【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま 作:Leni
重傷者を担ぐ者もいるため、歩みは遅い。
だが、皆はマチルダの『傷を癒やしてくれる秘宝』の話を信じて、一歩一歩確実に足を前に進めていった。
マチルダの正体は、土くれのフーケだ。
ラ・ヴァリエール公爵ピエールを乗せたマンティコアの手綱を取って進む、公爵夫人カリーヌが捕まえた犯罪者である。
それを知るごく一部の側近はマチルダの言葉を疑ってはいたが、それを口に出す者はいなかった。
公爵の命の危機を前にして、すがれるものはもはやマチルダの言葉しかなかったのだ。
そんなマチルダが先頭を進みながら、言う。
「この先には人里……小さな小さな隠れ里があってね」
木の根をまたぎ、頭上の枝を避けてマチルダは言葉を続ける。
「そこにはわたしの妹分がいて、親をなくした子供達の世話をしているんだ。ま、孤児院みたいなものかね。わたしはそこの資金援助役ってところ」
マチルダの言葉に、カリーヌはうなずいた。土くれのフーケを捕まえたときに尋問した内容と、同じことを言っている。
ならば、土くれのフーケとしての稼ぎの一部は、この先にいるであろう者達に使われていたということになる。
カリーヌが土くれのフーケを捕まえた後は、『風石』採掘事業と戦争準備の事業でマチルダに給金を払っている。彼女がしっかりと援助を続けていたのなら、隠れ里の者達が飢えているということはないだろう。
「それで、公爵の旦那……は、いま話せないか。公爵夫人。わたしに一つ約束してほしい。約束してくれないことには、貴重な秘宝も使えない」
「……内容次第ですが、聞きましょう」
マチルダの言葉に、カリーヌは言葉の先を促す。
「この先に住む妹分と、子供達。全員、保護してほしいんだ。あいつらも、いい加減あそこに隠れ住むのも限界だ。だから、ラ・ヴァリエール領で
「保護は構いませんが……匿う、ですか?」
「ああ、隠れ里に住むくらいだから、当然訳ありだ。だから、約束してほしい」
「訳とは?」
「先に、約束してほしい。保護すると
「…………」
希望を見せた先に、交渉。なかなかこの盗賊はしたたかだな、とカリーヌは思った。
そして、カリーヌはマンティコアの上で荒い息を吐く夫を見て、マチルダに答えた。
「約束しましょう。ラ・ヴァリエール公爵夫人の名において、その者達をラ・ヴァリエールの地に受け入れると」
「……ありがとう。これで公爵の旦那は助かるさ」
ピエールは死にかけだ。それを相手にこうも自信ありげに助かると言い切るのだから、秘宝なるものは確かな力を持つのであろう。
カリーヌは、そのことに希望を見いだしながら、マチルダに問う。
「それで、訳ありとは、どのような内容ですか?」
「ああ、外には漏らさないでくれよ。それはね……」
そうして告げられた言葉に、カリーヌは絶句した。
隠れ里の秘密。マチルダの妹分の正体。それは……故アルビオン王ジェームズ一世の弟と、ハルケギニア人の大敵であるエルフの間に生まれた子。隠れ里に住むのは、ハーフエルフであると。
◆◇◆◇◆
森を進んだところで、一同は木苺の果樹が並ぶ一帯に辿り着いた。
明らかに人の手が入っているその果樹の並びに、後方で才人を
その森の中の果樹園。そこの一画で、木苺を採取している幼い少女の姿をルイズは見つけた。
すると、少女もルイズ達を見つけたのだろう。ギョッとした顔をして、手に持っていた木苺の入った籠を落とした。
そんな少女に、先頭を行くマチルダが声をかける。
「大丈夫だよ、エマ! わたしだ、マチルダだよ!」
その言葉に、幼い少女はホッとした顔をして、地面に落とした木苺を拾い始める。
マチルダはその少女に近づき、木苺拾いを手伝う。
そして、籠に木苺が全て収まったところで、マチルダが改めて少女に言った。
「ティファニアに知らせてほしい。怪我人を連れてきたって」
「……そのひとたち、へいたいさん?」
不安そうな顔でマチルダが引き連れた一同を見回しながら、少女が言う。
「ああ。でも、大丈夫。みんなわたしの友達だ」
「ともだち」
「そうさ。みんな優しい人達だ。だから、わたしはこの人達を助けてやりたいんだ。ティファニアに知らせてくれるかい?」
「わかった!」
少女は元気に返事をして、籠を抱えたまま小走りで森の奥に走っていった。
それを見送ったマチルダは、それから背後に振り返り、ルイズ達に言った。
「これで向こうも治療の準備をしてくれるだろう。さ、急いで行くよ。さすがに死んだ人までは生き返らないからさ」
そして再び、一同は森の中を進み始める。
すると、すぐに森は途切れはじめ、
