【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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54.殺陣

 王城近くの貴族街、チュレンヌ徴税官邸宅。

 庭に面したある一室で、二人の男が祝杯を挙げていた。

 

「いやいや、まさか、トリスタニアの外とは思いませんでしたな」

 

 太った中年の貴族、チュレンヌが銀の盃を片手に笑っていた。

 この日の昼のこと。元魔法研究所実験小隊のある男を拷問したところ、指輪の所在とそれを知る隊員について吐いたのだ。

 実験小隊の元隊員達は領地を持たない下級貴族という出自であり、そのほとんどが首都トリスタニアに住んでいた。そのため、チュレンヌ達は首都を中心に捜索をしていた。だが、その男が語った指輪の所在はトリスタニアではなかった。

 

「実験小隊小隊長、ジャン・コルベールか」

 

 リッシュモンには、その男に関する記憶があった。

 

 非合法な仕事を行う小隊の中において、ただひたすら冷徹さを貫いていた若きメイジ。

『炎蛇』の二つ名を持ち、『トライアングル』ながらもその戦闘能力は軍のスクウェアメイジ以上。任務の為ならば女子供も容赦なく焼き捨てる、まさしく最高の駒であった。

 だが、ダングルテールの一件を機に小隊を辞め、出奔(しゅっぽん)。どういうことか、トリステイン魔法学院の教師の座についていた。

 

 そう、指輪は今、トリステイン魔法学院にあるのだ。

 

「しかし、トリステイン魔法学院ですか。手が出せますかな、法院長殿」

 

「ふっ、私を誰だと思っておる。高等法院の命令書を使えば、学院の教師一人縛り上げるなど、造作もないこと」

 

 そう笑ってリッシュモンは銀杯のワインをあおった。

 旨い酒である。三十年前に作られた高級酒であるが、それ以上にこれから手にするであろうアルビオンでの栄光を考えると、酒がとても旨く感じられるのだ。

 

「して、チュレンヌよ。指輪の子細を知る者の口封じは、しておるのだろうな」

 

「もちろんでございます。法院長殿より頂いた資金で、裏に名の通った傭兵メイジを多数雇い入れておりますゆえ。たとえ、『火』の魔法に長けた元隊長補佐と言えど、数の力には(かな)いますまい」

 

 拷問にかけた男が言うには、小隊長が指輪を持ち去ったことを知っている者は他には隊長補佐のみ。

 ちなみに、拷問にかけた男はすでに処分済み。それらのことを全て吐かせた後、首を落とし土の中に埋めてある。

 

 その男の最期を思い出しながら、チェレンヌは杯をかたむける。

 

「隊長補佐は今頃、娘ともども、屍を晒していることでしょうな……」

 

「くくく……後は指輪を手にしアルビオンの皇帝の元に行くだけ。沈みゆく泥船から、栄光の大地への転進が、ようやく叶うというものよ」

 

 二人は輝かしい未来を想い、怪しく笑い合った。しかし、その時だ。

 

「――そのような未来など、あなた達には待っておりませんわ」

 

 男達の会話に割り込むように、突如、庭先から女の声が響き渡った。

 

「何やつ!」

 

 突然の闖入者の声に、チュレンヌは部屋のテラスから覗く庭先へと振り返った。

 

 そこにいたのは、清掃員の服を身に纏った一人の少女。

 部下が殺害に失敗したという、かつてチュレンヌに魔法を放った清掃メイジであった。

 

 彼女の後ろには、闇に溶け込むような黒い衣を身に纏った女性と、軍用の戦闘装束を着込んだストロベリーブロンドの少女が随行(ずいこう)していた。

 

「貴様! ここを徴税官の邸宅と知っての狼藉(ろうぜき)か!」

 

 杖を抜き清掃員の少女に凄むチュレンヌ。

 だが少女はそれに一切ひるむことはなく、(りん)とした態度で彼らに告げた。

 

「うつけ者。わたくしの顔を見忘れましたか!」

 

「なにっ……?」

 

 清掃員の少女の言葉に、眉間に皺を寄せるチュレンヌとリッシュモン。

 その時、高等法院長であるリッシュモンの脳裏に、一人の王族の姿がよぎった。

 

