フルフルニィ………「誰!?柱間って誰なのォ!!?」 作:アンディライリーのうさぎ
天元派と反対派の争いを止めたオレは、お上からその功績を評価されて、初の『呪術師』の任を任された。貴族の地位も与えられている。
用心棒は残念ながら卒業だ。世話になった主人殿や娘君には、できる範囲で礼をした。主人殿には「ワシより偉くなりおって…」と言われた。ついでに、娘を嫁に渡すうんぬんの話でオレはひっくり返った。この話は断らせてもらっている。
「じゃあ……最後に、だっこして!」
「あぁ、いいとも」
娘君に触れていいのかと一瞬ためらった。オレの手は汚れていなかったが、汚れていたからだ。悩んで自分の着物の袖を伸ばすようにして手を隠し、娘君を抱き上げた。
「……柱間様の笑顔、なんか変だわ」
「そうか? オレはいつも通りだ」
娘君から、暇になったら遊びに来て、と言われた。それに頷いて返した。本当に、彼らには世話になった。同時に、迷惑もかけてしまった。
天元には彼らの屋敷に結界を張ってもらった。オレの件は主人殿も知っている。もし外出する際などは、信頼のおける術師を付けることになった。
ひとえにこれは、オレが術師からヘイトを稼いでしまったせいだ。彼らが関係者だと知り、狙われる可能性があった。
オレが側で守れればいいのだが、そうもいかない。新しい仕事で色々と動かなければならないからだ。
して、『呪術師』の仕事は以前とあまり変わらない。発生した呪霊を退治する仕事だ。これは前々から進めていた術師の形を、明確な仕事として確立したものだ。一応オレ以外にも正式に選ばれた呪術師はいる。オレは並ぶ順が一番最初だったため、「初」の称号を得てしまった。
また、新たに設けられた『呪詛師』。これに大別される術師は、人にあだなす者と定義された。
ちなみに、呪霊退治として使うことも多い『香取木』。コイツを常設する方法は封印した。呪力を吸い取る関係上、仮に人が触れた場合、その者の呪力を吸い上げてしまうからだ。村用に使っていた時に時折倒れてしまう者がいたのはこれが原因だった。知らなかったとはいえ、申し訳ないことをしてしまった。
「顔色が悪いようだね、柱間」
「何でお前がオレの屋敷にいるんだ…」
天元はなぜか、しょっちゅうオレの家に遊びに来るようになった。引きこもり詐欺だろう。ちゃっかりマイルームも作っている。
「疲れているようだ。私が癒してあげよう」
「結構だ」
確かにまぁ、疲れてはいる。夜も眠れんことが増えた。適応障害というやつかもしれない。一気に生活が変わり過ぎた。
「……無理はするな、柱間」
「オレは何も、無理はしとらん」
争いは終わったというのに、オレは血の夢ばかり見てしまう。
どうしたんだろうな、オレは。どうしてしまったんだろうな。
「………柱間」
天元がオレを抱きしめた。
この温もりは、不思議とよく眠れる。人の温もりは、何にも代え難い価値がある。
◇◇◇
三十路になった。
天元がコツコツと続けていたオレ捕獲用の結界づくりが実を結び、都を守護する結界ができあがった。
涙が出るぞ。思い返せば奴から逃げるオレの記憶ばかりがよみがえる。それが人々を守る布石につながったんだ。
「喜ばしいはずなのに、まったく喜ばしくない……」
オレはまだ、奴と『友人』の関係を保てている。しかし捕まったら最後、貞操を奪われて終わる。こんな黒ひげ危機一髪は望んじゃいない。
まぁ、まだまだ逃げられる。あやつがこれ以上結界術の腕を上げないよう祈るしかない。
呪術師としての仕事は相変わらずだ。その母数は多少増えた。
オレを狙ってくる『呪詛師』もいるにはいる。しかし彼らは、過去の天元派と反対派の戦いを理由にしているわけではない。純粋に、「現代の最強」を殺したいらしく、オレを殺しに来ている。
(身にあまりすぎるんだよ、最強なんて…)
確かに術式の力は強いだろう。ただ、それに見合ったメンタルがオレにはない。それでも『呪術師』になった以上は、民のためにこの身を尽くそうと思う。
そして──オレがかつて世話になった娘君は、なんと結婚した。すでに赤子が腹にいるらしいというので、時の流れを沸々と感じる。
オレの外見はあまり…というか、成長しきってからまったく変わっていない。この時代で三十路にまでなると、それなりに老けて見えるんだけどな。天元は例外として。
色々と考察した末、考えついたのは、オレが木になったのをきっかけに、自身の肉体──もっと言えば、細胞レベルで何かしらの変化が起こったのではないか、というものだった。
元々この兆候はあったはずだ。それが傷の治りの速さだと考えられる。それが死を前にして覚醒したのかもしれない。
「まぁ、もっと老けないことには確かめられないんだけどな…」
あと十年くらい経ったら、顔にシワもできているだろう。
「しかしてまぁ、心の休まる時間はないな」
しかし忙しければ、悲嘆している暇もない。時間があると、オレは考え過ぎてダメになってしまうようだ。
ただ、ひとつ言えるのは、オレの手はもう汚れきってしまったってことだろう。
ちびっ子たちの頭を撫でられなくなってしまったのが、何よりも心苦しかった。
◆◆◆
日照りによる飢饉や災害が起こると、人々の苦しみの中で吐き出された負のエネルギーが、時として凶悪な呪霊を生むことがある。
そうした事象の中で生まれた、推定【特級】レベルの呪霊。(この時代に呪霊を階級ごとに分ける仕組みはあったが、また「1級」「2級」という呼び方ではない)
