フルフルニィ………「誰!?柱間って誰なのォ!!?」 作:アンディライリーのうさぎ
家族とは月一回ほど手紙のやり取りをしている。
そろそろ顔を見に行ったらどうかと菅原殿に言われ、帰郷することになった。
ちなみに術式で呪力が限界値まで溜まると、額に白い星のようなものが浮かぶことが分かった。非術師でもこの白星は見えるらしい。オレのオシャレ心がくすぐられた。この星は通常の分を使いきって、術式で溜まっている分を消費し始めなければ消えない。
「土産もたくさん持ったし、行くか」
菅原急便に頼んで家まで送ってもらった。菅原殿は帰るのかと思ったら、オレの家族に顔を見せに行くらしい。
「主君を顎で使うだけ使ってポイか、このやろう」
「オレの弟があまりにも愛いやつだからって、誘拐する気か…!?」
「しねぇよ」
家に帰ると、まだ出てから一年も立っていないにも関わらず、数十年ぶりに帰ってきたような気持ちになった。母と父が抱きしめてくれる。家族の温かさを感じていると、ふと視線を感じて後ろを見た。
菅原殿が、やさしげな目でオレ──だけでなく、オレの両親のことも見ていた。その蒼い瞳の中にはどこか、寂しげなものもあった。
「あ、貴方様が菅原殿でございますか! 息子がお世話になっております…!!」
「よい、そう畏るな。自然体でいてくれた方がこちらも気を遣わずに済む」
両親はタジタジだった。オレは大量の土産を置いてから、弟の元に向かう。もうハイハイもできるようになったらしい弟は、今はぐっすり寝ていた。覗きこんでいるとオレの気配に気づいたのか、名前と同じ梅の色をした目がパチリと開く。
「兄様だぞ、裏梅」
小さな手が後ろで結っている長い髪に興味を持ったらしく、懸命に伸ばしてくる。それを握らせてやると、左右へ振り回し始めた。
「どれ、兄様が抱っこしてやろう」
持ってみると手に重さがずっしりと伝わる。生まれてから一年も経たないというのに、赤子というのはこんなにも大きく、逞しく育つのか。
妹のことも持ってやったが、あの時は長時間持つことができなかった。
「………ただいま、裏梅」
オレが微笑むと、裏梅も花が咲きほころぶような笑みをこぼした。
あぁ、なんて幸せで────同時に、儚さも感じてしまうのだろう。
◇◇◇
一日家族の手伝いをして過ごし、その日のうちに帰ることにした。菅原殿は「よいのか?」と仰る。
「オレがあの中にいると、壊してしまいそうでな」
「………俺はそんなこと、ないと思うけどな」
天涯孤独であった方が、オレはこの“恐れ”を抱えずに済むんだろう。自分が死ぬことよりも、大切な者が死ぬことの方がオレは恐ろしい。
自分が他人の命と釣り合うことはないのだ。オレの犠牲は、オレの中で、「犠牲」とは呼ばない。
「貴様は、俺が出会った中で一番
真剣な目で菅原殿はそう言う。
「反転術式を上達させるために、自傷を平然と行う姿を見ていた時から思っていた。貴様はまるで、自分を命のないもののように扱う」
「何を仰るんですか、菅原殿。オレは人間ですよ」
「そうだ、貴様は人間だ。血の流れる人間だ。貴様はなぜ自分を大切にすることができない? 人間ならば肉体はおろか、言の葉でその魂まで傷つくこともある。貴様の痛みは貴様だけのものなのか? 違うだろう」
「……例えばの話、ですよ」
オレの命と菅原殿の命が同時に危機に陥ったとしよう。どちらかを殺せばどちらかが助かるというならば、オレは自分で自分を殺すだろう。きっと後からその選択を後悔したとしても、また次で同じ選択肢を迫られたら同じことを繰り返す。
「だからこそ、貴様は酷い男だ。お前を思い涙を流す者がいることを考えていない」
「考えておりますよ。その上で、オレは自分よりも他人の命を優先する、と申しておるのです」
