【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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93.キュルケ・アウグスタ:オリジン

 深い森の中に存在するフォン・ツェルプストーの城。

 そこで、十一歳のキュルケは暇を持てあましていた。大貴族の娘として、何不自由なく過ごしていた彼女だが、フォン・ツェルプストー家の立地がゆえに都会からは遠い。

 この歳の頃の少女には見合わぬ大人の感性を身につけていた彼女は、それが気にくわなかった。親から与えられる本や玩具はすぐに飽きてしまい、流行りの服や装飾に興味を示していたのだ。

 とにかくキュルケは都会に出ていきたがった。華やかと聞く帝都を見てみたかったのだ。

 

 しかし、親はそれを許さなかった。子を都会かぶれにしたがらなかった、わけではない。

 帝都はゲルマニアの皇族の権力争いが激しく、政情不安定なのだ。

 だからキュルケの親は、ひたすらキュルケを甘やかし、様々な物を与えて気を紛らわそうとした。

 

「もー、ひま!」

 

 しかし、玩具やお仕着せの服は気にくわないキュルケ。自分で帝都の流行りの店に行って、自分で流行を観察して服をオーダーメイドしてみたかった。

 それが叶わぬと知ったキュルケは、とにかく不機嫌な毎日を過ごした。

 

 そんなある日、キュルケの父親は彼女の退屈を晴らそうと、ある提案をした。

 

狩猟(しゅりょう)に行こうか」

 

 狩猟は貴族の(みやび)な趣味である。貴族同士が集まって、狩猟会を行なうことも珍しくはない。そして、ここフォン・ツェルプストーの領地は森に囲まれた大領地。貴族の狩猟会が盛んに開催される場所であった。

 ゆえに、フォン・ツェルプストーの一族は、代々狩猟をたしなみとしていた。

 ただし、男子に限るという但し書きが必要だったが。

 

 そんな誘いを受けたキュルケの反応はというと。

 

「本当!?」

 

 大喜びであった。

 彼女は父親に抱きつき、その喜びを全身で表した。

 そして、父親に問いかける。

 

「魔法は? 魔法は使っていいの?」

 

「……キュルケの得意の『火』は、森が火事になるから駄目だ。『念力』や『レビテーション』などのコモン・スペルならいい」

 

「えー、それじゃあ、えものはとれないよ」

 

「いきなり初回から獲物は獲れないものだ。まずは現場の空気に慣れることから始めなさい。その後、『風』の魔法を頑張って覚えて、それで鳥でも落とせばいい」

 

「もー! あたしは今すぐ狩りをしたいの!」

 

 父親にブーイングをするキュルケだが、その表情は笑みのままであった。

 見るだけであっても、狩猟の現場に出られることを喜んだのだ。

 

 ちなみに、この時キュルケはすでに『火』の『ドット』として自身の得意系統に目覚めていた。

 十歳前後でコモン・スペルの練習を卒業して、自身の系統を見いだし使えることは、才女と言ってもいい。しかし、彼女の得意系統は『火』であるため、森の中で魔法を使うことにはとにかく向いていなかった。

 だからこそ、キュルケの父親は今回の狩猟で娘に、『火』以外の魔法に目を向けさせる狙いがあった。『火』は強力な破壊力を持つ、戦争用の魔法だ。それがゆえに、キュルケが『火』一辺倒になることを父親は危惧していたのだ。大貴族の者だとしても、可愛い娘を戦争の場に送り出したくないというまともな感性を彼は持っていたのだ。

 

 そうして、キュルケは乗馬用の衣装を身に纏い、父親と一緒へ狩猟に向かった。

 深い、濃い、黒い森。

 普段、城の敷地から出ることのないキュルケの目には、それはとても新鮮な光景に映った。

 

 鳥が飛び交い、リスが動き回り、どこからか獣の鳴き声が聞こえる。

 まさに豊かな森。

 そこにやってきたキュルケは……木の切れ間に見えた美しい尾羽を持つ鳥を追っているうちに、いつの間にか一人、森の中で迷っていた。

 

「ここどこー……」

 

 父親とも護衛ともはぐれ、一人森を彷徨うキュルケ。

 歩けど歩けど、人の姿は見えず。

 結局キュルケは、誰とも会うことなく迷い続けることになった。

 やがて陽は沈み、夜がやってくる。どうすればいいか分からなくなったキュルケは、貴族のマントに包まり、木の下で一夜を明かすことになった。

 

 不安に泣いているうちに、いつの間にか眠ってしまったキュルケ。

 目が覚めた彼女が最初に感じたのは、喉の渇きだった。

 

「み、水……」

 

 水場を見つけないと。まだ幼い彼女は必死にそう考え、痛む足を必死に動かして昨日と同じように森を彷徨い始めた。

 こんなことになるならば、『水』の魔法をもっと練習して、『クリエイト・ウォーター』や『コンデンセイション』といった、初歩の水生成の魔法を練習しておくのだったとキュルケは後悔した。

