【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま 作:Leni
入学式を終えた日の放課後。試験的にアカデミーの実践魔法研究室が開通させた鉄道馬車に乗って、ド・オルニエール領へとやってきた不死鳥飛行隊の学生達。
今日も才人による厳しい訓練を終えて、学生組と元護衛飛行隊組の皆で集まって一騒ぎしていた。
その話題は、昼間に行なわれた。クルデンホルフ大公家の
異端審問で釜茹でにされそうになる、亡きアルビオン王家の忘れ形見であるハーフエルフの美少女。
そこに才人が割り込んで、許せぬと
怒れる大公家と竜騎士団は杖を抜き、不死鳥飛行隊はハーフエルフの少女を守るため、そろいの剣杖を抜杖した。
そんな学生達の武勇伝に、元護衛飛行隊の少年達はなぜ自分達がその場にいないのかと悔しがった。
「まあ、こればっかりはな。学院にお前達を入れるわけにもいかねえし」
自分の活躍を仲間達から語られて、得意げな顔になっていた才人が元護衛飛行隊の少年達にそう言った。
「ズルい! そもそも、教官は生徒じゃないだろ! それなのにあの名門校に入れるとかズルい!」
「だって、俺は使い魔だし? 学院に正式に滞在が認められる立場だし?」
少年達の文句に、才人はそう言ってさらに得意げな顔を浮かべた。
すると、才人は元護衛飛行隊の少年達に肩を軽く殴られるはめになった。
そして周囲から笑い声があがる。
この男達で馬鹿騒ぎできる瞬間が、才人には楽しくて仕方がなかった。
日本にいた頃、才人は学校の部活動に参加していなかった。だが、もし何かの部に入っていればこんな日々を送れていたのだろうかと、少し日本を懐かしむ気持ちになった。
そうして話が盛り上がるうち、竜騎士団との戦いから話はズレて、トリステイン魔法学院の日常についての話題となる。
元護衛飛行隊の少年達は、いずれも寒門の貴族家出身だ。トリステイン魔法学院は名門貴族の集まる学舎なので、その話を興味深そうに聞いていた。
「入学式も終わったし、次は新入生歓迎会だな!」
飛行隊所属の学生の一人が、そんなことを言った。
すると、隊長のギーシュもその話に乗ってくる。
「ああ、今年はすごいと聞くよ。『スレイプニィルの舞踏会』だってさ」
すごい舞踏会と聞いて、寒門の少年達の目が輝く。彼らは社交界にもあまり縁がない家の者だ。
彼らにとって、舞踏会とは華やかな貴族社会の代名詞。即座に興味津々となり、その様子を聞きたがった。
それに気をよくしたギーシュが、「フフフ」と意味ありげに笑ってから、言う。
「今年の舞踏会は、ただの舞踏会じゃない。仮装をするんだ」
「仮装? そりゃあ、見た目は面白くなるだろうけど、すごいか? どちらかというと面白いというか……」
副隊長のルネがそんな疑問をぶつけるが、ギーシュはさらに笑って言葉を返す。
「魔法学院の仮装舞踏会が、ただの『仮装』をするわけないじゃないか。魔法を使って仮装するんだよ。『真実の鏡』を使ってね」
『真実の鏡』などというそれっぽいワードが飛び出し、話を聞いていた周囲から「おおっ」と期待の声が上がる。
「『真実の鏡』は、マジックアイテムでね。その人が一番憧れているもの……、なってみたいものに化けることができるんだ。理想の自分っていうのかね。『水』の魔法には人相を変えるスクウェアスペルがあるというが、この鏡はその魔法を超えたものなのさ」
それを聞いた元護衛飛行隊の少年達は、口々に「確かにすごい!」と驚きあった。
姿を変えるとは、まるでルイズの使う『イリュージョン』の魔法の幻影のようではないか。
いや、幻影ではなく肉体そのものが変わるとしたら、先住魔法の『変身』が鏡に込められているのではないか。
その魔法の正体をつかもうと、様々な説が飛び交った。
そして、話は自分ならばどんな姿に変わるのかと、互いに自身が憧れる姿を話し出した。
「まあ、ぼくは自分が理想だけどな! なんてったって、ぼくは世界一美しいからな! あっはっは!」
と、ギーシュが言うと、「どんだけ自分が好きなんだよ」と突っ込みが飛ぶ。
「どうしよう。ぼく、美少女に化けちゃう気がするよ」
