【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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80.水の裏切り

 始祖の降臨祭。一年の始まりであるヤラの月の第一週(フレイヤ)から十日間続くその祭りは、直前まで戦場であったはずのサウスゴータの町でも、人々を浮かれさせた。

 そもそもサウスゴータの住民は、元反乱軍であったアルビオン新政府を歓迎していなかった。

 なにせ新政府の軍は、オーク鬼という亜人種を町に滞在させて、防衛戦力としていたのだ。オーク鬼は、人食いの化け物だ。住民がそれを受け入れるはずもなかった。

 

 しかも、新政府軍は戦争にあたってサウスゴータの町から食糧を徴発(ちょうはつ)しており、町の住民は飢えに苦しんでいた。

 そこへやってきた、トリステイン、ゲルマニア、ロマリアの三国連合軍。彼らは、惜しむことなく町へ食糧を提供した。そのため、町の住民達はあっさりと連合軍を受け入れ、味方した。

 

 さらに、連合軍は規律が徹底していた。自軍の兵が町中で狼藉(ろうぜき)を働こうものなら、上官が厳しく処罰する体制が整っていた。さらには、連合軍は町中で兵が食事を取ることを禁じ、町の郊外に陣を張ってそこで兵を飲み食いさせた。

 それらの施策の結果、サウスゴータの町は連合軍を歓迎することとなった。郊外の陣には市民も雑務の手伝いに訪れて連日盛り上がり、共に始祖の降臨祭を楽しむことで町は活気にあふれた。

 

 そんな降臨祭の日々がしばらく続き、やってきた最終日である十日目の早朝。町中にある宿で、ルイズは目覚めた。

 サウスゴータはそれなりに大きな町であり、宿もいくつか存在する。それを連合軍は借り受け、将官達の宿泊先として使っていた。『虚無』の担い手であるルイズは連合軍からVIP扱いを受けている。そのため、それなりに高級な宿を使い魔の才人、そして護衛の飛行隊の面々と一緒に割り当てられていた。

 

 朝が弱いルイズ。寝ぼけまなこで部屋を出て、宿の水場へ顔を洗いに向かう。

 水場に用意されていた盆に水を張り、顔をつけようとする。彼女は手で水をすくって顔を洗う派ではなく、水に顔を直接浸けて頭を左右に動かす派であった。

 しかし、水に顔を触れようとしたルイズは、突然、胸元に熱を感じて動きを止めた。

 

「!?」

 

 何事かと顔を上げて、胸元を確かめるルイズ。

 そこには、肌身離さず持っていた水の精霊のペンダントがあった。なぜか、そのペンダントのトップに付けられた宝石が、熱を発しているのだ。

 胸元からペンダントを取り出すルイズ。

 すると、ペンダントトップの宝石から水があふれ出てきて、小さな人型を取る。ルイズの姿を模したその人型は、その小さな口を開く。

 

「その水に触れてはならぬ、星をもたらす者よ」

 

 ルイズは驚きと共に、水で形作られたこの人型の正体を察した。

 ラグドリアン湖の水の精霊だ。水の精霊から与えられたこのペンダントに、精霊の分体とでも言うべき存在が宿っていたのだ。

 ルイズが精霊の出現に驚いている間に、水場に他の者がやってくる。

 才人と、護衛飛行隊の少年達だ。

 

「うへー、頭痛え」

 

 木のコップを片手に持った才人が水を汲もうと、水がめに溜められた水に近づく。彼は昨夜、飛行隊の面々と郊外の陣で宴を行なっていた。その結果、二日酔いにより水を欲しているのだろう。そんな彼を見て、ルイズはハッとなって止めに入った。

 

「サイト! 水に触れてはダメ!」

 

 突然の大声に、サイトはギョッとなって止まる。

 後ろに居た護衛飛行隊の少年達も、何事かとルイズに注目した。

 

「その水は汚染されているわ。そうよね、水の精霊」

 

 注意喚起をしたあと、ルイズはペンダントの小さな精霊に問いかける。

 すると、精霊はルイズの姿をとったまま、答えた。

 

「そうだ。我が秘宝から落とされた水が、そこの水に混ぜられている。触れてはならぬ。触れては、たちどころに心を操られてしまうだろう」

 

