【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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60.『炎蛇』のコルベール

 トリスタニアへと飛び立つワルドを見送ってからしばし。ルイズ達は、タルブ村の村長宅で歓迎を受けていた。

 村の名物であるという、シエスタの曾祖父がレシピを残したヨシェナヴェ。才人に曰く、故郷の料理の『寄せ鍋』だというが、それは確かに名物と呼ぶに相応しい香り高さがあった。

 

 大きな土鍋をルイズ、才人、キュルケ、タバサの四人で囲む。

 シエスタは、自分の生家に顔を出しているため不在だ。どうやら、今夜はそちらに泊まるようだ。

 

 シエスタ不在の夕食。土鍋に煮込まれた具材をお玉で小皿に盛り、木のさじで食べる。

 塩で味付けされたそれは、具材である山菜や野菜、野鳥の肉からなんとも言えぬ滋味(じみ)が溶け出しており……。どこかホッとする味であると、ルイズは感じた。

 才人も、故郷の味を思い出されるその『寄せ鍋』に、思わず涙が出てきそうになった。故郷の文字や故郷の兵器を目にして、感じ入りやすくなっているのであろう。

 

「このあたりの名産である、ワインはいかがですかな?」

 

 そう言って、村長が特産ワインを数本出してくると、夕食の場は酒宴へと変わった。

 ちなみに、村長へはルイズが事前に心付けを金貨で渡している。そのため、村長も笑顔で歓迎をしてくれていた。

 ワインはとても美味しく、先に帰ったワルドに悪いことをしてしまったかな、とルイズは心の中で思った。

 

 そして、宴もたけなわ。酒の勢いもあって話題はコロコロと変わっていく。

 そんな中、ふと、才人がこんなことを言い出した。

 

「『戦闘機』の『ガソリン』の当てがあるって言ってたけど、『石油』とかどこで採れるんだ? あれって、めちゃくちゃ深いところまで穴を掘らないと湧かないらしいけど」

 

「何もしなくても湧いている場所が、トリステイン内にあるのよ」

 

 才人の疑問に答えたのは、ルイズである。

 その答えに、才人は「そんな便利な場所が」と言ってワインを一口飲んだ。そして息を一つ吐くと、さらに疑問をぶつける。

 

「『ガソリン』、本当に作れんの?」

 

「わたしとミスタ・コルベールがいれば不可能はないわ」

 

「本当かよ。確かに、自転車を短期間で完成させたのはすごかったけど、コルベール先生ってそこまでなのか」

 

 才人のその言葉に、今度はキュルケが反応した。

 

「そこまでなのよ! 聞きたい? 聞きたいかしら、あたしのジャンの武勇伝!」

 

 明らかに酔ったテンションで、キュルケが才人に絡んでくる。

 それに気圧された才人は、思わず「お、おう」と返事をしてしまう。すると、キュルケが立ち上がり、木のさじを杖のように掲げて大声で言った。

 

「では、語らせてもらいましょうか! あたしのジャンの武勇伝を! あれは、あたし達がまだ一年生だった頃の秋口よ!」

 

 と、そこまで言ってから、キュルケはまた座りこんでワインを一口飲むと、ハイテンションで過去の出来事を話し始めた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 落葉樹が紅葉に彩られ始めた、秋のこと。

 トリステインの辺境の地を四頭の馬が駆けていた。それに乗るのは、最近『三魔女』などと呼ばれ始めた、トリステイン魔法学院の一年生三人。ルイズ、キュルケ、タバサである。さらに、その後ろには学院の教師であるジャン・コルベールが付いてきていた。彼は、『三魔女』よりも巧みな動きで馬を駆っている。

 

「しかし、地面から油だなんて、本当にそんなものがあるのかしら?」

 

 馬を走らせながら、キュルケが先を走るルイズに問う。

 すると、平民風の厚手の服を着て、特徴的なストロベリーブロンドをポニーテールにしたルイズが、軽く後ろに振り返ってから言う。

 

「サンプルもちゃんと持ってきてもらったから、あるのでしょうね」

 

「あの臭くて汚い油ね。あれじゃ、料理油にはなりもしないわよ」

 

「確かにそうね。でも、何に使えるかは、調べてみないことにはね」

 

 そんな会話をキュルケとルイズが交わしていると、後方からコルベールが追いついてきて、彼女達へ向けて言った。

 

「『石油』か。私も研究したことはないが、植物の種を絞らなくても手に入るとなると、燃料事情に革命が起きるかもしれないぞ」

 

