【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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86.ワルド領と子爵夫人

 ウェールズとアンリエッタの結婚式を一週間後に控えた、三月(ティールの月)のある日。

 ルイズと才人は、結婚式前の最後の休暇を取ったワルドに誘われて、彼の領地に遊びに来ていた。

 ワルドが隊長の一人を務める魔法衛士隊は、王族の近衛だ。ゆえに、結婚式では働きづめとなることが決定している。なので、それを前に英気を養うという名目で、休暇が認められたのだ。

 

 ワルドが駆る大型のグリフォンに乗り、ラ・ヴァリエール領近くのワルド領へとやってきたルイズと才人。

 その二人をワルドの妻であるカトレアが、満面の笑みを浮かべて歓迎した。そして、カトレアがルイズに向けて両腕を広げながら近づいて言う。

 

「ルイズ! 久しぶりね!」

 

「ええ、お久しぶりです、子爵夫人」

 

「あら、もうちいねえさまとは呼んでくれないの?」

 

「フフッ、では、ちいねえさまと呼びます」

 

 仲良さげに抱擁を交わす、カトレアとルイズの姉妹二人。

 それをワルドと才人は微笑ましげに眺めていた。美人姉妹の仲良さげな様子は、結婚式の準備でストレスを溜めていた男二人の心を温めた。

 

 そうして、ルイズ達は子爵家の屋敷に通された。

 屋敷には幾人かの使用人が雇われており、掃除は行き届き調度品も整っていた。それを見て、ルイズは面白そうに笑って言った。

 

「子爵が結婚する前に訪ねたときとは、ずいぶんと様変わりしているわね?」

 

 ルイズから揶揄(やゆ)するようにそう言われたワルドは、気分を害するでもなく、彼女に微笑みを返して答えた。

 

「カトレアが領主夫人としての役目を果たしてくれてな。やはり、カトレアは素晴らしい人だ。屋敷の采配だけでなく、内政にも詳しい。おかげで、領内はこの短い期間でずいぶんと(うるお)ったよ」

 

「ちいねえさまは子爵との結婚を見すえて、学院では魔法の修練そっちのけでその二つを重点的に学んでいたわね」

 

 ルイズは、自分の周囲にペットを侍らせるカトレアを見て、そんなことを言った。広いリビングのソファーに座るカトレアの周囲には、ペットとして飼われている様々な種類の動物がいた。

 犬やネコといった一般的な愛玩動物から、トラや熊、大型のヘビなんてものもいた。どれも飼い馴らされていて、人に慣れている様子だ。

 そんな動物を撫でながら、カトレアは面白そうにコロコロと笑って、ルイズの言葉を補足するように言った。

 

「だって、旦那様とお友達を養っていくには、税収はとても大事じゃない?」

 

 カトレアが言うお友達とは、彼女の周囲にいるペット達のことだ。彼女は、病気がちだった昔から、動物を多数飼っていた。その餌の代金は公爵家の資産から出ていたが、今の彼女は子爵夫人。今後の餌代は、子爵領の税収から出す必要があった。

 ゆえに、彼女は結婚後の生活を見すえて学院で内政を学んでいたわけだ。

 

「やれやれ、俺も魔法衛士隊の隊長として、それなりの年金をもらってはいるのだがな。それの何十倍もカトレアに稼がれてしまっているよ」

 

 ワルドは肩をすくめて、そんなことを冗談めかして言った。

 彼の表情は笑顔のままなので、そこに妻への嫉妬の感情はないらしい。

 

 トリステインの貴族は、二つに分けられる。封建貴族と、法衣貴族だ。

 前者は領地を持ち、税収で生活する貴族。

 後者は公職を持ち、給金と年金で生活する貴族だ。

 

 ワルドはワルド領の領主であり、魔法衛士隊のグリフォン隊隊長なので、その両方に該当していた。

 だが、両方の仕事を一人でこなすことは難しい。なので、領地の経営は、結婚前はジャン爺と呼ばれる老齢の執事に任せていた。貴族がよく取る代官を置く手法である。そして今は、夫人であるカトレアに代理の女主人としてその役割を任せる形となっている。

 

 つい昨年まで代官を務めていたそのジャン爺も、皆の集まるリビングに控えていた。

 彼としてはカトレアの活躍は嬉しい。しかし、一つだけ不満があった。その不満を彼はワルドにぶつけた。

 

