【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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69.誓約の精霊

 空が夕闇に覆われた頃。シルフィードに乗ったルイズ、才人、タバサはトリステインとガリアの国境近くまで辿り付いた。

 目的のラグドリアン湖は、その二国の国境を(また)ぐように存在している大きな湖である。

 湖畔(こはん)にシルフィードが降り立ち、三人が順番に降りて大地に立つ。

 

 長時間の飛行で凝り固まった身体をほぐしながら、才人はわずかな夕焼けを反射して淡く輝く、美しい湖畔を眺める。

 

「ここが噂のラグドリアン湖か」

 

 件の世界崩壊に対する文書『ラグドリアン・テクスト』と同じ名前が付いた湖だ。何か関係があるのだろうか、と才人は思いつつシルフィードの苦労を(いたわ)っていたタバサをチラリと見る。

 タバサがいるため、直接的には『ラグドリアン・テクスト』のことには言及できない。だが、ルイズはそれを察したのか、才人に向けて言った。

 

「この湖で交わした約束は、永遠に守られるという(いわ)れがあるの。だから、愛を誓うだとか、大切な条約を結ぶだとか、そういう目的でここに訪れる人は多いわね」

 

「ああ、以前そんなことをタバサが言っていたような……ロマンチックだな」

 

「ここには水の精霊が住んでいてね。水の精霊は永遠を象徴する存在で、だからその水の精霊のいるこの湖で何かを誓うと、永遠の約束として扱われるわけ」

 

「水の精霊が、永遠?」

 

「ええ、水の精霊は、始祖ブリミルがこの地に降臨した(はる)か昔、六千年前の時点ですでに、この湖に居たと言われているの。永遠に変わらぬ存在。永遠の命。だから『誓約(せいやく)』の精霊なんて呼ばれてもいるのよ」

 

 なるほど、と才人は納得した。

 だから、ハルケギニアの未来を担う『ラグドリアン・テクスト』は、ラグドリアン湖の名前がついているのか、と。

 

「でも、わたしからすると、その永遠の在り方にはちょっと別の解釈があるのよね」

 

 そんなルイズの言葉に、才人は「どんな解釈だ?」と尋ねた。

 

「水というものは、蒸発しても水蒸気になるだけでこの世からなくなることはなく、空に昇って雲になって、いずれ雨となって大地に還ってくるでしょう? だから、永遠と流転を(つかさど)るって思うのよね」

 

「ずいぶんと科学的な発想だな……」

 

「なるほど、こういう考えが『カガク』の一歩ってことね」

 

 そう言って話を締め、ルイズは湖に向けて歩いていく。

 それを追い、才人も水際まで歩いた。

 

 美しい湖畔の風景。それを前にして、ルイズは感動した表情を浮かべるわけでなく、逆に眉をひそめて怪訝そうな表情をした。

 そして、誰に言うでもなく独りごちる。

 

「一年くらい前にもここへ来たのだけれど……やっぱり、湖の水位が上がっているわね」

 

「水位が?」

 

 大雨でも降ったのだろうかと、才人がルイズの独り言をオウム返しするように疑問を投げかけた。

 すると、ルイズは湖の一角を指さして、今度は才人に説明するように言う。

 

「ほら、あそこ。暗くて見えにくいかもしれないけれど、村の建物が飲まれているわ」

 

 ルイズのその言葉を受け、才人は目を凝らして彼女が指し示す先を見た。

 すると、そこには水に沈み、藁葺(わらぶ)きの屋根だけがなんとか水面から出ている状態の家々があった。

 確かに、村が一つ、湖に沈んでいる。大雨での増水というには、ずいぶんと大規模な水位の上がり方である。

 

「どうやら、ただ涙を確保するだけで話は済みそうにはないわね」

 

 ルイズはそう言いながら、唐突に右手を制服の(えり)の中に突っ込んだ。そして、右手を服の中から引っ張り出すと、その指先には銀の鎖でできたペンダントが()ままれていた。ペンダントトップには、美しい青色をした宝石が付けられている。ただし、宝石は精巧なカットは施されていない。なめらかな表面をしたティアドロップであった。

 

 ルイズはそのペンダントトップを顔の前に持っていき、そこへ語りかけるようにして言った。

 

「わたしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。水の精霊よ。新しき盟約(めいやく)の一員があなたに会いにきたわ。姿を見せてちょうだい」

 

 すると、ペンダントトップの青い宝石がかすかに光を放って、チカチカと(またた)いた。

 なんだなんだ、と、才人は目の前で繰り広げられた謎の儀式に好奇心を刺激された。もしや、ルイズは水の精霊を召喚する魔法を習得しているのか。そんな期待が、才人の心をワクワクとさせた。

