【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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92.代用肉

 ハンバーグのレシピを料理人貴族リュリュに売りつけた才人。

 その彼は、良い商売をしてくれたリュリュに向けて尋ねた。

 

「しかし、わざわざ大枚をはたいてまでレシピを買うとか、ハンバーグの店でも出したいのか? トリスタニアで出してくれればたまに行くぞ」

 

「いえ、わたしはとある目標のために、美味しい肉料理の研究をしているのですよ」

 

 虚無の休日、コルベールの研究室にて、才人はリュリュと向かい合ってそんな話をしていた。

 

「とある目標……どんなのだ?」

 

「フフッ、よくぞ聞いてくれました。わたし、こう見えましてもガリアではそれなりの家に生まれまして……」

 

 そしてリュリュは、上機嫌で才人に己の事情を語り始めた。

 取引が上手くいって気分が乗っていた、からではない。才人は遠い異国の出身だと、学院の料理長マルトーは漏らしていた。

 それならば、もし自分の理念に賛同してくれれば、まだ見ぬレシピをさらに吐き出してくれるかもしれない。そういう打算が彼女にはあった。

 

 話はリュリュの生い立ちから始まった。

 ガリア西部の街ルション。そこの行政官の娘として育った彼女は、何不自由なく育った。魔法の教育、きれいな服、美味しい食事。何もかも自由に与えられてきた。

 そんな彼女の趣味は気がつけば『美食』になっていた。

 

 美味しいものをたらふく食べ、世界中の美食を金で買い集める日々。遠いロマリアに名物料理があると聞けば、わざわざ旅行に向かうことさえした。

 そして、いつからか彼女は、その美食を自分で作り出すことに躍起(やっき)になった。料理に目覚めたのだ。

 しかし。

 

「料理という仕事は、貴族の間では残念なことに、身分の低いものが行なう業務とみなされています」

 

 その言葉を聞いて、才人はキュルケの方へと目を向けた。すると、料理が趣味のキュルケは苦笑いして才人にうなずいた。

 そして、その最中もリュリュの語りは続く。

 

「貴族の女子に許されるのは、お菓子作り程度。本格的に料理を学ぼうとすると、障害がとても多かったのです。なので、わたしは気がつけば家を飛び出して、各地を放浪するようになりました」

 

 そうして、旅をするうちに、彼女は一つの事実に気付く。

 

「世の中のほとんどの人は、美味しいものを食べられない! ということに!」

 

 そう断言して、リュリュは語りを続ける。

 旅の途中、彼女は多くの者に助けられた。寝床を提供してくれた農夫。食糧を失い力尽きたところで、パンを恵んでくれた者。いろいろな出会いがあった。

 だが、そのほとんどが平民であり、彼女が貴族の家にいた頃、楽しんでいた『美食』を彼らは享受(きょうじゅ)できない。

 だから、彼女は一つの目標を持った。『美食』を万民に認められるべき娯楽とすると。

 

 と、そこまで語ったところで、話を聞いていたルイズが言った。

 

「なるほど。そこでサイトを味方につけようとした判断は良いわね。彼の故郷は、まさに万民が美食を楽しめる、飽食の国らしいから」

 

「本当ですか!?」

 

 ルイズの言葉に、リュリュが見事に食いついた。

 

「どこの国ですか? そんな国、ハルケギニアのどこに!? はっ、その容姿、この辺りの方ではありませんね。もしや、エルフの砂漠を越えた東方に『美食』の楽園が!?」

 

 研究室に用意されていたテーブル席から立ち上がったリュリュは、近くに座っていた才人に詰め寄った。

 

「うおっ、落ち着け! ルイズも、余計なことを言うな!」

 

 と、そんな才人の焦る様子を笑って見ていたルイズは、再びリュリュに言った。

 

「まあ、落ち着きなさい。そのサイトの故郷は、遠すぎて人では辿り着けない場所にあるから」

 

「そんなぁ……」

 

 ルイズの言葉を受けて、リュリュはションボリと肩を落として着席した。

 そして、そんなリュリュに向けて、ルイズは言った。

 

「それに、あなたの目標は『美食』の楽園に行くことじゃなくて、ハルケギニアを『美食』の楽園にすることでしょう?」

 

「はっ、そうでした」

 

「でも、国を食で豊かにするのは、そう簡単ではないわよ。政治と経済と文明レベルの領域よ。ただの一人の料理人でしかないあなたは、その領域で何をしようとしているのかしら?」

 

 ルイズに問われ、リュリュは恥ずかしそうに顔を伏せて言った。

 

「えっと……そこまで壮大なことは考えていなくて……わたしにできるのは、平民用の食糧を作り出すことで……」

 

 そう言って、リュリュは研究室に持ち込んでいた自分の鞄をあさって、中から一つの包みを取り出した。

 そして、包みを解くと、中から茶色いパンのような塊が出てきた。

 

「あら、代用肉じゃない」

 