 

 そうして歩くことしばし。キュルケは、小さな川を見つけた。

 

「水ッ!」

 

 とっさに駆け寄って、川の水をすくい飲もうとしたキュルケ。

 しかし。

 

「飲んじゃ駄目!」

 

 唐突に、キュルケは水をすくった手を何者かに叩かれた。

 

「えっ!」

 

 まさかの事態に、硬直してしまうキュルケ。

 すると、キュルケの手を叩いた何者かは、まくし立てるように言う。

 

「ここは動物の水場よ。人が飲むと、病気になる可能性が高いわ」

 

 キュルケは顔を上げて、自分にそのようなことを言い出す人物を見た。

 すると、なんとそこには自分よりも二歳ほど年下の小さな女の子がいた。ピンクブロンドの髪をポニーテールにした、可愛い女の子であった。マントを着用しているため、どうやら貴族らしい。

 

 自分より小さな子に手を叩かれて激昂しそうになるキュルケだったが、ギリギリで踏みとどまった。

 このような小さな子が、こんな森で一人でいるはずがない。保護者が誰か付いているはずだ。

 キュルケは、目の前が拓けたような気持ちになった。保護者がいるなら、森から抜けられるかもしれないと希望を見いだしたのだ。

 

「あの、あなた、親か護衛はいる? あたし、森でまよってしまったの」

 

 そう尋ねるキュルケだったが、返ってきた言葉を聞いて絶望した。

 

「わたしも人とはぐれて迷っているから、いないわね」

 

 肩を落とすキュルケ。だが、そんなキュルケに、女の子はなんと水筒を差し出してきた。

 

「はい、水が欲しかったのでしょう。全部飲んでも良いわよ」

 

「えっ? いいの?」

 

「うん、水が足りなくなったら、きれいな沢をさっき見つけたから、そこで鍋に水を汲んで沸かせばいいから」

 

 そう言われて、キュルケは遠慮なく立派な作りの水筒を受け取り、勢いよく水を飲み干した。

 半日以上水を摂取していないこともあってか、水筒はすぐさま空になった。

 

「ほんとうにありがとう……助かったわ」

 

「どういたしまして。それで、今後どうやって森から脱出するかを二人で考えましょう」

 

 そう言って、女の子はキュルケを伴って、少し川から離れるよう促した。

 水場から離れていいのかとキュルケは言う。だが、あの水場は獣の集まる場所で、長く滞在しては危険だと女の子は主張したため、キュルケは納得して従った。

 

 そして、川から数分歩いたところで、あらためて二人は自己紹介をする。

 

「わたしはルイズよ。よろしく」

 

「あたしはキュルケ。ねえ、あたしたち、助かるかしら?」

 

「救助は期待しない方がいいわよ」

 

「えっ……!?」

 

 まさかの言葉に、キュルケは驚愕の声を上げた。

 その彼女に、ピンクブロンドの女の子、ルイズは言う。

 

「ここって多分、トリステインとゲルマニアの国境線上なの。しかも、不倶戴天(ふぐたいてん)の敵同士であるヴァリエールとツェルプストーの接する場所。そんなところで捜索隊なんて送ったら、領地の侵犯で戦争の危機よ」

 

「そんな……」

 

「捜索隊を送るとしても、相手の家に(うかが)いを立ててからになるわね。となると、捜索隊が入るのは、二日後か三日後か……」

 

「うう……」

 

 というわけで、あらためて二人は今後の方針を話し始めた。

 決まったのは、自力での森の脱出。その方法は、川沿いを下っていくことだ。

 幸い、トリステインもゲルマニアも地形は平地ばかり。川を下るうちに山に迷いこんで、危険な地形に()まり込んでしまう可能性は低かった。

 

 そうと決まれば、体力があるうちに動き出すべしと、キュルケとルイズは先ほどの川の近くに移動し、下流へと移動し始めた。

 それから二時間ほど歩くうちに、ふとキュルケの腹が音を鳴らした。

 

「ううー……」

 

「そうか、渇きだけじゃなくて飢えの問題もあったわね……でも、持参した干し肉はもう全部食べちゃったのよね」

 

「えっ、お肉食べたの? ズルい!」

 

「しょうがないじゃない。あなたと会う前のことだったんだから。二人一緒なら、ちゃんと分けたわよ」

 

 そうして、ルイズは食料確保のため、川に近づいていった。

 川は清流であり、魚が何匹か泳いでいることが遠目からも分かった。

 

「釣りをするの?」

 

「そんなまどろっこしいことはしないわ。するのは、漁よ」

 

 そう言ってルイズは、腰の鞘から小さな杖を抜き、川に杖を向けた。そして、ルーンを唱える。

 

「ラナ・デル・ウィンデ」

 

