【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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52.始祖の指輪

 ユルの曜日。

 リッシュモンと接触した『レコン・キスタ』の手の者を捕らえたと連絡を受けたアンリエッタは、ウェールズの私室を飛び出し執務室へと走っていた。

 執務室では先日と同じように、応接用の卓にルイズ、マザリーニ、アニエスがついている。

 

 アンリエッタはアニエスから渡された、『レコン・キスタ』の間者についての報告書を読んでいく。

 リッシュモンがばらまいていた七万エキューの裏金の出所は、『レコン・キスタ』で間違いないようだ。

 

 間者は首都の劇場を隠れ蓑にして、金貨袋と引き替えに高等法院長にしか入手できないトリステインの資料をリッシュモンから受け取っている。

 リッシュモンと『レコン・キスタ』の繋がりは、もはや疑いようのないものであった。

 今すぐにでも高等法院とリッシュモンの屋敷に魔法衛士隊を差し向けることができる。

 急いで書類を作成せねば、とアンリエッタが席を立とうとしたところで、アニエスが引き留めるように声を割り込ませた。

 

「『ダングルテールの虐殺』をご存じですか?」

 

 突然の問いに対する答えは。

 

「ご存じも何も、アニエス、あなたの雇用条件の一つでしょう。それがどうかして?」

 

 アニエスとアンリエッタの突然のやり取りに、ルイズが不思議そうに目を細めた。

 ルイズはアニエスのことを詳しく知らない。いや、そもそも隠密隊という存在すら、ルイズが気がつかない間に設立されていたのだ。

 ルイズが知っている事情としては、隠密隊はメイジと非メイジが混在する諜報技術者集団で、長であるアニエスは非メイジでありながら多彩な能力を秘めているということのみ。

 

「わたくしとフランソワーズが生まれる前、二十年前の出来事よ。ダングルテールの村で起きた事件。知っているかしら?」

 

 アンリエッタに問われ、ルイズは記憶を掘り起こす。

 アングル地方(ダングルテール)、二十年前、虐殺。

 ルイズには思い当たる話が二つあった。

 

「トリステインのアングル地方のある村で、疫病(しっぺい)が発生した。凶悪な感染症であり、村人共々、『火』の魔法で村一つが焼き払われた」

 

 これが一つ目。そしてもう一つ。

 

「アングル地方では新教徒が多く存在した。新教徒は穏健派の現教皇聖下が就任するまで、ブリミル教徒に強い迫害を受けていた。保守派であった前体制のロマリアは、トリステインのアングル地方に新教徒がいることに反発し、粛清を命じた。……このあたりはそこにいらっしゃる枢機卿の(ほう)が、詳しいでしょうか」

 

 テキストを読み上げるかのようなルイズの言葉。

 まさしくルイズはこの事件について紙の知識以上のことは知らない。自分が生まれる前の、魔法に関係ない一事件でしかないからだ。疫病の詳細もなく、焼き払うなどというお粗末な終わり方であるため、彼女の興味の対象ではない。

 

 そんなルイズの言葉に、アンリエッタはうなずく。

 

「そう、それが一般の認識ね。でも、実際には疫病なんて発生していなかったの。疫病の処置という名目で、トリステインがロマリアに代わって新教徒の粛清を行った事件。それが『ダングルテールの虐殺』」

 

 アンリエッタの言葉に、ルイズは浮かんだ疑問を解こうと頭を巡らす。

 疫病の対処という表向きの理由を用意して新教徒の村を焼き払った。だが、新教徒の粛清が行なわれたことは隠されていない。

 

 ではなぜ表向きの理由を用意する必要があったのか?

