【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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8.異国の賢人

『科学』という単語が、未だトリステイン公用語にも、周辺諸国の共通語であるガリア語にも存在しないハルケギニア。だが、意外とその建築技術のレベルは高い。

 それは、建築を専門とする貴族の家が、千年以上にもわたって土系統の魔法技術を代々伝え、建築学を発展させてきたからだ。

 

 魔法はある分野では地球の科学に匹敵し、凌駕する。才人はルイズ達に案内された教室を見て、そう解釈した。

 

 石造りの階段教室。大学の講義室にも似た傾斜のある教室。その床は魔法を利用して作られていた。

 つなぎ目の全くない、石の床。才人がそれに気づくことができた理由は、昨夜から刺激され続け活性化している、好奇心が故だった。普段通りの彼ならば、床の造りなど気にすることもなく、教室を埋め尽くす幻獣達に腰を抜かしていたところだろう。

 

 階段の一番下、教卓の後ろには、地球のものと似た深緑色に塗られた黒板がすえつけられていた。

 

 ――黒板とかチョークって、中世あたりにはなさそうな物だよなぁ。緑色の黒板は目に優しいはずだから、それも考えられているってことかな。

 

 魔法があるだけで、ハルケギニアの文明レベルは地球のはるか下。そう思っていた才人は考えを改めた。

 この世界は『科学』の代わりに『魔法』があるだけで、ゲームに出てくるような中世ヨーロッパに似通った世界とは違うかもしれない。

 

 そんなことを考えながら才人は、ルイズの後ろに付いて階段を下りていく。

 足を一歩踏み出すたび、教室のどこからか忍び笑いの声がクスクスと聞こえてきた。

 どうも自分は注目されているようだ。才人の頭に、昨夜ルイズから聞いた、とある言葉がよぎる。

 

 ――「最初は平民として馬鹿にされるけれど、気にしないで」とか言われたなぁ。

 

 彼にそう言った次に、「すぐにそんなことは言われなくなるから」ともルイズは言っていたのだが。

 例のヴァリエール家の客人扱いという立場で、どうにかしてくれるのだろう。才人は、そう考えて笑い声を意識の外に追いやり、ルイズに連れられるままに椅子に座った。

 横に何人も座れる長椅子と長机。こちらは木製だ。石製の椅子の上に長時間座るのは、流石に尻が痛かろう。

 

 周りを見渡しながら座った才人に、横から声がかかった。

 

「はぁーい、サイト。今日からよろしくね」

 

 そこには、先に教室へと入ったキュルケが着席していた。さらにその奥には、タバサも居た。

 

「なんだ、あんたら一緒の席なのか」

 

「この前、二年生になってすぐのことなんだけど、ルイズが一番前の席が良いってごねたの。それで自然とあたし達もここに。どうも学院のみんなは、わたし達を三人で一セットだと思っているみたいねぇ。一学年三クラスもあるのに、三人とも同じクラスにまとめられたのよ!」

 

 キュルケのその言葉を聞いて、才人はふと疑問に思った。

 

「ん? 『この前』って、進級したばかりなのか? 使い魔を召喚できないと留年とか言っていたから、あれが進級試験なのかと思っていたけど」

 

「昨日、使い魔を召喚できなければ留年すると言ったのは、ちょっと語弊があったわね。二年生に進級できるようなメイジなら、『サモン・サーヴァント』の魔法を失敗するなんてまずありえないの」

 

 才人とキュルケのやりとりを聞いていたルイズが、横から割って入り、そう説明した。

 

「でも、わたしは落ちこぼれだから特例ね。もちろん、悪い意味での特例よ。わたしだけ特別に、進級試験として召喚の成功を課されたの。できなかったら、一年生に戻って、一からやりなおし」

 

「ルイズ、すごい教師陣に食い下がっていたものねぇ。常に筆記で一位を取るから、使い魔召喚は免除して! だなんて」

 

 ルイズのさらなる説明に、キュルケがそう言葉を続けた。

 それを聞いて才人は、落ちこぼれが筆記で一位を取るとはどういうことだろうか、などと思いつつ口では別のことを言う。

 

「この世界でも、学生は大変なんだなぁ」

 

 そんな当たり障りのない感想を述べた才人は、後ろを振り向き教室の中を見回した。

 二年生は昨日、使い魔を召喚したばかり。つまり、この教室には様々なファンタジー生物にあふれているのだ。

 