 王城の玉座の間。

 王族のドレスを身に纏うトリステイン一の美貌。

 若くして王としての威厳を持ち、高官達を従えるトリステイン王国王女の姿。

 

「ひ、姫さま……!」

 

 リッシュモンはその王女の顔が、目の前の少女と瓜二つであることに気付き叫び声をあげる。

 

「……殿下!?」

 

 リッシュモンの言葉で、チュレンヌもこの清掃員がトリステインの姫、アンリエッタであることを悟る。

 突然の王族の来訪に、男二人はその場に片膝をつき最敬礼を取った。

 

 アンリエッタはその二人を見下ろしながら、彼らに向かって蕩々(とうとう)と語りかけた。

 

「チュレンヌ徴税官。王家から与えられた徴税官という地位を悪用し、己の欲のままに狼藉(ろうぜき)を尽くし、挙げ句の果てに金のためにトリスタニアの市民に手をかけた悪行の数々。すでに明白です」

 

 アンリエッタの言葉に、最敬礼の姿勢を取りながら震え上がるチュレンヌ。

 どうしてこうなったのかと、全身から脂汗を流した。高等法院長の下についていれば、安寧(あんねい)が約束されていたのではないか。そう焦燥(しょうそう)する。

 

「そしてリッシュモン高等法院長。あなたはかつて二十年前、ロマリアからの裏金を受け取り疫病と偽り村民もろとも村を焼き捨て、それをひた隠しにしていたと聞きます。ついには、何も知らず火を放った哀れなメイジを国賊『レコン・キスタ』での地位を得るために手にかけるとは……。慈悲深き始祖にも許されぬ悪行です」

 

 まさか、とリッシュモンは焦りの表情を浮かべた。

 まさか、この姫殿下は全ての企みを見抜いていたのか、と。

 

「ましてや、関わりのない娘の命まで狙うとは言語道断! あなた達に貴族としての誇りが欠片でも残っているのならば、(いさぎよ)く首をくくって自害なさい!」

 

 死の宣告を告げるアンリエッタ。

 対するリッシュモンは、強く歯を食いしばり礼の姿勢を解き、立ち上がった。

 

「おのれ暴君め……」

 

 そううめき、懐から手の平大の杖を取り出す。

 チュレンヌもまた彼に続き、床に放った杖を拾って立ち上がり、屋敷に向けて声を上げた。

 

「このような所に、姫さまがおられるはずがない! 者ども、出会え! 出会え!」

 

 チュレンヌの叫ぶような声に、屋敷を守る護衛が続々と集まってきた。アルビオンへ亡命するときに備えて、秘かにチュレンヌとリッシュモンの二人が集めていた子飼いの私兵である。その多くが剣や銃を持つが、中には杖を持った傭兵メイジも交ざっていた。

 その私兵達は、チュレンヌとリッシュモンを守るように庭に広がっていく。

 

「姫さまの名を(かた)る不届きものだ! 斬れ! 斬り捨てい!」

 

 多数のメイジと剣を持った私兵の集団を前に、アンリエッタは無言で腰から剣杖を抜いた。

 そして両手で剣杖の柄を握ると、ゆっくりと八相の構えを取る。

 刀身に彫られたトリステイン王家の百合の紋が、二つの月の光を浴びて小さく輝いた。

 

 私兵達が動き出す。

 まずは軍杖の腕が自慢の傭兵メイジ達が、アンリエッタへと群がっていく。

 岩をも一刀で切り伏せる『ブレイド』の魔法がアンリエッタを襲う。

 

 だが、アンリエッタはそれを魔法も使わず、剣杖の一振りで払った。

 

 王家としての由緒正しい歴史などは欠片も存在しない、彼女専用の剣杖。

 だがそれは、最新の魔法技術によって鍛え上げられ、スクウェアメイジによって『硬化』の魔法が掛けられた、最高級の大業物。

 アンリエッタが剣杖を振るうたびメイジ達のブレイドの魔法は薄れていき、やがて『ブレイド』の魔法と共にメイジ達の杖が次々と切り裂かれていった。

 杖を失い抗う術を無くしたメイジ達は、次々とアンリエッタに斬り捨てられていく。

 

