【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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94.料理人リュリュのリスタート

 そしてキュルケとルイズの二人は、複数の川魚と鳥肉を全部食べきった。

 腹を満たして、少し眠たくなってくるキュルケ。

 だが、ルイズはそんなキュルケの尻を叩くようにして立たせ、焚き木の始末をしてから再び下流へと向かい始めた。

 

 やがて陽は落ち始め、ルイズは早めに野営の用意を始めた。とは言っても、テントや寝袋があるわけではない。

 ルイズは、土の地面に直接寝て体温を奪われないよう、そこらから背の高い草を刈ってきて、地面の上に敷いてその上で眠ることにした。

 さらにルイズは身体を冷やしきらないよう、煙のすごい焚き火を再び焚き始めた。

 

 どうにも煙たいが、それにも慣れてきたキュルケ。

 彼女は草の上でマントに包まり、今度こそまどろみ始める。

 夜が更け、二つの月が支配する闇夜が空に満ち始める。ルイズは真面目な顔をして焚き火に生乾きの枝を投入し続ける。

 

 そして、キュルケが今にも眠ろうとしたときだ。ふと、彼女の耳に小さな羽ばたきの音が届いた。

 

「……おにくっ」

 

 杖を抜いて、身体を起こし、羽音のした方向へと杖を向ける。

 そこにいたのは、大柄のフクロウだ。フクロウ肉は美味しいのか考えるが、とにかく肉の優先確保だ。

 そう思ったのだが、横から大声でキュルケを止める者がいた。

 

「待って、キュルケ! そのフクロウ、救助要員よ!」

 

「えっ!?」

 

 キュルケはおそるおそるその大きなフクロウを覗き込む。

 すると、そのフクロウは唐突に人語をしゃべりだしたではないか。

 

「見つけましたぞ、ルイズさま。のろしが上がっているからもしやと思いましたが……」

 

「ええ、きっと見つけてくれると思っていたわ」

 

 しゃべるフクロウ。それを見て、キュルケはピンと来た。きっとあのフクロウは、貴族の使い魔なのだ。一部の動物は、使い魔となることで人語をしゃべるようになる。

 

「これより、捜索隊を案内してまいります。お二方は、ここから動かないようお願いいたします。まったく、旦那様も奥様も、そして姫さまも心配しておりましたよ」

 

「ごめんなさーい。しばらくのろしは上げたままにしておくわね」

 

「助かります。では、行って参ります」

 

 そう言って、しゃべるフクロウは颯爽と去っていった。

 それからしばらくして、夜の闇を切り裂くように、魔法の明かりを点けた貴族の集団が、二人を保護しにやってきた。

 そしてキュルケはその捜索隊に案内され、ルイズの実家があるという場所へと連れていかれることになった。

 

 そこは、フォン・ツェルプストーの城よりも一回り立派な、巨大な要塞。なんと、ルイズの実家はツェルプストーの敵である隣国の大貴族、ラ・ヴァリエール公爵家だったのだ。

 その事実に、キュルケは苦い顔をする。だが、助けられたことには変わりない。キュルケは素直にルイズと公爵にお礼を言った。

 おそらく、史上初めてヴァリエールへ礼を言ったツェルプストーに、キュルケはなったのであった。

 

 そこから、キュルケは正式な手続きを得てツェルプストーの家に帰された。

 彼女の父親がヴァリエールにキュルケが(さら)われたと大騒ぎをし出したが、そこはキュルケが恩知らずと(ののし)って父親の腹を殴ることで鎮まった。

 

 そして、それからしばらく経ち……キュルケはふと、あの日ルイズと一緒に食べた魚と鳥の味を再び味わいたいと思うようになった。

 しかし。料理長に同じ食材で料理をさせても、あの日ほどの美味は生まれない。

 それを不満に思ったキュルケは、料理長に任せず自分で料理を覚えて、あの日の再現に明け暮れるようになった。

 

