フルフルニィ………「誰!?柱間って誰なのォ!!?」 作:アンディライリーのうさぎ
元服を迎えた。まぁそんなことよりも、裏梅のエピソードを話を聞いてく──何? オレのつまらん元服の話を聞きたいと? では、手短にオレの元服話を済まそう。
まず元服の際は儀式用に正装をする必要がある。菅原殿の計らいでオレのいつも後ろで結っている髪に冠を着けられ、烏帽子をかぶるハメになった。
いつもの姿でいられないというのは、非常にストレスだった。
「裏松がこれでもかと不機嫌になっておる!!」
菅原殿は爆笑していた。この男、最近三人目の子が生まれたらしい。「俺の子もあと数年もすれば元服か…」と言われた時は、思わず「ハ?」となった。オレが菅原家の術師になる前から正妻がいたらしい。もちろん子もいたと。報連相ができないのは頭にほうれん草を詰めているからなのか? だったら一度オレの実家に来た時の、あの憂いた表情は何だったんだ。心配損ではないか。
「お前とその家族を見て、両親の姿を思い出したんだ」
オレがキレると、菅原殿はこれまた憂いた表情を浮かべてしまった。持っている笏で腹を刺す計画は頓挫した。(いや、そもそも無下限で止められて終わるだろうが)
そんなこんなで、オレの元服は終わった。烏帽子は成人男性のステータスだが知ったことではない。オレはオレの
さて、全人類がお待ちかねの裏梅の愛らしいエピソードをしようと思う。
5歳になった裏梅は、オレが久しぶりに帰ってくると、「兄様!」と駆けてくる。ほらもう、その姿を想像しただけで脳が溶けている者が続出していることだろう。
裏梅は男の子だが、中性的な容姿である。オレも雄々しい見た目ではないが、裏梅ほどではない。久々に会うとオレはその姿を見るたびに、「あれ、オレの弟って妹だったっけ…?」と脳がバグることもある。
そんな裏梅は最近気になる女の子ができたらしく、オレに相談してきた。「どうやったら、お友だちになれるんでしょうか」と。
兄様であるオレは悩んだ。友だちになるには、遊びに誘うのがいいのではなかろうか。そこから仲を深め、やがては……という算段だ。
なら遊びに誘うには何がいいのか。一瞬双六や囲碁が思い浮かんだが、頭から消した。やるならもっと子どもが楽しめる遊びだ。というか女の子ってどんな遊びをするんだ?
「兄様、いっしょに遊びながら考えてみますか?」
「そ……そうしよう」
オレは竹馬やコマ回しをして裏梅と遊んだ。竹馬は即席で竹藪から切ってきたもので作った。試作品をいくつか作ったのちに、満足のいくものができた。
「どちらが早いか、競争しましょう!」
「あぁ、よいぞ!」
ここで兄様のサービス精神を忘れてはならない。最初は足がまごつくフリをし、中盤まで裏梅と圧倒的な差をつける。しかし裏梅は賢い子だ。このままでは「兄様はわざと負けたんだ」と気づいてしまう。ゆえにここからが腕の見せどころ。
「負けぬぞ、裏梅ッ!!」
弟の背に追い抜くか追い抜かないか、ギリギリのラインを攻める。そして最後は裏梅に勝利を飾らせ────、
「ふぎゅっ」
裏梅は、地面に足を取られて転んだ。横目で見たオレの体では、とうてい助けられない。地面に顔をぶつけた裏梅は呆然とし、みるみるうちにその目尻に涙を溜めていく。
「ひっ…うっ…」
「う、うう、裏梅ェェェ!!!」
とっさに反転術式をかけ、傷を治してやった。
「ぐすっ………痛くない?」
「兄様がな、痛みが治るように
「ほ、本当ですか?」
裏梅の目はキラキラと輝いた。弟にケガをさせてしまったことに大ダメージを負っている今のオレに、その純度百パーの煌めきは、キズに塩を塗る行為に等しい。
「兄様は、ふしぎな力が使えるのですね!」
「……あぁ、そうだぞ」
オレが術師をやっていることは、弟に知らせないよう両親に頼んでいる。術師は死にやすい立場でもある。呪霊を相手取ることもあれば、派閥の問題で同じ術師と戦うこともある。
術師の才を持つと菅原殿のお墨付きの弟に、オレはあまり同じ道を進んでもらいたくなかった。
せめて選ぶなら、オレに憧れて──というのは望まない。自分の意思で選択してもらいたい。
もちろん術式の力に目覚めた時は、ガッツリとサポートする気だ。
ただ、術式によっては他人に危害を及ぼす危険性もある。その際は、オレの家族を守護している者が迅速に対応してくれることになっている。このケースだと、術式の操作を学ばせるために菅原家で一時的に引き取ることにもなるだろう。
まぁ、そこは術式に目覚めてからでないと分からない。
(本当に、子はあっという間に大きくなる)
弟との思い出に浸っていたオレの顔を見た菅原殿は、「出た、じいやの顔だ」と言っていた。10代が年寄りに見えるなんぞ、六眼で見た映像の処理が追いついていないんだろう。