 その最中にも、アンリエッタはルーンを唱えていた。

 重ね合わせる属性は『水』、『水』、『水』、そして『風』。

 彼女の強大な精神力をもとに、『スクウェア』の魔法が顕現(けんげん)する。

 

 それは雨であった。

 私兵達の頭上から、月光と貴族街の魔法の灯りを受けて、(きら)びやかに輝く水の雫が落ちてきた。

 

 幾人かのメイジ達は酸の雨かと思い、盾を作り出す魔法で頭上を守った。

 水が足下を濡らすが軍靴を履いているから問題ないと、メイジ達はそれを無視してアンリエッタに向けて魔法を唱えようとする。

 

 だが、突如彼らの足下が凍り付いた。

 

 彼らの靴を濡らす水は、恐ろしいほどの冷たさであった。

 ただの水ではない。水ならばすぐにでも凍り付くような低温。

 さらに、弱い『火』の魔法で雨を防ごうとしたメイジの一人は、たちまち炎の熱を奪い取られ、その身に雨を受けた。

 すると、服を通って肌に触れた魔法の水は、メイジの全身に凍傷を起こした。

 

 雨が異様なほど輝いていたのも、空気中の水分が凍り付いて結晶となっていたためだったのだ。

 

 雨を受けてひるんだメイジ達に再びルーンを唱えるアンリエッタ。

 新たな魔法が唱えられたことで魔法の雨は収まるが、次に放たれたのはこぶし大ほどもある氷塊の雨であった。

 

 まるで戦場にいるかのごとき魔法の嵐に、次々とメイジ達が倒れていく。

 氷塊をかいくぐったメイジも、無数に分かれた水の鞭をまとったアンリエッタの剣杖に吹き飛ばされていった。

 

『火』を得意としていたジャンヌの父の魔法が人を殺すことに特化していたのだとすると、王女アンリエッタの魔法は人を蹂躙することに特化していた。

 まさしく暴れん坊の君主。彼女が杖を一振りするたび、戦慣れしているはずのメイジや兵士達が薙ぎ払われていく。

 

 アンリエッタが剣杖を振るう後ろで、ルイズも全力で暴れ回っていた。

 杖も剣も持っていない平民と侮り悠々とルーンを唱えていたメイジは、一瞬で距離を詰めたルイズの蹴りでアゴを砕かれた。

 ルイズが履いているのは金属が仕込まれた、戦闘用の靴だ。

 相手が金属鎧を着込んだ傭兵だったならばそれを防ぐこともできたのだろうが、ここは戦場ではない。

 メイジ達が着ているのは厚手の服であり、その上からルイズは蹴りを叩き込み骨を砕き折っていった。

 

 獣のように飛び跳ねるルイズに危機を感じたメイジは、遠くからの魔法で彼女を止めようと大きく距離を取った。

 そんなメイジに向かってルイズは右手の指を向ける。

 次の瞬間、メイジの杖を持つ手が突然、轟音と共に弾け飛んだ。

 

 正体不明の爆発。

 王女は水の鞭を振り回しているため、王女の魔法によるものではない。

 だが、ルイズは杖を手にしていない。

 理解の及ばぬ攻撃を受けて恐慌状態に陥るメイジ。

 その彼の背に、刃が突き立てられた。

 

 音もなく背後に忍び寄っていたアニエスが、短剣を突き刺したのだ。

 彼女は隠密だ。

 戦いの中でも突如姿を消し、相手の背後に忍び寄る。

 

 派手に立ち回るアンリエッタとルイズの陰で、アニエスは右手の刃を振るう。

 二人の死角から私兵が魔法や銃を撃とうとすれば、彼女は左手の銃を放ち、銃声で己に注意を引く。

 魔法のような華やかさは無いが、彼女が持つ剣と銃は紛れもなく本物で、敵の意識と命を次々と刈り取っていく。

 