そこには、丸太と漆喰で作られた家が何軒か建っていた。マチルダ曰く、サウスゴータ地方のウエストウッド村だ。
だが、明らかに家の数が少なく、村というよりは小規模な集落といった様相であった。
「マチルダ姉さん!」
村の入り口には、子供達が複数集まっていた。その中で、一人だけ背の高い女性が、マチルダの名を呼んだ。
ぶかぶかのローブを着てフードを目深に被った、若い女性だ。フードから覗く顔は、まだ二十歳は超えていなさそうな面持ちをしていると、マチルダの後方でルイズは見抜いた。
彼女が、マチルダが言うハーフエルフの娘であろうか。ルイズはフードの女性を注意深く観察する。
その正体が本当ならば、彼女はアルビオンに残された数少ないテューダー王家の一人となる。亡きジェームズ一世の姪御で、ウェールズの
ハーフエルフで、わずかな生き残りの王族。ルイズは自分の実家が彼女を保護することで、いろいろとややこしい事態に巻き込まれそうだと思った。
だが、それより今は父の治療だ。
それは相手も同じ意見だったのか、フードの少女はマチルダに言う。
「怪我人がいるのでしょう? ベッドを整えておいたから、わたしの家に運んで」
「ああ、急ごう。危篤状態さ」
「まあ!」
そうして、重傷者が一軒の家へと運ばれていく。そして、一番の重傷である公爵がベッドの上に乗せられ、その横にフードの少女が立つ。
彼女の指には、一つの指輪が嵌められていた。ハルケギニアで一般的なデザインとはおもむきの違う、異国風の指輪。銀でできたその指輪には、大粒の青い宝石が嵌まっている。
少女は、その指輪を瀕死のピエールの顔の上に掲げると、指輪に語りかけた。
「水よ、この者を癒やして……」
すると、指輪の宝石が光り、ポトリと宝石から雫が垂れた。
その雫は、ピエールの口もとに自然と吸い込まれていき……か細い息を吐いていたピエールの顔色が、だんだんとよくなっていく。
そして、雫が何滴かピエールの口に吸い込まれたところで、彼の呼吸は整っていき、やがて穏やかな寝息を立て始めた。
それを見ていたカリーヌとルイズは、涙を流して喜んだ。カリーヌがしきりに少女へと礼を言うが、少女はあわあわと焦りながら、「まだ他の人を治さないと……」と言って、重傷者を癒やして回った。
そして、何人もいた重傷者は皆、息を吹き返した。
目覚める者や、寝入る者と様々であったが、いずれも命の危機からは無事に脱出できたようだった。
奇跡の光景に、大喜びとなる一同。カリーヌはルイズと抱き合って喜び、才人は共に戦い抜いた公爵の無事にホッと息を吐いた。
そして、フードの少女は、そっと手に嵌めた銀の指輪に触れて、ポツリと「だいぶ小さくなっちゃった」とつぶやいた。
それを母に抱きつかれながら耳ざとく聞いていたルイズ。確かに、少女の指に嵌まった指輪は、宝石が一回り小さくなっている。どうやら、あの秘宝は消耗品であるようだった。
それから、あらためてマチルダは、フードの少女とカリーヌ達公爵家との話し合いの場を作った。
村の一室に、マチルダ、少女、カリーヌ、ルイズ、才人が集められる。
そして、最初にマチルダが言った。
「ティファニア、フードを外していいよ」
すると、フードの少女はマチルダの方を見て、驚いた顔を浮かべる。
「えっ? でも……」
「大丈夫、あんたのことはちゃんと話してある。この人達は、トリステインの貴族でね。ティファニアと子供達を領地で保護してくれるって約束してくれたんだ」
「本当?」
「ああ。だろう?」
マチルダがカリーヌの方を見ると、カリーヌはすぐに答えた。
「ええ。あなた方は、我が公爵家の恩人です。その身の安全は保障します」
「こ、公爵家……!?」
まさかのビッグネームに、少女は驚き声を上げる。
その反応に、マチルダは面白おかしそうにして言った。
「フフッ、大丈夫。公爵家はわたしの雇い主だよ」
「マチルダ姉さん、公爵家で働いていたんだ……」
実際にマチルダが公爵家で働き始めたのは今年に入ってからで、それ以前は盗賊稼業で稼いでいたのだが、それをこの場で言わない優しさが、カリーヌにはあった。
そして、少女はマチルダにうながされて、おそるおそるフードを取った。
そこから現れたのは、金髪翠眼の美しい少女の顔だった。だが、それよりも目立つ特徴があった。耳の先が尖っているのだ。まさしくそれは、異種族であるエルフの特徴であった。
「えっと、こんな風に、わたしはエルフで……『混じりもの』だけど」
不安そうに耳に触れる少女に、カリーヌは笑顔で答える。
「問題ありません。我が領地で保護します。人の目に留まりたくないのなら、屋敷の中で匿うのも構いませんよ」
「えっと、子供達も一緒に……?」
「もちろん。必要ならば、子供達に教育を施したり、将来の働き先を見つける手伝いをしましょう」