と、マリコルヌが言うと、「いっそ、ずっと美少女に化けていてくれよ」と野次が飛ぶ。
そうして、誰かが「サイト、キミはどんな姿になると思う?」と才人に向けて話題を振った。
すると、才人は腕を組んで考え込み、しばらく「うーん」とうなってから、答えた。
「分からん。もし憧れとかなかったら、自分の姿から変わらないのか?」
「それはいけない! ギーシュの同類と思われるぞ!」
と、またもや野次が飛び、皆が一斉に笑い合った。
一方、遠回しに悪口を言われたギーシュはそれを気にすることもなく、才人に言った。
「どうせなら、ぼくの姿になってはどうだい、サイト。そうすれば、キミも少しはモテるようになるだろうさ」
「いや、ギーシュになるのだけはありえない」
才人がギーシュの言葉をバッサリ切り捨てると、また周囲から笑い声が上がった。散々な言われようなギーシュだが、彼はそれも気にしない。「ああ、ぼくの姿になってモテても、モテているのはあくまでぼくでしかない。それでは嬉しくないのだな」とポジティブな心で全てを流したのだ。
ある意味で、ギーシュは見習うべき大人物なのかもしれなかった。
そんな馬鹿騒ぎは、学院行きの鉄道馬車の時間が迫るまで、しばらく続いたのであった。
◆◇◆◇◆
入学式を終えてから、最初にやってきた虚無の休日。
とうとう、新入生歓迎会である『スレイプニィルの舞踏会』の開催日となった。
生徒達、特に一年生はソワソワとした様子で昼間を過ごした。そして夕方の開始時間が来ると共に、『アルヴィーズの食堂』の二階にあるダンスホールの入り口へと、我先にと集まった。
その様子を最年長である三年生が余裕の表情を浮かべて見守っていたが……実のところ、三年生も内心では今回の『真実の鏡』の使用が楽しみで仕方がなかった。
ルイズもその一人だ。彼女は、少し早めに食堂の二階へとやってくると、真っ先に『真実の鏡』の
普段はハルケギニア一の守りを誇る学院の宝物庫に仕舞われているという、マジックアイテム。それは、ダンスホールの入り口前に設置されて、周りに黒いカーテンが引かれていた。
今、誰が変身中なのか分からぬようにしているのだ。
そのカーテンの隣には、『土』の担当教師である小太りの中年女性、シュヴルーズが立っている。いち早い仮装のつもりなのか、蝶のかたちをしたマスクを顔に被っていた。
「夜の貴婦人が、あなたたちを幻想の世界へと案内しますよ」
ルイズはそんなシュヴルーズをスルーして待機列に並び、自分の順番を待った。
カーテンの向こうからは、人が入るたび「キャー」だの「おおっ」だの、感嘆なのか驚愕なのか分からない声が響いてくる。
その声を聞きながら、ルイズは自分が何者になるかを想像しながら待ち続けた。
そうして、とうとうルイズの番がやってくる。
カーテンをくぐると、シンプルな枠に収まった一枚の大きな鏡がそこに置かれていた。
高さは二メイルほどで、上から一枚の布がかけられている。
「いいですか? 理想の姿を思い浮かべるのです。誤魔化してもしかたがありませんよ? この鏡は心の深い部分までを覗き込み……、あなたをその姿にしてしまうのです。心の準備ができたら、その布をお取りなさい」
そんなシュヴルーズの声が、ルイズの背後から聞こえてくる。
なるほど、心の準備をさせてもらえるらしい。ルイズは、軽く一呼吸してから鏡にかけられた布をめくった。
すると、そこには美しい、虹色に光る鏡面があった。そこにはルイズの姿がそのまま映っていたが……やがて、鏡から虹色の光があふれてきて、とっさにルイズは目をつぶった。
そして、まぶたを通して輝き続けた光は、やがて収まり……目を開けたときには、鏡には意外な姿が映っていた。
「母さまだ……しかも、若い時代の肖像画の姿……」
そう、そこにはルイズの母親、カリーヌ・デジレがまだ若き魔法衛士隊の衛士であったころの時代の姿が映されていた。
烈風カリン。そう呼ばれていた当時の母は、今の包容力ある高い背と大きな胸を持つ姿ではなく、ルイズに似て背が低く胸も平坦であったらしい。
だが、その強さは若くしてマンティコア隊の隊長に選ばれるほど。
