フルフルニィ………「誰!?柱間って誰なのォ!!?」   作:アンディライリーのうさぎ

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19話 観のん様のん

 菅原家の擁する呪術師になって思ったことは、皆ストイックだということだ。明朝から夜遅くまで自己研鑽や研究に惜しまない。

 ひと昔前と比べ、今は呪術の最盛期を誇るそうだ。

 

 呪師を抱える家は、他にも藤原家や安倍家などがある。政治的な地位が高い家柄ほど、個人で所有する術師の力も大きい。

 

「藤家など、術師を使った黒い噂が絶えぬぞ」

 

「朝廷も術師を抱えているのですか?」

 

 オレの問いに、菅原殿は曖昧な笑みで返す。

 

「朝廷に仕える術師もいるにはいる。しかし朝廷が保有する力よりも、一族個人が保有する術師の方が圧倒的に優っている」

 

 それこそ朝廷に術師が組織として仕えていたのは、菅原道真が活躍するよりももっと以前の出来事だった。

 現在の術師の体系になるまで、色々とあったのは間違いない。その過程で、術師や民の血が流れることもあったのだろう。

 

「………」

 

「なぁ、裏松。呪霊退治に参らぬか? そろそろお前も、自分の成果を目に見えた形で確かめたいはずだろう」

 

 菅原殿の鬼も泣いて逃げる特訓は、確実にオレの力を伸ばしている。本当に、ケガをしても軽い欠損だったら治せるからってふざけている。

 

「よろしくお願いします」

 

 ただ自分の正確な力を把握するのは悪くない。溜めている呪力はあまり使わないようにしたいところだな。

 

 この「呪力を溜める」術式は、呪力量の限度を超えると自動で貯金され、逆にすっからかんになった状態でこの貯金があると、それが供給される仕組みになっている。要は銀行口座みたいな…銀行口座? 

 

(呪具の扱いもそれなりにはなった)

 

 菅原殿に見せられ、オレが選んだのは刃渡りの長い大剣と短剣だ。大剣はオレよりも身長がある。これは障害物のない場所で使うとして、短剣は周囲が森である場合などに用いる。

 

 オレは早速、初の呪霊退治に行くことになった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 呪霊相手に戦うのは初めてだった。

 

 と、その前に。呪霊のいるあたり一帯を、結界で覆う必要があるらしい。

 

 この結界は非術師に対する認知阻害や、外から内部への侵入を防ぐ効果があるらしい。これを『帳』と言う。

 帳が貼られている状態で非術師が外から中を見ると、普通の景色に見えるそうだ。

 もし結界を張る内部に非術師がいた場合は、事前に臣下などが外へ誘導する必要がある。

 

「帳の作り方を見せる。本来なら結界術への造詣が必要になる。誰でもできる──あっ、俺はできるぞ?──わけではないが、革新的なものが近年作り出されてな」

 

 菅原殿は懐から、長方形の紙を取り出した。何やら墨で模様が書かれたその紙には、中央に『帳』と書かれている。

 

「こいつに呪力を流せば、この紙に組み込まれている結界が発動する。ただし結界の規模は固定されているゆえ、規模に応じで使い分ける必要がある」

 

「術師であれば、その紙一枚で自由に帳を生成できるというわけですか」

 

「そういうわけだ。後でお前にも渡す。まぁ一度見ていろ」

 

 便利な時代になったもんだな…と思った。オレは11歳のはずなのにな。…いや、もう12歳になったんだった。

 

 

「────闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

 

 

 菅原殿が呪文を唱えた直後、紙の文字が浮かび上がり宙に浮かんだ。直後、その文字が飛んでいき、黒い結界が生成された。

 

「では行くぞ、裏松」

 

「分かりました」

 

 

 

 

 

『ギャアアアアア!!』

 

 

 存外呪霊と戦ってみても、恐怖は感じなかった。

 

「なーんか小慣れてんだよな、お前」

 

 依頼で来ていた呪霊をさっさと討伐し、今は鹿を捌いている。オレは肉が食いたかった。育ち盛りなので。

 

