フルフルニィ………「誰!?柱間って誰なのォ!!?」 作:アンディライリーのうさぎ
1話 フルフルニィ……(存在する記憶)
オレはどうやら死んでしまったらしい。
気づけば子供になっていた。それもまだ幼児だ。
「これが『イセカイテンセイ』ってやつか…!?」
今の世界は昔の日本という感じがする。着ているものも着物っぽい。
まさか弟がよく読んでいた小説の、異世界転生をオレがするとは思いもしなかった。異世界ものは『はーれむ』とか、『オレつえー』があるらしい。詳しくは知らない。オレは小説をさっぱり読まん人間だったからだ。同様に、漫画やアニメもほとんど見ていなかった。
「そうか。オレはもう、かぞくにはあえないのか……」
川辺に行ったオレはしばらく落ち込んだ。サラサラと流れる水を覗き込むと、自分の顔が映る。今のオレは黒髪のおかっぱ頭だ。
「おとうとよ、にいちゃんしんじゃったよ…」
死因はイマイチ覚えていない。記憶の最後にあるのが、小さい──それこそ今のオレくらいの子どもが、道路へ飛び出していく映像だった。日付は日曜で、オレは自転車でバイトに行く途中で………そうだ。その子どもを助けようとして……死んだんだ。
意識が遠くなっていく中で、火がついたように泣く子どもの声が聞こえていた。泣いてたってことは、泣くほどの元気はあったってことだ。つまり、あの子どもは助かったはずだ。
「……よかった」
子ども一人を助けられたなら、死んだかいもあったってことだな。家族や友人たちには悪いと思うが。
「クヨクヨしててもしゃあねぇか」
石をひとつ掴んで、昔じいちゃんに教わったフォームで川に投げる。平べったい石は三回はねて、ボチャンと水に沈んだ。向こう岸まで石を滑らせた祖父のようになるには、まだまだ遠いようだ。
◇◇◇
オレの父親は偉い人のところに仕えているらしい。偉いと言っても、ソイツは総理大臣ってオーラではなく、学校長くらいのオーラだ。
父ちゃんはまた、特別な力を使って村を守る役目も担っている。時たま黒いバケモノが森から出てきて村を襲う。そのバケモノの退治や、賊の処理を担っている。
かつての家族への未練を残しつつも、オレは今の家族のことを好きになっていった。背中の広い父ちゃんと、優しい母ちゃん。二人が今のオレの家族だった。
「オレもいつか、とーちゃんみたいなおとこになる!」
父ちゃんは豪快に笑ってオレの頭を撫でた。ついでに、弟も欲しいな…とさりげなく話すと、父ちゃんと母ちゃんは顔を見合わせて真っ赤になった。まぁ仮に生まれてくるなら、妹でも全然構わない。
将来の目標が決まったなら、まずは基礎体力づくりだ。手頃なサイズの木の枝を持って素振りをしたり、川で拾ってきた赤子ほどある石を布で背中に固定し、それでウサギ飛びをする。オレの特訓法は周囲から見れば普通じゃない。「またあの子、変なことやってるわ…」と、奇異の目で見られることもしばしばある。
「ハァ……つかれた」
正確な日付は分からないから、日が昇った回数を目安に記録している。木につけられた『正』の数字はあっという間に増えていく。
そうして一年、二年と時間が経っていく。身長も伸び、舌ったらずさも無くなった。
しかし、いまだに父ちゃんのような特別な力が使えない。
「どうやったらオレも使えるようになるんだ?」
父ちゃん曰く、オレには素質があるらしい。その素質を把握する一つの判断基準として、村を襲う異形が見えるかどうか、というものがある。
その異形は普通の人間には見えない。だが見えないはずなのに、実害を起こす。見えない側からしたら奇妙で、恐ろしいことだ。
「父ちゃんは力を自覚してから、独学で身につけたって言うしな…」
一応、特別な力を使う“気”のようなものについては教わった。この気を体にまとわせると、一気に強くなるのだ。父ちゃんは素手で石を割っていた。
オレも唸って試してみたが、手を痛めただけだった。そのあと父ちゃんはオレのケガを見た母ちゃんに怒られていた。
自分の感覚からいうと、オレの“気”は詰まっている感じがする。その詰まりのせいで思うようにコントロールすることができない。詰まりの原因は不明だ。
そして、それからまた日々が過ぎた。
オレはおそらく、6、7歳くらいの年齢になった。
新しい家族も生まれた。妹だった。弟じゃなかったのは少し残念だったが、妹は妹でとてつもなく可愛かった。開いた目で、兄ちゃんのことをジッと見つめてきた時はその可愛さのあまり、涙が止まらなかった。オレ父ちゃんよりも先に、絶対に「にいに」って呼ばせて見せるぜ。
◇◇◇
毎日が幸せだった。けれど、なぜだろうか。
培われたその幸せってやつが、なぜ一瞬にして壊れちまうんだろうか。
「村が……」
母ちゃんが子どもを産んだばかりだから、オレが家事を手伝うようにしていた。それで川へ洗濯に行って、帰ってきたら村が燃えていた。地面を轟かす馬の足音が聞こえる。弓を射る連中から姿を隠すようにして、急いで家に向かった。
(頼むッ…!! どうか、どうか……)
父ちゃんが仕事でいない間は、オレが家族を守らなきゃならないんだ。母ちゃんと、妹を。
「母ちゃん!!」
母ちゃんは炎から逃げようとしたのだろう、家の前で倒れていた。背中には矢が刺さっていて、血だまりができている。
「母ちゃん! 母ちゃん!!」
「……あの子、が」
母ちゃんの手には、妹を包んでいた布が握られている。白かった布は母ちゃんの血で真っ赤に染まっている。
「人じ、ちに…」
かすれかすれの言葉を聞き取ると、妹は父ちゃんの人質のために連れて行かれたらしい。
「オレが助けに行くッ!!」
「……ッ、ダメ!! おまえは、にげな……さい…!!」
母ちゃんの顔は血を失いすぎたせいか青白くて、今にも死んでしまいそうだった。オレの着物の裾を掴む手だって弱々しい。衝動的に動こうとした脳みそが、ブレーキをかける。
「母ちゃん、オレ…逃げられないよ。オレは父ちゃんみたいな男になるって決めたんだ。それに……」
それに、オレ一人が仮に生き延びられたとして、そこに何が残るんだ?
