フルフルニィ………「誰!?柱間って誰なのォ!!?」 作:アンディライリーのうさぎ
呪詛師との争いが終わった。オレにかかっていた嫌疑も完全に晴れ、呪詛師討伐に当たった面々は褒賞を賜ることになった。復旧作業も人びとの手により進められている。オレは亡くなった仲間の弔問にも向かった。
民が死に、仲間が死に、呪詛師を殺した。
自分でもかなり参ってしまっている。血と骸が瞼の裏にこびりついている気さえする。
それでもようやく、屋敷に帰ることができる。屋敷と言っても色々あったため、以前の住まいとは違う。
「羂索を迎えに行かんとな…」
羂索は万が一のため、天元のもとに預けていた。あそこならば、並大抵の呪詛師ではまず侵入もできない。
しかし天元の屋敷に行く前に、羂索が勝手に帰ったと知らされた。呪詛師の騒動が終わり、これで安全だろう──となったタイミングで、去ったらしい。ほうれん草だ、羂索。……いや、間違った。報・連・相だ。
心労をかけた天元と話したかったが、今は腹黒娘の方が心配だ。呪術の才に秀でているとはいえ、まだ子ども。万が一があったらどうする気なのか。
新しい屋敷に着いたオレは、全速力のまま結界に思いきり衝突した。
「グハッッ!」
打ちつけた顔を押さえながら結界に触れてみる。見事にパントマイムのできあがりだ。
目の前にはいつの間にか、羂索が立っていた。
そして、先の「殺すね」発言である。不安な思いをさせてしまったよな。本当に申し訳ない…。
「どちら様ですか? ここは私の屋敷です。お引き取りください」
「いや、オレの屋敷でもあ………待て? まさか、反抗期かッ!?」
「半年間もあの女と過ごさなければならなかった私の気持ちがわかるかい?」
「だから、刀を持っているのか…?」
あまり仲が良くなそうだと思っていたが、そこまで嫌だったのか? …いや、それよりも勝手に帰ってしまったことを叱らなければならない。呪詛師をあらかた一掃できたとはいえ、完全に、とはいかなかったのだ。
「あのな、オレの言いたいことが分かるよな?」
「あぁ、わかるよ。その上で、私は君に「お帰り」と言ってやりたかったんだ」
「………ッ」
「さあ、ではやり直そうか」
まさかのテイク2が始まった。オレは来た道を戻り、深呼吸をしてから歩いていく。
結界──は、今度はスムーズに通れた。手を広げる羂索が、「お帰り、一応父親」と言う。
「一応って、何だ…」
屈んで、オレは娘を抱きしめた。
「ただいま、羂索」
多くの血を見た。多くの骸も見た。
人はなぜ争いあってしまうのかと、思わずにはいられない。
その点、オレには「力」があった。だからそれを使って、オレが大切に思うものを守ろうとしてきた。しかし力に比例した精神性は持ち合わせていない。間違った道を走っているかどうか分からないまま、常に全力疾走をしなければならなかった。
「お疲れさま」
「………」
「まだ陽も沈んでないけど、久しぶりに風呂に入ろうよ。湯を沸かす用意はすでにしてあるんだ」
「いや…共に、はやめておこう。お前は嫁に行ってもおかしくない年齢なのだから」
「分かった。柱間が入っている時に入ればいいんだね」
羂索は上機嫌な様子で、そう言った。
オレは────それで、はじめてこの子どもの頭を撫でた。一瞬自分の手が硬直したが、それでも「汚してしまう」という恐怖より、「一度は撫でてやりたい」という気持ちの方が勝った。
触れた頭は存外柔らかい。いや、柔らかいのは髪か。
「……何? 天変地異の前触れ?」
「いや………お前の頭を、撫でてやったことがなかったから」
「…変な柱間」
羂索の手がオレの空いた手を握る。小さいが、大きな手だった。
◆◆◆
羂索にとって、その半年と少しは非常に長かった。
夜に柱間が現れたと思ったら、そのまま身支度をさせられ天元のもとに連れて行かれた。
ただでさえ天元とは気が合わない。その気が合わないと分かっている人間と、「どれだけ共にいることになるか
しかも天元に、いつもの彼女らしさがない。憂いた表情ばかりを浮かべていた。
(あの男が呪詛師程度に負けることはないだろうに)
甘さは確かにある──が、その危機管理能力は随分と上がった。例えば死角から放った矢も防いで見せる。羂索による検証実験は何度か試行済みである。
懸念すべきはそれよりも非術師の方だった。万が一に、背を見せたところを後ろから刺されかねない。しかしそれもなく、争いは終わった。
(はじめから、術師と非術師の間で明確な線引きを作るべきだったんだ)
