フルフルニィ………「誰!?柱間って誰なのォ!!?」 作:アンディライリーのうさぎ
「ねぇ柱間。柱間はいつ自分の『術式』を自覚したの?」
「オレのか?」
最近はめっきり呪術方面に興味を示している羂索。その過程で、オレに質問してきた。
オレが自分の術式を自覚したのは、およそ今の羂索と同じ年頃だった。
「もしや術式に目覚めたのか!?」
「……いや」
羂索は「何か変わった」という認識があるらしい。その変化を目に見えた形で表現することができない、と語る。
(天元も、一度死んだ状態になって自分の術式を自覚したって言ってたしな…)
術式の自覚の仕方はさまざまだ。オレは分かりやすい部類だった。また、術式は生まれた子供に引き継がやすいというのもある。
「………」
相伝云々を考えると必然、天元のことを考えてしまう。あやつは子ができない体だと言っていた。そもそも孕れる体だったとしても、生む気がない──とも、言っていた。
「柱間?」
「……ン? すまん、考え事をしていた」
オレも30を過ぎた。見た目が若々しいと言っても、いつ死ぬか分からない。最強だとは言われても、呪霊に殺されるかもしれないし、病気で死ぬかもしれない。
せめてこの子どもを改心させ、結婚するまでは見届けたい。そして、いずれ友を置いていってしまうことも、考えなければならない。
(手紙を書いとくか? 前世はいきなりぽっくり逝っちまったしな…)
前世の記憶も、色褪せてきた。時の流れは存外早い。
「柱間、今度呪力を体に纏わす方法を教えてよ」
「あぁ、いいぞ」
もしかしたら、この子どもが呪術師になる可能性もあるのだろうか?
やっぱ、まだまだ長生きしたいところだな。
◇◇◇
羂索を連れた、はじめての外出である。
要領のいい羂索は、スポンジのように呪術の知識や技術を吸収している。その姿を見て、これが悪用されたら…と思う気持ちも増しつつある。
やはり要は情操教育だ。羂索もだんだんと普通の子どもらしい一面を見せるようになってきた。蹴鞠の件がその最たる例だ。
「迷子にならぬよう、手を繋いでいこうぞ」
「は〜い」
きちんと人の話を聞いてなさそうな返事だった。
手を繋ぐと、やはり小さい。試しに手のひらを合わせると、オレの手のひらに羂索の手がすっぽりと入ってしまう。
見知らぬものを見る度に、羂索の足が止まる。そして、「アレは何?」と聞いてくる。それに一つ一つ答えていった。まぁ、時にはオレにも分からないものもある。
「柱間にも、分からないことがあるんだね」
「オレも人間だからな」
人の営みが育まれる姿を見ているのはいい。平和である証拠だ。
「次はあそこへ行こうか」
フラッと立ち寄った店で間食を食べる。その間食にも羂索は興味を示していた。
それからまたしばらく歩く。しかし途中で羂索の足取りが重くなったので、肩車した。
「タッッカ!」
「怖くはないか?」
「…平気だよ」
天元のように、高所恐怖症の気はないらしい。普段は見ない景色につかんでいる足が上機嫌に揺れる。
「面白いね、柱間。人の世は」
「子供のくせに、言ってることがまったく子供じゃないのう」
人の世は人が作り出し、発展して行く。現代を知るオレからすると不便なものが多い。しかし逆に考えると、将来は人が宇宙に行ける時代が来るんだ。本当に、素晴らしいと思う。
「人間ってすごいね」
「そうだろうとも」
そろそろ帰ろうか、とオレが言うと、羂索は「…わかった」と頷く。なに、また一緒に出かければいい。そうして思い出を作っていこう。
「………」
その時、オレの首周りに触れている手に力がこもった。
羂索が見ている方に視線を向けると、親子がいた。
「柱間、私の頭を撫でたことないね」
「そうだったか?」
「うん、ないよ。撫でないの?」
「……難しいなあ」
「手はつなげるのに、頭には触れないんだね」
「………すまんな」
オレの手は真っ赤だからな。その手で子の手はつなげても、頭には触れない。触ろうとすると、手が震えてしまう。心臓も早鐘を打ち、汗が流れる。
「なら、こうしよう」
小さな手が、オレの頭に触れた。それが前後左右に遠慮なく動く。髪が乱れて、顔に長い髪がかかった。
歳をとると泣きっぽくなるのか。帰り際、静かに泣いてしまった。
◆◆◆
なぜ空は青いのか。なぜ空に浮かぶ太陽が沈んだら、月が出てくるのか。
少女にとって、世界は疑問だらけだった。
そんなある時、狩った獣の解体作業を見ていた彼女は、ふと思った。
(人間の体は、どうなっているんだ?)
気になるとどうしようもなくなる。人間には動物のように、二種類の分類があった。それが男と女。
中身が気になった彼女は、両親を
「うっ……うわああああっ!!!」
好奇心が満たされた彼女はその後犯行現場で見つかり、捕まってしまった。
(なぜ私は檻に入れられたんだ?)
