた。

 ジャンヌの父はなかなかの話し上手で、つい長居をしてしまった。

 ほとんどが清掃員としての取り留めのない会話に終始していた。だが、執政の評判というものが気になるアンは、彼の話に耳をかたむけ、『お茶』を三杯もおかわりしてしまった。

 ジャンヌの家を出た頃には、日はすっかり落ちきってしまっている。

 

 アンは小さな杖で『明かり(ライト)』の魔法を操りながら、夜道を進む。

 向かうのは、城への渡し船が置かれている隠し水路。

 

 ジャンヌの家から水路までの道のりを半ばまで進んだ頃だろうか。

 アンは己に近づく足音を聞き、その場で足を止めた。

 

 次の瞬間、脇道から五人のメイジ達が、杖を構えて飛び出してきた。

 

「はあっ!」

 

 メイジの一人が赤く光る魔法の刃で、アンに斬りかかった。

 

 アンは驚くこともなくそれを避けると、右手に持っていた小杖を袖の中に落とし、腰に下げていた剣杖を抜いた。

 そして止まることなく、流れるような動きで剣杖を振るう。

 

 アンの剣杖は襲いかかってきたメイジの杖へと当たり、『ブレイド』の魔力の刃ごと、杖を真っ二つにした。

 魔力の刃を杖にまとわせる『ブレイド』の魔法は、岩をも割る。しかしアンは、ルーンを唱えることもなく杖剣でそれを切り裂いたのだ。

 

 その間にも、他のメイジ達は杖を構えながら走り寄り、アンを囲んだ。

 

 杖を斬られた男をアンは蹴り飛ばすと、アンはルーンを口ずさみながら、剣杖を両手で握り八相の構えを取った。

 

 包囲よりわずか遠くに位置していたメイジが、アンに向けて『マジック・ミサイル』の魔法を飛ばす。

 本物の矢のごとく一直線に飛ぶ魔法の矢だったが、ルーンを唱え終えたアンの魔法に突き刺さり、消え去った。

 アンが使った魔法は『アイス・ウォール』。空気中の水分が一所に集まり、それが一瞬で冷やされる。そそりたった氷の壁が、死角に飛んできた魔法からアンを守った。

 

 その詠唱の素早さと氷の壁の厚さに、メイジ達はアンがただ者ではないと感じ取る。

 

『ブレイド』の魔法を杖に纏わせている輩は、残り二人。

 剣杖を構えるアンは、その二人のメイジへじりじりと近づいていく。

 このまま近づかれたらこちらが先に斬られると察知したメイジ達は、杖を振りかぶりアンへと斬りかかった。

 

 そんな二人の斬撃を剣杖を振るって叩き落とし、再び構えを戻すアン。

 先ほどのようにメイジ達の杖が斬られることこそなかった。だが、メイジ二人は『ブレイド』を伝って杖に響いた衝撃から、アンが自分よりはるか上の軍杖術の使い手であることを悟った。

 

 一連の動作の間、アンは呼吸の中にルーンの詠唱を混ぜていた。

 空に向かって切っ先が向けられている剣杖から氷のつぶてが飛び出し、氷の壁の陰から側面にまわって魔法を放とうとしていたメイジの肩を抉った。

 

「ぐ……」

 

 つぶてを当てられたメイジは杖を落とすことこそなかったが、強い痛みで詠唱が中断してしまう。

 

 近づく者は剣杖で捌き、遠くの者は魔法で対処する。

 一対五という状況ながら、アンは襲撃者を完全にあしらっていた。

 

 構えには一分の隙もなく、剣杖を振るったかと思えば、いつの間にか詠唱を終わらせ魔法を放っている。

 襲撃者はチュレンヌ徴税官のもとで汚れ仕事を任されている、実戦慣れしたメイジ達である。

 その彼らをもってしても、アンを殺すための糸口が見えなかった。

 

 こうなれば一斉に魔法を撃つか、とメイジ達が目配せをしている最中。道の陰から突如怒鳴り声が響いた。

 

「何をしている!」

 

 横道から、平民の傭兵が三人かけよってきた。

 いずれも女性ながら、戦慣れした雰囲気を帯びた傭兵達。腰の革ベルトには、短剣と短銃がそれぞれ一つずつ吊り下げてある。

 

 突然の邪魔者に、襲撃者達の動きが止まる。

 

 傭兵達はアンの元へと駆け寄っていくと、言葉を交わすこともなくアンを守るようにメイジ達の前に立ちふさがる。

 そして傭兵の一人、金髪の女が短剣を抜き、目にも留まらぬ早さでアンの正面に立つメイジの前へと踏み込んだ。

 

「ふっ!」

 

 剣先がメイジの右腕の肉を骨の近くまで切り裂き、吹き出す血と共にメイジの手から杖が落ちた。

 

 傭兵達は迷うことなくアンの味方に付いた。そのことをいち早く理解したメイジの一人が、杖を傭兵へと向ける。

 だが、メイジがルーンを唱え終わるよりも早く、傭兵の銃弾がメイジの肩を貫いていた。

 

 夜の静寂を破るように、火薬の弾ける音が響き渡る。

 

 杖を向けるメイジを前に、ひるまず銃口を向ける傭兵達。その正体に思い当たったメイジが、苦々しく呟いた。

 

「メイジ殺しか……!」

 

 それに答えるように傭兵が引き金を引く。

 銃口を向けられていたメイジはとっさにそれを感知し、横に飛び退いてそれを避けていた。

 ルーンの詠唱という手間もなく、鉛玉を撃ち込み傷を負わせる平民の武器。襲撃者達は戦慣れしていない一般の貴族とは違い、その恐ろしさを十二分に理解していた。

 

 状況はいつの間にか四対五。

 傭兵三人はいずれも銃と剣を使いこなすメイジ殺しで、メイジ達の標的であるアンは手練れの軍杖術使いだ。

 

「引くぞ!」

 

 メイジの一人がそう叫ぶと、メイジ達はその場から一斉に走り去っていた。

 それをじっと見ていた金髪の傭兵が、他の二人の傭兵に小さな声で指示を出した。

 

「追え。尾行を気づかれないようにな」

 

 指示と共に足音もなく二人がメイジ達の去った道へと走っていく。

 腰に下げた短剣と銃には止め金具がつけられておらず、金属の音が鳴ることもない。

 彼女達は傭兵ではない。トリステイン王女直属の隠密隊の隊士であった。

 

 その隠密隊の長、金髪の女性アニエスは、道の真ん中にそそり立つ氷の壁を魔法で溶かしているアンへと敬礼した。

 アンは氷を溶かす魔法を使い終えると、刀身についた汚れを払うかのように剣杖を軽く一振りし、ゆっくりと鞘へと剣杖を収めた。

 

 

 

□暴れん坊君主□

 

 

 

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