【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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97.神の奇跡

 ロマリア市内に入場したトリステイン一行。

 ロマリア側が用意した馬車に乗り込み、彼らはフォルサテ大聖堂へと向かっていた。この大聖堂は宗教庁とも呼ばれる、ブリミル教の中心地。周囲を五つの塔に囲まれ、巨大な本塔が中央にそびえ立つという、トリステイン魔法学院と同じ造形をしている。

 それもそのはず、トリステイン魔法学院はこのフォルサテ大聖堂を参考に建造された建物であった。

 

 そんな大聖堂へと向けて、馬車の列が進む。

 その中央に位置する、最も豪華な馬車にて、ウェールズとアンリエッタは仲良く隣り合って座っていた。

 

「……まったく、いつ来てもこの国は建前と本音があからさまですこと」

 

 アンリエッタが、馬車の窓から見えるロマリアの街並みを見て、吐き捨てるように言った。

 市内の大通りには、豪奢な衣装を着込んだ神官達が笑顔を振りまいて歩いている様子が見える。

 その一方で、ぼろ切れを身にまとった信者達が、救世マルティアス騎士団の炊き出しに列を成している。

 ハルケギニアの光と闇。その光景を目の当たりにさせられるそんな都市であった。

 

「アルビオンでの内戦と戦争が終わったばかりだからね。アルビオンからやってきた民が、仕事もなくああして困窮(こんきゅう)しているかと思うと、心が痛む」

 

 ウェールズが炊き出しに並ぶ貧民を見て、眉をひそめてそう言った。

 

「救世を語りながら、ああも豪華な装いをする神官達に、矛盾を感じてしまいますわね。王族であるわたくしが言えることではないかもしれませんが」

 

「キミはしっかりやっているさ。おかげで、トリスタニアでは貧民が路地に横たわる姿も、今ではほとんど見られないというじゃないか」

 

「真面目に政治をやっていれば、市民に任せたい仕事などいくらでも湧いて出てくるものですわ」

 

「そう簡単に行くなら、この街もこうなってはいないのだろうけどね」

 

 ロマリアの街を支配するのは神官だ。神や始祖に祈ることが彼らの仕事であって、政治の専門家ではない。

 しかし、ロマリアにはハルケギニアのあらゆる土地から、ブリミル教の神官が語る『理想郷』へ救いを求めて途切れることなしに訪れてくるのだ。それが、このロマリアの街の現状を作り出していた。

 

「新教徒達が『実践教義』を唱えるのも致し方ないことね」

 

 アンリエッタがため息を吐きながらそう言うと、ウェールズは苦笑してアンリエッタに告げる。

 

「くれぐれも、神官の前で新教徒の話はしないようにね」

 

 新教徒とは、始祖ブリミルの偉業とその教えを記したとされる『始祖の祈祷書』の解釈を忠実に行なうべしと唱える、ブリミル教の一派である。

 

『始祖の祈祷書』は各所に真作とされる物が存在し、書かれている内容もバラバラである。そのため、神学者達はさまざまな解釈をそれぞれが展開して、さらに神官や貴族はその解釈を己の都合がよいように捉えて、教徒達を自らの思うように操るため使った。

 それを危ぶんだロマリアの一司教はあるとき『実践教義』運動を起こし、寺院や神官の腐敗を廃することを目指した。宗教改革をしようとしたのである。

 

 その『実践教義』はロマリアから平民層や農村部に広がり、今では確かな地位を確立しつつあった。

 だが、ロマリアの旧宗派もそれを黙っては見ていなかった。新教徒の弾圧を行ない、果てには新教徒の村を焼き討ちする『ダングルテールの虐殺』なる事件を二十一年前に起こしたことは、アンリエッタもしっかりと記憶している。

 

「そういえば、ルイズがわたくしたちの結婚式で読み上げた『始祖の祈祷書』の序文、ずいぶんと物議を巻き起こしているそうですわね」

 

 アンリエッタが、面白いことを思いだしたとばかりに、小さな笑い声を上げながらそんなことを言った。

 すると、ウェールズも面白そうに笑みを浮かべて応じる。

 

「ああ、その件は私も聞いているよ。白紙のページで構成されている偽物と思われていたトリステインの祈祷書が、『虚無』の担い手にしか読めない始祖直筆の真作かもしれないと、ずいぶんと宗教庁では騒がれたとか」

 

「フフッ、しかも、その記述は神への祈りでも、教徒の信仰のありかたでもなく、四大魔法の真実と『虚無』の扱いについてだなんて。ずいぶんと、新教徒も旧宗派も慌てたでしょうね」

 

 都合の悪い物は排してしまえと事を進めがちなブリミル教の旧宗派であるが、始祖ブリミルが操った『虚無』の魔法の担い手にしか読めぬという『始祖の祈祷書』の記述を無視することは難しい。

 そして、『始祖の祈祷書』の解釈を正しく行なうべしと教義を掲げる新教徒だが、その支持者は魔法が使えぬ平民が中心。魔法の扱いについて書かれた祈祷書の解釈を正しく行なうと言われても、彼らは何もできない。

 しかし、ここに新しく、一つの真実を投げ込むとブリミル教内部の覇権争いはどうなってしまうだろうかと、アンリエッタは笑った。

 

 ルイズが『大隆起』対策に打ち出した一つの理論。

 それは、この六千年の間で貴族と平民の混血が進み、平民の多くが魔法の素養を身につけているというものである。

 新教徒にメイジが増える。それは、ブリミル教におけるパワーバランスの崩壊を意味していた。

 

 だが、ここでアンリエッタは一つの可能性を思いついて、ハッとした。

 新教徒がメイジを抱える一大勢力となる。そのとき、メイジのための真なる『始祖の祈祷書』を読み上げたルイズはどうなるのか。もしかしたら、彼らに担ぎ上げられる未来もあるのでは、とアンリエッタは幼馴染みの先行きに不安を感じてしまった。