悪いことをした人間、あるいはその容疑がかけられた人間が入れられる場所に、彼女は閉じ込められた。
彼女は考え、一つ思い至った。「人を殺したのがいけなかったのではないか?」と。
(人を殺してはいけない、とは教わったことがないのにな)
もし人を殺すのがダメだと知っていたなら、見つからないように動いた。殺す人間も両親ではなく、別の人間を選んだ。
すべてはあとの祭り状態で、彼女は飢えで死ぬのを待つしかなかった。
そんな折、村が『呪霊』に襲われた。
呪術師に発見された彼女は、髪の長い柱間という男に引き取られることになった。お人好しのこの男は、彼女を善性へ導こうとあくせくしている。
彼女の足りなかった常識が、柱間によって埋められていった。アレをしたらダメ、コレをしたらダメ。その線引きを羂索は理解していった。その上で、「では自分がその線引きを超えるときは、こうしよう…」などと考えていった。
結局として、柱間の努力は実っていない。しかし両親とは違った角度の教育は、彼女の心情面を豊かにしていった。
(彼らは私を遠巻きにしていたからな)
いつからか、自分たちには見えないものが見える娘に、両親は距離を置くようになった。おまけに、好奇心の穴を埋めるためなら手段を問わないその片鱗を、二人は目の当たりにしていた。
だからこそ二人は、なるべく彼女を人目につかないように隠した。
一方で柱間という男は、いろんなことを教えてくれる。彼女の知的好奇心を満たし、さらに羂索の中途半端に止まっていた感情の成長を促した。
(彼について来たのは正解だったな)
柱間はさらに、『呪術』の知識を羂索にもたらした。奥の深いこの呪術というものは、実に興味深い。そして柱間自身の能力も興味深かった。
羂索は養父でもある彼を気に入っていた。ただし自分を屋敷に閉じ込めているのは気に食わなかった。
(結界術か……)
チョロい養父ならば、「結界術を教えてほしい」と言えば教えてくれると思った。最初は「おう、いいぞ!」と言った柱間だが、ハッとした様子で断った。どうやら羂索が結界を解いて逃げる可能性に気づいたらしい。
ならば自力で結界術を身につけて行くしかない。あの天元という女に師事してはどうかとも考えた。天元は柱間よりも結界術に秀でていると聞く。
「小娘貴様、柱間と風呂に入っているとはどういうことだ!! 見たのか!? 彼奴の下部を見たのかッ!!?」
いや、論外だった。天元は羂索に良い感情を持っていない。しかし、羂索も向こうと自分の性格が合わないと自覚している。
やはり結界術は独学で学ぶしかない。
養父の様子を観察するに、結界内に人が入ると「ン、誰か来たな?」と気づく。そしてこの結界は通常だと羂索が外へ出ることができない仕様になっている。
「柱間は天元が入って来た時のみ、気づいていない…と、すると」
この、天元の侵入の仕方が鍵になるかもしれないことに気づいた。
羂索は天元が来訪した際に、彼女の様子を観察した。すると、結界を通る時に自分の周囲を薄い膜のようなもので覆わせ、すり抜けていることに気づいた。
(あの薄い膜はおそらく小規模の結界。それで認識をズラしているのか? それとも……屋敷と同性質の結界を自分の周囲に作り、それで侵入している…?)
羂索の見立ての結果、同性質の結界を作っている線が濃厚になった。
そうと決まれば結界を作る練習だ。
羂索は観察と結界の生成を繰り返し、試行錯誤を続けた。
それから半年ほどして、独学で結界の生成を成功させた。
お次はその結界を自分の周囲に張る練習だ。これは比較的簡単にできた。あとは結界に、“性質”を付与するだけ。この条件は一つ目が、羂索が結界外へ侵入できないこと。そして二つ目が、結界の侵入者に気づくことだ。
「難しいな……」
結界に性質を持たせるのは難しく、月日は流れるように過ぎていった。そして、結界の生成に成功してから約一年。羂索は結界に一つの性質を持たせることに成功する。ここから二つの性質を同時に付与するようになるのに、また半年かかった。
かなりの時間がかかってしまったと、彼女は感じた。
しかしてこれが独学であることを踏まえると、羂索に凡人では及ばぬ結界術の才能があるのは間違いない。
「よしっ」
羂索は柱間が家にいる状況で、一度結界の外に出て反応を見た。そして向こうが気づいていないことを確認し、柱間が任務で数日家を空けている隙を見て、外に出た。
「私はやり遂げてやったぞ…」
達成感である。羂索のうちにあるのは晴々とした気持ちであった。
このまま自分がいつでも脱走できることを隠していようか。
あるいは柱間が買った覚えのないものを家に置き、いつ気づくか待ってみるか。その場合、気づいた時にどのような反応を見せるかも非常に気になる。彼女は悩んだ。
「……アイツの間抜けな面を拝んでやるのも、一興かな」
羂索はドッキリ大作戦の方針で行くことにした。もちろん、出入りできることを隠していた方が、羂索にとっていざという時の武器になる。
だが、彼女は“愉しむ”方を選んだ。
この選択の違いは、羂索という人間の変化を表す証左だった。