フルフルニィ………「誰!?柱間って誰なのォ!!?」 作:アンディライリーのうさぎ
天上天下唯我独尊。残酷であり、残虐であり、非道でもある男──両面宿儺。
現代の最強と名高いこの男を討伐しようと挑む者もいた。その結果、かの藤原北家直属の『日月星進隊』『五虚将』が殲滅されることになった。
大切な者を失った恨みや、圧倒的な力を前にして抱く恐れ。呪術最盛期のこの世の中心におはすのは、両面宿儺と言っても過言でない。
宿儺に何かしらの因縁を持つ者たちは、一族の垣根を越え徒党を組む決断をした。
まず安倍晴明でもおなじみの『安倍家』と、こちらもまた菅原道真で有名な『菅原家』が両面宿儺の討伐に向けて立ち上がった。彼らに続くように、他の一族も連なり、『
菅原家の術師たちは、菅原の君と仲間を殺された報復の意味を込め、此度のたたかいに向かった。
裏松もまた、この戦いに参加することになった。
彼の中では二つの思いがあった。
亡き菅原の君への忠誠心と、弟への悔恨の情である。
菅原の君に対し、返しきれない恩がある。彼に出会っていなければ、裏松は反転術式の力をめぐって、家族もろとも不幸に晒すおそれがあった。その可能性は成長して人の世の闇を知るほど、より理解した。裏松が真っ当でいられたのは、菅原の君がいたおかげでもある。
同時に、弟へ謝っても謝りきれない後悔がある。家族が死に、主君が死に──弟が生きている可能性があったにも関わらず、裏松は動けなかった。動くことができなかった。あの時向かっていれば、両面宿儺に拾われる(あるいは弟が自らついて行った)前の裏梅と出会うことができたかもしれない。
裏松は結局、弟が死んでしまったと決めつけたのだ。両面宿儺に殺されてしまったと。
しかし、実際は違った。絶望の淵にいた裏梅の前に現れたのは、自分ではなく両面宿儺だった。
そう、それが事実である。
裏梅を救ったのは
裏松はこれまで、反転術式を使いそれなりの人間を救ってきた。涙を流しながら感謝されたこともあった。
だが、本当に心の底から守りたいと思った人たちは、誰一人救えていない。妹も、両親も、菅原の君も────そして、裏梅のことも。
そんな自分を責めるように鍛錬し続けた。いっそのこと死んでしまえと思いながらも、死ぬことはできなかった。まだ裏松にはやり遂げなければならないことがあったからだ。それこそ一度誓った、両面宿儺への報復である。
だが果たして勝てるのか、わからない。それに、裏梅は仕える両面宿儺に対し、仕えるだけの恩義──に似た感情を持っているはずだ。そもそもの話、天上天下唯我独尊の男が隣に立つのを許している時点で、宿儺も裏梅に対し何かしらの特別な感情を持っていると考えるのが自然だ。
主君と臣下────それが両面宿儺と裏梅の関係ならば。
菅原の君と、裏松の関係と同じだ。
“忠誠”を取るならば、裏松は宿儺の退治に挑む。
“裏梅”を取るならば、菅原の君への恩を仇で返すことになる。
いや、話はもっと複雑かもしれない。
戦いの場に立った裏松は、瞳を閉じて──そして、ゆっくりと開ける。
「久しぶりだな、裏梅」
「………」
裏松の前に割って入ったのは、宿儺ではなく弟である裏梅だった。
◆◆◆
ひょんなことから両面宿儺に拾われた裏梅。はじめは氷室の番から始まり、あれよあれよという間に、気づけば人間の肉を解体していた。はじめは人の肉を「解体する」という行為に胃液をこぼす始末だった。しかし、慣れてしまえばどうということはない。村で時折見ていたのと獣の解体と同じだ。
宿儺という男は、まだ幼かった頃の裏梅には巨大な山のように見えた。盛り上がった筋肉もなんだか得体の知れない動きをする。その裏梅の視線に気づいた宿儺は、眉を寄せた。
「どうやったら、そんな筋肉になれるんですか?」
その裏梅の言葉に、宿儺の眉間の皺が消え、「ハ?」という顔になった。
「私もいつか、宿儺様のような筋肉になりたいです…!」
「…そ、そうか」
宿儺の体を見れば、筋肉以外に目立つ部分があるはずだ。腕の数や、腹にある口──などなど。
現にその異形の姿を目の当たりにしてきた人々は、宿儺を恐れた。裏梅という幼子も、最初に出会った時は彼の体に驚いていた。ただ、その次に出た言葉が「エッ……筋肉スゴッ!!?」だった。この時も宿儺は「ハ?」という顔になった。
何というか宿儺の心情を表すと、「調子が狂う」のだ。この、裏梅という幼子といると。
そんな二人の関係は、宿儺が一歩を踏み出すその後ろを、裏梅が早足で二歩分歩く────と、いうような関係だった。
時が経つうちに、裏梅は宿儺に絶対の忠誠心を置くようになった。そこには小さな子が大きな手を握るような、そんな感情もあった。