「菅原殿もどうなんですか? オレを育成するという名目で、仕事をサボろうとするのもそろそろ無理がありますよ」

 

「大丈夫大丈夫! 呪霊退治()してっから」

 

 それは、呪霊退治以外はしてないということだろう。

 

「そういえば、結界術には極地に至った者のみが行使できる奥義があると聞きましたが」

 

「……領域展開ねぇ」

 

「渋い顔をなさるということは、菅原殿もまだ未習得なのですか」

 

 それぞれの術師の中にある生得領域。領域展開はそれを「結界」という形で体外に創り出して敵を閉じ込め、その結界に術師本人の術式を付与し、術式に基づく攻撃を必中とさせる結界術の一種である。

 

 オレも身につけられるなら、身につけたい。この半端なく強い男が一番ではない弱肉強食の世界で、オレが生き残っていくにはより強い力が必要となる。一応、結界術で簡易的な結界は作ることはできるんだ。

 

「本当か? いつの間に学んだんだ」

 

「…まぁ、菅原殿がいない間に」

 

 本当は試したら“できてしまった”が正しい。しかしそれを言ったら、面倒くさいこの男の、面倒くさい部分に火をつけ、「自慢ですかぁ?」となるかもしれない。いつも気づけば火種がついているのだ。勘弁願いたい。

 

「興味がある。やってみせよ」

 

 命令どおりに宙に結界を作った。オレの結界を観察する菅原殿の眉間に、だんだんと皺が寄っていく。

 

「裏松、手前は結界の生成を参考にするときに古い書でも読んだか?」

 

「…何か問題でも?」

 

「いや、お前の結界は旧式のものと酷似していると思ってな」

 

「……その、旧式の作り方だと問題があるのですか?」

 

「問題はないんだが、簡潔に言うと結界を生成する方法に無駄が多い」

 

 今の作り方であればより呪力の消費量を抑え、複雑な結界を作ることができるらしい。というか、参考に古い書物を読んだ記憶がない。(一応言っておくと、菅原家で管理されている呪術に関しての研究書物を読むことは許されている)

 

 オレはてっきり前世がイノシシばかり殺していた猟民だと思ってたんだが、呪師だった線もあるのか? そう考えれば、やけに体が戦闘慣れしていたのにも納得がいく。となると……。

 

(オレの手が真っ赤に感じるのは、イノシシの血ではなく…)

 

 呪霊の黒い血でもないのなら、それは人間の血だったのではないだろうか? 

 

「どうした? 急に顔色が悪くなったが」

 

「……肉を食う気分じゃなくなりましたが、捌いた以上は命をいただきます」

 

「………」

 

「そんな無言で見つめなくとも、菅原殿にも差し上げますよ」

 

「!」

 

 オレが捌き木の棒に刺して焼いた肉を、菅原殿は美味そうに頬張っていた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 無駄無駄結界術をバージョン2へグレードアップさせる必要がある。お分かりかと思うが、自分の知らない知識が頭に浮かんできてはそれに突っ込むのもしんどくなってきたので、流していく方針にした。

 

 結界術を得意とする者に指南を仰ぎ、磨いていく。感覚的に行っていたものを一度全部ぶち壊すように言われ、最初の「正方形の結界を作る」ところからみっちり教え込まれた。

 

 オレが所属している連中の中で一番年下のせいか、可愛がってもらえる。あの問題行動の多い主君に好かれて、「可哀想だね君も…」な視線ももらっている。

 

(結界生成の矯正は骨が折れそうだな…)

 

 まぁこれもいずれ、『領域展開』を使えるようにするためだ。

 

 また、領域展開を目指し、自分の『生得領域』の自覚もはじめた。

 術師になるまでは治癒の特訓に振りきっていたので、学ぶ順序が本当にズレている。

 

(オレの心の中の世界か)

 

 生得領域を自覚する方法は様々ある。人によって方法は異なるし、そんな方法を取らずとも自覚している者もいる。

 オレは自分の心象風景を見たことがない…はずだ。

 