笏を奪ってこの男の腹を刺そうとしたが、失敗に終わった。
◆◆◆
裏梅には歳が10も離れた『裏松』という兄がいた。本当は5つ上の姉もいたそうだが、裏梅が母のお腹にいた時に病にかかり、亡くなってしまったらしい。
裏梅は時折、空を見上げて「姉様は、どんな姉様だったのだろう」と考えることがあった。
兄の裏松は都に働きに出ているらしく、家には年に一度ほどしか帰ってこない。まぁそのおかげで、食べ物には困らない生活を送れている。
また、裏松は村人にも感謝されていた。食べものや衣服などを私財で寄付しているらしい。
兄と会える機会は少ないが、裏梅は裏松を誇りに思っていた。自分の、自慢の兄であると。
(私も、裏松兄様のような立派な男になりたいな)
裏梅は初対面の相手だと女子に間違われることが多い。それが最近の悩みだった。憧れるのは兄のような、鍛えられた筋肉だ。風呂殿(蒸し風呂)にともに入る時に見た体は傷跡が多かった。それだけ、厳しい仕事をしているのだろう。
ちなみにこの風呂殿は、都でこの知識を得た裏松が取り憑かれたように作ったものだった。その時の裏松は、血走った目で「フロ……フロォォォ……!!」と叫んでいたという。
それから、久しぶりに兄が帰ってきた折、裏梅は恋の相談をした。その際に裏梅は兄に尋ねた。
「兄様はおよめさんになる人がいるんですか?」
兄はすでに元服している。相手となる女性がいてもおかしくない。
「……ま、まぁ菅原ど──知り合いから、いくつか話はもらっているよ」
裏松の笑顔が露骨に引きつる。裏梅は首を傾げた。この様のよい兄なら、モテるはずだ。その割に女の好きな遊びをすぐに思いつかなかったりと、その手の話に疎い部分がある。もしかして、と裏梅は思った。
「兄様は男の人が好きなのですか?」
「…………えっ?」
「裏梅は、どんな兄様でも尊敬しております」
「裏梅ちゃんごか……あっ、違ェ。裏梅誤解だ!!」
裏松は尻と胸の大きな女が好きなのだ──と言おうとして、相手が5歳であることを思い出した。
そして、「せ、清少納言がタイプかなぁ……?」と言った。
結果として、裏梅は兄が恋愛方面が苦手らしいと知ることになった。まぁそれを知ったところで、という話ではある。
兄のアドバイスはあまり役に立たなかったが、裏梅は気になっている女子と竹馬を通して仲良くなった。交流を深めているうちにすっかり仲良くなり、心臓の音も強くなっていく。
そしてタイミングを見て、告白した。目を丸くした相手は裏梅に対し、こう返した。
「裏梅ちゃんは女の子みたいだから、男の子としては見れないかなぁ」
この時裏梅5歳、はじめての失恋だった。
◇◇◇
裏梅が好きな女の子に振られてしまったらしい。月一の両親からの手紙でその事実を知った。そんな失恋してしまった我が弟は、「筋肉隆々の漢になる!!」と叫んで無茶なトレーニングをし、ケガばかりしているそうだ。
「ダメだァ!! 裏梅ッ!! 筋肉隆々の男になんてなるなァァ!!!」
裏梅はな、今のままでいいんだ。いや、お前が本当に筋肉隆々の男になりたいというならこの兄様に止める資格はないが、ケガをしてまで鍛えるのは間違っている。
「菅原殿ォ!! オレは今一度実家に帰る!!!」
「お、おう…?」
オレは都を飛び出し、最速の帰郷を果たした。連絡を取っていなかった両親は息を切らすオレにどうしたんだと声をかける。
「う、裏梅はまだ筋肉隆々の男になってはいないよな!?」
「ひとまず落ち着きなさい」
母に嗜められた。一度冷静になってみると、最後に会ってから一か月そこらで筋肉隆々の男になるわけがない。母に裏梅の居場所を尋ね、裏山に向かった。そこには大きな石を背負い、小鹿のように足を震わせる弟がいた。
「に、兄様!?」
弟が気を抜いた瞬間、石の重さで前に倒れた。とっさに足に呪力を込め、前傾姿勢で勢いよく跳躍する。
「…危ないだろう、裏梅」
すんでのところで襟の部分をつかみ、弟が石の下敷きになる前に助け出せた。眉を下げる裏梅の手足には、手紙にあったとおり傷が多数ある。まだ真新しいものもあった。その痛々しさに、つい息が詰まってしまう。
「一度座ろうか」
木の下に移動し、裏梅の傷の具合を見た。幸いどの傷もかすり傷程度で、綺麗に治せそうだ。ケガによっては反転術式を使っても、痕が残ってしまうものもある。
「……お忙しいはずの兄様が、なぜ帰っていらっしゃるのですか?」
「お前が無茶をしていると知って、すっ飛んできたんだよ」
「わ……私のせいで?」
「そうだ。お前はな、オレの大切な弟なんだ」
裏梅は表情を歪め、下を向いてしまう。声も涙声になっていった。ケガを治し終えたら、小さな頭に手を伸ばす。撫でる前に一瞬だけ、自分の手が硬直した。