「正直なところ、奥様も、旦那様が住むトリスタニアに移り住んだ方がよいのではと、わしは考えております」

 

「ほう、なぜだい?」

 

 長年付き合ってきた執事からのまさかの意見に、ワルドは目を細めて問い返した。

 すると、ジャン爺は額のシワを深くして、ワルドに言う。

 

「世継ぎの問題です。旦那様も、今は新婚気分を味わいたいかもしれませぬ。ですが、少ない休暇に帰る旦那様の今の生活では、世継ぎは望めませぬ」

 

 馴染みの部下のその忠言に、ワルドはなるほどと素直に納得した。

 だが、それはワルド本人も考えないではなかったのだ。

 

「まあ、そう言うな。今は戦後処理と殿下の結婚式の準備で忙しいから難しいが、近いうちに隊長の職を辞して領政に専念しようと思っているさ。魔法衛士隊の仕事は確かに名誉だが、カトレアと二人三脚でこの領地を発展させるのも悪くない」

 

 今の役職よりも、自分の家を重視すると宣言したそのワルドの言葉に、ジャン爺は感極まって涙を流し始めた。ジャン爺はワルド家に仕えて長く、代官を務めていたこともあってか、領地の発展と繁栄は我がことのように嬉しいのだ。

 

 そんなやりとりを黙って見守っていた才人。正直、ワルドのことを格好良いと思ってしまった。

 仕事とわたし、どっちが大事なの、という妻からの言葉は、日本のフィクションではテンプレの台詞であった。そこで迷いなく、ワルドは妻の方を取るというのだ。

 

 リビングでそんな穏やかな時間を過ごした後、カトレアはルイズと才人に領内を案内すると言い始めた。

 ルイズはそれを喜んで受け入れる。才人も、観光にちょうどいいと話に乗り、ワルドも付いていくと乗ってきた。

 そして、四人は馬を駆って屋敷から外へと向かうこととなった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 ワルド領を馬で回る四人。ただし、才人はルイズと二人乗りだ。ルイズの腰に手を回して、慣れない馬の揺れに身を任せている。

 剣の修練や『戦闘機』の操縦は頑張ってきた才人だが、未だ馬には乗れなかった。現代日本人の才人が、練習することなく一人で馬に乗れるはずもない。

 

「サイトくん、キミも騎士(シュヴァリエ)となったからには、馬くらい乗れるようにならないと格好がつかないぞ」

 

 華麗に馬を駆るワルドが、馬上からそう言った。だが、チラチラとカトレアの方を見ているため、彼もカトレアと二人乗りしたかったのかもしれない。

 

「うへえ……『ガンダールヴ』の専門外だ……」

 

 才人のその言葉に、他の三人は馬上で笑いをこぼした。

 ちなみに、伝説では『虚無』の使い魔の一つである『ヴィンダールヴ』が、獣を自在に操る能力を持つとされている。才人が馬をどれだけ戦争に使われていた生物兵器と思おうが、獣に対して『ガンダールヴ』のルーンが反応することはない。

 

 そんな相乗り状態で馬を駆けさせ、カトレアの先導でルイズと才人は領内を見て回った。

 ブドウ畑に麦畑。野菜畑もある。どうやら、ワルド領は農作が主要産業であるようだ。そんな土地でカトレアは内政手腕を発揮しているということから、才人はカトレアが農業の分野に詳しいのだと察した。

 

 以前、才人がラ・ヴァリエール領に滞在していた頃にカトレアから受けた印象は、いつも本を読んでいる文学好きの女性というものであった。

 だが、もしかすると彼女があのとき読んでいた本は、農業に関する専門書だったのかもしれない。ワルド領に来てから見せる彼女の活発さに、文学を好む物静かな女性という勝手に持っていた才人の中の印象は消えてなくなった。

 ちなみに、カトレアが得意とする魔法の系統は『水』なのだという。腕前は『トライアングル』で、今後、彼女がいる限りワルド領に干ばつはこないと、ワルドは誇らしげに語っていた。

 

 領内を見て回った限りでは、牧畜はやっていない。

 カトレアは多くのペットを飼っているので、家畜の屠殺を苦手としているのかもしれないと、才人は思った。

 

 そうして、領内を見回った後、夕方になり屋敷でルイズと才人を歓迎する晩餐会が開かれた。

 学院の料理長マルトーの味に似通った料理が出て、驚く才人。すると、カトレアは笑って説明をした。

 