 とりあえず自分の精神と向かい合ってみるのが吉だと思った。

 オレが選んだのは滝行。本来の用途とは違うかもしれないが、限界まで浴び続けることにした。

 

「冷てぇぇぇ!!!」

 

 何を隠そう、今は二月。凍っていない滝を選んだとはいえ、寒すぎる。こたつ…こたつが欲しい。文字だけでわかる、「こたつ」は絶対に極楽浄土に違いない。

 

 冷たさと格闘しながら水の落下ポイントに入ると、全身に肌を刺すような痛みが襲う。自分を限界まで追い込むにはちょうどいい。ここを案内してくれた菅原家と縁の深い坊さんが、「無茶ですよ!」みたいな顔をしている。

 

 

(オレの、生得領域────ッ!!)

 

 

 その数分後、オレは気を失った。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 目覚めたオレは寺の中にいた。坊さんが引き上げてくれたらしい。体が温まるからと、漢方の入った茶を出された。一つそれを飲み、「ハァー…」と息をつく。

 

「迷惑をかけたな」

 

 口元に深い皺を刻む坊さんは、「お若いといえども、どうぞご無理はなさらずに。どこぞの若君のようにね」と言った。

 

 世話になった坊さんに礼を言い、薄暗い森の中を歩いた。オレが帰る前に坊さんが意味深な視線を送っていた場所に向かうと、開けた場所に出た。そこに、息を切らしている菅原殿がいた。

 

「ハハッ、裏松よ。こんな寒い中、滝行をしてぶっ倒れた阿呆者がいるらしいぞ?」

 

「でしたらオレも言うことがありますよ。どうやらフラフラ出歩いていると見せかけ、人目のつかぬ場所で一人鍛錬に勤しむ恥ずかしがり屋がいるそうですよ」

 

「ホォ、そうなのか」

 

「えぇ、そうですよ」

 

 汗を拭いながら丸太に腰かける菅原殿の横に、オレも腰かけた。

 

「昔からここで鍛錬をしているのですか?」

 

「……あぁ」

 

 呪力を仔細に見ることができるという特殊な目と、その目を使ってこそ真髄を発揮することができる強力な術式を持って生まれた菅原殿。家の期待を一身に受け、それに見合うようにと努力を重ねてきたのだろう。

 

「俺の力は癖が強くてな。暴れ馬の手綱を引くようなものだ。それに振り回されないようにするには、苦労がいる」

 

 そしてこの力を極めるには、自分の代だけでは難しい──とも考えているらしい。だからこそ今できる最善の方法を纏めて、次代のいつか同じような力を持つ者へと伝えるべく、研鑽を積んでいる。

 

「それが俺の使命でもある。そして菅原家の筆頭として、お前たちを率いれるようにしなければならない」

 

「自分の立場を辛くは思わないのですか?」

 

「臣下の前で弱音を吐くわけねぇだろ」

 

「すでに十分に見せている気もしますが」

 

「このビミョ〜な線引きはな、男の沽券に関わる部分なんだよ」

 

 まぁ少しスッキリしたわ、と菅原殿は言った。

 

「お前の方はどうだったんだ? 無茶振り御免の滝行敢行で」

 

「……バカデカい、観音様がおわした」

 

「ハ? 見ちゃいけないものを見てねぇか?」

 

 オレも仏様かと一瞬思った。黒い空間の中に、見上げても見上げたりない無数の腕を持つ観音様が、静かにそこに佇んでいた。

 

 そして、間抜けな声を漏らした時、疑問に思った。自分の声とは違う違和感。首元に触れるとまだ出ていない喉仏が出ていて、さらに首を傾げた。髪も長く色も黒だった上、肌の色も日に焼けたような色だった。そのオレに()腕がないことも実に奇妙で、不可解だった。

 

 あのオレは、もしかしたら前世のオレだったんだろうか? あいにくと自分の顔を見る手段はなかった。

 

「つまりお前が領域展開をした暁には、そのバカでかい観音様が現れるかもしれないってわけか」

 

「……まだ分かりません」

 

 オレには、オレ自身にも分からない謎が多かった。

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