 

 隠そうとしていたのは『粛清を行なったこと』ではなく、『これから粛清を行なうこと』ではないだろうか、とルイズは推測した。

 新教徒とは、ブリミル教内部で宗教改革を行なおうとしている一派である。

 始祖ブリミルの偉業とその教えを記したとされる書物、『始祖の祈祷書』の解釈を忠実に行なうべしと唱える『実践教義』を掲げている。改革とは言っているが、その根本は原理主義である。

 

 だが、ブリミル教の保守派勢力は、そんな原理主義勢力を弾圧した。

 ブリミル教の総本山ロマリアでは、多くのブリミル教徒が新教徒を異端扱いして排除に乗り出し、多くの血が流れた。

 

 しかし、トリステインはロマリアのように、ブリミル教の保守派勢力を多数抱えているわけではない。

 よって、「新教徒をこれから粛清します」と事前に言っては、粛清を良く思わない者達に実行を邪魔され、村人達に逃げる時間を与えてしまう。よって、疾病対策という表向きの理由は、それを防ぐための建前だったのではないだろうかと、ルイズは考えた。

 

 そこまでルイズが思い至ったところで、アンリエッタが言う。

 

「アニエスはその虐殺事件に深い関わりがあるの。だから、隠密の立場を使ってその事件を追うことを許可するというのが、彼女を隠密隊の隊長として取り立てる際にわたくしが飲んだ条件」

 

 どうやら、アニエスがアンリエッタに取り入ったのではなく、アンリエッタがアニエスの才を見て、己の手元に置こうとした経緯があるようだ。ルイズは、有能な隠密の長に、感心の目を向けた。

 一方、アンリエッタも、ルイズに向けていた視線をアニエスに戻す。

 

「で、それと今回の件が何か関係あるのかしら? リッシュモンがロマリアから裏金を受け取ってその虐殺を指示していたというところまでは、以前、報告を受けたけれど」

 

「これを」

 

 アニエスは、懐から二つの資料を取り出した。

 一つは、以前から何度か報告を上げていた、チュレンヌ徴税官が狙っていたメイジの名簿の最新版。

 

 もう一つは、王軍資料庫の判が押された『魔法研究所(アカデミー)実験小隊』と表題にある資料。

 アンリエッタがその資料をめくると、実験小隊という魔法研究所に存在しないはずの部隊についての概要が書かれていた。

 

 軍部や魔法研究所が表沙汰に出来ない仕事を任せるための、秘密部隊。ある種、隠密隊にも似た立場のそれ。しかし、ある点が隠密隊とは大きく異なっていた。

 実験小隊は人体実験や要人暗殺、異分子の抹殺など、過激な殺しの仕事を多く任されていた、正しく『表には出せない』部隊であったのだ。

 

 アンリエッタは資料をめくっていく。そこに記載されている日時を拾うに、この資料は二十年前のものであるようだ。

 そして、出動履歴に、アングル地方の疫病の処置が載っていた。

 

 さらに読み進めると、実験小隊の構成員の名前が書かれていた。

 アンリエッタとルイズは、共にその名前を読んでいく。

 

「これは……」

 

「チュレンヌに狙われていた者と、名前が一致しますね」

 

 隊長に関するページは何故か破られており見つけることができなかった。だが、他の隊員達の欄には、チュレンヌの私兵に殺され、リッシュモンの手で自殺として処分されている者がしっかりと載っていた。ジャンヌの父の名も、隊長補佐という役職付きで記載されている。

 

『ダングルテールの虐殺』を指示した首謀者は、リッシュモンである。その実行者はこの『魔法研究所実験小隊』。

 そして今、リッシュモンは『レコン・キスタ』からの指示により、元実験小隊の誰かが所在を知るであろう指輪を探し出そうとしている。

 その指輪は『レコン・キスタ』がロマリアに渡りを付けるために必要な物であると、リッシュモンと密会していた男が話している。

 

「アニエス、指輪に何か心当たりがあるのかしら? そう、あなたのいた村に、何か特別な指輪が存在した、とか」

 

 そのアンリエッタの問いに対し、アニエスは、

 

「ええ、あります。……ああ、ミス・ヴァリエール。言い遅れましたが、わたしは『ダングルテールの虐殺』で焼き討ちにあった、村の生き残りです」

 

 そう前置きを置いて、ダングルテールのある村の昔話を始めた。

 

 二十年前。アニエスがわずか三歳の頃。

 新教徒達の村の近くの海岸に、一人の女性が流れついた。ロマリアから逃げ延びてきた新教徒であるという。

 その女性は元上級貴族らしい気品があり、指には不思議な輝きを見せる大粒のルビーの指輪をはめていた。

 

