【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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68.禁制の品

 ギーシュがおかしくなった。そんなモンモランシーの主張を受けて、研究室の皆がモンモランシーに引っ付いているギーシュを見る。

 ギーシュは周囲の目線も気にすることなく、モンモランシーの手を取りながら、自分の手をスリスリとこすりつけていた。そして、唐突に手を放したかと思うと、今度はモンモランシーの首筋に顔を近づけてスンスンと匂いを嗅ぎ出した。

 そして。

 

「ああっ、ぼくのモンモランシー! この香水の香り、なんて素敵なのだろう! ぼくをその香りで満たしてくれ!」

 

 そう言って、両腕を広げてモンモランシーに抱きつこうとしたところで、モンモランシーに平手打ちを食らって彼はのけぞった。

 遠慮(えんりょ)の無い全力の平手打ち。だが、ギーシュはそれに怒り出すこともなく、逆に恍惚(こうこつ)とした表情で言葉を続ける。

 

「はあん、愛の鞭ってやつかな? この前、マリコルヌが言っていたね! 愛、これはモンモランシーの愛! ぼくならいくらでも、それを受け入れるよ!」

 

 そうして、再びギーシュが抱きつこうとモンモランシーに迫る。すると、今度はモンモランシーのグーパンチが、ギーシュの顔に炸裂した。

 もんどり打って研究室の床へと倒れ込むギーシュ。またもや「はあん!」という声がギーシュの口から出るが、モンモランシーはそれを無視して、ルイズの方へと向き直った。

 そして、淡々と言う。

 

「ね?」

 

「……確かに、いつもよりも距離感は、気持ち近めかしら?」

 

 床に倒れてモンモランシーに頭を踏み付けられているギーシュを見ながら、ルイズが言った。

 ギーシュは女好きで有名な男だが、女子との距離感は絶妙である。無理に踏みこんでくることなく、適切な距離から語彙の少ない実直な愛の言葉をささやく。だからこそ、ギーシュは一部の女子に高い人気があるのだ。女好きというだけで簡単に二股を成立させられるほど、貴族の女は安くない。

 

「気持ち近めじゃなくて、明らかに近いでしょ! このままじゃ、結婚前に貞操の危機よ! 平民じゃないんだから、結婚前とかありえない!」

 

 モンモランシーが、グリグリとギーシュの頭を踏みにじりながら、ルイズに言う。

 対するルイズは、モンモランシーの靴の裏を恍惚とした表情で受け入れるギーシュを見て、また目線を上げる。

 そして、ルイズはモンモランシーの瞳を真っ直ぐに見つめて、言った。

 

「ねえ、モンモランシー?」

 

「な、なによ」

 

「使ったでしょ」

 

「な、なにを?」

 

()れ薬」

 

 ルイズのその指摘に、モンモランシーは「うっ」と(うめ)いて、ギーシュの頭から足を離す。

 ギーシュから「もう終わりかい? ぼくのモンモランシー」と声が返ってくるが、モンモランシーはそれを無視して、ルイズからソッと目線を外した。

 そして、彼女はつぶやくように言う。

 

「……ちょっとだけ使ったわね」

 

「主な材料は?」

 

「前に相談した、『水の精霊の涙』を少々」

 

「量によっては、効果が永続するじゃないの。もう、諦めて結婚しちゃいなさい」

 

「嫌よ! いえ、結婚が嫌とかじゃなくて、おかしくなったギーシュとは嫌! こんなのギーシュじゃない!」

 

 そう言って、モンモランシーは足元に倒れたままのギーシュの頭を靴の爪先で突いた。

 それを見たルイズは、惚れ薬を盛られた挙げ句に、このような扱いを受けるギーシュに同情したくなってしまった。

 だが、ルイズはモンモランシーを止めることなく、代わりに彼女を問い詰めることにした。

 

「なんで、惚れ薬なんて使ったのよ」

 

「それは、その。二股なんてされるのは嫌だから……」

 

 モンモランシーは、言い訳するように尻すぼみな言葉でそう答える。

 すると、その言葉を聞いていたルイズは、ため息を吐いてモンモランシーに苦言を(てい)するように言った。

 