 その忠告を聞いて、才人はとっさに水がめから離れた。

 そして、ルイズの胸元のペンダントから飛び出る形になった、小さな全裸のルイズに才人は問いかけた。

 

「なあ、あんた。ラグドリアン湖の水の精霊か?」

 

「お前達からは、そう呼ばれている。単なる者よ」

 

「この水がめの水に、毒が?」

 

「毒ではない。我が『アンドバリ』の指輪からこぼれ落ちた水が混ぜられている。指輪の水は、鼓動を持つ者の心を自由自在に操ることが可能だ」

 

「うおおお、怖え……」

 

 才人は、二日酔いで痛む頭を抱え、アルビオン軍が取ってきたであろうまさかの搦め手に身震いした。

 一方、ルイズは胸元のペンダントから飛び出している水の精霊に、いくつかの確認をしていく。

 

 汚染されているのはこの水がめだけか。

 否。周辺の水場につながる水源が汚染されている。

 

『アンドバリ』の指輪の持ち主が町にいるのか。

 否。未明に水源地である近くの山で存在を感知したが、すでに姿は無い。

 

 町の水すべてが汚染されているのか。

 否。この周辺一帯の水のうち、三分の一程度の範囲である。しかし、その水に触れた者は、すでに心を操られているだろう。

 

 そこまで聞いたルイズ、才人、そして、状況を把握しきれていなかった護衛飛行隊の少年達も、一斉に顔を青くした。

 首都に閉じこもっているアルビオン軍。それがまさか、このような手段を用いてきた。

 休戦中の相手の町に先住魔法で汚染された水を流し、意のままに操るという、戦争のセオリーも何もあったものではない手段。

 

 まだ始祖の降臨祭は終わっていない。だというのに、休戦協定を無視しての不意打ちの策である。

 アルビオンの立場から見ると、三国を相手にして、しかも本土に上陸までされている。もはや、なりふり構ってはいられないのだろう。卑劣だが、それは非常に効果的ではあった。

 先住魔法は、ディテクトマジックの魔法では感知ができない。水の異変を察知することは困難だ。

 

 急いで、司令部にこのことを知らせねば。

 そうルイズは判断し、少年達を連れて水場を出ていこうとする。

 

 しかし。

 全ては遅きに失した。

 

 宿の外から、連続した爆発音が聞こえてきたのだ。

『アンドバリ』の指輪の力で心を操られた兵が反乱を起こし、連合軍に牙を()き始めた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 連合軍は崩壊した。

 先住魔法の力で操られた兵が反乱を起こし、町中は大混乱となる。そして、反乱を起こした兵と、正気を保った兵が激突するが……味方に攻撃することを躊躇(ちゅうちょ)した正気の兵は、操られた反乱兵に一方的な攻撃を受けた。

 

 さらには、この混乱に乗じて、首都ロンディニウムのアルビオン軍がサウスゴータに向けて進軍を開始した。

 休戦協定を完全に無視した、あまりにも無法な行ない。だが、それを指摘したところで、戦況が変わるわけではない。

 総司令部のある宿を攻撃されてまとまりを失っていた連合軍は、サウスゴータからの敗走を余儀なくされた。

 

 押し寄せるアルビオン軍に背後まで迫られながら、連合軍の生き残りは南部のロサイスまで()()うの(てい)で逃げ込んだ。

 その中には、ルイズと才人、護衛飛行隊の姿もあった。

 

 ロサイスではアルビオン大陸から逃げ出すために、兵達が軍艦に乗りこんでいく。

 もはや、戦線は完全に維持できていない。瓦解してしまった彼らは、この空の孤島から逃げ出すことしかできなかった。

 

 しかし、生き残った陸兵を無事に脱出させるには、時間が必要だ。

 サウスゴータでの裏切りによって数を減らした総司令部は、ここで非情な決断をした。

 

「『虚無』、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールに殿(しんがり)を命ず」

 

 ルイズに、時間を稼ぐよう命令をしたのだ。たった一人での殿役である。

 これにはルイズも反発した。しかし、ここは戦場。上官の命令は絶対であった。

 

 そうしてルイズは、アルビオン軍四万と心を操られた連合軍三万、合計七万の軍を相手に、一人で立ち向かうこととなった。

 

「さて、どうしたものかしら」

 

