【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま 作:Leni
タバサはルイズの親友である。
少なくともルイズはそう思っているようであり、タバサとの関係を他者から聞かれたときにも、彼女は大切な親友だと答えている。
一方、タバサもそのルイズの言葉を真正面から聞いて、否定することはなかった。
二人が初めて知り合ったのは一年前。トリステイン魔法学院に入学したばかりのこと。
他の生徒達が少しでも良い家柄の子女と縁をつなごうと奮闘している中、タバサは一人、学院の図書館で本を読んでいた。
物静かなタバサ。彼女にとって、読書は唯一の趣味だった。
十五歳で学院に入学したルイズよりも一つ幼い十四歳という年齢にして、すでにメイジとして熟練者の域にあったタバサ。
魔法の熟練度である『ドット』『ライン』『トライアングル』『スクウェア』のうち、三段階目の『トライアングル』である彼女は、それでもおごらず日々の魔法の修練を欠かさない。その理由は、いつか来るかもしれない決戦の日に備え、力を研ぎ澄ますため。そこに楽しみや喜びなど見いだしてはいなかった。
一方、読書についてはそんな殺伐とした習慣とは違い、ただ楽しむためだけに行なっていた。
様々な分野の書物の中でも、タバサは特に、平民の女性が読むような恋物語を好んで読んでいた。
何の取り柄もない平凡な女の子。それが、容姿端麗で頭脳明晰な貴族の男に見初められ、身分の違いで心を痛める。そんな話が平民の間では人気があった。
タバサがこのような物語を好んでいた理由は、自分を不幸な境遇から救い出してくる自分だけの勇者が現れないかという願望が、心の奥底にあったから。当然ながら、そのような恥ずかしい妄想を彼女が他人に話すことは、一度もなかった。
出身国であるガリアにある屋敷にあった小説は、全て読み切ってしまったタバサ。しかし、異国の魔法学院ならば、自分の知らない本が山ほどあるはず。
タバサはそう思い、友人を作ることなど全く考えずに図書館へ真っ先に入り込んだのだ。
誰もいない本の庭で、タバサは一人、優雅に本を読みふけっていた。
一人だけの、自分だけの空間。
だが、そんなタバサに、横から声をかける者がいた。
「『レビテーション』の魔法をお借りしてもよろしくて? 本を取っていただきたいの」
話しかけてきたのは、自分と同じ魔法学院の生徒のようだった。マントの色を見ると、同学年の一年生だ。
自分の領域へ不用意に踏み込んできた邪魔者に対し、タバサはわずかに機嫌を悪くして「自分でやって」と小さく答えた。
だがしかし。
「申し訳ないけれど、わたし『レビテーション』も『フライ』も使えないの。落ちこぼれというやつね」
目の前の金髪の少女は、そう言いつつもどこか誇らしげに立っていた。
なんとなくタバサは、祖国ガリアにいる従姉のことを思い出した。彼女も魔法の才能に乏しい、落ちこぼれメイジだった。
使えないならば仕方がないと、従姉の件もあって素直に受け入れたタバサ。彼女は、金髪の少女、ルイズの頼みを聞くことにした。
この図書館は、魔法の使用を前提とした構造になっている。棚の高さは、なんと三十メイル。もしも、棚から本が落下して、下に人がいた場合、軽傷では済まないかもしれない。
メイジ専用の図書館というものは、貴重な本を高いところに置くのが通例だ。理由は平民のこそ泥に盗まれないようにするため。
しかし、ルイズは平民ではなく、学院の生徒が着用するマントをしっかり着けている。マントは貴族の証である。
貴族であれば使えるはずの『レビテーション』が使えないならば、手の届く範囲の本しか読むことができない。タバサは、目の前の落ちこぼれメイジが高所にある貴重な本を求めているのだろうと推測した。
どの本を取ればいいのか、そう尋ねたタバサにルイズはさらりと答えた。
「あの棚のあの段の端から端まで。あ、その下の段もお願いするわ」
あまりにも突飛な注文に驚くタバサだが、ルイズの顔は自分を馬鹿にするような冗談を言う表情ではないと分かった。
――この人はわたしと同じ本の虫だ。
タバサは、そう確信した。
◆◇◆◇◆
その日からタバサとルイズは、図書館の同じ机で一緒に読書をするようになった。
自らは声を発しようとしないタバサに、ルイズは本を読みながら色々と話しかけてきた。