「二股と言っても、明らかに本命はあなただったでしょう? それは、あなたも分かっていたはずよ」

 

「本命だからって、浮気が許されるわけではないわよ!」

 

 確かにそれはそうだと、ルイズは納得しそうになる。

 だが、それでも惚れ薬を使うことはないだろうと即座に気付き、頭を横に振った。

 

 惚れ薬は禁制の品だ。国法で使用と作成が禁じられている。

 モンモランシーが得意とする『水』の系統魔法には、このような人の精神に影響を与える魔法が、いくつか存在している。

『魅了』といった誰かを少々魅力的に見せるだけの魔法もあれば、『制約(ギアス)』という人の行動を意のままに操る禁呪まで存在する。

 

 今回の惚れ薬は、後者の禁呪に扱いが近い。

 それを貴族相手に盛ったとなると、さらに罪は重くなるだろう。なにせ、貴族から惚れられるということは、正妻の座を思いのままに手に入れることができるということになるのだ。ただの個人の()れた()れたで収まる話ではなかった。

 だからこそ、モンモランシーは惚れ薬の使用がルイズにバレることも覚悟で、助けを求めてきたとも言えるのだが……。

 

「解除薬は作れないの? モンモランシーの腕なら、十分可能でしょう?」

 

 だからこそ生まれた疑問をルイズは、素直にモンモランシーへとぶつけた。

 そう、惚れ薬には、しっかりと専用の解除薬が存在するのだ。だからこそモンモランシーも気軽にギーシュへ薬を盛ったのだと、ルイズは解釈していた。しかしだ。

 

「材料が足りないのよ! 惚れ薬の素材に『水の精霊の涙』を使ったから、解除薬にも同じ物が必要なの!」

 

 そんなモンモランシーの言葉に、ルイズは頭が痛くなりそうな気分になった。

 惚れ薬に『水の精霊の涙』を使うという発想があるならば、使用する量は半分に抑えて、解除薬用の涙も確保しておくべきだろうと、そう突っ込みたかった。

 

 だが、いま相手している者は、行き当たりばったりの気がある思春期の少女だ。後先考えない調合は、日常茶飯事のことかもしれなかった。

 そもそも、細かい調合計画を練られるような人間なら、思いつきで惚れ薬を盛る前に踏みとどまるだろう。と、ルイズはそんなことを思った。

 ルイズ自身、その踏みとどまれない側の存在ではあるのだが。

 

「まあ、事情は分かったわ。それで、モンモランシーは、わたしに何を求めているわけ?」

 

 いろいろ考えた結果、ルイズは素直に、モンモランシーの相談を受け付けることにした。この状況をさすがに放っては置けない。そうルイズは判断した。

 ここであっさりと突き放して切って捨てないあたりが、ルイズが多くの者に慕われている理由なのであった。

 

 そんなルイズの言葉に、モンモランシーは、パッと表情を笑顔に変える。そして、モンモランシーは言った。

 

「『水の精霊の涙』、どうにかして手に入れてほしくて……!」

 

「いやいや、買えばいいじゃないの。タバサの母君を治療したときの報奨金はどうしたのよ。ガリアのオルレアン派から、かなりの額が出ていたはずなのに」

 

「あれは、実家の借金返済に使ったわよ。もう一銭も残っていないのではないかしら?」

 

 領地を持たずに年金生活をする法衣貴族や軍人貴族、そして領地経営そのものが得意ではない貴族は、存外貧乏だ。大商人や金満貴族に金を借りている家も珍しくはない。

 何年も前に領地の干拓(かんたく)に失敗したうえに、重要な事業を手放すことになったモンモランシーの実家は、その典型的な借金貴族であった。

 

 なるほど、とルイズは納得した。しかし、それならばどこからか金を借りて都合すればいいではないかとも思った。

 ルイズがもし『水の精霊の涙』を持っていたとしても、モンモランシーに無償(むしょう)で渡すつもりはない。割と値が張る貴重素材なのだ。

 だが、モンモランシーが追加で告げた言葉は、ルイズも想像していないものであった。

 

「最近、全く売っていないのよ。『水の精霊の涙』」

 