 それは、『風』の攻撃魔法の詠唱。まさか、自分よりも幼い女の子が、系統の魔法をすでに使えるとは思っていなかったキュルケは、驚愕の表情を浮かべる。

 しかし、次の瞬間、発動した魔法は『風』などではなく、謎の爆発現象だったのだ。

 川の表面で、起こる爆発。すると、次の瞬間、川の中から魚たちが複数、プカリと浮いてきたではないか。

 

「ええっ、どういうこと……?」

 

「ガチンコ漁法ってやつよ。水の中に強い震動を与えると、魚が気絶して浮いてくるのよ」

 

 そうしてルイズは浮いてきた魚が川に流される前に、手早く捕まえた。そして、持参していた荷物袋から短剣を取り出して、腹を裂き、はらわたを取り出していく。

 

「うえっ、きもちわるい……」

 

「我慢しなさいな」

 

 そうして、ルイズは川魚の下処理を終え、大きな木の葉の上にそれを並べていった。

 そして、ルイズは言う。

 

「さて、これに塩をまぶして、焼いていくわ。私は木串を作るから、キュルケは迷わないよう気を付けながら、木の枝を集めてちょうだい。焚き火を作るから」

 

「わ、わかった!」

 

 そうして、キュルケは周囲から地面に落ちた木の枝を拾い集めていく。

 その最中に、ルイズは細い枝をいくつか拾い、表面をナイフで軽く削っていった。

 

 魚には荷物の中にあった塩を塗り込み、エラに通すようにして木串を刺していく。

 やがて、キュルケも焚き木を集め終わり、ルイズの指示でキュルケは『着火』の魔法を使う。

 

「ウル・カーノ」

 

 見事に重ねられた焚き木に火が付く。しかし。

 

「うわ、けむりがすごい!」

 

「あはは、乾燥していない木に火を点けると煙が多く出るって、本当だったのね」

 

「そういうことは、早く言って!」

 

「ごめん、ごめん」

 

 そうしてルイズはもうもうと煙をあげる焚き火の周囲に、串に刺さった魚を並べていく。

 それからしばらく待つことしばし。周囲に魚の焼ける香ばしい匂いが漂ってきて、キュルケは思わず生唾を飲みこんだ。

 

「そろそろいいかな?」

 

「お腹を壊したいならもういいわよ」

 

「もうっ、いじわる!」

 

 そうして待つキュルケ達。

 すると、そんな彼女達の視界に、ふと一羽の鳥が横切った。

 焚き木の煙も意に介さず、近くの木に止まる鳥。その鳥は、美しい尾羽を持っていた。キュルケが迷子になる原因となった鳥と同じ種類であった。

 

「きれい……」

 

 そう言って、うっとりするキュルケ。彼女は、美しいものが大好きだった。

 しかし、ルイズの反応は違った。

 

「鳥肉……!」

 

「えっ?」

 

「狩るわよ。ウル・カーノ……!」

 

 杖を一瞬で抜いたルイズが、『火』の魔法を唱える。しかし、それは悪手だとキュルケは思った。

 森の中で、木に止まる鳥相手に『火』の魔法を使うだなんて! 彼女は父から散々語られた森火事の恐怖が頭をよぎった。

 しかし。

 鳥を襲った魔法は、『火』ではなく爆発であった。

 

 衝撃を受け、ボトリと木の枝から地面に落ちる尾羽のきれいな鳥。

 

 それをルイズは手早く捕らえ、早速とばかりに短剣で首を切り落として血抜きを始める。

 そして、羽をむしり、解体して、鳥の肉は木串に刺されていく。

 その光景をキュルケはただただ圧倒されて見守っていた。

 

 やがて、鳥串を作り終わったルイズは、これもまた焚き火の周囲に並べるよう地面に突き刺し、火で炙り始めた。

 それからしばらくして、ルイズが食べてよしと言って、キュルケに焼けた川魚を渡してきた。

 

「先に食べていいの……?」

 

「まだたくさんあるから、構わないわよ」

 

「じゃあ、お先に……」

 

 キュルケは始祖ブリミルへの食前の挨拶も忘れ、川魚にかぶりついた。

 それは、塩味が付いて、ほどよく脂の味も感じ取れる、今まで食べたことのない新鮮な味であった。

 

「おいしい、おいしいよ……」

 

「この時期のその魚は、新鮮なうちに食べると本当に美味しいのよね」

 

「うん、おいしい……」

 

 丸一日近く何も食べていなかったキュルケ。空腹と、遭難の恐怖と、先行きの不安で参っていた彼女は、この素朴な川魚に今まで味わってきた『美食』を超える何かを感じた。

 

「はい、鳥串もどうぞ」

 

 ルイズに言われるがままに、串に刺さった鳥の肉も食べ始めるキュルケ。

 

「おいしいよぉー」

 

 キュルケは、いつの間にか涙を流していた。

 飢えて死ぬのでは、獣に襲われて死ぬのでは。そう考えていたキュルケの心に、生きる希望が湧いてきたのだった。

 

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