なるほど、自分は母の現役時代の強さに憧れていたのか。ルイズはそう自覚した。
『賢者』だの『虚無』だのもてはやされていた自分だが、やはり自分の本質は破壊の力を求める『魔女』なのだな。ルイズはそう考えて可笑しくなって笑ってしまった。
そうして、ルイズは鏡に布を掛け直し、カーテンの向こう側、ホールの入り口へと向かった。
ダンスホールに入場すると、すでに会場は人が多く集まっていた。
ルイズはそのホールを見渡して、皆がどんな人物に変身したかを興味深く観察した。
ルイズの姉であるカトレアに変身しているのは、おそらく三年生の女子達であろう。
彼女達が一年生のころ、カトレアは学院内の皆にとって憧れの存在であったためだ。ルイズが確認できた限りだと、カトレアになった者は十人はいた。我が姉のことながら、憧れてしまうのも分かると、ルイズは納得した。
他に多いのは、ティファニアの姿を取ったものだろうか。こちらはおそらく一年生。純粋に、彼女の容姿に憧れたのかもしれない。
ティファニアの姿となった者だけで、五人はいた。その者達は、複雑そうな笑顔を浮かべていた。
同世代のクラスメートに変身してしまう自分に、いろいろ思うところがあったのかもしれないと、ルイズは察した。
他には、伝説に語られる勇者や偉人、宮中の有名人……マザリーニに変身した者がいたのは笑いどころだろうかとルイズは反応に困った。年配の紳士淑女に変身した者は、自分と同じように親に変身したのだろうかと、ルイズは後で話を聞いてみようと考えた。
そうしてルイズが入り口の近くで観察を続けていると、不意に背後から叫び声が聞こえた。
「ああッ!? 足下が見えないわ!」
ルイズが振り返ると、そこには学院の制服に身を包んだティファニアがいた。いや、ティファニアに化けた生徒の誰かだろう。口調から、女子生徒ではあるらしい。
そして、フラフラと歩きづらそうにホールへと入ってくる。しかし、大きすぎる胸のせいでつまずいてしまったのか、前のめりに倒れそうになる偽ティファニア。
だが、とっさに背後から走り寄ってきた人物が、偽ティファニアの腕を取って転ぶのを防いだ。
「あ、ありがとう……」
「うん、気を付けて。やっぱりその姿、歩きにくいでしょう?」
偽ティファニアの腕をつかみ、そう言って隣に立って介添えをしてあげる人物。その姿を見て、偽ティファニアは驚きの声を上げた。
「ヒイッ! エルフ!?」
そう。偽ティファニアの隣に立つのは、砂漠の民が着る民族衣装に身を包んだエルフだったのだ。
舞踏会に紛れ込んだまさかの存在に、偽ティファニアは身を縮ませる。しかし、対するエルフは可笑しそうにその様子を笑った。
「フフッ、あなただってハーフエルフの姿よ?」
「えっ、あっ、ああ……あなた、鏡でエルフの姿に変身したのね」
「うん。これは、わたしの母の姿なの」
「母……? あっ、もしかしてあなた、ミス・テューダー?」
偽ティファニアは、横に立つエルフが、自分の
「正解! そういうあなたは、わたしの知っている人かしら?」
「そうよ。あなたのクラスメートのベアトリスよ」
「ええっ!?」
そう、偽ティファニアの正体は、先日ティファニアを異端審問にかけたベアトリスであったのだ。
その事実に、大人のエルフの姿となったティファニアは、驚きの声を上げてしまった。
「わたしがあなたの姿になったことが、不思議かしら?」
「えっ、う、うん……。正直、ミス・クルデンホルフには嫌われているとばかり……」
「そうね。最初はそうだったけれど、あの異端審問の場であなたに助けられて許しを得てから、わたしはあなたの器の大きさに憧れたのよ」
「器……」
エルフに扮するティファニアは、偽ティファニアの大きすぎる胸元を見つめた。
「胸の大きさではなくってよ! でも、そうね。なんなのこの大きすぎる胸は!」
「えっと、ごめん。やっぱりそれ変だよね?」
「変というか……大きすぎて足下が見えないじゃないの! これでは転んでしまうわ!」
「慣れれば大丈夫よ? でも、心配ならわたしが隣を歩くね?」
「あら、エスコートしてくれるの? よろしくってよ」
偽ティファニアは、笑顔を浮かべて本物のティファニアに腕を差し出す。