そもそも『呪術師』に当たる、前段階の仕事を設けたのは政府だ。面妖な見えざる者たちへの対策として、術師が必要だった。その裏では、我が身を守りたいかわいさも過分にあったに違いない。
貴族たちよりも、下の者たちの方が数は圧倒的に多い。そして
(『呪術師』を設けるには、まだ体制が追いついていなかった。その結果、起こったものだ)
政府の詰めの甘さに羂索は鼻で笑いたくなる。処刑された上層部の人間もお笑いものだ。
呪術師を政治的に利用しようとなどと、笑わせる。『力』を持つ者がどちらなのか理解していない。呪術師たちがその気になれば、国家を潰すことも可能なのだ。彼らがひとえに上に従っているのは、柱間がいたからだ。
そして呪術師が柱間へ向ける畏敬の念を、今回の一件で呪術師について認識を改めた民たちも向けつつある。
(あの、人間ホイホイ機め……)
羂索もホイホイされてしまったのだから、その効果はさもありなん。
「さらばだ、天元」
天元の屋敷にいた間、彼女から結界術や反転術式の知識を吸収できるだけ吸収した羂索。天元自体は好いていないが、講義は非常に有意義だった。特に反転術式を知れたのは大きい。柱間に師事したこともあったが、感覚で行っている男の話は参考にならなかった。一方で天元は理論的に説明してくれたため、わかりやすかった。
そして、家に先回りすることに成功し、待つこと数日。久しぶりにその顔を見た羂索は、心に温かい奔流を感じた。
やはりこの男がいないと、
「久しぶりに温もりを感じるメシにありつけた気がする…」
風呂に入る前に羂索手製のメシを食べた柱間がそう言う。容姿は変わっていないが、少しやつれた印象だった。
「そういえば、面白い情報がある」
「何だ?」
「あの女、料理がまったくできないんだ」
「そうなのか…」
柱間は食事中、天元との生活がどうだったか羂索に尋ねた。羂索の話を聞くと、「そうか」と微笑ましそうに笑う。
「天元の様子はどうであった? 本当だったら今日会いに行くつもりだったんだ」
「柱間が想像するよりは、ずっと気が滅入っていたと思うよ」
「……そうか。あやつには謝罪しなければな」
「………」
柱間の反応に、羂索はムッとした。しかしすぐにその天元より、自分を心配してこの男が帰ってきたことを思い出し、口角を上げる。
(何ともまぁ、私も変わってしまったものだ)
柱間の圧に負け、渋々と一人で風呂に入りながら、羂索はしみじみと感じた。罪悪感の根っこは結局育たなかったが、随分と普通のニンゲンらしくなった。
「フン。やはり私が手を貸した方がよさそうだな」
柱間に足りないのは知略と狡猾さだ。まさしく、羂索の得意とする分野である。
「『呪術師』────か」
それに自分がなり柱間の隣に立つのも、存外悪くないかもしれない。
羂索がそう思った時、唐突に浴槽の木が崩れた。
「ハ?」
お湯が波のように地面に広がってゆく。呆けた面をさらした羂索は、着物に袖を通して走った。
浴槽の木は柱間が出したもので、一定の距離なら術師本人が離れていても消えることはない。それが消失したということは、遠くへ行った可能性がある。しかし羂索が張っている結界に反応はない。
ということは、一つしかない。
羂索は屋敷の中を探し、その後ろ姿を見つける。
「おい、どうした!」
柱間は床に手をつき、背を丸めていた。下には今もボタボタと血が垂れている。
少しやつれたと思っていた顔色が、露骨に悪くなっている。
「どういう…ことだ?」
「……あぁ、羂索」
「なぜ柱間が血を吐いてるんだ?」
「歳ってやつだよ…」
羂索はふと、柱間の着物の隙間から見える肌に視線が向いた。前合わせを開くと、肌が黒く変色している部分が何箇所もある。呪いの気配はない。ならば病気の類しかない。だが羂索の知識で思いつくものがない。
「………前から、良くなったり悪くなったりを繰り返していたんだ」
「聞いてない」
「反転術式でどうかと思ったんだが、ダメでな。若い時の無茶は歳をとってから来るらしいが、歳はともかく無理をすると一気に来るもんだな…」
柱間は、自分の
「悪いなぁ。黙ってて。心配かけた、く……な」
「柱間? ────柱間!!」
血の上にその肢体が倒れた。柱間の呼吸は荒い。元から体に異変があったというなら、それが一気に悪化した原因は…。
「死んだら、殺すからな」
羂索は自分よりはるかにタッパのある肢体に腕を通す。そうして引きずりながら外に出た。
