【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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81.ラ・ヴァリエールと七万の軍勢

 最悪の始祖の降臨祭が終わった、明くる日の未明。

 ラ・ヴァリエール公爵ピエールと公爵夫人カリーヌは、手勢のメイジを率いてサウスゴータの南西にある街道脇の森に潜んでいた。

 サウスゴータからロサイスに向かう、七万の軍勢を奇襲するためだ。ルイズは使い魔の才人と共に、この森とは反対側の地点に潜んでいる。今回の連合軍の撤退支援にあたって、ルイズは『イリュージョン』の魔法を用いる作戦を練った。森の反対方向から攻め寄せる幻の連合軍を作り出すというものだ。

 

 アルビオン軍が幻影に上手く騙されてくれれば、敵は森を背に戦うだろう。

 そこへ、ラ・ヴァリエール領軍のメイジ部隊が奇襲をかけ、敵の本陣を狙い撃つ。そうして指揮系統を混乱させ、敵を撤退に追い込む。そのような机上の空論とも言える作戦が立てられていた。

 

 一般兵達と、最大の戦力である『イヴェット』号はルイズ側に配置している。いざとなれば、ルイズは『イヴェット』号と共に逃げることも可能だろう。

 しかし、森に潜む者達は、孤立無援である。まさしく決死隊と言っても良い立場。生き残れる保証は、まったくなかった。

 

 それでも、ラ・ヴァリエール公爵家傘下のメイジ達は、命を惜しむことなく決死隊に志願した。

 そのメンバーの中に、公爵本人と公爵夫人がいるのだから、まさに一世一代の大勝負であると言えた。

 

「ピエール、本当にいいの? 死ぬかもしれないわよ?」

 

 公爵夫人カリーヌがマンティコアに騎乗し、隣で同じくマンティコアに乗る夫ピエールに語りかけた。

 すると、ピエールは立派なヒゲをたたえた顔で笑って返した。

 

「いいさ。娘のために死ねるなら、本望だ」

 

「公爵という立場もあるでしょうに……」

 

「なに、国もとにはエレオノールがいるし、カトレアも居る。跡を継がせるには、ちょうどいい頃合いかもしれないよ」

 

 そう言って、ピエールはさらに笑った。

 そこには厳格なルイズの父としての姿は無かった。まだ若い時代、カリーヌと共に魔法衛士隊で働いていた頃の口調で、今、彼はカリーヌと語り合っていた。

 立場を捨てて、こうして妻と語り合ったのも、いつ以来だろう。彼は思った。それが戦場の、しかも死地だというのだから、ピエールはおかしくなって笑ってしまった。

 

 そうして森に潜むことしばし。彼らの近くを敵の七万の軍勢が通過し始めた。

 そのタイミングで、遠くの空に連合軍の艦隊が現れた。ルイズの『イリュージョン』の魔法が発動したのだ。

 

「まったく、自分の娘が『虚無』の魔法を使うだなんてな」

 

「将来、何か大きなことを成し遂げる子だと、あの子が幼い頃から確信していたわ」

 

 ピエールのつぶやきに、カリーヌがそんな言葉を返した。

 確かにな、とピエールは思った。なぜか、魔法がまともに使えなかった幼い頃のルイズ。それがある日、突然、人が変わったように勉学に(はげ)み始め、やがてアンリエッタ姫の遊び相手を務めるようになると『賢者』とまで呼ばれるようになった。

 不思議な子だ。三人の娘の誰かを特別扱いする気は彼には毛頭無いが、それでもルイズはその三人の中でも特に変わった子であった。

 

「『ラグドリアン・テクスト』が、それだとばかり思っていたんだけどな」

 

 ピエールはそう言うと同時に、マンティコアの上で軍杖を抜き払った。使い慣れた、古い軍杖だ。魔法衛士隊の現役時代から使い続ける鋳鉄製の杖であった。しっかりと手入れされており、錆一つ無い。

 その軍杖を手に持ちながら、ピエールは森の木々の向こう側から響く軍隊の行進音を聞く。

『遠見』の魔法を使うと、森の隙間から見える敵軍が明らかに幻影に誘引されている様子が見えた。あとは、適切なタイミングで奇襲を掛けるのみ。

 

 空を飛ぶ使い魔の目を通して敵陣を観察している、部下のメイジの言葉をピエールとカトリーヌの二人はじっと待つ。

 そして、とうとう部下の合図が来た。

 

 すると、ピエールは軍杖を前方に突きつけ、静かな声で言った。

 

「突撃。ラ・ヴァリエールの底力をヤツらに見せてやれ」

 

 森の中から、七万の軍勢に向けて烈風が吹き荒れた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 才人は、七万の軍勢相手に正面から戦いを仕掛けた。

 ルイズが発動し続けている『イリュージョン』の魔法は、ただのまぼろし。触れられぬそれの正体に、敵はすぐさま気付くだろう。

 だがしかし、その幻影の中に本物の襲撃者が混ざっていたとしたら?

