【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま 作:Leni
鏡に映る地球の光景。それを謁見室にいる皆にしかと見せつけてから、若き教皇は杖を一振りして魔法を解いた。
それを見て、才人は思わず「ああ……」と声を漏らす。
すると、教皇は
「ヒラガ殿には見覚えのある景色だったようですね」
そんな言葉に、部屋にいた皆の目線が才人に集まる。
すると、才人はルイズの方をチラリと見てから、教皇に向けて言った。
「はい……あれは、俺の故郷の景色だと思います。俺、使い魔召喚の魔法で、異世界からやってきたんです」
その告白に、ウェールズとアンリエッタ、ティファニアは驚きの表情を浮かべた。
『異国の賢人』とは聞いていた。しかし、まさかあの長大な塔が建ち並ぶ都市からやってきた異世界人とは。話の大きさに、アンリエッタはわずかに混乱すると共に、『フェニックス』号を始めとした彼がもたらしたトリステインへの数々の益に、納得する思いがあった。
そして、教皇はさらに才人に向けて言う。
「ふむ……わたしの魔法はあくまであの世界を映すだけのもの。しかし、もしあの世界に移動できる魔法が見つかったならば、帰りたいですか?」
「あるんですか!? あ、いや……もし、か」
「ええ、現状は見つかっていません。もしもの話です」
「……今は、帰るつもりはありません。ルイズの手助けをしたいですから。でも、いずれは、と思っています」
「なるほど……。ちなみに、わたしの『虚無』は『移動』に長けた系統であると推測しています。ミス・ヴァリエールは、魔法の失敗で爆発が起きることと、最初に習得した魔法がアルビオン艦隊を消し飛ばすものだったことから、『攻撃』に長けた系統だと推測できます」
その言葉に、才人の隣で話を聞いていたルイズは、ハッとなった。そして、教皇へ向けて言う。
「もしかすると、聖下が世界を移動する魔法を覚えるかもしれない、と……?」
「ええ。『虚無』の魔法は必要に応じて発現するもの。彼がこの場にいる状況ならば、覚える可能性もありますね」
ルイズはその教皇の言葉を聞いて、胸にずっと刺さり続けていたトゲのようなものが一つ抜けた気持ちになった。
異世界から誘拐するような形で召喚してしまった自分の使い魔。それを帰す手段が、『虚無』にはある。その事実に安堵したのだ。
そんなルイズを見ながら、教皇はさらに言葉を続けた。
「しかし、わたしは今のままでは新たに『虚無』の魔法を覚えることはできません。足りない物があるのです」
「……『炎のルビー』、ですね?」
「はい。二十年ほど前、我々のもとから失われた指輪です。そして、それは今、あなた方のもとにある」
そんな教皇の言葉。それを聞いていたウェールズは、教皇の前に一歩進み出て、懐に手を入れた。そして、一つの小さな箱を取りだした。無骨な箱。それはちょうど、指輪が一つ収まりそうなサイズをしており……。
「聖下。我々トリステインより、即位記念式典に際して、贈呈する品がございます」
そう言って、ウェールズは小箱の蓋を開けた。
すると、中には赤い大粒のルビーが嵌まった一つの指輪が収まっていた。
「話にあった、『炎のルビー』です」
「おお……」
それを見た教皇が、感嘆の声を上げた。
そして、教皇はそばに控えたジュリオに目配せをする。ジュリオは無言でうなずき、ウェールズのもとへと歩いていき、小箱を受け取った。
小箱を携えたまま教皇のもとへと戻ったジュリオは、指輪を手に取り、それを教皇の右手の人差し指に通す。
すると、わずかにサイズが違っていた『炎のルビー』が、教皇の指にピッタリと嵌まるようにサイズを変えた。
「わたくしの指に、この『炎のルビー』が戻るのは二十一年ぶりになります」
愛おしそうに指輪を左手で撫でる教皇。その教皇に、アンリエッタが言った。
「その指輪は、ダングルテールの新教徒達の村に流れ着いた女性が持っていたそうです」
「ええ。知っています。それは、わたしの母です」
「そして、ダングルテールは我が国の者の手で、焼き討ちにあいました」
「はい。裏では、ロマリアの上位の神官が指示していたようですね。当時のわたしは幼く、それを止める力がなかったことを悔やみます」
目をわずかに伏せながら、教皇はそう言った。
「母は弱い方でした。息子が強大な『虚無』の力を手にすることを恐れ、この指輪を持って逃げ出したのです」
そう語る教皇からは、深い悲しみの感情は見えなかった。少なくとも、アンリエッタはそう感じた。彼にとって、母のことはすでに過去のものとなっているのだろう。
二十一年もの月日が、母への想いを摩耗させてしまったのだろうか。アンリエッタはそんなことを思った。
「さて」