 

 そして、一分ほどしてから、夕闇で底が見えない湖の水面が、キラキラと輝きだした。そして、水面がゆっくりと持ち上がり始めたではないか。

 来た! と才人は心の中で喝采(かっさい)した。水の精霊。どんなファンタジーな姿を見せてくれるのだろう。

 ゲームで出てきた美しい女性型の精霊を想像して、才人の期待は振り切れた。

 

 そんな才人の思いを他所(よそ)に、水面は高く盛り上がり、光り輝きながらうねうねと(うごめ)く。

 まるで粘土が捏ねられているような。まるで巨大なアメーバが姿を現したかのような。そんな奇妙な光景。

 その粘土のような粘性を持った輝く水は、徐々に人型を形作っていく。

 やがて、水の塊は巨大な少女の姿を取った。その少女は、ルイズにとても似ていた。しかもなんと、そのルイズの姿は裸であった。その裸の巨大なルイズが、ゆっくりと水際まで進み出てきた。

 

「……水の精霊って、ルイズのご先祖様?」

 

 そんな感想が、才人から漏れる。

 すると、ルイズは隣に立つ才人が裸の自分の姿に鼻の下を伸ばしていることを察して、とっさに才人のスネを蹴り上げながら答えた。

 

「違うわよ。水の精霊は不定形だから、対面する相手の姿を取ってコミュニケーションを取ろうとするの。おわかり?」

 

「お、お前……スネはないだろ、スネは」

 

「うっさい!」

 

 弁慶の泣き所を蹴られ悶絶する才人に、ルイズはそう冷たく言い放って、再び前へと向き直る。

 そして、上から見下ろす形となった巨大な水の精霊をルイズは見上げ、言葉を投げかけた。

 

「久しぶりね。わたしのことは覚えている?」

 

「覚えている。星をもたらす者よ。よくぞ来た」

 

 水の精霊が、その大きな口を動かしてルイズの問いに答えた。

 しかし、ルイズの隣で水の精霊の言葉を聞いていた才人は、実際には水全体を震わせて音を響かせているように感じた。

 そんな水の精霊へと興味を向ける才人に、裸の自分を観察されているような気恥ずかしさを感じながら、ルイズは言葉を続ける。

 

「今日も、いつものアレを持ってきたわ。だから、いつもの通り『水の精霊の涙』と交換してちょうだい」

 

「歓迎する。品を出すとよい」

 

「ええ、ちょっと待ってね」

 

 ルイズはそう言って、腰に下げた革のポーチを開く。そして、中から石の塊のような物体を取り出した。

 それをルイズが目の前に掲げると、巨大な水の精霊の体表から、水でできた触手のようなものが飛び出す。そして、触手はルイズの手にある塊を(から)め取ると、勢いよく触手が引っ込んでいきルイズが持っていた塊を自身の身体の中に取り込んだ。

 

「確かに。空の彼方から来たる星だ。星をもたらす者よ。この取引を我は歓迎する」

 

 その言葉を聞き、ルイズはニッコリ笑って、ポーチから今度は大きなガラス瓶を取り出した。

 瓶のフタを開け、またそれを掲げると、水の精霊はルイズの目の前で己の身体を細かく震わせ始めた。そして、精霊の顔が弾けたかと思うと、ルイズが掲げるガラス瓶の中へと弾けた身体の一部が潜り込んできた。

 

「う、うおっ!?」

 

 思わぬ光景に、才人は思わずうめき声を上げてしまった。ファンタジーかと思ったらホラーだったといった驚きだ。

 すると、そんな才人のリアクションが面白かったのか、ルイズは笑いながら才人の方を振り向いた。

 

「フフフ。『水の精霊の涙』なんて言われているけれど、涙というのは比喩表現よ。実際は、強力な精霊力を秘めた、精霊の身体の一部なのよ」

 

「うへえ、身体の一部って、本気かよ」

 

「本気よ。わたしは、これに助けられたことが何度かあるの」

 

 そう。『水の精霊の涙』は、これまで二度、ルイズの前に立ちはだかった大きな困難を乗り越える助けとなった。

 一度目は、姉であるカトレアの病気を癒やす、治療薬の素材として。

 二度目は、タバサの母であるオルレアン公夫人の心を壊していた毒に対する、解毒剤の素材として。

『水の精霊の涙』は精霊の力の塊だ。そこに秘められた力は大きい。それを大きめのガラス瓶いっぱいにルイズは受け取ったのだ。値千金ともいえる稀少な素材の大量入手であった。

 

「これだけの量なら、トリスタニアの郊外に立派な屋敷が建つわね」

 

「そんなにかよ! え、ルイズが渡した石の塊って、そんなに価値がある石だったのか?」

 