「あれはバジリスク?」

 

 六本足のトカゲを指さして才人は言った。

 

「ええ、そうよ。『チキュウ』にもいるの?」

 

「いや、サラマンダーと同じで、空想上のモンスターだ」

 

「生き物の違いも、今度詳しく聞きたいわね。『チキュウ』にしかいない生き物も知りたいし」

 

 教室のファンタジー全開な風景にテンションを上げる才人と、地球の生き物に思いを馳せるルイズ。

 なんだかんだ似たもの主従なんじゃないかと、横から見ていたキュルケは思った。

 

「あの目玉のお化けは、ガキの頃にやってたアニメ……物語の中に出てきた、バックベアードに似てるなぁ」

 

「バグベアーね」

 

「あの蛸人魚は? あれも別の物語の中に出てきた、スービエに似てる」

 

「スキュアよ」

 

「はー、ファンタジーだなー。すげー」

 

「『チキュウ』にいないはずのこっちの生き物が空想上(ファンタジー)の生物として存在しているという話の方が、わたしとしては奇妙に感じるわ」

 

「それも含めての並行世界なんじゃないか」

 

 一通り教室内を見渡した才人は、そういえば、と横に振り向いた。

 

「えっと、タバサ……の使い魔は、どんなのなんだ?」

 

 一人、本を覗きこんでいたタバサは、首を動かすことなく目線のみを才人の方へ向けて答えた。

 

「外。大きくて入れない」

 

 ちなみに手に持った本に集中して素っ気なく答えたように見えるタバサであるが、実は本の内容には目を通していなかった。

 大切な二人との友情の輪。そこへ急に割り込んできた使い魔の男に警戒して、耳をそばだてていたのだ。

 

「あなたは……」

 

 タバサは本を閉じると、ゆっくりと才人の方へと顔を向けた。

 

「遠くの国の人?」

 

 見慣れない服。そして先ほどからのルイズ達との会話。

 どうも遠い異国からやってきた使い魔らしい。もしや、話に聞く東の砂漠地帯を越えた先、ロバ・アル・カリイエの出身かもしれない。タバサはそんな考えを脳裏に浮かべた。

 

「それも含めて、後でまとめて説明するわよ」

 

 ルイズのその言葉を聞いて、タバサは悲しくなった。どうやらキュルケは事情を知っている様子だ。自分だけ仲間はずれにされてしまった。そう感じたのだ。

 そんなタバサの微弱な感情の動きを感じ取ったキュルケは、両腕でタバサの小さな体を抱え込んだ。

 

「大丈夫よー。もー、かわいい子ねー」

 

「はいはい、先生来たわよ」

 

 ルイズは羽ペンの先で机を強く叩いて、二人へ呼びかける。

 

 美女二人の抱擁をこっそりと見守っていた才人と教室内の男子達は、その音を聞いて反射的に前へと向き直った。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね」

 

 本日の一限目の授業を担当する教師、ミセス・シュヴルーズは教室全体を見渡しながら、喜びの混じる声で話し始めた。

 

「このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」

 

 シュヴルーズはやや小太りな中年の女性教師。

 この学院で教鞭を振るいはじめて、それなりの月日が経つ。

 

「おやおや。変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」

 

 一通り教室内を見終わったシュヴルーズは、目の前の席に座る見慣れぬ少年を見てそう言った。

 

 シュヴルーズのその声に、教室中がざわめきに包まれる。

 

「ルイズ! 召喚できないからって、いくらなんでもその辺歩いていた平民をさらってくることないだろう!」

 

 誰かがルイズに向けてそう叫んだ。

 冗談のつもりで放った言葉、だが、言った本人はそれが本当のことなのではないかと考えが変わっていき、思わず身震いをしてしまった。

 ちなみにこの言葉を放った人物は、なにかと周囲にからかいの言葉を向けがちな少年、『風上』のマリコルヌ……ではなかった。マリコルヌはルイズの愛の奴隷を自称しており、むしろ才人に使い魔の座を交代してほしいと願うほどの男であった。

 

「『魔女』のルイズ! 平民相手だからって、何をしてもいいわけじゃないのよ!」

 

「用が済んだら、魔女の釜の中にでも放り込むつもりか!」

 