と、話を変えるように教皇が言う。
「ミス・ヴァリエール。『始祖の祈祷書』はお持ちでしょうか」
話を振られたルイズは、すぐさま教皇の求めることを察してうなずいた。
「はい。魔法の発現を試すのですね?」
「その通りです。ぜひとも拝見させていただきたい」
「分かりました。少々お待ちください」
そう返事をして、ルイズは腰に下げていた革のポーチから、革張りの本を一冊取り出した。
古めかしい古文書、『始祖の祈祷書』の真作である。
ルイズはそれをジュリオに渡し、ジュリオは大事な物を扱う動作で教皇へと手渡した。
そして、教皇は一切の躊躇も見せずに『始祖の祈祷書』のページをめくった。
すると、祈祷書のページは光り輝き始める。
その光景は、ウェールズ達トリステインから来たメンバーには見覚えがあった。『虚無』の魔法の新たな発現である。
光に照らされた教皇は、ゆっくりと祈祷書のページを黙読していく。
まるで聖者が降臨したかのようなその荘厳な雰囲気に、そばに控えていたジュリオは床に膝を突いて、胸元の聖具を強く握った。
そして、ページを読み進めた教皇は、ポツリとつぶやいた。
「……やはり、ありましたね」
教皇は顔を上げ、才人の方へと向く。それから一拍置いて、教皇は言った。
「中級の中の上。『
◆◇◆◇◆
謁見室に、『虚無』の詠唱が朗々と響く。
世界と世界を繋ぐ扉。それを開く魔法。そう聞いて、ルイズは心臓が激しく脈打っていた。
才人の帰る手段が確立したのは嬉しい。
しかし、実際に才人が故郷に帰ってしまったら。
それは、あの頼もしい使い魔が、自分の前からいなくなることを意味する。
先ほど、才人はまだ帰らないと言っていた。だが、実際に扉を前にした才人は、帰りたい欲求を抑えられるだろうか。
才人が、いなくなる、そのことを考えると、ルイズは胸が締め付けられるような思いになった。
そんなルイズの揺れる心と共に、詠唱は続く。
だが、その途中で教皇は詠唱を打ち切った。『虚無』の魔法は、詠唱の時間に比例して威力が変わる。そして、威力に応じて精神力の消耗も変わる。
完全な詠唱で精神力を使い果たすことを嫌ったのだろうか、教皇は『始祖の祈祷書』に記されていたルーンを全て読み上げることはなく、聖具を模した聖杖を振った。
すると、キラキラと輝く鏡面のような円が、中空に出現した。それは、手鏡ほどの小さな円。
だが、確かにその円の向こうには、先ほどの長大な塔が並ぶ光景が見えていた。
「成功しました。今、この世界には穴が空いています。この穴をくぐれば、確かに異世界へと渡れるでしょう。しかし、精神力の消耗は相当大きいようです。人一人くぐれる穴を空けるのは、少々骨が折れそうですね」
教皇のその言葉に、ルイズは動悸を自覚しつつ、隣に立つ才人に向けて言った。
「才人、いつでも帰れるわよ」
「そうだな……今は帰るつもりねえけど、方法は見つかったなぁ」
「今すぐ帰って、親を安心させてあげないの?」
「そうだな、安心させてあげないとなぁ」
そんな会話をするうちに、魔法は効力を失い、世界に空いた穴は閉じた。
それからしばらく謁見室は沈黙に満たされる。
そして、それを破るように才人は教皇に向けて言った。
「あの、お願いがあるんです。あの先の世界に、俺の故郷があるんです」
「はい。そのようですね。驚くべきことです」
「お願いします、今度、俺のためにその魔法を使ってください」
そんな才人の言葉に、教皇のそばに控えていたジュリオが険しい表情をして言う。
「帰らないんじゃなかったのかい?」
「いや、向こうに家族を残しているんだ……。教皇、聖下? 俺、両親に手紙を送りたいんです。俺は無事だって知らせたくて。だから、便せん一枚通る大きさでいいので、一度だけ俺のためにその魔法を使ってください」
その才人の言葉に、教皇は優しい笑顔を浮かべた。
そして、才人に向けて返事をする。
「分かりました。
すると、眉間にシワを寄せていたジュリオも表情を緩め、「孝行息子だな」などと冗談めかして言った。
そんな言葉に、才人は恥ずかしそうに指先で鼻を掻いた。
一方、ようやく動悸が収まってきたルイズは、傍らに立つ才人に向けて言った。
「ねえ、才人。送る手紙は一通だけでいいの? できれば、何通も送りたくない?」
「え? そりゃあそうできるならいいけど……でも、偉い教皇さま相手にそう何度も頼むわけには……」
「そうね。何度も頼めないわね。だから……」
そう言いながら、ルイズは教皇の方へと向き直りながら、さらに言葉を続ける。
「聖下。その魔法、マジックアイテムに付与しませんか? もちろん、礼は致します。ラ・ヴァリエール公爵家からの多額の寄付をお約束します」
いつもの調子を取り戻したルイズは、口もとを吊り上げて笑った。