 

 アンリエッタがそんな未来の可能性を小声でウェールズに語るうち、やがて馬車はフォルサテ大聖堂へと辿り着いた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 教皇の即位三周年記念式典は二十日後だ。ウェールズ達がここまで早くロマリア入りする必要はない。

 では、なぜこんなに早い日程になったのかというと、それにはしっかりとした理由があった。

 式典を前に、教皇と会談を行なうためだ。

 

 一行が大聖堂に辿り着いて一息入れたタイミングで、会談の機会は訪れた。

 教皇との会談に挑むのは、ウェールズとアンリエッタだけではなかった。ルイズ、才人、そしてティファニアまで同行している。そもそも、ルイズ以下三名がこうしてロマリアまで来ているのも、教皇から会談を行ないたいと人員の指定があったからである。

 

 彼女らが案内された教皇の謁見室は、予想外の内装をしていた。

 壁一面に本棚が並び、その本棚にはギッチリと本が詰まっている。その多数は歴史書であり、少数ながら平民が読むような小説本まで収まっていた。

 そんな謁見室に、教皇である聖エイジス三十二世こと、ヴィトーリオ・セレヴァレはいた。年のころ二十ばかりの美しい青年だ。

 護衛は一人だけ。しかも、聖騎士ではなく若い少年が一人だけだ。その少年に、ルイズは見覚えがあった。

 アルビオン戦役で、ロマリア軍を率いていた神官、ジュリオであった。ジュリオはその特徴的なオッドアイでルイズを見ると、美しい顔立ちで彼女に微笑んできた。

 

 それを見てルイズは、教皇の護衛か秘書を任されるなど、彼は想像以上に上位の神官なのだと感心した。

 戦争では、ジュリオは竜を己の手足のように操っていたと聞く。なるほど、なかなかの多才な人物なのかもしれない。ルイズはロマリアでも優秀な人材はしっかりと取り立てられるものなのだなと、教皇に対する印象を少し良くした。

 

「遠路はるばる、ようこそいらしてくださいました」

 

 そんな教皇が、ウェールズに歓迎の言葉を告げた。

 そこから、一同は挨拶と自己紹介の言葉を交わし、さらにロマリアの街並みについての雑談を交わす。

 

 教皇は貧民が集まり苦しむロマリアの現状を嘆いており、救いをもたらすには力が足りないと惜しむように言った。

 

「しかし、今日ここに神の偉大なる奇跡が蘇ることになるでしょう」

 

 急に飛んだ話に、ルイズ達は皆、彼が何を言いたいのかよく分からなくなった。

 

「ミス・ヴァリエールとミス・テューダーは、『虚無』という偉大な力をお持ちだ」

 

 教皇のその言葉に、ウェールズが警戒心を露わにして、固い声で言葉を返す。

 

「彼女達は、トリステインの所属です。ロマリアがその力を勝手に取り上げることは容認できません」

 

「ええ、もちろんわたしも彼女らを己の物にしようとする意図はありません。しかし、彼女達が持つ神の奇跡と同等の力を皆様のおかげで、わたしくしはようやく取り返すことが叶うのです」

 

 薄い笑みを浮かべたその教皇の言い様に、ウェールズの後ろで話を聞いていたルイズはハッとした。彼が言いたいことは、もしや……。

 

「もしや、聖下も担い手なのですか……?」

 

 そのルイズの言葉に、教皇は直接の言葉を返さなかった。

 代わりに、彼は言う。

 

「わたくしが持つ、神の奇跡をお見せいたしましょう」

 

 そう言ってから、教皇はジュリオに「聖杖を」と告げる。

 すると、ジュリオは部屋のテーブルに置かれた小箱から聖具を模した杖を取り出し、(うやうや)しく教皇に捧げた。

 それを手にした教皇は、部屋の壁にかけられていた大きな鏡に向かって杖を掲げ、ルーンを唱え始めた。

 

 それは、ルイズですら聞いたことのないルーンの連なりだった。まるで賛美歌を歌うような祈りのごとき詠唱。

 

「ユル・イル・クォーケン・シル・マリ……」

 

 その詠唱は、数分もの間続き……やがて、詠唱は完了する。

 そして、教皇が掲げた聖杖を軽く振ると、鏡の表面に不思議な光景が浮かび上がってきた。

 

 それは、石か何かでできた、無数の巨大建築物の群れ。

 ハルケギニアではありえない、長大な建物が塔のように建ち並んでいる。

 

「……これは」

 

 ウェールズがうめき声を上げる。『遠見』の魔法の類ではない。あの魔法は、あくまで少し遠くの風景を目や鏡に映し出す物。このような建物は、ロマリアの周囲には存在しない。いや、ハルケギニアのどこに行っても無い。

 不思議なその光景。誰もが知らない謎の都市。

 だが、一人だけその光景に心当たりがある者がいた。

 

「地球だ……」

 

 その言葉を放ったのは、才人であった。

 才人の発言に、謁見室にいた全ての者の視線が集まる。

 

「俺の故郷……地球の風景だ」

 

 その言葉に、教皇は薄く笑みを浮かべて言った。

 

「これがわたしが使える神の奇跡。『虚無』の魔法です。効果は、異世界の風景を覗き見るだけの小さな奇跡ですが」

 

 教皇の発言に、今度は彼に視線が集まった。

 そして、教皇は皆に説法を語りかけるようにして言う。

 

「わたくしの魔法の系統は『虚無』。ミス・ヴァリエール、ミス・テューダー。あなた方お二人と同じ、偉大なる神の奇跡です」

 

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