【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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76.対極な対局

 トリステインとアルビオンの戦争が再開しようとしていたちょうどその時。トリステインの隣国の一つであるガリア王国は、戦争に対して中立を決め込んでいた。

 その方針を決めた者は、かつて『無能王』と呼ばれ、今は『名君』と名高いガリア王。名をジョゼフと言った。

 

「おお、『白炎』に勝利したか。さすがは我が友よ」

 

 王宮の居室にて、遠方とやり取りを行なうマジックアイテムの筒を覗き込んでいたジョゼフが、感嘆するように言った。

 彼はそのマジックアイテムを使い、トリステイン魔法学院の襲撃事件を全て監視していた。

 学院に通う姪御である、タバサことシャルロットを心配してのことではない。

 

「我が友ルイズよ、お前は本当に、おれの心を満たしてくれる……」

 

 彼は、トリステインの『賢者』であるルイズに執着していた。ゆえに、ルイズと『白炎』率いる傭兵部隊の魔法学院での対決を今日の未明からずっと観察して、楽しんでいたのだ。

 それはまるで、ひいきの役者が出る演劇を見るかのような様相を(てい)していた。

 

 ガリア王ジョゼフは、以前からルイズと面識があった。彼は『ラグドリアン・テクスト』を知る数少ない国の上位者の一人であった。その縁で、テクストの発案者の一人であるルイズとも面通しを済ませているのだ。

 その面通しの過程で、彼はルイズに強く惹かれた。

 恋愛的な意味ではない。ジョゼフは青い髪を持つ美形ではあったが、娘も一人いる中年男だ。

 二十にも満たぬルイズに恋心を抱くほど、節操なしではなかった。

 

 では、彼はルイズにどんな想いを向けているかというと、まさしく演劇のひいきの役者を見るような想いであった。

 ガリア王ジョゼフは、ルイズという天才少女の重度のファンなのだ。

 

「さて、我が『賢者』殿は、次は何を見せてくれるのか……戦争を起こした甲斐(かい)があるというもの」

 

 そう一人つぶやくジョゼフ。

 ルイズのファンおじさんジョゼフは、実は全ての黒幕であった。

 アルビオン内に反乱軍を作らせたのも。水の精霊から『アンドバリ』の指輪を盗ませたのも。魔法学院に『白炎』を送り込んだのも。すべて、ジョゼフが裏から糸を引いていた。

 

 なぜ、このようなことを彼は仕出かしたのか。

 全ては、彼に優秀な弟がいたことから始まった。

 

 ガリア王家の嫡男という輝かしい立場でありながら、魔法の使えぬ落ちこぼれメイジの兄ジョゼフ。

 魔法も勉学も軍事も全て人並み以上にこなす、優秀すぎる弟シャルル。ガリア王家の王子達は、そんな兄弟関係だった。

 当然、彼らの周囲はジョセフを(さげす)み、弟を支持する状況となった。だが、ジョゼフはその弟を心から家族として愛していたし、将来父の跡を継いで王となるのも弟シャルルであると信じていた。

 

 しかし、今から三年前。父王が崩御の際に、遺言として二人に言い残した言葉が全てを狂わせた。

 

『次王はジョゼフと()す』

 

 ジョゼフにとって、予想もしていない言葉であった。

 だが。次にジョゼフが耳にした言葉は、もっと予想していないものであった。

 

『おめでとう』

 

 その言葉を放ったのは、彼の隣にいた弟シャルルであった。

 父王の遺言を聞いて、ジョゼフは思わず期待してしまっていた。自分よりも優れた弟が悔しがる姿を見られることに。だが、弟はそんな素振りを一切見せずに、兄であるジョゼフに笑いかけてきた。

 その弟のありように、ジョゼフは狂った。弟に対する劣等感が、嫉妬心が、弟に対する強い憎しみへと変わった。

 

 そして、ジョゼフは後日、猟に出かけたシャルルを毒矢で射貫いて暗殺した。

 しかし、弟を殺して以来、彼の心にポッカリと大きな穴が空いてしまった。何をしても泣けなくなった。人を殺しても、民を苦しませても、彼は人として悲しみの涙を流すことができなかった。

 

 だが、あるときジョゼフは、出会う。

 トリステインの『賢者』ルイズに。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 それは、何度目かとなる、『大隆起』の対策会議が行なわれたときのこと。