 なんだこれは。才人は教室に渦巻く空気に困惑した。

 いじめの類ではない。確かに笑いを含む声も聞こえてくるが、何かが違う。皆、どこか一歩引いた状態で、罵声を投げかけている。才人は、この状況をそのように感じた。

 

 才人は隣に座るルイズの表情を覗きこむ。

 するとどうだろう、ルイズは何も気にしていないというような、涼しげな顔をしていた。これほど罵倒されているというのにである。

 

 その表情のまま、ルイズは音もなくおもむろに立ち上がった。

 そして後ろへと振り返り、教室の生徒達を右から左へ流し見た。

 

 ルイズが再び前へと振り返ると、いつのまにか教室内は沈黙に満たされていた。

 

「ミセス・シュヴルーズ。このままでは騒がしくて授業にならないでしょう。ですから、わたしに自らの使い魔を皆に紹介する機会をくださりませんこと?」

 

 ルイズは優雅な仕草で、目の前の教師にそう問いを投げかけた。

 

「そうですね。珍しい使い魔のようですし、私も興味がありますわ。ですが、手短にお願いしますね。すぐに授業を始めますので」

 

 シュヴルーズの了承を得たルイズは、才人の手を取り立ち上がらせた。

 そして才人の手を握ったまま黒板の前へと歩いていき、生徒達の方を向くと才人の手を離す。

 

 教室中の全ての視線が、ルイズと才人の二人へと集中していた。

 才人は思わず、小学生のように背筋を伸ばして『気を付け』をしてしまう。

 

 一方のルイズは優雅な仕草を崩さぬまま、ゆっくりと語り始めた。

 

「初めに申し上げます。わたしの使い魔は平民ではございません」

 

 それはまるで演説するかのように透き通り、はるか遠くまで響き渡りそうな凛とした声だった。

 

「とは言っても、メイジでもありません。彼は家名をヒラガ。名をサイト。ハルケギニアより遙か遠く、始祖ブリミルの加護すら届かぬ遠い、遠い国、『ニッポン』よりお越しいただいた賢人でございます」

 

 賢人? なんだ、それ。思わずサイトは、吹き出しそうになった。

 自分はただの学生だぞ。学校の成績だって中の中だ。それが賢人だって? 彼女いない歴十七年だが、三十歳の魔法使いにだってなった覚えはない。才人の頭の中は、笑いの後に困惑で埋め尽くされた。

 

「彼の国には魔法はなく、よって貴族と平民の違いも存在しません。魔法が無いなど蛮族の国だ、などと思う方もいるかもしれませんが、それは違います。彼の国では魔法以外のあらゆる技術を極めた『カガク』という学問が、万民に広がっているのだそうです。賢人の『カガク』は必ず、トリステインにさらなる発展をもたらしてくれることでしょう」

 

 最前列の席で、その演説を聴いていたキュルケは苦笑する。「『カガク』は必ず、自分の知識欲を満たしてくれることでしょう」の間違いだろうと、悪友の本音を見抜いた。

 だが、賢人というのはその通りだ。特に雷の力、『電気』を動力にする『デンリョク』など、ハルケギニアで未だ誰も知らぬ新技術だろう。キュルケは昨夜の話を思い出しながら、そんなことを考えた。

 

「わたしは、この異国よりお越しいただいた賢人をヴァリエール家の客人として、正式に迎えさせていただきます。皆様も異国の賢人に敬意を払い、学院の滞在者として歓迎していただけると嬉しく思いますわ」

 

 ルイズは優雅に一礼すると、才人に目配せをして自席へ歩いて戻っていく。

 才人は一言「よろしくお願いします!」と転校生のように挨拶の言葉を述べると、ルイズの後を追って着席する。

 

 罵倒の声を向ける者は、もはや誰もいなかった。

 




・中世
ゼロの使い魔は小説『三銃士』を下地にしたと思わしき作品であり、ハルケギニアは近世・近代ヨーロッパ風ファンタジー世界と解釈できます。歴史の年代区分に詳しくない才人が、それに気付くことはありませんが。

・留年
二次創作でよく見られる「使い魔を召喚できなかったら留年」という設定、原作を確認しましたが見つけられませんでした。「シエスタがギーシュの落とした小壜を拾う」と同じ二次創作で生まれた二次設定だと思われます。
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