 さらに、駄目押しのように魔法衛士隊のヒポグリフ隊が、空から飛来する。屋敷の周囲も多数の衛士に囲まれて、悪人達の逃げ道はもはやなかった。

 すでに大勢は決したと言える状況だが、それでもアンリエッタは杖を振るう腕を止めない。彼女は敵を次々と薙ぎ払い、リッシュモンとチュレンヌを追い詰めていく。

 彼らに近づくにつれ、メイジや私兵達は精鋭となっていく。

 

『風』のトライアングルメイジが、破れかぶれで『ウィンディ・アイシクル』の魔法を放つ。

 二十もの氷の矢が一斉に、アンリエッタへと襲いかかる。

 アンリエッタはそれを己の周囲に展開した粘性の高い泥の壁で絡め取り受け止めると、魔法を解除することもなくメイジの元へと踏み込む。

 メイジは、魔法を同時に二つ以上使えない。

 それが始祖ブリミルがもたらした、四大魔法の原則。

 だが、アンリエッタの手には、『ブレイド』の魔法をも切り裂く剣杖が握られている。

 

 一閃。

 上段から振り下ろされた剣杖は、杖を持つメイジの右腕を切り落としていた。

 絶叫を上げるメイジをアンリエッタは蹴り飛ばし、彼女は屋敷の部屋の奥へと逃げていたリッシュモンをにらみつけた。

 

 鋭い眼光に怯む、リッシュモンとチュレンヌ。

 しかし、もはや逃げることは不可能と覚悟した二人は、ルーンを唱え始める。

 だが、それよりも早くアンリエッタが唱えた『エア・ハンマー』の魔法が、彼らを叩き伏せる。

 

 横転し部屋の高価な調度品へと突っ込む二人の男達。

 それでも致命傷には至らなかったのか、フラフラと身を起こす。

 

 そんな彼らをにらんだまま、アンリエッタは己の影へと声を放つ。

 

「成敗!」

 

 王女の言葉と共に姿を現したアニエスは、左手の銃でチュレンヌの眉間を撃ち抜く。

 頭部から血を吹き出しながらチュレンヌは力なく倒れていく。

 

 そして一拍の間に、アニエスはリッシュモンの前へと踏み込んだ。

 ルーンを唱える隙も与えず、アニエスは短剣でリッシュモンの胴を薙ぐ。

 グラリと揺れるリッシュモンに向けて、アニエスはさらに短剣を突き刺した。

 心の臓を深々と貫いた刃は、リッシュモンの命をしかと奪った。

 

 ゆっくりと崩れ落ちていくリッシュモン。

 アニエスはそれをまぶたの裏に焼き付けると、短剣の血を振り払い鞘に収める。

 そして、アンリエッタへと向き直り、片膝をついて自らの主に礼を捧げた。

 

 それにわずか遅れるようにルイズが部屋の中へと姿を現す。

 すでに庭の私兵達は全滅していた。

 アニエスに倣い、ルイズは王女へと礼を執る。

 

 アンリエッタはただ一言ルーンを唱え、刀身に付いた血を水で洗い流す。

 そして、剣杖を振って水を払い、ゆっくりと剣杖を鞘に収めていく。

 (ガード)が鞘に触れ、かすかな金属音が響いた。

 それは戦いの終わりを告げる音。

 トリスタニアの夜は、再び静けさを取り戻した。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 ジャンヌの父の死から、数日の時が過ぎた。高等法院長の内通という事件で王政府が動き、その被害者であるジャンヌの父の葬式は、王女自らの手で行われた。

 葬式の最中、ジャンヌの前に姿を現した王女は、まさしくジャンヌの知る不良清掃員と同じ顔をしていた。

 だがそれに、ジャンヌが今更驚くことはなかった。

 命の危機にかけつけてくれたアンは竜にまたがり、貧乏貴族の三女などとは思えぬ綺麗な衣装に身を包んでいたからだ。

 そして、父から伝え聞いたアンの水の魔法の腕。

 アンの正体は市井で評判の君主、王女アンリエッタなのだろうという確信があったのだ。

 

 ジャンヌの友人としてではなく、王女として姿を現したアンリエッタは、ジャンヌに一つの提案をした。

 

