フルフルニィ………「誰!?柱間って誰なのォ!!?」 作:アンディライリーのうさぎ
三章は自己『愛』と純『愛』で、桜前線。
フローリングについた尻と足の裏から、無情に熱が奪われていく中。玄関の窓から差し込む曙光が、天使のラッパでも鳴らしながら降ってくる。
この行程をもう何日も繰り返している。毎朝引くこのくじには当たりはずれがある。はずれたら、バミューダトライアングルが失墜の我が身を抱きしめてくれるだろう。
その日はしかし、当たりだった。魔の海域に別れを告げよう。お前との心中はまだ先になると。
お前は真紅のハイヒールが刻むその音を、胎の中にいた時に聞いていた音と勘違いしていたのだろうか?
金属が押し合いへし合いの相撲を取る。正解を見つけたハイヒールの主はその金属を鍵の穴に突っ込んで、扉を開ける。
ようやく対面の時間だ。受刑番号『 』。その空欄には、あとでお前の好きな数字でも入れとけばいい。
お前は無駄のないスタートを決め、香水の匂いを振りまく女の足に抱きついた。その足はしかし、受刑者のお前を拒絶する。お前は脱ぎ捨てられたハイヒールやストッキングと同じように、床に転がり壁に頭をぶつけた。
お前は泣いた。だが受刑者のお前は、泣くことなど許されていない。今度は投げ捨てられたリモコンが顔に当たった。白色だったから、それはエアコンのリモコンだったかもしれない。
お前はまた泣いた。痛む場所を小さな手で押さえて丸くなる。受刑者でありながら、お前はアルマジロでもあった。
床の軋む音が響く。お前は自分を見下ろす女に少しでも好かれたいからと、涙を拭って笑顔を作る。見知らぬ男を家に連れ込んで、猿のようにまぐわっている時のような
お前は酸素を求めていた。濁りきった水槽の中しか知らぬお前に餌を与え、世話をしてくれるのはこの女だけだった。お前はその水槽の中しか知らなかった。玄関の扉一枚を隔てた先にある世界の広さを知らなかった。
『お前なんか、生まなければよかった』
お前の命に価値はないのだと。
お前が切り離したそれを、オレが知っているのも皮肉な話だ。
◇◇◇
自販機の下に落ちていたコインを警察に届けるなんて酔狂な人間が、この世にどれだけいるだろうか。
実際に拾った場合は、警察に提出しなければならないと法律で定められている。財布と同じだ。
しかし、「小銭くらいなら」とちょろまかす人間はいるだろう。
落ちている金自体、「小銭くらいならまあいいか」と、そのまま残されたものもある。
オレだったらそもそも拾わない。その金がワンチャン、悪意によってばら撒かれた偽造貨幣も可能性だってある。
自販機のケースで言うと、商品の受け取り口にあった毒物入りのジュースを飲み、複数の人間が死んだ事件もあった。
人間の悪意がどこに潜んでいるかなんて、分からないものだ。
一方で偽善者の面をかぶるヤツは、いちいち警察に届けていた。流石に地べたに手をついて自販機の下の小銭を探し、それをわざわざ届けるような変態ではなかったが。
「いつもありがとうね」と言う顔なじみの警官は、ヤツの顔を見るたびに「またかコイツ」という顔をしていた。仕事を増やす“面倒な”人間として見られていたってわけだ。正義を名乗る警官でさえこのとおり。ほらやはり、人間は信用ならない。
いつまでヤツは善人の皮をかぶり続ける気なんだろうか? お前の本質は、オレに近いというのに。人間に尽くしたところで、それにふさわしいだけの見返りが返ってこないことは、理解している──いや、理解させられたはずだろ。
同じ魂でありながら、オレはお前のその部分を理解できても、納得はできない。
そんな真っ黒な人間に対して、植物はどこまでも清らかだった。コイツらを守るのだったら、悪くない。そう思える。動物もまあ、好きな方だ。
ただし野生の勘ってやつなのか、やつらはオレに近寄ってきてくれない。オレの暇つぶし相手は植物だけだった。
随分と長いことオレは一人でいた。正確な時間感覚は分からない。オレのその機能は正常に働いていない。「昨日」が「10年前」の可能性もあるし、「数十年前」が「数日前」の可能性もある。
そんな長い暇つぶしを過ごしている中で、一匹の呪霊がやってきた。
呪霊に対しそれまでオレが抱いていた感想は、「餌」である。栄養価が高い餌がくると、多少は気分が高揚する。これはオレに残されている人間としての機能なのかもしれない。つまり、食欲だ。
オレがその呪霊を食わずに話し相手にしたのは、ひとえに植物が「良いやつ」の判定を出していたからだ。
そして、その呪霊──花御は本当に『良い
花御はオレの話に付き合ってくれた。遊んでもくれた。オレは誰かと過ごす楽しさを知った。
そうして欲を満たされていくと、さらに欲を満たしたくなるのは、オレが植物として進化しながら、人間の部分を捨てきれない所以だろうか?