 当然、敵は混乱するだろう。

 

 そんな思惑で、才人は魔剣デルフリンガーを握って走り出した。『虚無』が作り出した幻影の支援を受けて、才人はラ・ヴァリエール家の『領軍』と共に、七万の軍勢に突っ込む。

 空にも連合軍艦隊の幻影が存在するが、その中には本物の『フェニックス』号の編隊と、飛行する幻獣部隊が混ざっている。

 彼らが制空権を確保すれば、戦いはいくらかラ・ヴァリエール家側の優位に傾くだろう。

 

 ゆえに才人は、デルフリンガーを振りかぶって、一心不乱に敵兵へ斬り込んでいった。

 斬って、斬って、斬って、斬った。

 ひたすらに敵兵を斬り殺して、敵陣の中へと侵入していく。

 

 当然、敵兵は才人を恐れて距離を取り、遠くから矢や魔法で対処しようとする。

 だが、(たく)みなルイズの『イリュージョン』の魔法により、その攻撃が才人に命中することはなかった。

 

 さらに、デルフリンガーが敵の魔法攻撃を吸収していく。二人の相棒の支援に身を任せ、才人は大胆にメイジの集団を狙って突撃していく。

 血に染まった悪鬼のごときその姿に、アルビオン軍のメイジ達は恐怖に駆られて逃げ出そうとする。

 しかし、ここは七万の軍勢が密集した街道。逃げ場はほとんどなく、才人の手でメイジ達は一人ずつ討ち取られていった。

 

 もちろん、戦いを長く続けていると、才人も無傷のままとはいかない。幻影の助けを受けても、弓兵の流れ矢が身をかすめ、歩兵の槍衾(やりぶすま)が行く手をさえぎる。高位のメイジが放った強烈な魔法はデルフリンガーの吸収も追いつかず、才人はその身を少しずつ削られていった。

 

 服が破れ、血が吹き出る。

 それでも才人は倒れない。学院で剣の師匠からしごかれた日々を思い出し、致命傷を極力避けて攻勢を続け、敵陣へと突っ込む。

 乱戦となれば、流れ矢以外の攻撃は飛んできにくくなる。敵が友軍ごと魔法で吹き飛ばそうとする外道であれば話は別であったが、そこは正規の軍人メイジ達。敵陣のど真ん中では、逆に才人を狙う遠距離攻撃は減った。

 

 そして、嫌になるほど敵を斬り倒したときのこと。才人はふと、近くにラ・ヴァリエール公爵の姿を見つけた。突撃を続けるうちに、才人はいつの間にか敵陣の奥深くまで辿り付いていたらしい。

 才人は、敵の遠距離攻撃に気を払いながら、公爵の姿を見る。

 

 全身から血を流し、マンティコアを駆る公爵ピエール。

 矢が彼の駆るマンティコアにいくつも突き刺さり、ピエールの肩や背中にも矢が突き立っているのを才人は目視した。

 その姿を見て、才人は動揺して敵を斬り倒しながら近づいていく。

 ピエールの魔法を邪魔しない距離を保ちながら、才人は彼に向けて大声で叫んだ。

 

「公爵! 無事ですか!?」

 

「ああ、ミスタ・ヒラガ! 見ての通りだ。無事ではない!」

 

 口もとから血をわずかにこぼしてヒゲを汚しながら、ピエールは答えた。

 彼は『水』の魔法の達人である。今も魔法で自身を少しずつ癒しながら、戦いを続けていた。

 そんな彼が、才人に言う。

 

「でも、カリーヌが、妻が、敵の総大将を討ってくれた。もう少し暴れれば、相手も撤退してくれるんじゃないか?」

 

 軽い感じで言うピエールに、才人は「分かりました!」と返して、彼と二人で大暴れを始めた。

 即席の連携だが、上手く型に()まった。ピエールの詠唱の隙を才人が補い、才人が前方で暴れるうちにピエールが大規模魔法を唱える。

 敵兵は面白いくらいに討ち取られていった。

 

