フルフルニィ………「誰!?柱間って誰なのォ!!?」   作:アンディライリーのうさぎ

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31話 トゥルーorノット

 漏瑚は人が大地を畏怖する感情から生まれた呪霊だった。

 

 漏瑚は人間が嫌いだった。

 同時に、その“人間”から生まれた呪霊(われわれ)はいったい何なのだろうか──という疑問も持っていた。

 

 呪霊は人間の負の感情から生まれる。そう考えると、呪霊にとって人間は“母”のような存在なのだろうか?

 

 否、それは絶対にあり得んと、漏瑚は考えた。そんな、()()()()ことが、あり得ていいはずがない。

 

 だがそう考えてしまうとやはり、人間の負の感情から生まれる呪霊とはいったい何なのか、と考えてしまう。堂々巡りだった。

 

 

 そんな、思春期の少年少女のように悩み事の多い漏瑚は、一つの日課があった。

 

 それが湯釜に浸かることである。

 

 大地を畏怖する負の感情から生まれた漏瑚は、山と相性が良い。例えば呪力を消費した際、湯釜に浸かっていれば呪力の回復速度が早まる。

 

 安らぎを得にきた漏瑚の足はしかし、感じた呪力の気配で止まった。

 

(いったい何者だ…?)

 

 まさか術師であろうか? だが、己の正体が広まるようなヘマをした覚えはない。

 

 いつでも戦える心構えを持ち、漏瑚は湯釜に向かった。彼の内心では日課を邪魔されたことへの怒りもあった。

 

 そうして彼は、湯釜──ではなく、柱間細胞ミステリーにどっぷり頭まで浸かってしまうことになるのだった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 こゆびんこと柱間という少年は、あの『柱間』の小指から爆誕したらしい。漏瑚は無い胃が痛む思いがした。

 

 柱間といえば、漏瑚が生まれるよりも前に存在したという術師の名前だ。現代でも語り継がれる両面宿儺が、漏瑚にとっては「最強」だった。しかし、その柱間もまたひと昔前は「最強」と呼ばれていたと聞く。

 

 実際にその力がどれほどのものなのか、という興味はあった。

 

 

『儂と手合わせしろ』

 

 

 漏瑚はプライドが高い呪霊でもあった。ただし、それに見合った力量を兼ね備えている。自己研鑽も厭わない。

 

「くさタイプはほのおタイプに弱いと知っていての狼藉か、お前」

 

『ハッ、何だ? 所詮は()()()()の力という訳か?』

 

 漏瑚は煽るような視線を送った。彼はまだ、「敗北」のふた文字を知らない。これまで偶々出会してしまった術師も、漏瑚の力を前にして塵ひとつ残さず死んでいった。

 

 儂は強いのだ、という自覚がある。その力が、かの両面宿儺には届かないだろう──とは思っているが。

 

 それでも、この目の前の男ならば組み伏せられる自信があった。

 

 要はつまり、漏瑚はまだ────“分からせ”られたことのない呪霊(メスガキ)だった。

 

「ハァー……しょうがねぇな」

 

 漏瑚の強気な態度にため息をついた柱間は、謎の運動を始めた。ウォーミングアップである。

 

「術式はアリか、それともナシか?」

 

『有りだ。無しでは貴様の力量を見極められんだろう』

 

 花御は陀艮を抱え、安全地帯に避難した。

 

「──っあ、タダで戦うのもオレの戦い(ヤり)損だし、せっかくなら何か賭けようぜ」

 

『儂は特に無い。そもそも貴様を倒せば、おのずと旧時代の「最強」に勝ることになるのだからな』

 

「オレは本体のオレほど強くはねぇぞ」

 

『どちらも同じ柱間(自分)だと語ったのは、貴様の方ではないか!』

 

「呪力の差が、お話にならないほど違うんだわ」

 

 そこには純粋に、細胞の量の差も関わっている。

 

「まあ、年の功ってモンを見せてやるよ」

 

 試合の合図は陀艮の元気な一声で始まった。

 

『ぶぶ──!!』

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 柱間が木を操るならば、燃やしてしまえばいい。そう思った漏瑚だったが、実際に燃やすと話が違った。

 

(燃えにくくしておる…!!)

 

 木の外側が呪力で不燃効果のある塗装剤のように覆われている。そのコーティングをそれ以上の呪力を流し破らなければ、木を燃やすことはできない。

 

(しかし一度打ち込んでしまえば、中から燃え広がっていく)

 

 一点集中で呪力の壁を破り燃やす。それで木の対処は──できない。

 

 襲いかかってくる量が尋常ではなく、四方八方から迫り来る。手足を絡め取ろうとするものもあれば、潰さんと降りかかってくるものもある。オマケに、この木は呪力を吸い取ってくる。この感覚というものがまた激しい痛みを伴う。

 

『ッ……火礫蟲!!』

 

 漏瑚は羽のついた小型の呪霊を放った。

 

 木をかいくぐり柱間に接近した虫たちは、その途中途中で木に圧殺される。だがその瞬間に大音量の音を発し、大爆発を起こす。この爆音と、爆発が起こったことで生まれた煙により、周囲の視界がたちまち悪化した。

 

 バラバラと木の破片が降り注ぐ中、漏瑚は高揚感に口角を釣り上げる。思わず奇声を発しそうになったが、発すると今の居場所がバレてしまう。

 

(この男は、確かに強い────!!)