一方で兄への憧憬は錆びれていった。
両親を含め村の人間を殺めてしまった時、絶望の中で裏梅は兄に救いを求めた。彼が困っている時、必ず駆けつけると裏松が言ったのだ。
だが兄は来なかった。むしろ、来たのは裏松が仕える菅原家の術師たちだった。(ちなみに、裏梅が兄が菅原家に仕える呪師だと知ったのは、もう少し成長してからのことである)
────私を、殺しに来たんだ。
そう、裏梅は思った。村の人間を殺したのだ。それが然るべき報いの形だと、信じて疑わなかった。裏梅は膝を抱えるようにうずくまり、耳を押さえた。目も強くつむった。体も震え、死体となっていた両親の姿を思い出し、「ごめんなさい」とか細い声で泣いた。
そして、ちょうどその時、獣を一狩りしてきた宿儺が現れた。目に涙をいっぱいに溜めた裏梅と、宿儺の目が合った。複数のおとなが一人の幼子を取り囲んでいる状況。
はたしてその時、宿儺が本当に見たのは、裏梅という幼子の姿であったのか。
「しにた、くない」
今際の際だと思いながら、そして絶望の淵に立ちながら、裏梅の本能は“生”へとしがみつこうとする。
するとわずかに見開かれていた複数の目が、ゆるりと弧を描いた。(側から見れば凶悪そのものだった)
その宿儺の変化に、視界が涙で歪んでいた裏梅は気づかなかった。
直後に起きたのは、思わず魅入ってしまうような、圧倒的な力による蹂躙だった。
────殺される私の姿を見たくなかったから、兄様は来なかったの?
それから、裏梅はなぜ兄が来てくれなかったのか、考え続けた。そして、一つの結論を見出した。
────私は兄様に、
裏松の性格を考えれば、きっと弟を選ぼうとするはずだ。可愛がられている自覚は裏梅にもあった。しかし裏梅が両親を殺し、村の人間まで殺した『罪人』となったがゆえに、見捨てたのだと判断した。術師として、見捨てざるを得なかったのだろうと。
「どの道、貴様が来なかったのは事実だ」
思い出は雪の下に埋もれ、そこにはまっさらな二つの足跡があるのみ。大きな足跡と、小さな足跡。それが今の裏梅を形作るものである。
◆◆◆
どうしてだろうか、と裏松は考える。自分が選んで進んできた道はすべて間違っていたのかもしれない。
裏梅の氷結による攻撃に防戦一方だった。その顔を見ていればわかる。裏梅は裏松を『兄』ではなく、『敵』として認識している。
「その程度かッ! 菅原家の精鋭と呼ばれる力は!!」
範囲と威力ともに強力な氷の力は、近距離戦を得意とする裏松に分が悪い。
「ッ!」
地面から伝わった氷結が右足を縫い止める。その間に接近する裏梅。裏松は足を大剣で斬り、反転術式をかけながら後ろへ下がる。地面を足場にするのはまずい。そう判断し、小規模の結界を踏みながら移動した。
(術式の差か…)
生まれ持った術式で、術師の力は大きく左右される。どれだけ努力を重ねても、追いつかない頂もある。
その才能うんぬんを言っていたのは、菅原の君だった。術式に恵まれたはずの男はじゃじゃ馬な術式を前にして、誰よりも努力を重ねていた。その努力を隠したがる一面もあった。
(オレの良き主君であり、良き師でもあり………そして、良き友でもあった)
その仇である両面宿儺がこの場にいる。この場といっても、弾幕ゲーのごとき渦中の場所にいる。裏松と裏梅がいるのは、そこから少し離れた場所だ。戦っているうちに中心部から逸れてしまった。
(……菅原殿)
今この時恩を返すならば、目の前に立ち塞がる裏梅を倒さなければならない。向こうはきっと、とっくに兄との決別の意思を固めている。
裏松はここに来てもなお、中途半端な意思のままだ。
だからこそ、どちらかを選ばねばならない。忠誠か、弟か。
「────なっ!?」
裏梅の放った氷結が、裏松を覆う薄い膜に防がれた。その膜を盾にしながら一瞬にして距離を詰めた裏松は、大剣を振るう。それに裏梅は体をのけ反らせるようにして避けた。それでも髪ごと頬が切られ、血が数滴舞う。
裏梅は体勢の立て直しをはかる。しかし裏梅の目に入ったのは、大剣を握る裏松の手とは別の片手に握られた短剣。大きさの異なる剣を双剣のように操る。長さの違いが間合いの強弱を生み出し、裏梅を翻弄する。その苛立ちが表層化した。
「ッ、うっ!」
苛立ちは同時に隙を生む。裏梅は、当たればタダでは済まないとわかる足蹴りを避けようとした。だが逃れた先で背後の木にぶつかり、そのまま大剣を首に押し当てられる形になった。
「…強くなったな、裏梅」
裏松の目は先ほどの揺らぎを無くしていた。何に迷っていたのか、それは裏梅が気にすることではない。そう、裏梅は自分に言い聞かせた。仮にその揺らぎに自分が入っていたとしても、「今更」という話なのだ。