────外へ、出たい。
オレはヤツが切り離して忘れた、ヤツの小さい頃と同じだ。狭いカゴの中に閉じ込められている。オレも外に出たかった。その欲は、「この自然を守ってやろう」という欲よりも勝っている。
本当の海をこの目で見たい。山にも行って、マグマの中で「はぁ〜良い湯だな」と、花御に小ボケをかましてやりたい。
というか、自由になったら花御と外の世界を回ってみたい。日本どころか世界中を巡って、未来ではあるいは消えているかもしれない自然の姿を記憶しておきたい。せっかく異世界転生をしたんだ。楽しまなきゃ異世界転生損だろ?
だというのに、向こうのオレは他人のために自分の命を消費している。阿呆者だ。
オレは違う。オレはオレのために命を使う。他人よりも自分を一番にする。
────そう、自己愛だ、自己愛。
自己を愛して、
まあ──花御だったら、一番にはしてやれないが、オレの命の隣に並べてもいい。
なぜなら花御は、オレの初めての友人だからだ。
◇◇◇
阿呆者のオレは、新しい生を受けてもまた阿呆に生きているらしい。
花御に外の──今は『裏松』と言うらしい自分の話を聞き、心底呆れた。このご時世、未来のように医学は発達していないのだ。風邪でも死ぬときは死ぬ。それが何かしらの病となったらさらに仕方ない。ババを引かされたと諦め、来世の自分にバトンを渡すしかない。
妹の死の後、しばらく死んだように生きていた裏松は家族の支えもあり復活した。前前世ではとことん親というものに恵まれなかったせいか、前世も今世も親ガチャで当たりを引いている。
それから、阿呆者が他者を頻繁に治療するようになったあたりで、ヤツの観察は一旦終わった。向こうに『六眼』なる目を持つ人間が現れてしまったせいだ。
花御はこれまで気配を消して向こうのオレを観察していた。…が、呪力が見られる男が近くにいるとなると、花御の存在がバレて消される可能性がある。それは許せない。
【良いのですか?】
『いいんだよ。オレにとってお前は大切なんだ』
【そう……ですか】
花御の目から飛び出している木の部分に、花が咲いた。綺麗な花だった。
つーか今更だが、花御ってどうやってものを見てるんだろうな。目から飛び出している木が視力の役割を果たしているんだろうか?
【アナタの肉体よりは不思議ではないでしょう】
『言ってくれンじゃん』
自ら進化を果たしたオレの細胞は人間と呼べるんだろうか? オレ自身、そこは謎だった。
以降はまたしばらく、花御と過ごす日々が続いた。
転機が訪れたのは六眼の男が死んでからのことだった。
それ以前のオレに関する情報は、無理のない範囲で花御が集めてくれていた。
平安らしい今は術師のレベルが高い。「相手によっては私が瞬殺されます」と言っていた、花御のその話は本当なんだろうか? 実際に見てみないことにはやはり、分からない。
そして六眼の男がいなくなったことで、花御が再び向こうのオレに接近することができるようになった。
大切な人間を失っていたヤツはだ〜いぶスレていた。都に移る時、単身ではなく家族も無理を言って連れてきていたらよかったのだ。そうすれば弟の術式が覚醒した段階ですぐに対処し、両親が氷づけにならなかっただろうに。六眼の男も、裏梅の捜索中に両面宿儺と出会うこともなかった。
やることなす事、すべてがから回って己の首を絞めている。「ああ、また壊れるだろうな」とオレは思った。
いい加減にその善人の面も剥がしたくなっただろう。他人の悪意を受け入れて、自分の穢れを受け入れろ。お前は聖人君子にはなれない。無意識のうちに抱えている、お前のその人間くささを受け入れられた時こそ、お前は「自己愛」を手に入れることができる。
自己を愛して、他人を本当に大切にすることができる。
それでも受け入れないと言うならば、オレは遠慮なく壊れたお前の魂をいただこう。
遠慮なく、自販機の下の小銭を盗む盗人になろう。
【欠けた魂を受け入れた場合、こゆびんがこゆびんでなくなる可能性はあるのでしょうか?】
『もしかしたら、変わるかもしれねぇな。ただよ、花御』
結局オレはオレなんだ。向こうのオレも、小指のオレも同じ魂なんだ。だから欠けた魂を取り込んでオレが変化したとしても、それは『オレ』なんだ。
『オレが変わっちまったら、もう
【いえ。変わらずアナタの友でいましょう】
『……へへ、そっか』
オレが人間大好きマンにさえならなければきっと、花御はオレと友人のままでいてくれるだろう。欠けた魂を取り込んでもオレの人間嫌いの根底は変わるまい。そもそも向こうのオレの魂が壊れる原因が、人間にあるのだから。
────そして。
オレの見立てどおり、菅原家を含む徒党を組んだ人間たちが両面宿儺を退治しようと挑んだ場で、向こうのオレは弟と戦うことになった。
その場に花御を潜ませるにあたり、心配なオレは花御に呪力を注ぎ込んだ。その結果、花御がさらに大きくなり、目測3メートルを超えた。
『成長期か、花御……』
【言っている場合ですか】
もっと呪力を注げば、さらに花御がデカくなるってことか? そのデカくなった花御にオレが乗り込んで、操縦することもワンチャンできるかもしれないってことか…?