 やがて、キュルケは料理の経験を通じて、一つの事実に気付く。

 料理というものは空腹の具合とシチュエーションによって、味わいが大きく変わる。

 

 あの日の魚と鳥があそこまで美味しかったのは、自分が極限まで追い詰められていたからだと。

 でも、だからといって普段から餓えた状態に自分を追い込んでまで、美食を求めるつもりにまではなれない。

 

 そもそも、あの飢えは二度と経験したくないものだった。だから、彼女は決めた。しっかりと料理を学んで、二度と餓えに苦しむことがないよう努めようと。

 そして願わくば。餓えることなく、あの日覚えた満足感を普段の料理で再現できるようになりたい。そうキュルケは思うようになったのだった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「と、まあ。こういう経験があったわけ。だから、あたしが代用肉にかける『錬金』にも、美味しい肉を作ってやるという執念がこもっているわけね」

 

「な、なるほど……」

 

 料理人貴族リュリュは、長話となったキュルケの言葉をしっかりと聞いた後に、冷や汗を流した。

 この場にいる者達は、もしや大物揃いなのではないかと。

 ツェルプストー。ヴァリエール。アカデミーの室長。遠い遠い異国からやってきた謎の少年。ハゲ頭の貴族は分からないが、彼も大物なのかもしれないと、リュリュは戦慄(せんりつ)した。

 

 だが、彼女はそれよりも代用肉を美味しくすることの方が重要だと思い直して、頭の中から雑念を追い出して考える。

 執念。執念である。飢えて肉を食べたいと、本気で自分はあったのか。そう自問自答する。

 

「……たしかに、わたしには執念が足りないのかもしれません」

 

「旅の途中で、飢えたことはないのかしら? 平民に施しを受けるくらいには、追い詰められたこともあるのよね?」

 

 リュリュの言葉に、キュルケがそう問いかけてくる。

 するとリュリュは、首を横に振ってその言葉を否定した。

 

「わたしには常に貴族へ戻れるという心の余裕がありました。実際、実家から支援を常に受けていたのです。旅先で路銀や食糧が尽きたことは、確かにあります。しかしそれは、素直に家に取って返せばいつでもその状況から脱せるという、心の余裕が常にあったのです」

 

 リュリュはそう言って、キュルケが『錬金』で作り出した代用肉をジッと見つめた。

 リュリュは、『錬金』の魔法の腕がキュルケに劣っていると思ってはいなかった。先ほどの昔話を聞く限りでは、キュルケの得意系統は『火』だ。『錬金』に力を注ぎ続けてきた自分が、そう簡単に『火』のメイジに負けるとは、思いたくない。そんなこだわりが、リュリュにはあった。

 だから彼女は、自分に足りないものは飢え、そして食事に対する渇望であると思い込んだ。

 

 その思い込みは正しいかどうか分からない。しかし、魔法は精神力をもって発動する。

 精神力は、魔法を唱えるメイジの感情に左右される性質を持つ。ゆえに、彼女が飢えを必要と考えたことは、『錬金』の魔法の成果に影響を与える可能性は十分あった。

 

「皆さん、ありがとうございます。あらためて、わたしは断食に挑んでみようと思います」

 

「そう。身体を壊さないようにね?」

 

 キュルケの優しい言葉に、リュリュは笑顔で返事をする。

 

「大丈夫です。さすがに森の中で断食に挑むわけではありませんから」

 

 そのリュリュの言葉に、食堂にいた皆は可笑しくなって笑った。

 そうして彼女は、学院の外にあるクルデンホルフ騎士団の天幕の近くにテントを張って、断食に挑み始めた。

 自分達の近くで野営を始めた少女に、騎士団のメンバーは初め、警戒を強めた。

 しかし、その少女は料理上手であり、野営料理ばかり食べていた騎士団の料理を手伝うようになって、彼女はすぐに騎士団の人気者になった。

 