この呪霊は人が集まる場所を求め、都に向かっていた。その道中で村々の人間はあっという間に食い尽くされていく。
この報せを受け、呪霊の討伐に柱間が向かった。他にも数名の呪術師が同行した。
『おいちいネェ』
その山と見紛うばかりの呪霊の大きさに、呪術師たちは息を呑んだ。
無数の手が生えた呪霊は、それらを伸ばして逃げ惑う村人を捕食していく。
「柱間様ッ…!」
「わかっておる。アレはオレが倒す。お前たちは村民の救護にあたってくれ」
「了解しました!」
その間、呪霊は伸びてきた木々に手をつかまれ、ブチブチと四肢をちぎられることになった。
『イ、イイ゛ダァイ゛!!!』
「そうか。呪霊のお前も、痛いのか」
周囲の気温が下がっていくような感覚に、呪術師の一人は背を振るわせる。柱間と共にした任務で、何度も感じることのある圧だった。
(柱間様の静かな怒り。あれほど恐ろしいものはない…)
瞬く間に全身を拘束された呪霊は、身動きが取れなくなった。何とか新たに腕を生やし木の拘束を解こうとすれど、ちぎられては悲鳴を上げることになる。
『死ッ、ネェ!!』
呪霊の口が移動した。拘束の隙間に出現したそれは、口を開けて黒い球を生み出す。玉は膨張し、わずかに収縮したあと、柱間に向かって射出された。
高速の一撃は、爆音を立てて彼がいた場所に当たった。他の呪術師が状況を確認しようとするが、砂埃のせいで視界が見えない。
『!!』
砂埃がおさまった先に覗いたのは、木で作られたドームである。層で成り立つこのドームは、呪霊の攻撃により何層も剥がれていた。
木が動くと、その隙間から柱間が現れる。
「お前が人々に与えた分の痛みを返せないことを、虚しく思うよ」
『────ギィ…!!』
呪霊の呪力が、木からどんどん吸い取られていく。まるでそれは全身をミキサーで少しずつ削られていくような──呪霊にとっては、想像を絶する痛みだった。
巨体がみるみるうちに小さくなっていき、ついにはサッカーボール、テニスボールのサイズとなっていく。
最後、柱間は呪力を纏わせた足で、呪霊を包む木ごと踏みつぶした。
「…さて、村の様子はどうなったか」
調べたところ、村人は半数近くが亡くなっていた。医療に心得のある術師たちが、簡易的な治療を施していく。
こういった被害者は、都へ連れて行って治療をする──ということができない。そこまでのきちんとした体制を整えるには、今の時代だと難しい。そのため、派遣された呪術師はできる限りのことをするしかない。
「あの、柱間様…」
「どうした?」
その術師曰く、被害者を救出している最中に、洞窟を発見したらしい。そこへ逃げ込んでいた者を誘導している最中、6〜7歳の少女を見つけたそうだ。
「………その子、檻の中にいたんです。服も着ていないし、体も肋が浮き出ていて…」
「……案内してくれ。それと、歩きながら話の続きを頼む」
彼女は檻をこじ開け、少女を外へ連れ出そうとしたらしい。しかし、少女はいくら引っ張られても、外へ出ようとしなかった。
「なぜここにいるのか聞いても、一切話さなかったんです」
その後、一旦諦めて村の者に事情を聞いたのだという。すると、こう言われた。
『あのバケモノは、両親を殺したんだよ』
少女はまるで狩った獲物にするように、両親をバラバラに解体したのだと言う。それを発見した村人が、檻の中へ閉じ込めたのだそうだ。すぐに殺さなかったのは、親殺しの罪深さを知らしめるためだった。飢え、苦しみながら徐々に死んでいけ、という意味を込めて。
事情をあらかた聞いた柱間は、洞窟の前まで案内してもらったのちに、その術師に戻るよう告げた。内部は外からの光で、視界を確保できる光量がある。
「……親殺し、か」
虐待されていたのかと話を聞いているうちに思った。三人は一見すると普通の家族だったらしい。娘の方は内向的で、あまり外へ出たがらない性格なのだ──と、両親が語っていたそうだ。
奥へ着いた柱間は、膝を抱えて座る少女を見つけた。女術師が羽織らせたであろう着物の下は、骨と皮だけの足がのぞいている。
「こんにちは。こんな暗いところでどうしたんだ?」
「………」
「オレは柱間と言う。この村にはバケモノ退治に来ていてな。それで……」
「バケモノ?」
「おぉ! 普通に話せるじゃないか」
「視えるの? バケモノ」
「その様子だと、おぬしも見えるのか」
「………」
「おっと、最初からになっちまった」
柱間は外で動かしている自分の木の様子(お手伝い中)を確認しつつ、親殺しの件を尋ねた。
「おぬしは影で、父と母から虐待されていたのか?」
「………」
「ならば…そうだな。親を
柱間は、「なぜ殺した」──ではなく、「なぜ解体したのか」に焦点を当てた。
少女の目がその時はじめて、しっかりと彼の顔をとらえた。
「人間や動物は、二種類いる。男と女。オスとメス」
「…そうだな」
「ちょうど
「………解体、したのか。人間の中を、見たかったから?」
「うん。でも、人間を殺すのはダメらしいんだ」
「……………マジかよ」
満場一致のサイコパス少女に、柱間は出会ってしまった。しかし、このままここに残して置くわけにもいかない。というか絶対に残してはいけない。
「外へ出ないのは、なぜだ?」
「行く場所がないから」
「……では、オレと一緒に来るか?」
「いいの?」
「あぁ、いいよ。どの道お前も、ここに居場所はないだろう」
話は決まった。柱間は少女を抱え、外に出ることにした。