【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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70.不死者の王

 アルビオンの元皇太子ウェールズは、トリステインの王宮にある客間でまどろんでいた。

 連日にわたる会合と、アンリエッタから任された執務により、彼は疲労を溜め込んでいた。部屋に用意された大きなベッドで、疲れを癒やすために横たわる。だが、本格的な眠りには未だ就いていなかった。

 

 枕やベッドが合わないわけではない。彼は『レコン・キスタ』との激しい内戦で、戦地を転戦することもあった。劣悪な環境下で眠る術は、そのときにしっかりと身につけている。ただ単に、眠りに就くには少々精神が(たか)ぶっているだけだった。

 ちなみに、この部屋が劣悪な環境下というわけではない。ただ、王族が眠るに相応しい広さや内装がなされた部屋ではなかった。アンリエッタと結婚式を迎えるため、一時的に借り受けている客間だ。

 本来ならば、彼はこんな部屋ではなく、トリステインの王が眠る寝室で天蓋付きのベッドに就寝すべき立場となるはずであった。

 

 トリステインの王女アンリエッタと婚姻を交わして、戴冠式を経て王となっていたはずのウェールズ。

 しかし、結婚式が行なわれる前にトリステインはアルビオンの新政府と戦争を始めてしまったため、結婚式は延期となったのだ。

 

 結婚式をあらためて執り行う日取りは未だに決まっていない。トリステインとアルビオンは戦争状態に入っており、いつ本格的な交戦が始まるか分からない。そのため、戦争がいち段落付くまで結婚式どころではないのだ。

 

 ウェールズは、まどろみながら無くなってしまった結婚式のことを考えていた。

 愛しのアンリエッタ。ウェールズは、彼女と結ばれる日を心待ちにしていた。

 アンリエッタの笑顔を思い浮かべると、段々と眠気が強くなってくる。そして、いよいよ眠りに就こうとしたその時。不意に部屋の扉からノックが聞こえた。

 

 一瞬でウェールズの意識が覚醒する。

 時刻はすでに深夜にさしかかる頃。ウェールズはベッドから身を起こし、窓から差す月の光を頼りに、手元のマジックアイテムをいじる。すると、魔法の照明が灯り、部屋にぼんやりとした光が生まれた。

 そして、ベッドの脇に立てかけてあった愛用の軍杖を身につけると、鞘から軍杖を抜いて扉に近づいていった。

 

「何者か?」

 

 端的に問うウェールズ。

 すると、扉の向こうからも端的な言葉が返ってきた。

 

「オレだ」

 

 その言葉に、ウェールズはハッとする。聞き覚えのある声。それでいて、聞けるはずのない声。

 それは、亡き父であり、亡きアルビオン王国の国王、ジェームズ一世の声だった。

 

「……まさか。そんな」

 

「ふん、オレの声を聞き忘れたか? とんだ親不孝者がいたものだ」

 

「やはり、父上!」

 

 ウェールズの目が見開かれる。

 ジェームズ一世は死んだはずだ。ニューカッスル城から脱出するトリステイン大使のルイズ達を支援するため、殿(しんがり)となった。ウェールズは、ルイズから直接そう聞いていた。

 

「本当に父上なのですか?」

 

「そうだ。疑うならば、扉を開けてみよ。お互いうんざりするほど見た顔を再び見せ合えるであろうよ」

 

「し、しかし、父上は……」

 

「ええい、さっさと開けぬか。『アン・ロック』でこじ開けてもよいのだぞ」

 

 ああ、この強引さと傲慢さは、紛れもない父のものだ。そう確信を持ったウェールズは、素直に扉の鍵を開けた。

 すると、そこにいたのは老齢の男。だが、全身から覇気をみなぎらせた、まぎれもない王の姿。戦の連続でくたびれていた最後の姿からは考えられない、平和な頃のアルビオンの王城でウェールズがよく見ていた、父王の姿であった。

 

「やはり、父上……」

 

「うむ。お前も息災なようだな。杖など抜きおって。暗殺者の類とでも思うたか?」

 

「ええ……しかし、父上。ニューカッスル城で死んだはずでは……」

 

「はっ、アルビオンにて暴王と恐れられたオレが、そう簡単に死ぬものか。こうして、五体満足で生きておるわ」

 