「殺すならっ、殺せばいい」
「………」
「…なぜそんな、泣きそうな顔をするんだ」
泣きそうな──いや、枯れるほど泣いたのは、裏梅の方だったというのに。
負の感情で胸が張り裂けそうになりながら、必死に兄を待ち続けたというのに。
「今更………今更ッ、私の兄であろうとするなぁ!!!」
大剣ごと裏松の腕が凍る。裏梅が拳で大剣を弾きその腹を蹴り飛ばすと、裏松の体が後方へ吹き飛んだ。
「ガハッ……!!」
岩にぶつかった裏松の口から血が溢れた。先ほどの拍子に、右腕が上腕から持っていかれた。立ちあがろうとしたができない。氷の地面がその身を縛りつける。
「貴様はもう、私の兄様じゃない」
「……お前はそう、思うんだな」
「
「………ハハッ! 兄様って、言ってるじゃねぇか」
裏梅の目には涙が溜まっていた。「どうして」と彼は言う。どうして来てくれなかったの、と。7歳だった頃の、裏梅のように言う。
「……行けなかったんだよ。オレが、弱かったから」
「兄様が、言ったのに」
「オレはどこまでも……弱いんだ」
結局、菅原の君の仇を返せず────そして、大切な弟を傷つけたまま、冷たくなろうとしている。
努力したはずだった。自分が大切だと思う者たちのために。けれども上手くいかなかった。どこまでも中途半端なままだ。
「ごめんな、裏梅。……すまない、菅原殿………すまない、すまない…」
ボロボロの自分の心が、さらにボロボロになっていく気がする。謝り続ける裏松を、裏梅は涙を拭い、静かな目で見下ろした。
「……せめてもの情けだ」
「みい、つけ、た」
顔を横へ向けた裏梅の先に、見覚えのある女の姿があった。ただその女の目は今まで見たこともない、蛇のとぐろのような様相である。
その女は尚も謝り続ける裏松の体を姫抱きし、その両足を裏梅の方に向けた。
「この両足も凍らせてくれるかい?」
「………ハ?」
「だから、足を凍らせろと言ってるんだ」
裏梅は仕方なく──というより、本能的な恐怖で従わざるを得なかった──裏松の両足を凍らせた。
「ありがとう。これで出血させずに済むよ」
そう言って、女は裏松の凍った足をパキンと折った。太ももの途中から欠けた両足が、地面に落ちる。裏梅は完全に思考が停止していた。
「………え?」
「さぁ、行こうね柱間」
「なっ……ま、待て!!」
裏梅はとっさに叫ぶ。
何が起こっているのか。そもそもこの女は何をしているのか。第一、この男の名前は「柱間」ではなく「裏松」だ。
「何かな? あぁ、左手は残しておいていいんだよ。じゃないと私の頭を撫でられないからね」
「……ッ!! その男は、「裏松」だ! 私の──」
「私の、何?」
女がニッコリと微笑む。全身に鳥肌が立つような笑みだった。裏梅は思わず一歩、後ずさった。それでももう片方の足は下げなかった。ふふ、ふふふ、と笑う声が聞こえる。
「「兄様じゃない」と言ったのは、君じゃないかぁ」
女はそう言い、凍った両足と遠方に落ちている右手…それと、戦闘の途中で切れた足も回収した。余すことなく「裏松」の部分を抱える。
「あぁ、ようやく見つけたよ。君の魂」
「すまない、すまない、すまない……」
「可哀想に、またおかしくなるまでお人好しに生きてたんだね。でももう大丈夫。私がいるよ、柱間」
女はドロドロに溶けた微笑みで、裏松の顔を覗き込む。
「だ、れだ、おまえ」
その言葉に女から表情が消えていく。直後、大笑いした。
「覚えてないのか!! 人がずっとずっとずっと探していたっていうのに! さぁ!!」
「………」
「でもいいよ。許すよ。柱間も
その瞬間、氷柱が伸び、裏松の頭を突き刺した。一瞬にして生気を失った裏松に、女の目が丸くなった。そのまま首がぐるりと回って裏梅の方に向く。
「ハッ、ハッ、ハ、ァ……」
裏梅の呼吸が不規則に行われる。彼の思考を恐怖一色に染め上げた狂人を前にして、裏梅ができるのは一つだけだった。この狂った女から、裏松を生き地獄へ向かわせないようにすることだけだった。
「ふーん…」
氷を引き抜いた女は、一旦裏松の死体を横たえる。開いたままの瞼を下ろさせ、優しく頭を撫でた。
「次は忘れるなよ」
呪詛のこもった言葉だった。果たしてそれが叶うのかは、分からないが。
ハァーと息をついた女は、裏梅に視線を向ける。
「君を殺すと宿儺の機嫌を損ねるだろうからね」
「………」
「運が良かったと思え」
再度裏松の遺体を抱え直した女は、乱戦が続く場に背を向ける。
残された裏梅は座り込み、体を震わせた。
ただ確実なのは、宿儺をあの女から、絶対に引き剥がさなければならないということだった。それを果たして自分ができるのか、裏梅にはわからない。