「燃料事情、ねえ……」

 

 コルベールの言葉に、キュルケは少し考える。燃料を使うシーンと言えば、照明と暖房だ。しかし、彼女の実家は裕福なゲルマニア貴族。どちらも、マジックアイテムを使用すれば事足りることだった。

 その辺りのことをコルベールに告げるキュルケだったが……。

 

「それ、は、一部の裕福な貴族だけの話さ。貧乏な下級の貴族は、マジックアイテムなんて高価な物に手を出せないさ。それに、平民の多くは夜の灯りにすら油を使えないものだよ」

 

「平民ねえ……。確かに燃料は需要が大きそうだから儲けにはなるだろうけど、わざわざ平民のために貴族が魔法を使ってまで確保すべきものかしら」

 

 この頃のキュルケは、まだ平民に対する差別意識が強かった。

 ルイズと共に学院の外で繰り広げた冒険も未だ数少なく、平民との交流の機会もそれほどではない。ゆえに、このキュルケは特権意識に凝り固まった典型的な貴族のままであった。

 そんなキュルケの言動に、コルベールは何も言うことなく引き下がった。

 

 何か反論があると思っていたキュルケは、肩透かしをされたような気分になり、「フン」と鼻を鳴らして、前を進むルイズを追った。

 

 それからしばらくして、目的の地点へとやってきた彼女達。周囲には、嗅ぎ慣れない独特の刺激臭が漂っていた。

 その臭いを馬が嫌がり進むことを拒否し始めたので、彼女達は仕方なしに馬を木に繋いで、歩いて先に進み始める。本当ならば『フライ』の魔法を使って飛んで向かいたいキュルケだったが、魔法をまともに使えないルイズがいたため、歩いて目的地まで向かった。

 

 そして、とうとう彼女達は辿り付く。

 土が黒く染まり、強烈な刺激臭が周囲に漂っている。まるでブリミル教の経典に語られる地獄のようだと、キュルケは思った。

 しかし、本当に臭い。臭いを嫌ったタバサが杖を一振りし、『風』の魔法でようやく一息つけたキュルケ。その最中にも、何やらルイズとコルベールが黒い土に触れて、ワイワイと討論を始めてしまった。

 

 そんな悪友と、なぜか今回の旅に同行してきた教師の会話に、キュルケはすぐに理解を手放す。

 胸躍る冒険を期待していたキュルケは「今回はハズレだったかしら」とつぶやき、すぐさま『石油』への興味を失ってしまった。

 それよりも、この地獄のような光景からさっさと抜け出そうと、馬のいる方向へと歩いて戻ることにした。

 

 一人で戻るつもりだったキュルケだが、後ろにタバサも付いてきた

 

「あら、タバサも『石油』に興味ないの?」

 

「臭いから嫌」

 

 もっともなタバサの意見に、キュルケは全くだと笑い、歩みを進める。

 そして、黒い土の道を進みながら、キュルケはルイズとコルベールへの愚痴をこぼしていった。

 

 そして、黒い土の範囲から出て、馬が繋がれている箇所までの道を半ばまで進んだあたりだろうか。

 不意に、タバサが立ち止まり、杖を構えだした。

 

「どうしたの?」

 

「敵」

 

 その端的な返答に、キュルケはハッとなった。そして、とっさに周囲を見渡す。ここは、木がまばらに生えた雑木林とでもいうべき場所。少し遠くには森があって、そこから何かがこちらを覗き見ていた。

 それは、人食いの亜人種。複数のオーク鬼であった。

 しまった、とキュルケは顔をしかめた。オーク鬼の巣が近くにあったのだろう。本来ならばその独特の獣臭で察するところだが、ここは『石油』の臭いで満たされていて、キュルケはその存在に全く気付くことができなかった。

 

 キュルケは急いで杖を抜く。そして、それと同時に森から大量のオーク鬼が飛びだしてきた。

 

 その数、十、二十、三十、いや、五十にも達する規模の群れだ。

 あまりの数に、背筋が凍る思いになるキュルケだが、なんとかルーンを唱えて攻撃用の魔法をオークの群れに放った。

 その魔法で、三匹のオーク鬼が倒れる。

 

 続けて、タバサが氷の矢を多数放った。

 その魔法で、十匹のオーク鬼が倒れる。

 

 だが、その最中にも次から次へとオーク鬼が森からあふれるように出てきて、やがてオーク鬼の数は百にまで達した。

 