 

 木を向けられていた時、漏瑚は自分が弄ばれている感覚を覚えた。向こうが本気を出せば、その圧倒的物量と呪力を吸い取る力を用い、すぐに戦闘不能に追い込むことができたはずだ。

 

 柱間は漏瑚が力を発揮できるように立ち振る舞っている。まるでそれは、ボクサーが的確な位置に拳を打ち込めるように動くミット打ちのように。

 

 はじめは己が愚弄されているのかと憤慨した漏瑚も、思考を切り替えた。

 

 その余裕を必ず打ち崩してみせると。まだ己でも完璧にはいかない領域に足を踏み込む。

 最適な位置についた漏瑚は叫ぶ。

 

『はたして貴様はッ、この灼熱に炭とならずに済むかなァ────ッ!!』

 

「ハ!? おま、まさかっ──!!」

 

 漏瑚のボルテージはマックスだった。この前時代の最強とまで言われた男を、己の力で本気でねじ伏せたくなった。

 

 

『領域展開────『蓋棺鉄囲山(がいかんてっちせん)』!!』

 

 

 大黒天の印相。漏瑚を中心として、周囲が灼熱の領域に包まれていく。柱間は念のため花御と陀艮を木で覆うと同時に、「熱くなりすぎだぜ(活火山かよ)」と愚痴をこぼした。

 

「領域展開──」

 

 柱間もまた印を結ぶ。数百年にも及ぶ暇つぶし中に、この感覚は掴んでいた。習得にまで至らなかったのは、魂の強度がその時点では足りなかったからだ。

 

 これを使うと呪力がすっからかんになるため、あまり使いたくはない。空になるとある程度呪力が回復するまで、大樹な我が身から抜け出すこともできなくなるからだ。

 

 しかし今は仕方ない。領域展開には、同じ領域展開で対処する他ないのだから。

 

 

「────『真数千手(しんすうせんじゅ)

 

 

 柱間を中心に黒い世界が広がる。領域同士の押し合いが起こる中、漏瑚はその時目の当たりにした。

 

『なん……だと……!?』

 

 柱間の背後。その暗闇に無数の手を持つ観音像が佇んでいた。何よりも驚くべきは、その大きさである。小さな山と言って差し支えないその巨体。目測100メートル近くはあった。その観音像の目がふいに開く。そして彼を──漏瑚をとらえた。

 

『────ヒッ』

 

 本能的な恐ろしさに、漏瑚の領域が崩れた。あたりは柱間の領域に取り込まれ、暗闇と化す。

 その、無数の観音像の腕がスローモーションになって漏瑚の目に映った。

 

 明確な死。それを、漏瑚は感じた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「おれもうだめしばらくきになる…」

 

 観音像の手につままれた漏瑚は、地面に下ろされ、領域展開が解け、そして柱間が大樹に変わっても茫然自失のままだった。

 

 これまでにない“分からせ”を食らってしまった。

 

【大丈夫ですか、漏瑚】

 

『………』

 

『ぶぶーぶ』

 

『………』

 

【これは暫くは無理なようですね】

 

 花御は一旦漏瑚と大樹を放置し、腹が減った、と騒ぐ陀艮の人間(エサ)を取りに行った。

 

 

 

 それから花御が戻ってくる頃には、漏瑚が復活していた。

 

 柱間が復活したのはさらにそれから一月以上が経ってのことだった。その間に花御と会話をしていた漏瑚は、ある程度の関係を築いていた。漏瑚の方は脳内に流れる花御の言葉に「不気味なやっちゃな…」と思っていたが。

 

「んで、肝心の勝負の話ね。漏瑚クンはオレに負けたじゃんか」

 

『クッ……! この身を貴様の好きにするがいい…!!』

 

「誤解の生まれるようなセリフはよしてくれ」

 

 柱間は漏瑚に、友だちにならないか、と提案した。

 

「思い返せばオレって、まだ友達が花御しかいないんだよね。陀艮は友達っていうか、ペットだし」

 

【ハ?】

 

「いえ、間違えました。オレが陀艮のペットです。そうだよね、ご主人サマ」

 

『ぶぶ?』

 

『貴様、花御には弱いのか…』

 

「まあ、そんなわけだから……どう、漏瑚?」

 

 漏瑚は体がまだ若干木のままな柱間を見た。

 