「ワルド家の前料理長は、前々から老齢を理由に引退したがっていてね。なので、学院で仲良くなった料理人の方をスカウトしたの」

 

 才人はカトレアが学生時代、魔法学院の多くの生徒に慕われたことをキュルケやタバサ、ギーシュ達から何度も聞いていた。

 しかし、どうやら彼女を慕っていた者達は生徒だけに留まらなかったようだ。想像以上に活動的な女性なのではないかと、才人は感じた。

 

 晩餐会は終わり、夜。才人はワルドの私室に招かれ、二人でワインを飲み交わしていた。

 ワルド領で作られたワインだとワルドが言うが、そこまで上等な味ではなかった。だが、ワルドは十年後にはワルド領のワインは名産となっているだろうと、自信ありげに言った。

 昼間も、ワルドはカトレアと一緒に新しいブドウ畑を才人に案内していた。

 

 これも、カトレアがワルド領にもたらした新しい風なのだと、ワルドは楽しげに語った。

 そして、酒が入るうちに、ワルドは昔語りを才人に始めた。

 

「若い頃に母を亡くし、父もランスの(いくさ)で戦死した。俺が子爵家を継いだのは、十六の頃だった。何かを成せる者になりたくて魔法衛士隊の見習いとなり、それから十年間、がむしゃらに働いてきた」

 

 ワルドのとりとめのない話に、才人は合いの手を適度に入れながら聞き手に回る。

 

「しかし、十六歳の当時、俺は心が荒んでいた。……サイトくん、母が『大隆起』を予見したことは知っているかい?」

 

 急に小声になったワルドは、サイトにそう問うた。

 

「ええ、ルイズから聞きました」

 

「実はな、母はその偉業を達成しておきながら、あまりの重圧に心を壊してしまった。世界の滅びという重たい事実を一人で抱えることができなかったんだろうな」

 

 まさかの重たい過去話に、才人は思わず無言になってしまう。

 

「そして母は誰にも滅びの未来を告げることなく、心を壊した末の転落死で、不名誉な最期となった。俺は、母に何も(むく)いてやることができなかった。それで、俺はだいぶ荒れたものだよ」

 

 悲痛な表情で、ワルドは言った。

 そんなワルドに、才人は酒瓶からゴブレットにワインを注いでやり、話の先を促した。

 

「だが、そんな俺に、ヴァリエール家の三姉妹は救いの手を差し伸べてくれた。エレオノールは母の研究を見つけ、ルイズは滅びの対策を用意し、カトレアは俺に寄り()い心を癒やしてくれた……」

 

 そう言って、ワルドはグイグイとゴブレットを口にかたむける。

 

「三姉妹には、本当に感謝しているんだ」

 

 酔いの回ったワルドが、今度は才人にワインを注いでやりながら、言葉を続けた。

 

「だが、俺が報いてやれるのは、姉妹のうちの一人だけ。愛しのカトレアだけだ。この腕は、三人を同時に助けられるほど広くはない」

 

 ワインを新たに注がれた才人は、それを一口飲み、ワルドの更なる言葉を待つ。

 

「だから、サイトくん。ルイズを頼む。あの子を幸せにしてやってくれ」

 

「…………」

 

 いずれは地球に帰るつもりの才人。しかし、その固い決意は少しずつ緩み始める。

 酒の勢いも大きかったが、確かに才人の心には大きな何かが穿(うが)たれた。

 

 その後二人は、ワルド領のワインを交わし、深夜遅くまで言葉を交わした。

 

 途中でワルドは、「カトレアは、私の母になってくれるかもしれない女性だ!」と新婚ののろけなのか、マザコンをこじらせたのか分からない発言をし。

 才人は才人で、「彼女が欲しい!」と叫んでワルドに「ならば、今すぐルイズに告白してこい!」と煽られることになる。

 

 そして、二人は泥酔したまま深夜の屋敷を千鳥足(ちどりあし)で進み。

 ルイズが一緒に泊まっているカトレアの寝室まで辿り付いたところで、扉の前を守っていた大柄のトラにネコパンチを食らって二人一緒に撃沈した。

 

 明くる朝、二人が目を覚ますと、そこはカトレアの寝室の前の廊下であり。

 二人は顔を見合わせると、恥ずかしそうに肩をすぼめて、顔を洗いに水場へと退散していくのであった。

 

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