 トリステインがアルビオン、ガリア、ゲルマニアの三国の重鎮をラグドリアン湖に集めて開催する国際会議。表向きは園遊会とされているが、実のところはハルケギニアの未来を決める、秘密の話し合いであった。

 

 ジョゼフにとって、王の立場での参加はそのときが初めてであった。

 しかし、彼は全くやる気を見せず、会議に参加しない貴族を集めてチェスに興じるばかり。

 彼にとって、ハルケギニアが滅ぼうが滅びまいが、全てはどうでもいいことだったのだ。

 

 そんな中、ジョゼフはトリステイン一のチェスの腕を持つという『賢者』の噂を聞く。

 そして、そんな『賢者』が今回の会議に参加していると聞き、ジョゼフはその者を王の権力を振りかざして呼びだした。

 そうしてやってきたのは、十代前半の小さな少女。ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールであった。

 

「余と対等にチェスを打てる弟がいなくなってからというもの、退屈で仕方がなくてな。そんな余の無聊(ぶりょう)(なぐさ)めてくれるかね」

 

 ジョゼフは若すぎる少女の見た目に、期待を裏切られた気持ちになりながら、そんなことを言い放った。

 すると、ルイズはその言葉に対し、端的に答えた。

 

(はげ)ませていただきます」

 

 そんなチェスの勝負の行方は……『賢者』の勝利であった。

 思わぬ結果に、ジョゼフは歓喜した。まさか、自分を破れる者が現れるとは思ってもいなかったのだ。しかも、それがこんな幼い少女ときた。

 

「すばらしい、すばらしいぞ、ヴァリエール!」

 

「光栄です」

 

「よい、そなたは余の上を行ったのだ。敬語はいらぬ。余と対等に語らう権利を与えよう」

 

「そう。では、遠慮なく」

 

 大胆不敵に王の言葉を素直に実行するルイズに、ジョゼフはますます面白く思った。

 自分の手で殺してしまった弟以来となる、久しぶりの好敵手出現の予感に、ジョゼフの期待は高まった。

 

「もう一局よいかね?」

 

「ええ、もちろん」

 

 そうして行なわれた対局は、またもやルイズの勝利であった。

 ジョゼフは上機嫌となり、持ち込んでいた他のボードゲームも出してルイズと勝負を繰り広げる。

 チェスとは違って、それらのボードゲームはルイズの一方的な勝利とはいかなかった。しかし、逆に対等な戦いとなって、ジョゼフを楽しませた。

 

「すばらしい、お前はおれの退屈を埋めてくれた! 友だ! 友と呼ばせてくれ!」

 

「分かったわ。では、一つだけ、友としてあえて言わせてもらいたいことがあるの」

 

 次のボードゲームを選びながら言ったジョゼフの言葉に、ルイズが何やら言い始めた。

 何を言うつもりだろうか、とジョゼフの興味が高まった。相手がガリア貴族なら、苦言でも(てい)してきたところだろう。なにせジョゼフは、ガリアにて『無能王』と蔑まれる存在だ。

 しかし、ルイズはトリステインの貴族。ガリアの王が無能である分には、困るどころか歓迎する立場にいるだろう。

 そんなルイズが発した言葉。それは、ジョゼフの予想を超えたものであった。

 

「そんなに退屈で仕方がないなら、王様なんて辞めてしまえば?」

 

 まさかの発言。当然のように、ジョゼフを守る立場にあった護衛達がざわめき声をあげた。

 だが、ジョゼフはルイズの無礼な言葉を気にもしないで、護衛の興奮を抑えにかかった。

 

「よい。彼女は余と対等なのだ。しかし、我が友よ、王を辞めろとは、どういう意味だろうか?」

 

 ジョゼフの問いに、ルイズは口もとを吊り上げて答えた。

 

「王様の仕事が楽しくないから、そんなに退屈なんでしょ。なら、王冠なんてぶん投げて、杖を片手に外へ出なさいよ。少なくとも、わたしは自由に外の世界を飛び回っているから、退屈なんかに縁がない毎日よ」

 

 その言葉に、ジョゼフは衝撃を受けた。

 王の立場を捨てて、外に出ろ。初めてそんなことを言われた。

 そして、気付く。父王の遺言で任されて以来、一人で勤めてきた王の仕事。それのなんとつまらないことか!