 女性を村に迎え入れてから一ヶ月後のこと。メイジの集団が村に押しかけ、人も建物もまとめて『火』の魔法で燃やし始めた。

 そのメイジ達はこう言っていた。ロマリアの女はどこだ。

 女性を見つけてメイジ達はこう言った。ロマリアの女がいたぞ。

 そして、その女性は『火』の魔法で全身を焼かれて倒れた。

 

「二十年前の事ながらも、しかと覚えています。あの村にロマリアとつながりがある指輪があったとしたら、あの女性……ヴィットーリア様が身につけていた、赤い指輪でしょう」

 

「それなら、話は簡単ね」

 

 アニエスの言葉に、ルイズはそう言った。

 あまりに早い結論に、アンリエッタは目をしばたたかせ、ルイズへ疑問をぶつけた。

 

「指輪について、心当たりがあるの?」

 

「ええ、ものすごくありますね。ロマリアから持ち出され、それ一つで今のロマリアを動かすに足る指輪。それと同じ物をわたしも手にしたことがあります。そして今は、姫さまの指に」

 

 ハッとした顔でアンリエッタは己の右手を掲げた。その手の指には、『青く輝く』ルビーの指輪がはめられていた。

 始祖ブリミルに由来を持つ宝物。トリステイン、アルビオン、ガリア、そしてロマリアに一つずつ存在すると言われている、始祖の秘宝。

 トリステインにおいては国宝の一つでしかないが、ブリミル教の総本山であるロマリアにとっては国宝以上の価値を持つ。大きな外交の材料となる代物であることが、ハッキリと分かる。

 

「わたしが知る中では、今の教皇聖下が始祖の指輪を持っているという話を聞いたことがありません。歴代教皇は確かに身につけていたという話なのに」

 

 ルイズの言葉に、ロマリアの枢機卿であるマザリーニが小さくうなずく。

 それを確認したルイズは、さらに続けた。

 

「実際、わたしが異端審問を受けてロマリアへ行き、現在の教皇聖下とお目にかかったときも、『水のルビー』と『風のルビー』に特徴が共通する指輪を身につけていらっしゃった記憶はありませんね」

 

 そう、ルイズはかつて始祖のもたらす四大魔法以外の魔法を使う者として、ブリミル教に異端視されたことがある。

 ロマリアへと連行、いや、家族と共にロマリアへと乗り込んだルイズは、いつものように大騒動を起こした。そして、どさくさに紛れて、ブリミル教から異端の指定を撤回させる言質を取ったのだ。そのおりに、現教皇、聖エイジス三十二世とも会っている。

 トリステイン、アルビオン、そしてガリアの王家に連なる者と会い、それぞれ始祖の指輪を見てきたルイズ。だが、ロマリアでだけは赤い始祖の指輪、『炎のルビー』を最後までみることがなかった。

 

「リッシュモンの狙いは、指輪を持参してアルビオンへと渡り、『レコン・キスタ』内での地位を築くこと」

 

 ルイズは、そう結論を述べた。

 

 トリステインとゲルマニア、そしてウェールズ元皇太子の旗本に集うであろう旧アルビオン王党派という、三つの敵を抱える『レコン・キスタ』。彼らは、これ以上の敵を作らないため、なんとしてでもロマリアを味方につけようとするであろう。

 なにより、『レコン・キスタ』が掲げている題目が、エルフの手からブリミル教の『聖地』を奪回することなのだ。ブリミル教の中心であるロマリアを敵に回すことは何よりも避けたいだろう。

 

 その鍵が、ロマリアに伝わる始祖の指輪だ。

 逆に言えば、トリステインが『レコン・キスタ』よりも先に『炎のルビー』を手に入れロマリアとの交渉を行えば、『レコン・キスタ』にロマリアが譲歩する可能性を潰せるのだ。

 

 そこまで確認し、アンリエッタは卓から立ち、執務席で魔法衛士隊の緊急出動要請の書類を用意し始めた。

 そんなときである、足音を立てながら執務室にアニエスの部下が走り込んできた。

 そう、隠密隊の隊士が、足音を立てている。隠密隊としての心得を無視して、緊急事態を伝えにやってきたのだ。

 

 隠密から告げられた緊急事態。

 それは、多数の武装したメイジが、ジャンヌの家に押し入ったことを知らせるものであった。

 

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