すると、エルフの姿をしたティファニアは、その腕を再び取って、笑って言った。
「かしこまりました、お姫さま」
「あら、わたしは大公の姫だけれど、あなたもアルビオンの姫じゃない」
「フフッ、そうだね。じゃあ、姫同士、一緒に入場しよう」
そうして、二人のエルフがダンスホールに向かっていった。
その様子をずっと眺めていたルイズ。そのルイズは、若き母の平坦な胸を見下ろして、どうせなら今の母に変身して、見えにくい足下の体験をしてみたかったと思うのであった。
それから、ルイズもダンスホールに入場し、舞踏会を楽しむ。
とはいえ、すぐにダンスパートナーを見つけて踊り始める者は少ない。なにせ、互いが誰かも分かっていないのだ。なので、参加者達は互いに自己紹介から始め、社交界慣れしていない一年生を上級生が見つけた場合に、ダンスに誘ってあげるといった
一方、ルイズは周囲の人間観察に努めた。『真実の鏡』が、どれだけ細部を表現できているかの確認をしていたのだ。
たとえば、カトレアに変身した者で、どれだけ忠実に姉の姿を再現できているかを確認するなどである。
うろちょろと、烈風カリンの姿で歩き回るルイズ。まれにルイズの方を見て、ギョッとした顔を浮かべている者がいたが、おそらくは母と同年代かそれ以上の歳である教師であろうと察せられた。
そうして見て回るうち、ルイズは変わった姿をした者を見つけた。
それは、黒髪黒目で、どこか黄色い肌をした中年の紳士。その彼が着ている服は、とても洗練されたフォルムのスーツであった。
トリステインや、周辺諸国で着られているスーツとは、ずいぶんと質の違うその服をその紳士は見事に着こなしていた。
それを見て、ルイズはピンと来た。
そして、ルイズはその人物に近づいていき、声をかけた。
「ミスタ? もしかして、サイトかしら?」
「えっ、そうだけど……どちらさま?」
どうやら正解だったようだ。そして、紳士に扮した才人は、ルイズの正体が分からなかったのか、誰か尋ねてきた。
「さて、誰でしょう。当ててみて」
そう言って、口もとを吊り上げて笑うルイズ。
すると、紳士の姿をした才人は、その笑顔を見て一発で正体を察したのか、すぐに答えを出してきた。
「ルイズじゃん。えっ、それ親戚か誰かの姿になったのか?」
「正解。これは、母の若い頃の姿よ。肖像画で見たことがあるの」
「えー。お前の母親って、カリーヌさんだよな? カリーヌさんってもっとこう……」
立派な紳士の姿でも、才人の中身は変わらないのか、彼は自分の胸の前で巨乳を表すジェスチャーを取ってきた。
その様子に、ルイズは面白おかしく笑って応える。
「母さまも、昔はこんなちんちくりんだったってことよ」
「うわ、母親のことをちんちくりん扱いしたぞ、こいつ」
「事実だもの。でも、母さまが若い頃こんな姿だったってことは、わたしも大人になれば母さまみたいに育つってことよね」
「うーん、ノーコメント」
「なんでよ!」
「ノーコメント!」
そうして漫才のようなやり取りを繰り広げた後、ルイズは才人と一緒にホールの中央でダンスを踊ることにした。
才人もルイズに召喚されて丸一年。ダンスもすでにちゃんと踊れるようになっており、ルイズの靴も踏むことなく、楽団が演奏するワルツに合わせて余裕そうに踊り始めた。
そして、二人はダンスしながら雑談を交わす。
「サイトのその姿は、お父上かしら?」
「そうだな、父さんの姿だな。でも、まさか父さんになるとは思っていなかった」
「自分が誰になるかを予想できていた子の方が少ないんじゃないかしら」
「そんなもんか」
「そんなものよ。わたしだって、この姿になるとは予想外だったもの」
「そっか……」
そうして、ルイズは才人と一曲踊りきり、次は料理を楽しもうとルイズは才人の腕を取って、ホール端の立食テーブルへと向かった。
異国風の紳士と、少々背が低いがとんでもない美少女の二人組。そんな才人とルイズに、ダンスを申し込みたいと思う者は多かったが……。
結局二人は、舞踏会が終わる最後まで離れず、仲むつまじく過ごしていた。そのため、二人に割って入れる者は、一人も現れなかったのだった。