「ごめんなさい、兄様………」
「謝るな、裏梅。お前が困っていたら、オレはいつでもお前の元に駆けつけるさ」
「本当…ですか?」
「あぁ。しかし、父様や母様に心配をかけたことは別だぞ」
ただでさえ、妹がちょうど今の裏梅と同じ歳の頃に亡くなったのだ。その心配はより一層あるだろう。
「もうこのような無茶はしないと、兄様と約束してくれるか?」
「…分かりました」
オレが小指を差し出すと、裏梅は不思議そうにその指を見つめた。オレもなぜ自分が小指を差し出したか分からず、兄弟そろって首を傾げる。
少しして、おずおずと小さな指が差し出された。それに自身の指を絡めて、口にする。
「指きりげんまん────」
「それはなんの歌ですか、兄様?」
「……実は、オレも分からんのだ」
「…フフ、そうですか」
オレがしたこれは、もしかしたら『縛り』に似ているのかもしれない。きっちりとしたものではないが。
「では父様と母様に謝りに行こうか。オレも一緒に謝るよ」
「はいっ!」
小さなその手を繋ぎ、母のいる家へ向かった。
◆◆◆
裏梅が7歳になり数か月経ったある日。彼は朝起きた時、暗闇に浮かび上がる息の白さに驚いた。次節は秋(7月1日から3か月間の間)。息が白くなるほど寒くなることはあり得ない。いや、そもそも──。
「寒く……感じない?」
よろよろと立ち上がった裏梅は、寒さの原因を確かめるべく、手の感覚を頼りにまだ薄暗い外へ出た。まだ陽がほとんど昇っていない状況では、よく見えなかった。
「仕方ない。とりあえず、母様と父様を起こそう」
両親が眠る部屋に向かう。その間にも、「ピキ、パキッ」という不可解な音が四方から聞こえてくる。募る恐怖に裏梅は自分の手を祈るように握りしめた。
「父様、母様、周囲の様子が変なんで……」
今触れているのが母か、父なのか──どちらかは分からないが、人間の肌の柔らかさをしていない。もっと固い。尚も「ピシッ」という音が聞こえる。裏梅の心臓が早鐘を打っていく。白い息が不規則に吐き出される。
なぜこんなにも両親が固まっているのか。裏梅は陽が昇り始め、薄明るくなってきたタイミングで知ることになる。
「あっ…………」
二人とも目を瞑ったまま、固まっていた。氷のようなものが両親の手足だけでなく、部屋の四方を囲んでいる。
「と、父様ッ!! 母様ッ!!」
氷が先ほどよりも急速に、周囲を覆っていく。母を揺すった裏梅は、パキン、と音を立てた後、転がった母の腕を見て絶叫した。その腕は必死になるあまり、裏梅が膝で踏んでいた部分だった。
「あ、ああああああっ!!!」
外へ飛び出した裏梅は、村の光景を見て絶句する。あたり一面が氷で閉じ込められてしまったように、建物も畑も凍っている。
「だ、だれかっ………だれかぁ!!」
裏梅は叫びながら、村の中を回った。村の全員が目を閉じたまま、氷の住人になっていた。
白い息を吐く者は、彼だけだった。
「に、兄様っ!! 兄様………!!!」
恐怖の中、裏梅は氷漬けになった村から逃げ出した。
だが、どこへ行ってもすべてのものが氷に包まれる。木も草も、動物も家も。そして──人も。
はじめはなぜこんなことが起こっているのか、裏梅は分からなかった。だが、ふとある時気づいた。自分が泣き叫ぶほど、氷が出す音が大きくなる。そして被害も比例するように大きくなった。
(私……が?)
裏梅はこの世には『不思議な力』があることを知っていた。その例が兄である。また彼は両親に言うと不気味がると思い隠していたが、時折異形のナニカを見ることがあった。アレが悪いものであることも、本能的に感じ取っていた。ゆえに、なるべく近づかないようにしていた。
(この氷の力が、兄様のような不思議な力だというのなら…)
両親どころか、村人全員を一晩のうちに殺したのが、自分ということになる。
「……っ、……!!」
裏梅はその日、声を殺すように泣いた。泣き続けた。
兄が人を救う力を持っているなら、自分は人を殺す力を持っている。なんと、悍ましいのだろう。
人がいる村に近づくこともできず、裏梅は森の奥でひっそりと過ごした。狼やイノシシが襲って来ようと、彼らは牙を剥く前に凍ってしまう。たとえ裏梅が殺そうと思わなくとも、勝手に死んでいく。
腹が空いたら、その凍って死んだ獣の肉を食べた。大罪を犯してなお、生き延びようとする。その本能に裏梅は吐き気を覚えた。
「にいさま……いつ、きてくれるの………」
陽が沈んで、また昇って。村を出てからもう何日経ったか分からない。
身も心もボロボロになっていきながら、裏梅は兄を待ち続けた。兄の救いを、待ち続けた。
そんな彼の前に現れたのは。
「お前が獣を氷づけにしている犯人か?」
腕が四本もある────筋肉隆々のおじさんだった。