【では、行って参ります】
『おう、でも無茶はすンなよ。危ねぇと思ったら全力で戻ってこい』
【了解しました】
花御を見送ったあと、オレは落ち着かない気持ちをごまかすように、花占いを始めた。
花御のミッションはもし向こうのオレが死んだ場合、その遺体を回収することだ。
一部欠損した部位が出た場合は、それを回収してもらう。小指のオレの時のように、肉体から切り離された部分に魂の断片が入っている可能性があるからだ。
そう考えると、向こうのオレはこれまでに何度も欠損にいたるケガをしたことがあるはずだ。その時に欠けた手や足に壊れた魂が入っていたら、それは諦めるしかない。
小指のオレに魂が残っていたのは、細胞が特殊だったことも理由に挙げられる。
時間が経てば肉体が腐るように。魂も切り離されて時間が経つほど消えてゆく。幽霊でいうところの、残留思念みたいなものかな。
その欠けた魂が完全に消滅した後、元の自分の魂に戻るかは分からない。
しかしおそらくは、途中で捨てられたであろう肉体の中にはないだろう。
此度のオレはどうにか抗おうとしているからだ。阿呆者でありながらも自己を切り捨てず、懸命に努力を重ねている。
──改めて考えるとやはり、オレの存在はイレギュラーなのだろう。すべてはオレの細胞が特殊だったのと、アイツが小指を埋めて証拠を隠滅しようとしたことが原因だ。
そして、待つこと数日。花御は少しボロボロになっていたが、無事に帰ってきた。
収穫は切れた足が三本と、腕が一本。そして片腕を残した三肢が欠損したオレの遺体だった。頭の部分も何かしらに貫かれた形跡がある。お前、こんなになるまで弟に恨まれとったんか…?
まあ、
肝心の魂のカケラについては、やはりというか残されていた。その気配を感じる。
あとは食ってどうなるか、身を任せよう。
オレの本体である木の場所まで向かい、オレも一旦木に戻ってからその死体を取り込んだ。
この肉体の処理に少し時間がかかるため、花御には待ってもらうことになる。
オレの中に、ヤツの記憶が次々と流れ込んだ。謎の「フルフルニィ」に初っ端からパンチを決められた。おそらくオレも完全には知らない前世の記憶の一部だろう。オレって、この「柱間ァ!」の柱間になってたんだな。
他にはヤツの人生を見させられた。壊るるに足りる人生だったって感じか。弟に軽率に「いつでも駆けつける」なんて言わなきゃよかったな。口に出したらその責任が生じる。面倒くさいもんだ。
特筆すべきはそれよりも、オレの遺体を回収しようとした女か。額に縫い目があった。
「裏松」ではなく「柱間」と呼んでいたあたり、ヤツの前世で関わりがあった人間だと考えられる。足を奪われるって相当だぞ? しかも恨まれているというよりは、愛方面の────きしょ。
純粋なストーカー、もしくはヤツが残した言葉で心が病んだ方面に向かった女か。とにかく、要注意人物であることは間違いない。もしかしたら裏松の状態で「柱間」だと分かっていたのなら、魂を確認できる可能性がある。そうなると、ヤツの魂のカケラの一部なオレは危ないかもしれない。……いや、見た目が「柱間ァ!」の時点でアウトか。今のオレは、幼少期だった頃のヤツと同じだもんな。
ひとまず魂の融和は上手く終わった。精神面も大きな変調はない。木から出ると、身長が以前よりも伸びていた。12歳ほどってところだろうか。
問題の縛りは────何なく解くことができた。長年オレを閉じ込めていた檻が、檻でなくなった。
オレは………ようやく、自由になれる。
『オレ……オレさ、花御といろんな場所に行ってみてぇ』
【いいでしょう。お供しますよ】
『……ッ、ありがとう、花御』
オレが半ば無理やりな形で話し相手にしてから、友達になって──。
人間にとっては悪でも、オレにとって呪霊のお前は「良いやつ」だ。
『お前との毎日がもっと楽しくなるんだろうか? …これから』
【ええ、きっと…そうですよ】
花御はふんわりと笑った。花のようだ。それに、オレのないはずの胸が脈打つ感覚がするのは、何故だろうか? この感情は友愛からくるソレか? それにしては、少し違う気もする。
ならばこれが、向こうのオレもまだ知らない感情なんだろうか? おいいや待て、相手は呪霊だぞ? しかも友人だぞ?
【アナタと出会えて、良かった】
『…………ウ、ン』
ああ、こりゃあてぇへんだ。
オレの初恋ドロボーがまさか、呪霊だなんて。
天元「ハ?」