事態が一刻の猶予を争うことは、柱間の状態を見ていればわかる。
頼れそうなのは一人しかいない。年の功がある、あの女しか。
羂索は夜の道を歩いた。月が煌々と二人を照らしている。
◇◇◇
オレの一番古い記憶にあるのは、爺さんの背中だった。孫を「上のクソ孫」「下のクソ孫」と呼ぶ爺さんだった。
「厳格な愛」を爺さんは与えてくれた。それはオレがはじめて知った『愛』というものだった。
それよりさらに古い記憶はない。しかし、ない──ものの、泣いている子どもの声だけは覚えている。それはオレの泣き声だった。なぜそのオレが泣いているのか、当時のオレは知らなかった。
次に知ったのは「ひねくれた愛」だった。半分だけ血の繋がった弟。アレコレと人をバカにしてくるが、オレが困っているとそれとなく手を貸してくれる。
オレの家族は複雑な家庭だった。
それから爺さんがポックリと逝き、オレたちは親戚の家で暮らすようになった。
そして、日々が過ぎて行った。オレが弟をいじめている奴らを殴って、学校を停学になったこともあった。まぁ、ちょっとした事件だ──と洗脳させてもらう。
成長してもやはり恋愛だけは分からなかった。考えているうちに、子どもの──オレの泣き声が聞こえてくるんだ。
オレはもしかしたら、恋愛に嫌悪感を抱いていたのかもしれない。いや、きっと抱えていたんだ。そしてオレが爺さんに引き取られる前の自分の境遇を知った時、文字通り「クソ」だと思ったんだろう。
一応ここで弁明しておくと、性欲と恋愛は分けて考えている。だから中坊の夏、夜中にこっそりとコンビニに行き、雑誌コーナーで初めての
しかしまぁ、実際に父親と母親というものを知ると、その温もりに驚いた。オレの初めての「両親」が、今世の父と母だった。
親とはこういうものなのかと驚いた。彼らと過ごすうちに、いつの間にかオレの耳の中で泣いていた子どもはいなくなっていた。
結局のところ、まだ誰かに恋をしたことはない。子を作ることにも躊躇がある。自分と血が繋がっているからこそ、幸せにしてやれる自信がない。オレにとってその責任は、マリアナ海溝並みに深かった。
出会いや離別。人生が生々流転。まばゆい星のようである。流れた星は次の道標に進む。
「ハァ、ハァー……」
荒い息遣いが聞こえた。だれの声だと考えて、目を開くとそこに頭がある。
「羂…索?」
肩が赤く染まったオレの娘が、オレを抱きしめるように座り込んでいた。
◆◆◆
羂索は「失態だ」と矢を受けた後で舌打ちした。
呪詛師の一件はひと段落したが、以前よりも増して天元を信奉する者たちの行動が過激になった。彼らは天元のように人々から信仰を集める柱間を敵視している。思想の違いは碌なことが起きない。
いつでも襲われる可能性を考慮しておくべきだった。──否、屋敷に帰る際はきちんと警戒していた。
しかし羂索は動転してしまった。今まで見たことのなかった養父の姿に、心臓が暴れ馬になっている。
これまで見てきた柱間の血は、返り血ばかりだった。それこそ羂索が見たことがある柱間の血は、自分が刀で腕を斬り落とした時だけだ。
あの時も痛みに歪んだ養父の顔を見て、心臓が不可解な音を立てていた。それは、愉しい──という感情ではない。痛みだった。
羂索は柱間の痛みに、自分も痛みを感じた。
その『痛み』が何なのか、彼女は考えた。
その痛みは心の痛みである。しかし実際には、人の思考は頭から来ている。自分の家の勝手を知っているように、羂索もまた自分の
ならば、羂索の『痛み』の発生源は頭になる。
感情によって、その痛みが引き起こされた。
「馬鹿馬鹿しい」と、彼女は思った。自分がそのような感情を他人に抱くなど。
柱間へ抱くのは好奇心だ。そしてそこから生じる愉快さだ。
まさか、『愛』────などと。
愛は思考をする上で歪みとなる感情だ。羂索の信条にそぐわないものである。両親にも抱かなかったその感情を、実の父親でもない養父に抱いてしまったというのか。
羂索は自分の見出したその結論を否定した。
だが、認めざるを得ないようだ。その面倒くさい『愛』とやらのせいで、失態を犯してしまった。向こう見ずになっていた。
「ッ……」
肩に攻撃を受けた直後、その痛みで引きずっている柱間ごと倒れた。ただでさえ羂索にとって重い体重がのしかかってくる。
すぐさま思考を切り替えて、防御用の結界を張る。そこから矢を抜き、自身に反転術式をかけた。しかし反転術式はまだ上手く扱えない。軽い止血だけにとどまった。