 ニヤリ、と内戦の終盤では見せることはなかった凶相の笑みに、ウェールズはこの父王が本物であることを確信した。

 しかし、このような時間に、何用なのか。生きて自分を訪ねるならば、このような状況で来るのはおかしい。ウェールズはそれを素直に尋ねることにした。

 

「このまま感動の再会をしていたいところですが、こんな時間にわざわざこっそり訪ねるような真似をして……何か重要な話でも?」

 

 すると、ジェームズ一世は、凶相を変えぬまま、答えを返した。

 

「トリステインに逃げ落ちてしばらく経ったが、アルビオンの王党派残党と連絡がついてな。反乱軍どもへの反撃ののろしを上げる時が、とうとうやって来たのだ。お前も付いてきてくれるな?」

 

「なるほど。しかし、このような密会の形を取ることが分かりません」

 

「何を言っておる。反撃は、アルビオン自らの手で行なわなければならない。他国に肩入れされては、アルビオンの領土を割譲(かつじょう)する必要に迫られるではないか」

 

 確かに、話の筋は通っている。ウェールズは納得し、うなずく。

 

「分かりました。王党派に会うだけ会ってみましょう。そして、アルビオンを正しき姿に」

 

「うむ。よく言った。それでこそ我が息子よ」

 

 互いにうなずき合い、ウェールズは荷物も持たずに部屋から出た。

 そして、ウェールズは軍杖で『風』の魔法を使って足音を消しながら、王宮の廊下を王と並んで進み始めた。

 

 その最中、ウェールズは小声で父王に尋ねた。

 

「ところで父上、移動の足は何を」

 

「馬を用意しておる」

 

「馬ですか……それでは私が消えたことに、トリステインが気付いて追ってくるやもしれません。王城の獣舎に、私がトリステインから借り受けたグリフォンがいます。それに乗って移動するのはどうでしょうか?」

 

「なるほど。それはよい手だ。抜け目ないな」

 

「フッ。トリステインに逃げ延びて、単独でアルビオンの仲間と連絡を取り合えた父上ほどではありませんよ」

 

 そうしてウェールズは、父王と並びながら王宮を出て、王城の敷地内に用意された獣舎へと向かう。

 この獣舎は、城に詰める魔法衛士隊や竜騎士隊が、一時的に幻獣を預けておくための建物だ。そこに、ウェールズのグリフォンがいるのだという。

 

 月明かりに照らされる王城の庭を進み、獣舎へと辿り付く二人。

 そして、獣舎の扉を開け、暗闇に覆われた室内を進んでいく。

 

「少々お待ちを。今、明かりを点けます」

 

「うむ」

 

 ウェールズが壁にあるマジックアイテムを操作し、獣舎に明かりが灯る。

 すると、獣舎のあちらこちらに光が灯り、獣舎の中が昼のように明るくなった。

 そして、明かりに照らされた獣舎の中には、ウェールズが期待していた通りの光景が広がっていた。

 

「なっ!?」

 

 その光景に、父王ジェームズ一世の驚きの声があがる。

 なんと、獣舎には多数の武装した衛士が詰めていたのだ。

 それを見たウェールズは、父に似た凶相を顔に浮かべ、ニヤリと笑った。

 

「どうです、父上。トリステインから借り受けたグリフォン……いえ、グリフォン隊です」

 

「貴様! これはどういうことか!」

 

 ウェールズを振り向き、ジェームズ一世は息子を怒鳴りつける。

 しかし、ウェールズは壮絶な笑みを崩さぬまま、言葉を返した。

 

「さて、どういうことかとは、こちらから聞きたいものですね。私は、トリステインに逃げ延びた全てのアルビオン貴族と面会を済ませています。そのとき、父上の話は一言も出ておりません」

 

「ぬうっ……!」

 

「そして、先ほど、耳にしたばかりの新情報があります」

 

 ウェールズはそう言って、わずかにジェームズ一世から距離を取り、軍杖を彼に向けた。

 そして、詠唱のルーンではなく代わりに軍杖の突きを父に向けて放った。

 

 レイピア状の軍杖が、ジェームズ一世の肩を穿つ。

 だが、ジェームズ一世はその痛みに顔を歪めることもなく、己の杖を抜いた。

 

 そこへ、グリフォン隊の衛士から弱めの『エアハンマー』の魔法が飛び、ジェームズ一世の手から杖を吹き飛ばす。

 その勢いで、ウェールズの軍杖の先がジェームズ一世の肩から抜ける。すると、次の瞬間、信じられない光景がウェールズの目に飛びこんできた。

 ひとりでに、ジェームズ一世の肩の傷がふさがっていったのだ。

 