「んー、人間に取っては、現状そこまでではないわね。でも、水の精霊にとっては稀少な品よ」

 

「……いったい何を渡したんだ?」

 

「精霊曰く、星よ。まあ、実際には単なる隕鉄(いんてつ)ね」

 

『水の精霊の涙』の対価は、水の精霊から見た稀少な素材、この大地に属さぬ星の欠片であった。

 

 水は世界中のあらゆる場所にあまねく存在する。大地を覆うように海が広がり、太陽の熱にあぶられ水蒸気となって空に広がり、雨となって陸に降り注ぎ、地中深くに浸透する。水の精霊は、その身の繋がりを断つことで、触れようと思えばこの世界のあらゆる物質に触れることが可能だった。

 

 だが、そんな水の精霊にとっても珍しい物質というものがある。空の彼方から落ちてくる隕石だ。

 

 隕石という物は、人類全体というスケールで見ると、案外多く見つかる物だ。しかし、世界全ての水を(つかさど)るスケールの水の精霊からしてみれば、隕石は人間に取っての宝石よりも稀少な割合の物質となる。

 

 なのでルイズは、水の精霊との取引材料として隕鉄を持ち込んでいた。

 鉄製の武器が主に平民の武器として扱われるため、隕鉄から作った刃物にさほど希少性が見いだされていないハルケギニア。隕鉄の値段は安かった。

 

 なお、他の人間が水の精霊に隕鉄や隕石を持ち込むことはない。

 そもそも水の精霊と直接取引できる人間は本当の一握りであり、水の精霊に対して隕鉄の取引を持ち込んだ者も、世界でルイズが初めてだったからだ。そしてルイズは、隕鉄が水の精霊との取引材料となることを他者に、ほとんど教えていない。

 

 そんなことを短くまとめて説明するルイズを水の精霊は、静かに見守っていた。

 そして、ルイズがガラス瓶をポーチに戻したところで、水の精霊はボコボコと(うごめ)いて人の形を失わせていく。取引は終わり、ということであろう。

 

 だが、ルイズはそんな水の精霊に、再度語りかけた。

 

「待って! 水の精霊、一つだけ確認したいことがあるの!」

 

 すると、ピタリと水の精霊の蠢きが止まる。そして、その人の形が失われつつある姿で、言葉を返してきた。

 

「なんだ? 星をもたらす者よ」

 

「湖の水位がずいぶんと上がっているけれど、どういう理由? このままだと、人間がだいぶ迷惑を(こうむ)ることになるわ」

 

「それか。お前ならば話してもよいだろう」

 

 再びルイズの姿を取り始めた水の精霊。そして、精霊はまたルイズを見下ろす形で、言葉を発する。

 

「数えるほどもおろかしいほど月が交差する時の間、我が守りし秘宝。それをお前たちの同胞が盗んだのだ」

 

「秘宝?」

 

「そうだ。我が暮らすもっとも濃き水の底から、その秘宝が盗まれたのは、月が三十ほど交差する前の晩のこと」

 

「約二年前ね。もしかして、水位をこのまま上げ続けて、盗まれた秘宝を大地ごと水に飲みこんで取り返そうってことかしら?」

 

「その通りだ。ゆっくりと水が大地を浸食すれば、いずれ秘宝に届くだろう。水がすべてを覆い尽くすその(あかつき)には、我が体が秘宝のありかを知るだろう」

 

「気の長い話ね……」

 

「我とお前たちでは、時に対する概念が違う。我にとって全は個。個は全。時もまた然り。今も未来も過去も、我に違いはない。いずれも我が存在する時間ゆえ」

 

 その精霊とルイズのやりとりを横で聞いていた才人は身震いした。

 水ですべてを覆い尽くすとか、どれだけのスケールの話だよ、と。どうやら、この精霊は才人が想像していたよりも、遥かに強大な存在らしかった。

 だが、ルイズはそんな精霊に(おく)することもなく、再び頭上に語りかける。

 

「そのまま水位を上げていくと、水の中で生きられない地上のあらゆる生物が、ここに攻めてくることになるわよ?」

 

「我を攻撃すると?」

 

「ええ。人間のメイジだけでなく、エルフや水系統以外の韻竜も攻めてくるわね。種の生き残りを懸けた生存競争になるわよ」

 

「それは、困る。何かよい対案はあるか、星をもたらす者よ」

 

 精霊が、ルイズにそんな質問を投げかけた。

 すると、ルイズは口もとを吊り上げるようにして笑い、精霊に言葉を返す。

 

「水を引いてくれれば、秘宝の捜索に協力するわ。達成までは約束できないけれど、達成したらまた涙をいくらかもらうわね」

 