 そもそも、ジョゼフは弟が存命の頃から王になるつもりなどなかったのだ。弟が王となり、自分はその補佐をする。そう思って、ずっと生きていたのだ。

 

 ゆえに。王をやりたくてやっているわけではない。そのことにジョゼフは気付かされた。

 ルイズの言葉によって、心が何かに満たされる。彼は、そんな気分になった。

 

「ハハッ!」

 

 ジョゼフは、知らぬ間に笑っていた。

 

「フハハハハハ! 面白い、面白いぞ、ヴァリエール!」

 

「そう。ありがと」

 

 ジョゼフは心の底から笑った。笑いすぎて、涙が出てくるほどであった。

 そして、ジョゼフは思う。笑って涙を流すなど、いつ以来であろうかと。幼い頃、弟と一緒に王宮でイタズラをして笑った、そのとき以来ではないか。

 ジョゼフは心に空いた穴が、何かで埋まっていくような感覚を覚えた。

 

 そうしてしばらく笑い続け、やがて落ち着きを取り戻したジョゼフは、ルイズを前にポツリとつぶやいた。

 

「ふむ、外の世界か……」

 

「あら、本気で王様を辞めちゃう?」

 

 コロコロと笑うルイズ。しかし、王を辞めろという言葉は冗談ではなかったようで、彼女がそれを撤回することはなかった。

 

「本気で惹かれるな。だが、そうだな。辞めぬよ」

 

「退屈なのに?」

 

「大丈夫だ。退屈は払われた。そなたのおかげだ。お前がこの世界にいるかぎり、おれに退屈は訪れぬだろう」

 

「あら、まるでプロポーズの言葉ね」

 

 冗談めかして言うルイズに、ジョゼフは再びおかしくなって笑った。

 

「フハハ、そうか、プロポーズか! しかし、残念ながら、おれのこれは恋ではないな!」

 

「玉の輿に乗り損ねちゃったかしら」

 

「乗るつもりなど、(はな)から無かろうに」

 

 ニヤリと笑って言うジョゼフに、ルイズも笑みを返す。

 

「そうね。わたし、恋愛とか今のところどうでもいいし」

 

「ああ。おれも恋だの情などはどうでもよい。しかしだな、ルイズ。おれはお前に特別な感情を抱いている」

 

「恋ではないのに?」

 

「ああ、これは、敬愛だ。おれはお前を尊敬する」

 

 ジョゼフの言葉に今度はわずかに目を見開いて、ルイズは驚きの表情を浮かべた。そして、すぐに笑って言った。

 

「それはまた、光栄ね!」

 

 ジョゼフは、ルイズのその表情の変化も面白いと思った。彼女の様々な表情を引き出してみたい。彼は心からそう思った。

 この想いは、いったいなんだろうか。ジョゼフは考える。そして、思い至った。

 

「そうだな、敢えて言い表すなら……おれはお前のファンになったのだ」

 

「ファンって……わたし、劇団の役者とかじゃないわよ? うちの姫さまはそういうの好きだけど、わたしは演技とか、からっきしだし」

 

「いや、ぜひともファンのおれに見せてほしい! お前の人生という名の、壮大な喜劇を!」

 

「スケールが大きいわね……。でも、そうね。あなたがガリア王という立場なら、特等席で見られるかもね。わたしが世界を救う一大スペクタクルを」

 

「ああ、今から楽しみだ!」

 

 それ以降、ジョゼフはルイズの動向を見守るようになった。

 時には大発明をし、時には大冒険を繰り広げる。弟シャルルの妻と娘を救うため、わざわざガリア王宮にいるジョゼフへ直談判をしに来たときには、思わず大笑いして交換条件もなく承諾(しょうだく)してしまった。

 

 そして今、ジョゼフはルイズのさらなる表情を引き出すため、ガリアに名高き『名君』と(うた)われるその裏で、暗躍を続けていた。

 

「楽しみだ、ルイズ。おまえが困難を乗り越えていく様をもっとおれに見せてくれ! おれを心の底から笑わせてくれ!」

 

 ジョゼフはルイズという少女の最大のファンおじさんだ。しかし、その在り方は圧倒的過激派であった。

 

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