「売ってない? なんでまた?」

 

「さあ……? わたしの実家は、もうその事業からは外されたから、事情は知らない」

 

 モンモランシーの実家は、かつて『水の精霊の涙』を確保して市場に流す役割を(にな)っていた。ただし現在は、その役割から外されてしまっているのだが。

 

 しかし、売っていないのならば、手に入らないのも仕方がない。ルイズは、ようやく今回の相談内容に納得がいった。『水の精霊の涙』を入手するための伝手として、モンモランシーはルイズに期待をしているのだろう。

 と、そんなことを考えていたルイズに、モンモランシーがさらに言葉を続ける。その言葉は、ルイズの予想通りのもので……。

 

「それで、ルイズなら涙を持っているかと思って……」

 

「今は、素材ストックにないわねえ」

 

 ルイズは素直に答えながら、部屋の奥で二人のやり取りを興味深そうに見守っていた姉のエレオノールを見る。

 しかし、彼女から返ってきた言葉は、期待通りのものではなかった。

 

「わたしは『土』のメイジよ? 秘薬の調合は専門外。アカデミーの同僚なら、持っている人もいそうだけど……」

 

 すると、モンモランシーが再び笑顔を浮かべ、エレオノールの方へ振り向く。

 

「本当ですか!?」

 

「でもその場合、なんで涙が必要か言う必要があるわ。あなたが惚れ薬を使ったことを正直に話さないといけないわよ?」

 

「うっ……」

 

 惚れ薬は禁制の品。学院の中で話を留めるならば、まだどうにかなる。しかし、アカデミーまで話を広げると、官憲(かんけん)にまで伝わってモンモランシーは罪に問われることになるだろう。

 涙目になって、足下に倒れるギーシュを見つめるモンモランシー。

 そんな彼女の様子を見て、ルイズはため息を吐いた。

 

「はあ、仕方ないわね……」

 

「ルイズ! 助けてくれるの!?」

 

「ええ。今から、涙を確保してくるわ」

 

 現在は、授業が終わった放課後。もう少しすれば夕方になり、夜がやってくるだろう。そんな中で、確保に動いてくれると聞いて、モンモランシーは歓喜に震えた。

 そんなモンモランシーの様子に苦笑を浮かべながら、ルイズは部屋の入り口付近にまだ立っていたタバサに向けて、声をかけた。

 

「タバサー。シルフィードに乗せてくれる? ラグドリアン湖に向かいたいの。お礼はちゃんとするわ」

 

「構わない」

 

 即答したタバサ。

 すると、そのやりとりを聞いたモンモランシーが、タバサに向けて笑顔を向けた。

 

「ありがとう、タバサ、ルイズ! さあ、行きましょう!」

 

 そんな言葉を叫んだモンモランシー。だが、そんな彼女をルイズは冷たくあしらう。

 

「何を言っているの。モンモランシーは連れていかないわよ」

 

「えっ」

 

「下からのアングルで、ずっとあなたの下着を眺め続けているギーシュを連れていくのは、正直なところ面倒だし……」

 

「ちょっ、ギーシュ、あなたそんなことを!」

 

 モンモランシーの足元に転がったままだったギーシュが、しまったという顔をした。

 モンモランシーの蹴りがギーシュに飛ぶが、ルイズはその二人のじゃれつきを気にせずさらに言葉を続ける。

 

「それにね。ここには教師が一人います。さて、生徒が禁制の品に関わったことを知った教師は、いったいどのような行動を取るでしょうか?」

 

 そう、この場には、大人が二人居た。

 先ほど、調合は専門外である話を突っぱねた、ルイズの長姉エレオノール。そして、もう一人。

 トリステイン魔法学院の教師、コルベールだ。

 

 真面目な顔をした彼は、冷や汗をかき始めたモンモランシーへと、真剣な声色で告げる。

 

「ミス・モンモランシ。私は立場上、キミを叱らねばならない。理由は当然、分かっているね?」

 

「は、はい……」

 

 コルベールから説教を受けるモンモランシーを研究室へ置き去りにして、ルイズは才人とタバサと共に空へと旅立った。

 

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