「本当? ありがとう」
カリーヌの言葉で、ようやく少女は笑顔になった。
どうやら上手く話はまとまったようだと、ルイズはホッとした。
自分の母は厳格だ。ここに来て、エルフは受け入れられないなどとはさすがに言わないだろうが、厳しい制限を課す可能性もあったため、まともな対応に安心したのだ。
そして、少女はマチルダの仲介で皆と自己紹介を交わした。
名前はティファニア。愛称はテファであるらしい。マチルダが言っていたとおり、前アルビオン王ジェームズ一世の弟、モード大公の娘であると言った。母は東方からやってきたエルフで、モード大公の愛妾であったらしい。
しかしあるとき、ジェームズ一世に弟の愛妾がエルフであると感づかれた。
ジェームズ一世はブリミル教の敵であるエルフを追放するよう、モード大公に迫った。すると、モード大公はこれを拒否。まさかの反発に、怒ったジェームズ一世は弟を投獄し、獄中死させてしまった。
一方、愛妾のエルフは娘のティファニアと一緒に、マチルダの実家であるサウスゴータ太守の屋敷に隠れ潜んだ。
だが、それもジェームズ一世に露見し、王が差し向けた軍にサウスゴータ太守とエルフは殺害された。
なんとか逃げ延びたティファニアは、こうして今、ウェストウッド村にて隠れ住み、元サウスゴータ太守の娘であるマチルダの援助を受けて生きていた。
そこまで話を聞いて、才人は絶句した。
ジェームズ一世。ニューカッスル城では、才人達を逃がすために
だが、カリーヌとルイズは特に驚いてはいないようだった。
ジェームズ一世は苛烈な性格をした王として有名であったうえに、ハルケギニア人とエルフの間に立ちはだかる民族的な溝はとても大きいこともある。王族がエルフを愛妾にするという一大スキャンダルの対処としては、追放処分と命令違反での殺害は、ジェームズ一世の性格が大人しかったとしても妥当と言えるものであった。
エルフを王族の身内に迎え入れるという行為は、場合によってはアルビオンとロマリアの間で争いに発展しかねないほどの暴挙であった。
「こんなわたしだけど、受け入れてもらえる……?」
そう、不安そうに言うティファニアだが、カリーヌは優しく微笑んだ。
その表情は、異教徒であり異種族であるエルフの『混じりもの』に向けるような厳しさが、一切含まれていなかった。
恩は恩で返す。そんな覚悟を決めたカリーヌが、ティファニアに言葉を返す。
「もちろんですよ。ルイズ、そうよね?」
「はい。どうせなら、エルフの先住魔法も見せてもらいたいくらい」
そんなルイズの言葉に、ティファニアは困ったような表情を浮かべて答える。
「えっと、わたし、エルフの力は使えなくて……人間のコモン・スペルなら使えるんだけど……」
その答えに、ルイズは口もとを吊り上げてさらに言う。
「あら、人とエルフの合いの子は、系統魔法が使えるのね! 得意の系統は分かっているの?」
ルイズに問われ、ティファニアは困ったようにマチルダの方を見た。
すると、マチルダは真面目な声でルイズに尋ねる。
「ねえ、ルイズ嬢。あんた、『虚無』の魔法を使えるんだろう?」
「うん? そうよ」
「それって、あんたの指に嵌まっている『水のルビー』を使って覚えたのかい?」
「……そうだけど、なんでそれを知っているの?」
ルイズは、左手の薬指に嵌まるトリステイン王国の国宝、『水のルビー』をマチルダの前に掲げながら、そう答えた。
それを見て、マチルダはルイズに向けて言う。
「ティファニアの父は、アルビオンの王室の宝物を管理する財務管理官の仕事を任されていてね。幼い頃のティファニアも、その宝物に触れる機会があったらしいんだけど……」
そうして、マチルダは語り始める。
アルビオンの王家に伝わる秘宝に、『始祖のオルゴール』と呼ばれる、音の鳴らない古ぼけたオルゴールが存在していた。
そして、他の秘宝として、『水のルビー』に対応するアルビオンの国宝『風のルビー』もあった。
幼いティファニアがその指輪を嵌めてオルゴールを開くと、聞こえないはずの曲が彼女の耳に聞こえてきたのだという。
そのことを昔、ティファニアはマチルダに得意げに話したのだそうだ。ティファニア本人はスッカリそのことを忘れて、誰にも話していない秘密だと思っていたようだが……。
そこまで聞いて、ルイズはハッとなった。
マチルダの語る言葉が示す意味。それは、つまり。
「そして、サウスゴータのわたしの実家が軍に攻められたとき、ティファニアは誰も知らないルーンを唱えた。そして発動した魔法は……」
マチルダは、ルイズの目を真っ直ぐに見て、言った。
「精神を操る『水』の魔法に似ているけれど、実のところは四大魔法に存在しない未知の魔法、『忘却』。ティファニアはおそらく『虚無』の魔法が使えるのさ」