無視しようかとも思ったタバサだが、ルイズの会話はどれも貴族達が酒宴の席でするような、どうでもいい自慢話ではない。むしろ、読書家として興味のそそられる話題ばかりであった。
遠い異国に置き去りにされた犬の使い魔が、国境をいくつも越えて主人のもとへ帰ったという実話。
ガリア、アルビオン、トリステインの三国が争った古い時代に語られる局地戦の逸話に対する、非現実性の指摘。
亜人と人間が友好関係を結ぶ物語は、現実世界で実現可能かという考察。
普段から多くの本を読み、様々なことを頭の中で考えていたタバサは、ついついルイズの話題に乗ってしまった。
そのようにして毎日のように言葉を交わし、少しずつだがタバサはルイズに心を開くようになっていった。
そして次第に、タバサからも本に関する話をするようになった。
二ヶ月も経った頃、二人は図書館以外でも会話をする仲になっていた。
仲を深めた二人は本にも関係しない、普通の友人らしい会話も交わすようになる。
時には、本を数分で読み終わるルイズの速読が、ズルくて汚いとタバサが文句を付けて、喧嘩になったこともあった。
やがて、そんな二人の組み合わせに、ルイズの悪友を自称するキュルケも加わることになる。
キュルケはさほど読書が好きではなかったが、その代わりに図書館や寮の自室に籠もろうとするタバサを様々な場所へと連れ出した。タバサの隠れた特技、サイコロ博打が猛威を振るいだしたのも、キュルケが王都トリスタニアの裏町に連れ出し始めてからである。
キュルケはタバサよりも三つ年上だ。だからか、彼女はタバサに対してお姉さんぶることもしばしばだった。男関係にだらしがないところが玉に瑕であったが。
そんなキュルケの
その二人の性質が引き起こす様々な問題に、
特に、読書家のくせに、常識が欠けているのではないかと疑いたくなるルイズが関わる事件に、タバサはなんとか状況を鎮めようと無言で
「あなたがいないと、ルイズはどこかに飛んでいっちゃうわね」
そんなことをキュルケに、笑いながら言われたこともあった。
ルイズは本に興味があるわけではなく、知識に興味があるだけ。そんな事実を知っても、もはやタバサはルイズとは切っても切れない仲になってしまっていた。
◆◇◆◇◆
知識の野獣。貪欲な賢者。そんなルイズが『タバサそのもの』に興味を持つことは、当然の帰結だったのだ。そうタバサは今になって考える。
タバサは入学時点で、三つの魔法の系統を重ねられるトライアングルメイジ。それが他国であるガリアからの留学生。それでいて家名は不明。そもそも『タバサ』など、ペットの犬猫にでも付けるような名前だ。まともな人名ではなく、明らかな偽名だ。
そして、しばしば不意に学院から姿を消すタバサ。実は、祖国ガリアの秘密騎士としての任務のためだったのだが、毎日のように顔を合わせていたルイズの目には、さぞや不可解に映ったことだろう。
興味の矛先をタバサに向けたルイズは、行動を開始する。
生徒の中に誰もタバサの正体を知るものがいないと聞き込みを終えたルイズは、次に教師陣に手を伸ばした。
教師達、特に学院の重鎮ならばタバサの正体を必ず知っているはずだ。ルイズは、そう確信していた。
なにせここは、トリステイン王国の由緒ある魔法学院。国内外の貴族の子女達が集まる、最高峰の学び舎。身元不明のメイジなどが、留学できるような場所ではない。
そして、ルイズは知った。
タバサの正体は、ガリアの王族に関係の深いオルレアン家の長女。シャルロット・エレーヌ・オルレアンだと。
ルイズは以前、貴族間の噂話として、ガリアで起きたオルレアン家を巡る、とある騒動を耳にしていた。ガリアの汚点。王家の醜聞だ。
これ以上タバサについて深く調べるのは、外交問題になりかねない。ルイズもトリステインの王家に関わりの深い、ヴァリエール公爵家の三女なのだ。
しかし、ルイズは
王家の醜聞。それは、タバサの亡き父、オルレアン公シャルルは、彼の実兄であり現王であるジョゼフ一世を支持する一党に暗殺されたとの、とんでもない噂。
そしてルイズは持てる人脈を全て使い、タバサの母、オルレアン公夫人についての情報を秘密裏に得た。その結果、ルイズの知識欲は爆発した。
「エルフの毒ッ!? エルフの先住魔法ですって!?」
タバサの母は、先住魔法をたくみに操るというエルフの毒を盛られ、心を壊していたのだ。