元の家族を置いて死んじまったオレが言える立場じゃないけどさ。
「………」
歯を食いしばって、オレは力強く抱きしめた。命の灯火が消えようとしている、母ちゃんを。
母ちゃんの体が震える。オレの体を抱きしめ返す。
「母ちゃん、大好きだよ」
そう言ってから間もなくして、ズルズルと母ちゃんの腕が下がっていった。
目をのぞくと、その目はもう、オレを見ていなかった。遠いどこかを見ている。
「あぁ……」
自分の中で大きな濁流が生まれた。それが今まであった“詰まり”にぶつかっている感覚がする。
オレは血の味ごと唇を噛みしめて、立ち上がった。
◆◆◆
差というものは、時として一方的な私怨を生む。
珍妙な力を持つ男に守られている村は、豊かな村だった。俗に言う、もののけの類に被害を受けることもない。その村が平和だったからこそ、次第に別の村々で妬みや嫉みが生まれた。その感情がまた呪いを生み、さらに彼らの首を絞めることになる。
その結果、とうとう徒党を組んだ彼らは村を襲った。ただ、単純に戦ったのでは面妖な力を持つあの男に倒されてしまう。そこで彼らは面妖には面妖な力をぶつけよう──と、考えた。
そして雇われたのが一人の賊の男だった。この男は炎を操るという力を売りにしていた。
実際その力で村は瞬く間に燃えさかった。
さらに村を守る男に赤ん坊が生まれたという情報を、彼らは事前に入手していた。
赤ん坊の泣き声に気を取られた父親は、我が子の命を救う代わりに自分の命を差し出す条件を飲んだ。
腹を斬られた男は、その場に倒れ込む。
「おっと、手が滑った」
そしてその男の目の前で、赤ん坊が炎に包まれた。
赤子の泣き叫ぶ声が父親の鼓膜を揺さぶり、赤い炎が目に焼きつく。
あっという間に黒炭になった赤子は、父親にぶつけるように投げ捨てられた。
ハハハ………と笑い声が響く。一人ではない。その場にいる者たち全員が笑っている。心底愉快とでもいうように。
そんな彼らに、ありったけの憎悪を向けていた男の目が閉じていく。涙に濡れたその黒い瞳がとらえたのは、男たちの背後から数十メートル離れた先にいる、もう一人の我が子の姿だった。
先ほどまでの憎悪が一転して、絶望に変わる。自分が死んだ後に、息子の命まで奪われてしまうと想像できたからだ。
ゆえにこそ、最後のありったけを言の葉に詰めた。せめて、せめて息子だけは生き延びて欲しいと、我が子の名前を叫ぶ。
「逃げろッ!!
その言葉を聞いた瞬間、少年の目が大きく見開かれた。
この時、その呪力の膨大さのあまり、彼の体が無意識に制限をかけていたストッパーが外れたと同時に、一つの忘れていた記憶が蘇った。
それは彼の前世で、弟がパソコンを開いて見ていた映像。
一見するとビジュアル系っぽいロン毛の男がフルフルニィして、同じくロン毛の男にこう叫んでいた。
『待っていたぞォー!! 柱間ァァァ──────!!』
あたり一面を樹海の様へと一変させた少年は、頭を抱えた。「誰…!? 柱間って誰なの…!??」と。彼は何せ弟と違い、アニメや漫画をまったく嗜まない
だがそのフルフルニィショックも一時的なものだった。彼は家族の骸を前にして、心が死ぬことになる。
もしヒロインができるとしたら、羂索(女説)か天元かもしれない。