 そして、遠くでは戦術級の鉄ゴーレムが敵軍を蹂躙するように暴れている。ラ・ヴァリエール領軍のメイジが操るゴーレムである。

 それを見て、ピエールは「ミス・サウスゴータも頑張っているな」と血を吐きながら陽気に言った。

 

 敵兵は、総大将を失い浮き足立っている。

 その中でピエールは比較的統制が取れている場所をマンティコアの上から見つけ出し、そこへ才人をともなって突撃していった。

 統制が取れているということは、そこに将か指揮官がいるということだ。そのことごとくをピエールは才人と共に討った。

 そのピエールの戦の上手さに、才人はデルフリンガーを振るいながら舌を巻いた。さすがは昔、魔法衛士隊に勤めていたというだけはあると感心しながら、才人はピエールの指揮に従って戦い続けた。

 

 二人の悪鬼が、アルビオン軍を蹂躙する。理不尽なまでの強さだった。

 そうするうちに、指揮系統が乱れ、まともな反撃が段々とできなくなっていくアルビオン軍。

 その隙を突くかのように、他のラ・ヴァリエール家所属のメイジも敵陣に切り込んでいく。

 

 そして、寡兵(かへい)であったはずのラ・ヴァリエールの『領軍』は、七万の軍勢相手に少しずつその数を減じながら、大いに暴れ……。

 やがて、アルビオン軍の兵達は、統率を完全に失って潰走を始めた。サウスゴータの町に向けて、北上していくアルビオン軍。まだ兵達は数多く残っていたが、将がいなければ軍は成り立たない。アルビオン軍のまさかの敗北であった。

 

 そんな敵軍の敗走をいくつもの切り傷を負った作った才人と、満身創痍のピエールが見送る。

 追撃はしない。できるだけの余裕はラ・ヴァリエールの領軍には残っていないのだ。

 

 そんなアルビオン軍の背後を見つめる二人のもとに、戦闘を終えてマンティコアを駆るカリーヌと、『イリュージョン』を維持したままのルイズ、そして鉄ゴーレムの手の平に乗ったミス・ロングビルことマチルダ・オブ・サウスゴータが集まってくる。

 明け方から始まった戦いは、陽が中天に位置するほど続いていたらしい。日の光に照らされた皆は、血や埃にまみれていた。

 

「やあ、みんな。大勝利だな」

 

 ピエールが口ヒゲを真っ赤に染めながら笑って言った。

 そんな彼に対し、一人の女性が叫び声を向けた。

 

「ピエール! あなた、その傷、大丈夫なの!?」

 

 ほぼ無傷のカリーヌが、マンティコアを降りてピエールへと駆け寄る。才人が合流した頃にはすでに矢傷を負っていたピエール。全身が血に塗れていた。もちろん、返り血などではない。

 そんなピエールは、口もとを血に濡らしながら、なんてこともないように言った。

 

「いやあ、大丈夫ではないな。水の秘薬も使って癒してみたが、もう、おれは駄目だ」

 

「ピエール!」

 

「エレオノールとカトレアには、すまないと言っておいてくれ」

 

「ピエール……!」

 

 マンティコアの背に、力なく倒れ込むピエール。

 それを集まってきたラ・ヴァリエールの兵達は、悲壮な目で見つめていた。

 

「……助からないのか?」

 

 才人がポツリとつぶやくと、周囲から(なげ)きの声が上がった。

 ラ・ヴァリエール公爵ピエールは名君だ。だからこそ、この死地に『領軍』と傘下の貴族は不満を漏らすことなく、付き従って戦った。その旗印が、今まさに失われようとしている。その悲しみは、いかほどのものか。

 だがしかし、その死の運命を打開できる者が、ここには一人いた。

 

「仕方ないね……」

 

 そうつぶやいたのは、マチルダだ。

 彼女はゴーレムの手の平から降り立ち、ピエールを介抱するカリーヌの前に進み出て、言った。

 

「旦那を助ける手立てがある。急ぎな」

 

 その言葉に、カリーヌは顔を上げて驚きの表情を見せた。

 

「助かるの!?」

 

「ああ、傷を癒やしてくれる秘宝が、この近くにある。せっかくだ、重傷の者を全員連れて向かうよ」

 

 マチルダがそう言って目を向けた先、そこには、シティオブサウスゴータの郊外に繋がる深い森があった。

 

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