 それに対し、キュルケとタバサは必死に応戦する。

 遠距離からどんどん魔法を撃つも、全力疾走をするオーク鬼の群れの前では雀の涙だ。

 やがてキュルケ達のもとへとオーク鬼は到達し、太い木の枝から作ったであろう棍棒を振り上げて襲いかかってきた。

 

 だが、その攻撃はタバサの唱えた『ブレイド』の魔法で防がれた。魔法の刃は棍棒を半ばで断ち切り、さらにオーク鬼の命を奪った。

 命拾いしたキュルケは、ホッとしつつもルーンを唱え、炎球の魔法を次々とオークの群れへと放っていく。

 目の前の敵はタバサの『ブレイド』に任せ、キュルケは遠距離戦に徹する。

 良いコンビじゃないか。そう思ったキュルケだが、すぐに限界が来た。魔法を連続して使いすぎたため、精神力が尽きてきたのだ。

 タバサもそれは同じようで、『ブレイド』の刃渡りがどんどん短くなっていく。

 

 絶体絶命。そう思ったときのことだ。

 

 キュルケのものではない火の魔法が、オーク鬼の一体を吹き飛ばした。

 まさかの助けに、キュルケはすがるような目でその発生源を見た。すると、そこにいたのは、ハゲ頭の中年男性。コルベールであった。

 

「二度と炎を破壊のために使わぬと誓ったが――」

 

 そんなことをつぶやいてから、コルベールはルーンを唱える。

 

「ウル・カーノ・ジエーラ・ティール・ギョーフ」

 

 それは、火のトライアングルスペルだった。だが、発動した魔法は、『スクウェア』の魔法にも劣らぬ威力をもって、オーク鬼の群れを蹂躙する。

 

「――大切な生徒達の命には替えられんな」

 

 そう言って、コルベールはたった一人で、五十を超えるオーク鬼の群れを一掃してしまった。

 それから遅れて、ルイズが走ってやってくるも、すでにオーク鬼は全滅していた。

 そして、一人消化不良となったルイズは、コルベールを連れてオーク鬼の巣を探しに森へ入り、戦利品としてオーク鬼が集めていた貴金属や貨幣を持ち帰ってきた。

 

 やがて陽は落ち、馬を留めていた場所へと戻ったキュルケ達。用意していた道具で雨露を防ぎ、野営をすることになった。

 火を焚き、温かい食事を取り、一息つく。

 

 そして、心が落ち着いたところで、キュルケはあらためてコルベールへと先ほどの礼を言った。

 それに対し、コルベールはまったく誇る様子も見せずに、優しい笑顔で応える。

 

「なに、キミたちは私の生徒だ。教師が生徒を助ける。当然のことをしたまでだ」

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 そこまで語ったところで、キュルケは話を終わらせた。

 彼女の顔は、ワインによるものか、それとも違う理由によるものか、紅く火照(ほて)っていた。

 

「なるほど。それで、キュルケはコルベール先生に惚れてしまった、と?」

 

 才人が確認するように問うと、キュルケは堂々とした声で答える。

 

「ええ。あのとき、あたしは思ったわ。あたしは、ジャンと出会うために生まれてきたのだ、って」

 

 明らかに恋する乙女の表情をするキュルケに、才人はまぶしいものを見たような気になって、目をそらしてしまった。

 そして、鍋に残ったヨシェナヴェをお玉ですくい、取り皿に取って一口食べる。

 

 塩味の付いた山菜だが、まるで口の中が砂糖でジャリジャリするような甘い気持ちになってしまった。

 そして、その甘さを喉の奥に流し込むように、ワインをあおる才人。

 それから、才人は大きく息を吐いて、あらためてキュルケに問いかける。

 

「で、先生とは付き合っているのか?」

 

 才人にそう言われた瞬間、恋する乙女の顔をしていたキュルケが、スンとした表情になる。

 あ、これは地雷踏んだな。才人は冷や汗を流す。

 だが、キュルケは怒り出すこともなく、逆に顔を笑みへと変えて、言った。

 

「いつかは落としてみせるわ。あたしは『微熱』のキュルケ。でも、今のあたしの恋は、『微熱』では収まらないほど燃えさかっているのよ」

 

 そんなキュルケの表情に、才人は一瞬、目を奪われた。

 そして、恋は女を美しくさせるという話は本当かもしれない、などと才人は思うのであった。

 

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