「やはりか……」

 

 そうつぶやいたウェールズ。それに対し、ジェームズ一世はウェールズへ再び怒鳴りつける。

 

「父に杖を向けるか! 罰当たり者めが!」

 

「さて、始祖ブリミルにツバを吐く罪人は、どちらでしょうか。父上、いえ、亡者の王よ」

 

「……貴様、何を言っておるか!」

 

「先ほど聞いたばかりなのですよ。反乱軍の首魁(しゅかい)は、水の精霊から盗み出した秘宝を用いて、死者を操ると」

 

 そのウェールズの答えに、ジェームズ一世は沈黙する。

 どうやら当たっていたようだと確信したウェールズは、軍杖を父に再び突きつけ、言った。

 

「父上。どうか、過ちを犯すことなく、天の国(ヴァルハラ)へお帰りなさいますよう」

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 ルイズは深夜に叩き起こされていた。

 ここはトリステインの王宮。ラグドリアン湖から夜闇を切り裂いてトリスタニアの王城に辿り着いたルイズ達三人は、急遽(きゅうきょ)、アンリエッタと渡りを付けて緊急の報告を行なった。

 アルビオンの新皇帝クロムウェルが、死者を操る精霊の秘宝を手に入れた可能性があるという、あまりにも危険な情報を知らせたのだ。

 そして、夜も遅いため王宮に泊まるよう言われたルイズ。しかし、どういうわけか深夜になって眠っていたところを隠密隊に起こされたのだ。

 

 王城の庭を進みながら、これまた叩き起こされたのであろう才人と合流し、ルイズは隠密隊から話を聞く。

 すると、返ってきた答えは、衝撃的な話であった。なんとクロムウェルに操られたであろう死者、ジェームズ一世がウェールズを連れ出そうと王宮に忍びこんだというのだ。

 そんなウェールズも、クロムウェルが死者を操ることをアンリエッタから伝え聞いていた。

 深夜の王宮は隠密隊によって密かに監視されている。そこでアルビオン王の姿ありとなって、すぐさま死体を操られていると察した隠密隊は、直前の打ち合わせ通りグリフォン隊を獣舎に集めた。

 

 正直なところ、ギリギリのタイミングであったが、問題なくジェームズ一世は拘束されたのだという。

 ルイズがもたらした報が、ウェールズをアルビオン新政府の陰謀から守ったのだ。

 

 問題なく解決したのならば、こんな深夜に叩き起こされることはなかったのでは? ルイズはいぶかしんだ。

 だが、隠密隊の隊長、アニエスが続けて言った言葉は、ルイズにとっても意外なものであった。

 

「死なないのです」

 

「えっ? ジェームズ陛下が?」

 

「はい。どれだけ魔法を受けようと、どれだけ斬られようと、瞬時に傷が癒えてしまうのです。操られているため、尋問もできず……唯一、『火』の魔法は通用するのですが、意思があるまま火葬するのは忍びないと、ウェールズ閣下が『虚無』の担い手をお呼びになりました」

 

「つまり、『エクスプロージョン』で、(ほうむ)ってやれと?」

 

「いえ……ああ、着きました。後は、ウェールズ閣下からお聞きになってください」

 

 そうして、ルイズと才人は、獣舎に足を踏み入れる。

 独特の獣臭に才人が顔をしかめるが、ルイズは一切気にせず中へと入っていく。

 

「閣下。お呼びと聞きましたが」

 

「ああ、ミス・ヴァリエール。夜分遅くにすまない」

 

 そこには、軍杖を抜いたウェールズと、その近くで全身を拘束されて座りこむジェームズ一世の姿があった。

 さらに、グリフォン隊の衛士達がその周囲を囲むように展開している。

 

「それで、『虚無』の魔法がご所望だとか。『エクスプロージョン』ですか?」

 

 ルイズがそう尋ねると、ウェールズは首を横に振って否定する。

 

「いや、私が期待しているのは、別の『虚無』の魔法だ」

 

「別の『虚無』……わたしは『エクスプロージョン』しか未だ使えませんが」

 

「だが、以前話していただろう? キミの『虚無』は、必要に応じて新たな魔法に目覚めると」

 