(早くあの女の元に行かなければならないというのに……)
薄明かりで分かるのは、矢を持った人間が木の後ろに隠れるようにして数名。ほかにも刀を持った者も複数人いる。
さすがに重症者がいる状況で、この人数──しかも大人の男を相手にするには難しい。呪力があるとはいえ、羂索の物理的なスペックは弱い。
「羂…索?」
その時だった。柱間が目覚めたのは。
「お前、着物に血が…」
「私がどうにかする。だから貴様は寝ていろ」
「ゲホッ! ………寝ていろと、言われてもな」
柱間の木が消えたということは、今は呪力を使うのも難しい状況のはずだ。羂索として、これ以上無理を強いるわけにはいかない。
「おいで」
「………!」
柱間は羂索を抱きしめ、周囲の人間を一瞬にして殺した。木の杭で串刺しにされた死体が血の滑りでズルズルと、下へ下がっていく。直後ドサッ、と音を立てて遺体が落ちた。
「ハ、ァ……」
「柱間」
「……オレはよく、がんばったと、思うんだ」
「柱間!!」
最初は鼻血から始まり、治ったと思えばまた別の場所が悪くなり──その繰り返しのうちに柱間の体は“何か”に蝕まれていった。医学の知識などないため、てんでさっぱり分からず。
ただもう30年以上も付き合ってきた自分の体だ。何となく、想像ができた。常識はずれな生存本能を発揮して、木になった己の体。そいつでも敵わないということは、
そこで思い至ったのが、癌だった。前世の祖父の死因も癌だった。病院嫌いで自然治癒に頼るだなんだと言っているうちに気づけば末期の癌で、あっという間に亡くなった。
もちろん特異な体質である自分の体で起こっているそれが、本当に癌であると証明はできない。
ただ、あながちこの推測は間違ってはいないだろう、と。
「でももう少しだけ、歩こうか」
柱間は羂索の体を抱き、よろめきながら立ち上がる。
「離せ、私が運ぶ…!」
「たまにはオレのわがままくらい、聞いてくれ」
牛歩のような進みだった。離れようと苦戦していた羂索は、自分の触れた肌の色を見て固まった。黒い部分が、柱間の首元にまで広がっている。顔にもあった。
「……私は、私は貴様と約束したからな」
「…? なにを、だったか」
「
「………泣くな、羂索」
「だから柱間も、私を見つけてくれ…」
「…あぁ、約──」
柱間の頭に、矢が刺さった。スロモーションの世界で映った羂索の目に、複数人の人間が映った。先ほどとは別の人間たちだった。しかし、
「やったぞ!! 神を名乗る不届き者に矢が当たっ──」
男の頭は一瞬にして、羂索の蹴りで吹き飛ばされた。湧き出るその負の感情は、これまで経験したこともない量。羂索は一息つく間に次の人間の腹を拳でぶち破る。その者の手から滑り落ちた剣を投擲し、最後のもう一人を殺した。時間にして、わずか数秒の出来事だった。
「柱間!!!」
倒れている柱間の手がピクリと動き、まるで羂索を制止するように手のひらを向けた。
「のろ、いは、かんべ、んだ」
呪力を纏った木が生え、柱間の頭を──────、
「………ハ?」
羂索はその場でへたり込んだ。木が消えていく。飛び散った血が、自分にもついた。
何かを考えようとして、何も考えられない。目から涙ばかりがとめどなく溢れる。
這う這うで柱間に近づいた羂索はその体を揺する。名前を呼ぶ。何度も何度も呼ぶ。
しかしその体が、自分を抱きしめてくれることはなかった。
──そして、柱間の肉体は、娘である羂索の元に帰ってこなかった。その姿を見ることもできなかった。
「あやつの
そう言った天元に、羂索は笑った。
人生で一番、腹の底から笑った。
この世にはどうも、
「私はお前を、心の底から
羂索は天元の元を去った。
一方で天元は虚な目で、空を見上げた。
【柱間の肉体】
・右腕(羂索所有)
細胞は健康体。
・首から下の肉体(しまっちゃった天元)
癌細胞と健康体の細胞がいまだに戦争中。病状が悪化していったのは、主人公本人がずっと心に負荷をかけ続けていたせいでもある。
・???
これにて一章終了。読んでいただきありがとうございました。
二章は全部書いてから順次出していこうと思ってます。現段階で中盤の進み具合。別途で一章と地続きの【柱間生存→悪童拾い→冷害少年】のルートも書こうか考え中。
当分は多忙なのと、メンタル&体調不良の問題もあり投稿再開時期は未定です。
何かありましたらこちらからどうぞ→ https://wavebox.me/wave/1xc7gtfchph19re2/