『賢者』とも呼ばれたこともあるルイズは、人間のメイジが扱う始祖ブリミルの四大魔法とは異なる魔法、すなわち先住魔法についても造詣が深かった。ハルケギニアの六千年の歴史で、エルフが操る先住魔法について研究された書物も数多く存在する。
しかしルイズは、エルフの魔法というものを実際に目にしたことはなかった。
エルフは遠い東の砂漠地帯、『聖域』の地にて、何百年以上も引きこもっている異種族。彼らを引っ張り出すには、ハルケギニア大陸西部の軍事力を片っ端から集めて攻め込んで、ようやくかなうことである。
タバサが隠していた真実を目の当たりにしたルイズ。彼女は興奮冷めやらぬまま、図書館にいるタバサのもとへと走っていった。
「あなたの母君を助ける手立てがあるわ。協力しなさい」
そのルイズの言葉を聞き、タバサはただただ驚いた。何故彼女が、自分の母のことを知っているのか。最近ルイズがあちこちを探り歩いているのは知っていた。だが、それは好奇心旺盛なルイズのいつもの行動であり、まさか自分のことを調べられているなど想像もしていなかった。
暗闇に沈んだ心の内側に踏み込まれ、拒絶しそうになるタバサ。だがしかし、母を助ける手立てがあると言われては受け入れるしかなかった。
そうして、タバサを味方に付けたルイズは、さらなる行動を開始した。
まず、ルイズは個人的な知り合いであるジュール・ド・モット伯爵に連絡を取った。
トリステインの王宮に関わりの深い人物であり、外交にも強い。そこからガリア国内のオルレアン派なる、現王と対立する勢力に渡りを付けた。
そして次に、ヴァリエール家の仇敵であるはずのツェルプストー家の当主に対し、彼の孫娘のキュルケを間に置いて交渉を行った。
ルイズから飛びだしてきた夫人を助ける策は、大胆かつずさんだった。
オルレアン派の協力を得て、オルレアン家の屋敷にオルレアン公夫人の影武者を用意する。そして夫人本人はフォン・ツェルプストーの用意したゲルマニアにある秘密屋敷に隠す。そこで、毒を抜く治療を長期的に行なう。
それを聞いたタバサは、耳がおかしくなったのかと思った。明らかな国際問題。バレればゲルマニアとガリアの間で何が起こるかも分からない。しかしフォン・ツェルプストーは、気にした様子も見せず、楽しげにルイズと計画を練った。
もしかしたら、この場に居る豪華なメンバーよりも上の方へ、すでに話が通っているのかもしれない。タバサは、そう考えて戦慄した。
どこまで話が通っているかも分からぬまま、計画は極秘裏に進んだ。オルレアン公夫人をゲルマニアに連れて行く理由は、ガリアとの地理的な関わり合いのためだ。ゲルマニアは広く、東の聖域に近い奥地ならば、ガリアの密偵の手もそう簡単には及ばないとのことだった。
かくして、オルレアン公爵夫人誘拐作戦は、あっさりと成功に終わった。
こんなことをして大丈夫なのか。
そう尋ねるタバサに、既に学院の皆から『魔女』と恐れられ呼ばれていた少女は、ただ笑って言った。
「バレなければいいのよ」
タバサはこの言葉を聞いた時点で、目の前のストロベリーブロンドの魔女について、深く考えるのをやめた。
なんのために自分が今まで、偽名を使ってまで生きてきたというのか。もう、どうとでもなってしまえ。
そして、どうとでもなってしまった。悪い方にではなく、良い方にだ。
『魔女』であり『賢者』でもあるルイズの知識は、エルフの先住魔法に蝕まれた夫人の心を少しずつもとに戻していった。
治療開始から半年が経過し、季節が二つ変わろうとしていたころには、夫人はツェルプストー家経由でつたない文字ながらもタバサに手紙を送る程まで回復していた。恐れていたガリアとゲルマニアの争いは、発生の兆候すら見られなかった。
タバサは、ずっと夢に見続けていた。不幸な自分の境遇を救ってくれる『勇者』がいつか現れて、自分の肩を抱いてくれると。
現実には、勇者は現れなかった。
だが、タバサの
改訂前のこの作品は、『ゼロのガンパレード』『エデンの林檎』『虚無の魔術師と黒蟻の使い魔』『ゼロと聖石』といった某所のルイズ魔改造ものに影響を受け、その数年後にArcadiaで連載を始めて成立しました。
ちなみに、ハーメルンの『原作:ゼロの使い魔』作品で一番の名作は、『ルイズと聖剣伝説』だと個人的には思っています。復活しないかなぁ!
※ジュール・ド・モット伯爵:TVアニメ版オリジナルキャラクター。初期のゼロの使い魔の二次創作小説界隈では、アニメ一期のオリジナル要素を散りばめて書くのがトレンドでした。