「あなたのお父上が持つ貴族の位は、ジャンヌさん、あなたが引き継ぐことになります。ですから、あなたが望めば魔法を学ぶための学院へ通うことも、家に家庭教師を招いて魔法を一から学ぶこともできます」

 

 そして、父と同じように魔法を世に役立たせるための職に就くこともできると。

 ジャンヌは、その場で答えを返すことはなかった。

 自分の一生を決めることだ、安易な思いつきで答えるものではない。

 

 ジャンヌは、まだ二十歳も超えていない若い少女だ。

 だが、幼いときから大人に交ざり生きるための銭を稼ぎ、地に足をつけた生活を続けて来た。

 同じ年頃の娘が持つような、魔法への憧れはそれほど強くない。

 そもそも彼女は、メイジである父に魔法を教わることすらなかったのだ。

 

 それから、葬式を終えて幾日が経ったころ、ジャンヌは家で暇を持てあましていた。

 アンリエッタに雇われた通いのメイドが家事を請け負ってくれて、家でやることがなくなったのだ。

 そうしているうちに、彼女はいろいろと考えて、今後どう生きていくかを決めた。

 

「――よし!」

 

 そして、夕刻。彼女は『魅惑の妖精』亭へと訪れていた。

 

「あら、ジャンヌちゃんじゃな~い。その格好は……」

 

 店の主、スカロンがジャンヌを迎え入れる。

 彼もジャンヌの父の葬式には参加しており、ジャンヌがメイジ、そして貴族の道を歩むかもしれないということをアンリエッタから聞いていた。

 だが、今ジャンヌが着ている服は、この店に通うときにいつも着ている平民の服であった。

 

「お店で仕事を続けてくれる、ということで良いのかしらん?」

 

「はい、急に貴族とか魔法とか言われても、わたしにはきっと向いていないだろうなー、と。やっぱり、わたしは身体を動かして働くのが一番だなって」

 

「あらあら~、嬉しいわ~。ジャンヌちゃんみたいな人気な子が居てくれるのは、助かっちゃう」

 

 そう言いながらウインクを飛ばすスカロンに、ジャンヌは笑みを返す。

 今更、魔法なんて覚える必要はない。ジャンヌはそう結論をつけた。

 

『火』を医のために使うという半ばで終わった父の研究も、魔法好きの書生ヴァネッサ……ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール様に任せておけば良い。

 貴族としての生活がしたくなったら、この店で若い貴族の男でも籠絡して妻になってしまえば良いのだ。そう決めたジャンヌは、その場でグッと両手を握った。

 

「……よし!」

 

 ジャンヌは気合いを入れて、店の仕事を開始した。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「『レコン・キスタ』は、国そのものだけでなく、民の生活までも脅かしてしまうものなのですね」

 

 アンリエッタは、マザリーニを連れて王城の中庭を歩いていた。

 

「掲げるのは体制刷新、聖地奪回。でも実際には、平和に暮らす父娘(おやこ)安寧(あんねい)を奪い去るだけ……」

 

「甘い理想を掲げるものは、得てして裏によからぬ実情を抱えているものですな」

 

 渋い表情でそう告げるマザリーニ。

 彼は四十数年間生きてきたが、絶対的に正しい理想を掲げて、裏もなくその通りに動いている執政者というものを見たことがなかった。

 綺麗事だけで、世の中は上手く廻ってくれない。

 

「悲しいものですね。わたくしも正しい統治者などにはなれないのでしょうね」

 

「私は、昔から姫さまには期待しておりますよ」

 

 此度の事件も、『ダングルテールの虐殺』に執着するアニエスの復讐心を利用する形にならなければ、きっと捜査は難航していたことであろう。

 それでも、『レコン・キスタ』の手からこの国を守ることは、王女の責務。己の手を汚してでも、不幸な民を一人でも救わなければならないと、心に誓うアンリエッタであった。

 

 

 

□暴れん坊君主 完□

 

 

 




第四章は以上で終了です。旧版の改稿はこれで全て完了となります。次回からは新展開。いよいよ『レコン・キスタ』との戦争準備に話がシフトして、物語が本格的に動き出します。
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