 呪霊にそもそも、「友」というものが必要なのだろうか? 冷静に考えれば、いらないだろう、と思ってしまう。

 

 だが、“人間”というのは友人や家族のような、群れを作って生きている。

 

『答えを言う前に一つ、貴様に問いたいことがある』

 

 漏瑚は呪霊とは何なのか。その呪霊である己とは何なのか、と考えている。

 何のために呪霊(自分)たちが生まれたのか。

 

 呪霊の価値とは、何なのか。

 

 嫌いな人間から生み出された自分たち。そんな呪霊の生を授かった漏瑚は、自分が生きる理由を探しているのかもしれない。

 

 人間のような肉体を持たず、呪力という不完全な肉体(からだ)を持っている。人のような三大欲求もない。ただ、心の底から人間を憎悪するだけの自分たち。その「憎悪」の感情すら、人間の手によって呪霊が抱くように仕向けられた感情のようだと思えてしまう。

 

 ────呪霊とは、()()()な存在なのか?

 

 その自問に、漏瑚は「否」と答えたかった。自分たちが不完全な存在ではないのだと、胸を張りたかった。

 

『貴様は──柱間に欠けた魂から生み落とされた貴様は、己が「偽物」であると思うか?』

 

「………ああ、そういう質問ね」

 

 漏瑚は内心で「偽物」の烙印を押してしまっている。

 自分が人間から生み出されたにも関わらず、人間ではない「偽物」であると。

 

 そこには“生”を謳歌する人間への憧れが、あるのかもしれない。

 

「オレはオレだよ。向こうのオレも小指のオレも、どちらも柱間だ」

 

『本当に、腹の底から「そうだ」と言えるのか?』

 

「じゃあ、漏瑚クンはどう思うのよ。自分という存在について」

 

『儂は………』

 

 漏瑚は人間にはなれない「偽物」なのだろうか? いや──そもそも、人間とは「本物」の人間なのだろうか?

 

 人間の感情の本質は、負の感情にあると彼は思っている。喜びや楽しみではない。恐怖や怒り、そういった中にこそ人間の本質がある。嘘偽りない、剥き出しの感情が。

 

『……否』

 

 そんな嘘偽りない感情から生まれた自分たちこそ、本当の“人間”なのではなかろうか?

 

 そう思い至った時、漏瑚の中で、これまで迷い続けてきた迷路の出口が見えた気がした。

 

 ずっと呪霊が「偽物」であると思っていた。しかし、違うのだ。

 

 本当の、偽物は────、

 

 

呪霊(われわれ)こそが、真の“人間”である』

 

 

 そう言いきった漏瑚に、「そっか」と柱間は笑みを浮かべた。

 

「いいと思うぜ。呪霊らしい考えだ」

 

 ならば次はオレの番か──と、柱間は考える。

 

 己とは、本当に「柱間」なのだろうか? まあ、同じ魂でできているのだ。そこは同じであるはずだ。

 

「………」

 

 小指の彼と向こうの自分の違いは、自己を愛せているかどうかにあるはずだ。少なくとも、柱間はそう思っている。

 

 彼とはそもそも、向こうの人間への不信感や嫌悪、そういった「人間が嫌い」の感情を搭載されて、切り離された魂だ。

 

 切り離されてしまったのは、そうしなければ向こうの己が甘いままの人間でいることが、できなかったからだ。

 

(そうである、はずだ)

 

 母親に愛してもらえなかったからこそ、その根底には「誰かに愛されたい」という欲望があるはずなのだ。

 だからこそ、他人に好かれる善人を演じているはずなのだ。

 

(お前はオレと同じ穴のムジナなんだ。お前の本質は善人なんかじゃない、普通の、穢れた人間なんだ)

 

 そうであるはずなのに、考えれば考えるほど分からなくなっていく。

 

 恋愛方面が難聴なのは、その愛を拒絶しているからだ。母親が男を連れ込み、その愛を育む様子を見させられたからだ。本能的な生理的嫌悪を植えつけられてしまった。

 同時に、その行為でできてしまった生まれる価値のない自分。

 

(お前は何でそこまで、人間に尽くせるんだよ)

 

 もっと人間を嫌えばいいのだ。その醜さといったら、もう吐いて捨てるほど体験してきただろう。

 

(お前だけお綺麗なままだなんて、ずりぃだろ)

 

 自分だけ穢い部分を切り捨てて、清廉潔白なままでいようとする。穢い部分は欠けた(自分)たちに押し付けて。

 

 それは、()()()()()

 

「………ハッ!」

 

 小指の自分も「本物」だ。柱間はそう思った。

 そしていい子ちゃんで居続ける向こうの自分もまた、「本物」だ。

 

 

「オレは、ニセモノなんかじゃない」

 

 

 そう漏瑚に言った柱間の顔は、苦しげに歪んでいた。

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