 と、それを見て発言したのは、ここまで黙って話の推移を見守っていたエレオノールだった。

 皆の注目が、エレオノールへと集まる。

 そして、リュリュはまさか、このいかにも高貴そうな金髪の貴族の女性が、自分の発明品を知っているとは思わず、彼女に尋ねた。

 

「えっと、これを知っているんですか? 平民用に販売している品なのですが」

 

「ええ。わたしはアカデミーの研究員で、専門は『土』なの。で、その代用肉は、豆を固めて『錬金』の魔法で肉の味を付けた、豆製の肉の代用品よね?」

 

「はい、合っています。わあ、まさかトリステインに名高いアカデミーの方に知っていただいているだなんて」

 

「わたし自身は食べたことはないけれど、部下が戦闘糧食の研究をしていて、その最中に見つけた興味深い品だって言っていたのを聞いたわ」

 

「わあー……」

 

「そして、味は今一つだったと聞いたわね」

 

「うっ……」

 

 喜びから一転、突き落とされるように言われて、リュリュはうめいた。

 だが、彼女達のやりとりでおおよそ目の前の茶色い塊が何であるか、この場にいる皆が理解した。

 

「この代用肉は、ちゃんと売れてはいるんです……肉を普段満足に食べられない平民層に大人気で……でも、これをわたしは『美食』であると認められないのです」

 

 茶色い塊の代用肉。

 それをジッと見つめながら、リュリュが言った。

 すると、そんな彼女に、エレオノールは立ち上がって近づく。そして、リュリュの隣に立ったところで、言った。

 

「ちょっとその代用肉というヤツ、わたし達に食べさせてみせなさいな」

 

「えっ、これをですか?」

 

「ええ。わたしは『土』の『スクウェア』で、アカデミーの実践魔法研究室の室長よ。『錬金』の魔法には一家言あるつもり。そして、この場にいる皆は、それぞれの分野の専門家よ。アドバイスできることが何かあるかもしれないわ」

 

 そう言うエレオノールだが、彼女の心の中は一つのことで埋め尽くされた。

 それはすなわち、『錬金』の魔法を料理に使うなど、興味深い。ぜひ、食べてみたいと。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 代用肉はハムのようなもので、加工肉のようにそのまま切って食べられる。

 なので、エレオノール達は研究室から出ることなく、リュリュがその場でペティナイフを使って削ぎ落とした代用肉を口にした。

 

 モソモソと代用肉を食べ、そして沈黙が場を支配する。

 確かに、代用肉は肉の味がした。肉を普段食べられない貧しい平民層なら、この味である程度満足はできるだろう。

 だが、しかし。

 美味しいとはけっして言い切れるものではなかった。

 

「どうでしょうか?」

 

 答えは解りきっているがと言わんばかりに、リュリュが皆に尋ねた。

 すると、この場にいる皆が口々に意見を出していく。

 

 そこまで美味しくはない。肉の味がするのに肉の食感ではない。肉っぽいだけの何か。肝心な何かが抜けている。

 

 リュリュはそれを聞いて、自嘲気味な笑顔を浮かべた。予想通りの言葉だったからだ。

 そんな彼女に、一人、コメントを差し控えていたエレオノールが言った。

 

「あなた、それなりに裕福な貴族の出なのよね?」

 

「はい」

 

「となると、美味しい肉に対する知見は足りているはずよ。今さらハンバーグを追い求める必要がないくらいにはね。もし足りないものがあるとすれば、豆を肉に変えてみせるという明確なイメージと執念よ。『錬金』の魔法には、その二つは不可欠だから」

 

「イメージと執念……」

 

 リュリュはそうオウム返しにつぶやいて、ムムムと悩み始めた。

 

 一方、興味深い題材に、ルイズも考えを巡らせる。

 ルイズは以前、才人から聞いていた。彼の故郷には、豆から作った豆腐という料理があり、その豆腐を使ってハンバーグを作ることがあるのだと。

 それはつまり、彼の故郷では豆を肉の代用にする技術は確立しているのではないか。そうルイズは考えた。

 

 そして、その辺りの話をルイズは才人に尋ねた。

 

「専門じゃないから詳しくはないなぁ」

 

「じゃあ、専門じゃない才人が言えるような何かはある?」

 

「そうだな……栄養的な話をするか」

 

 そうして才人は語り始めた。肉とは、タンパク質という栄養素なのだと。

 豆に含まれる栄養素。これは植物性タンパク質と呼ばれる。

 肉に含まれる栄養素。これは動物性タンパク質と呼ばれる。

 似通った両者なので、ある程度味や、消化後の体内での作用に互換性がある。タンパク質の体内での作用。それは、人間の筋肉を作る素材となることだ。

 

 代用肉を食べて、才人はある一つの肉を想像した。それは、鶏のささみ。

 筋肉を肥大化させることを目標とする者達が、特に好んで食べる部位だ。

 しかし、ささみは肉を食べたときの満足感という点では、他の部位にいくらか劣っていると才人は思っている。

 

 美味しい肉には、脂質が必要なはずだ。

 脂質とは、そのままずばり脂である。タンパク質と、脂のバランス。それが肉を美味しくする秘訣なのでないかと、才人は主張した。霜降り肉が最上の肉と言われる、いかにも日本出身者らしい主張であった。