 ロサイスの北門で、ルイズは途方に暮れる。『水のルビー』を()めた手で『始祖の祈祷書』を開いてはみるものの、この状況を打開するような新魔法は載っていない。

『イリュージョン』の魔法で敵軍を騙すことくらいはできるだろうが、そこから先が続かない。形のない幻影では、敵の進軍を受け止めることはできない。

 もういっそ一人で突撃して、全ての精神力を注ぎ込んで敵将を道連れに自爆してやろうか。そう、ルイズが自棄(やけ)になったときのことだ。

 

「ルイズ!」

 

 門の前にたたずむルイズに、声がかかった。

 それは、この場にいないはずの者。護衛飛行隊の少年達に身柄を任せて、トリステインに逃がしたはずの才人の姿だった。

 

「サイト、あなた、逃げなさいって言ったのに……」

 

 言葉ではそう言ったものの、ルイズは口もとがゆるんでしまっていることを自覚した。

 命を捨てるしか手立てがなくなった自身のピンチに、頼もしい相棒が駆けつけてくれた。その事実に喜びを隠せなかったのだ。

 すると、才人はルイズの言葉を聞いて、心外だと言わんばかりの表情を浮かべた。

 

「はあ? ルイズを置いて一人で逃げるわけがないだろ。それよりも、援軍を連れてきたぞ」

 

 才人のその言葉を聞いて、ルイズは彼の背後に目を向ける。

 すると、そこには思わぬ人物が立っていた。それは、両親。父であるラ・ヴァリエール公爵ピエールと、母である公爵夫人カリーヌの姿があった。

 

「父さま!? 母さま!?」

 

 まさかの顔ぶれに、ルイズは目を見張る。

 戦闘用の衣装に身を包んだ彼女の両親。トリステインの基準では老齢に片足を突っ込んでいるその二人だが、背筋はビシッと伸びて、戦意を全身から発していた。

 

「ルイズ、助けに来たよ」

 

 連合軍と一緒に撤退したはずの公爵が、ルイズにそう語りかける。

 その声色は、普段は厳格なはずの父のものからは想像もできないほど、優しいものであった。

 

「父さま、撤退命令はどうしたのですか……?」

 

「フッ、なぜヴァリエールの『領軍』が、形をなしていない司令部の命令に従わなければならないのだ?」

 

 それは、ギリギリの言い訳だった。トリステインの『王軍』とは指揮系統の違う、各貴族が持つ『領軍』。その独立性はある程度保たれている。さらには、瓦解(がかい)した総司令部の命令に正当性はないと公爵は主張して、勝手に連合軍を抜けてルイズを助けに来たのだ。

 

 ルイズが空を見上げてみると、そこには空中空母『イヴェット』号まで浮いているではないか。まさかの援軍であった。

 

「ヴァリエールの領軍は、水の汚染で操られはしなかったのですか?」

 

 空中空母が動いているということは、ラ・ヴァリエールの領軍の面々は連合軍に対して反乱を起こしていないと見ることができる。

 そのことをルイズは父に尋ねたのだが……。

 

「ああ、わしは『水』のメイジだからな。他の領軍が操られたところを見て、水源の汚染にはなんとか気付けた。ただ、町の宿に泊まらせていた飛行隊の人員が一部操られてしまったが……そこはミスタ・ヒラガが人員を補給してくれた」

 

 公爵のそんな言葉に、ルイズは才人の方へと振り向く。

 すると才人は、得意げな顔をしてサムズアップし、ルイズへと言った。

 

「護衛飛行隊が穴埋めをしてくれたんだ。自分達はルイズ達の護衛だって言い張って、残ってくれてな」

 

 その才人の言葉に、ルイズは胸の奥が温かくなった。

 自分は一人ではない。頼もしい仲間達が、自分を助けてくれる。それを自覚した瞬間、ルイズは心の奥底から勇気が湧いてきた。

 そしてルイズは、口もとを吊り上げて不敵に笑い始めた。

 

 その『魔女』の笑みに、ラ・ヴァリエール公爵は勝利の可能性を見いだし、愛娘へと語りかけた。

 

「さて、麗しのフランソワーズ? キミの作戦を聞こうか」

 

 ここに、『虚無』を有するラ・ヴァリエールの一族と、七万の軍勢が激突する。

 

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