「分かった。星をもたらす者に感謝を」

 

「で、盗まれた秘宝の名前は?」

 

「『アンドバリ』の指輪」

 

 その精霊の言葉を聞いて、ルイズは眉をひそめた。

 心当たりがあるのだろうかと、才人はルイズに振り向く。

 すると、才人が言いたいことを察したのか、ルイズは彼に説明を始めた。

 

「昔に読んだ資料では、死者に偽りの命を与える『水』の秘宝と語られていたわね。秘宝中の秘宝よ。確かに、命を懸けてまで盗む価値があるとは言えるわね」

 

 すると、水の精霊がルイズの説明に付け足すようにして言った。

 

鼓動(こどう)を止めた生命に、水の力で仮初めの鼓動を与えることは、あの指輪ならば確かに可能だ」

 

「あと、偽りの命を与えられた者は、指輪の主の言いなりになるという話もあったわね」

 

「『水』の力はお前達が持つ脳とやらに干渉し、強い影響を与える。お前達が操る(つたな)い『水』の力でもそれは可能であろう?」

 

「ああ、確かに『水』の系統には、精神に影響を与える魔法も多くあるわね。納得だわ」

 

 精神に影響を与えるとか魔法って怖い、と思った才人。

 そして、ギーシュも惚れ薬を飲んでああなったことを考えると、確かに『水』の魔法はそういうことができそうだと、才人は納得した。

 

 その後もルイズは、精霊に盗んでいった者達の特徴を聞いたり、彼らが交わしていた会話を聞いていないかと尋ねたりと、細かく聴取をしていった。

 そして最後にルイズは、秘宝が近くにあることを探知できる手段はあるかと聞いた。

 

「ある。星をもたらす者よ。誓約の石を再び前に」

 

 精霊のその言葉を聞いて、ルイズは首から下げていたペンダントを顔の前に掲げた。

 すると、水の精霊から触手が伸び、ペンダントトップの宝石へと触れる。すると、宝石が強い光を放って光り輝き始めた。精霊が、己の力を込めている。才人はなんとなくそう感じた。

 

「あとは、『アンドバリ』の指輪の存在を察した誓約の石が、星をもたらす者を導いてくれるだろう」

 

「感謝するわ。期待して待っていて」

 

 そうして、ルイズと水の精霊の対話は終わり、水の精霊は水底へと帰っていった。

 それからすぐに、ラグドリアン湖の水位が引き始める。精霊が約束を守ったのだ。

 やがて、水面から輝きが失われ、夜のとばりが降りてくる。ずいぶんと長く話し込んだようで、すっかり陽は落ちきっていた。

 

 こうなると、夜の長距離飛行は危険だ。

 ルイズは後方でずっとやり取りを見守っていたタバサと相談し、ラグドリアン湖に面しているガリア側にあるタバサの実家に、こっそり泊まることに決めた。無許可で国を超えることになるが、バレなければいいという判断である。

 そして、タバサの実家まで進むためにシルフィードに乗りこもうとするルイズが、ポツリとつぶやいた。

 

「しかし、クロムウェルね……」

 

「何か気になることでもあったか?」

 

 ルイズが口にしたクロムウェルという言葉。それは、水の精霊が語った、秘宝を盗み出した一行が漏らした盗人の名前だった。その名に何かあるのかと、才人が尋ねると、ルイズは額にシワを寄せて答えた。

 

「アルビオンの反乱軍『レコン・キスタ』の首領の名前なのよ。クロムウェルって」

 

「まさか……」

 

「同名の別人と流すには、ちょっとビッグネーム過ぎるのよね」

 

 ルイズと才人は、何か大きな陰謀が(うごめ)いているのではないかと、互いに顔を向け合ってしばし考えにふける。

 そして、ルイズは決断する。

 

「タバサ、悪いけど予定を変更。トリスタニアまで飛べるかしら?」

 

 タバサは黙ってそれにうなずき、シルフィードを駆って夜の闇へと飛び立つのであった。

 




・水の精霊のスケールの大きさ
ラグドリアン湖の水の精霊は世界を水で覆えるくらいのスケールの大きさを持ちますが、それ以外にもスケールの大きい存在であることをうかがわせるエピソードがあります。
原作完結後に発行された公式メモリアルブックに載っている亡き原作者が遺した続刊のプロットでは、『大隆起』の解決方法として、ラグドリアン湖の水の精霊に頼んで大陸中の『風石』の暴走を鎮めてもらうという手段が語られていました。代筆で書かれた続刊ではその方法は採用されませんでしたが、原作者であるヤマグチノボル氏の中では、水の精霊が大陸中に影響を与えられるスケールの大きい存在として扱われていた可能性は高いでしょう。
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