「今、この場で目覚めろと……。閣下は、どのような魔法をお望みですか?」

 

「父を天に帰してほしい。父を支配する精霊の力は、この場にいる誰もが解除するに至らなかったのだ」

 

「なるほど……」

 

 そこまで話を聞いたルイズは、隣に立つ才人に振り返る。

 そして、ルイズは才人、ではなく、彼が背負うデルフリンガーに向けて話しかけた。

 

「デルフ。そういう『虚無』の魔法ってあるのかしら?」

 

 才人が鞘に収まった魔剣をわずかに抜くと、デルフリンガーが金具を震わせて言葉を返した。

 

「おう、あったはずだぜ。精霊の力や魔法の力を無効化するってーやつがあったな」

 

 その答えにルイズは満足そうにうなずき、しっかりと携帯していた『始祖の祈祷書』を腰の専用鞄から取り出す。

 そして、祈祷書のページを順番にめくっていくと、突然、一枚のページが光り出す。その光の中に、ルイズは一つの魔法を発見した。

 

「あったわ。『ディスペル・マジック』。魔法の効果を解除する魔法」

 

 そうして、ルイズの詠唱が始まった。

 長い、長いルーンの呪文。伝説の『虚無』が見られるとなって、固唾を飲んで見守るグリフォン隊の衛士達。

 やがて、詠唱は終わり、ルイズは右の手の平を拘束されたジェームズ一世に突きつけた。

 

「陛下。どうか、安らかにお眠りください」

 

 そう言って、ルイズは『ディスペル・マジック』を発動し、まばゆい光がほとばしる。

 そして、音もなくジェームズ一世は、その場に倒れ、ただの物言わぬ死体へと戻った。

 

 その様子をウェールズは、ただ黙って見守っていた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 長い夜が明けて、トリスタニアに朝が訪れた。

 そのトリスタニアでは、王宮から発表されたばかりの新情報に、人々が驚きの声を上げることになった。

 

 アルビオン王国国王ジェームズ一世、崩御。

 いや、正確にはすでに亡くなっていたのだが、アルビオンの新政府の邪悪な企みにより不死者として蘇り、『虚無』の担い手により天上(ヴァルハラ)へと返されたという話である。

 さすがに話を大きくしすぎではないかと人々は疑ったが、発行された新聞に載った事件の詳細で、作り話にしては手が込みすぎているとも思うようになった。

 

 なんでも、アルビオンの新皇帝は、ラグドリアン湖の水の精霊から秘宝『アンドバリ』の指輪を盗み出し、その指輪に宿る精霊の力で死者を操ったというのだ。

 さらに、指輪の盗難が水の精霊の怒りを買い、ここ最近、ラグドリアン湖の水位が急上昇していたのだという。その証拠に、上がった水位により村を一つ飲みこんだことは、新聞の記者も真実であると記事にて断言していた。

 そんな水の精霊の怒りは『虚無』の担い手によって無事に鎮められ、今では水位は無事に下がったのだという。

 

 それにより、『虚無』の担い手であるルイズの評判が、またもやトリスタニアの平民達の間で上がった。もともとトリスタニアは、ルイズが幼い頃から様々な施策を試したことによる恩恵を受けており、その名は市民達の間で知れ渡っていたのだ。

 そこに、タルブ戦役の勝利と今回の活躍で、ルイズの人気は不動のものになった。

 

 さらに、三日後に行われるというジェームズ一世の国葬に、ルイズが姿を見せると発行された新聞には載っていた。

 これにより、ルイズを一目見てみたいとトリスタニアの人々は、国葬に注目することになる。

 

 それから三日後、国葬が大々的に執り行われ……その式次の中でトリスタニアの市民達の前にルイズが姿を現した。

 ルイズはジェームズ一世の死を(いた)み、悲痛な表情を隠さなかった。

 

 死者を操るという邪悪なアルビオン新政府の所業をここにきて深く理解した、トリスタニアの市民達。

 こうして、プロパガンダを仕掛けたアンリエッタの狙い通り、国民感情はアルビオン新政府との戦争を肯定する方向へと傾いていき……戦争の再開に向けて、時は少しずつ進んでいくのであった。

 




・天国
原作には幾度か天国や天上(ヴァルハラ)に対する言及があり、どうやらブリミル教には天国の概念がある様子です。ちなみにブリミル教では、始祖ブリミルとは別に神のことも崇めています。
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