 女っ気のない野営生活に飽き飽きしていた騎士団は、彼女をアイドルのように扱った。

 断食に挑む少女に、騎士団の面々は心配そうにして見守り続けた。

 美味な料理を作りながら、自分はそれに手を着けない。日に日にやつれていく彼女に、騎士団の者達はやめておけと止めに入る。

 だが、リュリュはその誘惑をはね除けた。

 騎士が勧める食事を我慢することで、リュリュの食への渇望と執念は、より高まった。

 

 そして、騎士団の料理を手伝う時間以外は、ひたすら『錬金』の魔法の練習を続けた。

 やがて、そんな時間が一週間も続き。虚無の休日に、彼女は再び代用肉の作成に挑むことにした。

 

 話を聞きつけた前回のコルベール研究室のメンバーが、食堂に集まる。

 前回と同じようにハルケギニアではありふれた豆を固め、『錬金』の魔法を施すリュリュ。肉に含ませる脂質も、豆自身に含まれる油分から『錬金』して無駄を省く徹底ぶり。

 

 そうして、完成した代用肉の味はというと……。

 

「美味しい!」

 

 切り分けた代用肉を食べたリュリュは、一週間ぶりとなるその肉の味に、思わず歓喜の声を上げていた。

 研究室のメンバーも次々と代用肉を口にしていくと、その味に皆、満足の言葉を放っていた。

 

 そして、前回とどう変わったかについて考察を始める面々。

 そしてこれをどう売り出していくかの話に変わったときに、ルイズがふと思い立って言った。

 

「これ、人気が出すぎてすぐに売り切れて、需要に応じて値上げせざるを得なくなるのではないかしら」

 

「えっ……」

 

 まさかの指摘に、リュリュが驚きの表情となる。

 

「すぐに売り切れちゃう人気の商品は、値上げする。当然の市場原理よ。でも、そうなると、平民に広く『美食』を行き渡らせるあなたの理念には反するのではなくて?」

 

「……確かにそうです! ああ、どうしましょう。わたし、商売のことは全く分かりません」

 

 そうして、リュリュは頭を悩ませ始めた。

 現状、この肉の味を作り出せる者はリュリュとキュルケの二人のみ。豆を美味しい肉に加工できるメイジなど、他にそういるわけではない。人手を増やすという手段は取るのが難しかった。

 困ったように、他のメンバーを見回すリュリュ。すると、黙って代用肉を食べていたエレオノールが口を開いた。

 

「ねえ、あなた、ガリアの貴族なのよね?」

 

「えっと、はい。そうですが……」

 

「トリステインで仕官することに、何か問題はあるかしら?」

 

「えっ? 仕官ですか……?」

 

「ええ。わたしはアカデミーの実践魔法研究室の室長なのだけど……わたしの部下となって、この代用肉を一般的な『土』のメイジでも生産できるようにする研究、やってみないかしら?」

 

「え、ええっ!?」

 

 まさかのスカウト。リュリュは困惑して目をキョロキョロと動かし始めた。

 トリステインのアカデミー。その名は、ガリアにも響いている。そこに自分は研究員の誘いを受けているのかと、リュリュは驚きに包まれていた。

 そんなリュリュに、エレオノールは畳みかけるように言った。

 

「豆から肉を作る。素晴らしい研究だわ。予算も十分付けられる。場合によっては、経費でグルメ旅行にも行けるわよ。どうかしら?」

 

「……よろしくお願いします!」

 

 エレオノールの勧誘に、リュリュは乗った。

 そうして、新設部署である実践魔法研究室に新たな研究員が加わった。すでに完成の域にある品をもとに、それを量産する研究。常に上から成果を求められている研究室にとって、これ以上無いほどの研究テーマであった。

 

 今回の一連の出来事で、最大の利益を得られた者は果たして誰なのか。

 代用肉を完成させられたリュリュでもなく。

 美味しい代用肉を食べられるようになった平民でもなく。

 優秀な研究員と研究テーマを確保できたエレオノールが、もっとも得した立場の者となったのだった。

 

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