それに、そんな酷い男を「気に入った」と言って臣下にしたのは菅原殿だ。
オレがそう言うと、菅原殿は深いため息をついた。
「…俺にはな、お前のその──自己犠牲心が似ていると思うんだ」
今よりもさらに古い、『呪術』そのものがまだまだ発展途上だった時代。
その世には朝廷お抱えの『呪術師』がいた。そしてその呪術師の中でも「最強」と謳われた男。
「お前は似ているよ。『柱間』様に」
柱間────それはビジュアル系のロン毛男が嬉々として叫んでいた、男の名前だった。
◆◆◆
当時の最強と謳われた、『柱間』という男。
『木遁操術』なる木を操る力は、一瞬にしてあたり一面を樹海にするほどの凄まじさだったと言われる。人柄については大らかで優しく、たとえ盗人に騙され身ぐるみを剥がされても、「それを売り、腹いっぱい飯を食うと良い」と笑顔で言ったという。絶対に脚色されているな、と裏松は思った。
そんな最強と謳われた男の死因は、非術師によるものだったとも、病死だったとも言われる。正確な情報は残されていない。
(最強と言われたのに術師ではなく、非術師に殺された可能性があるのか)
裏松は気になったその男の情報を調べてみるとことにした。菅原家に残されている古い文献を漁り、目を通していく。
分かったことは『木遁操術』の使い手だったことや、歴史において初めて「呪術師」の名を朝廷から賜った男…ということくらいだった。子孫についてはいないようだ。
「なになに? 『樹神教』ってのもあるのか。信徒たちが苦しみに喘いだ時、神の魂が再び木に宿って復活する………バカバカしいな、オイ」
カルト集団過ぎる。思わず裏松は書物を投げ捨てたくなったが、堪えた。希少な紙でそんなことをすれば書物庫に入らせてもらえなくなる。
「………!! まさか、オレって…」
裏松の脳裏に電流が走る。彼は気づいてしまった。「もしかしたら…」と。
「もしかしたら、オレはこの樹神教の信者だったんじゃないか……!?」
あのフルフルニィ…していた男は、そんな信仰心で形づくられた偶像なのかもしれない。裏松の頭が痛くなっていった。
それから、足取りの重い彼に出会した上司は、「あっ、言い忘れてたけどよ」と前置きする。
「お前の弟、ありゃあ将来術師になるぞ」
「………ハァ!?」
六眼で見た際に呪力の流れで分かったらしい。報連相がしっかりできない上司だった。
「オレも術師になったんだ。素質があっても不思議じゃないか…」
「おそらくは両親のどちらかの血筋を辿れば、術師だった者がいる可能性が高い」
「父は代々農民の家系だったはずなので、あり得るとしたら母ですね」
その母が何も言っていなかった以上、母自身も知らないのだろう──と裏松は考えた。
「弟には自由に育ってもらいたいですよ」
そう言った裏松に、菅原は片眉を上げた。
「何だ。自分が俺のような面倒くさい主君に捕まったことを皮肉っているのか?」
「あぁ、それもあります」
「……ホホホォ?」
「ホーホケキョ」
「さえずるな」
ハハッ、と裏松は笑った。それにつられて菅原も口角を上げる。
普通なら上の者に対し、下の者がこのような軽率な発言や行動を取ることは御法度である。これは菅原が、「畏まらなくてよい」と言っているからこそ成り立っている──ように見えるだろう。だが、内実は少し異なる。この裏松の肝も随分と据わっているのだ。菅原もそれ以上踏み込まれるとキレる場所に平然と入ってくる。この男も男で、図体の割に子どものような部分がある。
「オレは本に、良き主人に恵まれた」
そして──そして時折、裏松という少年は、別人のような顔を見せる。この一面を知っているのはおそらく裏松の家族か、その次に彼と共にいることが多い菅原だけだ。
「やはり不思議な男だ」と、菅原は思った。