 

「なるほど、脂ですか。盲点でした!」

 

 だが、脂が美味しいという理念はリュリュにも通じたようで……。まさに青天の霹靂。彼女は満面の笑顔を浮かべた。

 そして、その場で立ち上がって、大きな声で言う。

 

「食堂に行ってきます! 脂の乗った代用肉、作ってまいります!」

 

「まあ、そう急がないで。美味しくなりそうだけど、欠点もあるわよ」

 

 ルイズがリュリュの勇み足を止めるように、そう言った。

 すると、リュリュは不思議そうに言った。

 

「欠点ですか?」

 

「脂が含まれると肉は腐りやすくなるわ。ほら、干し肉を作るときは、脂を削ぎ落とすでしょう? 代用肉の保存性が下がるのではないかしら」

 

「そのあたりは、販売を担当してくださる商人の方が、いい運用方法を考えてくださるから大丈夫です」

 

「ああ、美味しいけど長持ちしないものと、美味しくないけど長持ちするものに分けるみたいな感じね?」

 

「そうかもしれません! では、食堂へ行ってきます!」

 

 そうして飛び出すようにして研究室を出ていったリュリュを一同は放置せずに、皆で食堂に向かった。

 野次馬根性と言えば言い方は悪いが、ここまできて結末を見届けない選択肢は、彼女達にはなかった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「美味しくはなりました。でも、まだ美味しい肉と言い切るにはまだ足りません」

 

 リュリュが代用肉を作る過程を観察していたルイズ達。リュリュも見られていることを気にすることもなく作っていた。レシピの流出という危惧すべき事柄は、この場にいる皆が貴族ということもあり、誰も気にしていなかった。

 

 そして、何が悪かったかの検討会が、再度始まろうとしていた。

 だが、そこへ割って入るかのように、ここまでほとんど発言をしていなかったキュルケが言った。

 

「わたしは肉に対する執念のアドバイスはできないわ。生まれた時から美味しい肉に事欠いたことはないから、食への欲求もそこまでではないし。でもね」

 

 そう言って、キュルケは『錬金』製の脂を追加された代用肉に、杖を掲げた。

 そして、キュルケは代用肉を前に、ルーンを唱える。

 

 そのルーンは『錬金』の詠唱だった。

 代用肉に、『錬金』が重ねがけされる。

 

「さあ、食べてみましょうか」

 

 キュルケは、自信ありげにそう言って、リュリュのペティナイフを手に持って、代用肉を切り分け始めた。

 そんなキュルケの行動に怪訝そうな顔を浮かべながら、リュリュは代用肉を口にする。

 

「……! これは、美味しい!?」

 

 リュリュの言葉に、他の者達も切り分けられた代用肉を食した。

 それは、まるでハムのような美味しい加工肉の味であった。食感もよく、香りも高い。

 まさしく、それは美味しい『肉』であった。

 

「ど、どういうことですか……!?」

 

 混乱しながら、リュリュはもう一切れ代用肉を口にする。

 そんなリュリュに向けて、キュルケは淡々とした声音で言った。

 

「確かに、あなたには執念が足りないわね」

 

 それは、何か残酷な事実を突きつけるかのような、そんな言い様であった。

 

「美味しい肉を作ってやるという気持ちは足りているかもしれない。でも、お腹を満たす満足感のある肉を作ってやるという気持ちが足りていないのよ」

 

「そ、それがあなたにはあるというのですか!?」

 

 キュルケの言葉に、リュリュは反論するかのように言った。

 だが、キュルケの答えは是であった。

 

「あるわよ。だって、わたしの料理の原点は、『飢え』だもの。貴族家出身のあなたでは、そうそう理解できない概念なのではないかしら」

 

 その言葉にぐうの音も出なかったのか、リュリュは沈黙して目線を下げた。

 何やら妙なことになっているな、と思いながら代用肉を味わったルイズが、横から言う。

 

「キュルケだって、ゲルマニアの名門貴族よね。飢えなんかと縁はなさそうだけれど」

 

「何を言っているのよ。わたしが飢えの中で料理を本気で味わったのは、ルイズが関係しているのに。覚えていないの?」

 

「えっ?」

 

「はあ……もう八年は前のことだから、覚えていなくてもおかしくはないけれど、ちょっとショックだわ」

 

 ため息を吐いて、キュルケは頭を横に振った。

 そんなルイズとキュルケのやり取りを聞いていたリュリュは、顔を上げてキュルケへと尋ねた。

 

「教えてください。この代用肉を作れた飢えの経験とは、なんなのか! わたしに、答えを示してください!」

 

 その必死な言葉が可笑しかったのか、キュルケは「フフッ」と笑ってから、答えた。

 

「別に構わないわよ。ルイズも忘れているようだし、ちょっと懐かしい話をするわね」

 

 そう、それは。ゲルマニアとトリステインの国境線。ツェルプストーの領地とラ・ヴァリエールの領地の境での出来事であった――

 

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