フルフルニィ………「誰!?柱間って誰なのォ!!?」 作:アンディライリーのうさぎ
相変わらず人間は人間どうしで殺し合い、呪いが生まれていく。
人間はどうしてこの世にいるのだろうかと考えてしまうオレは、呪霊へと変貌しつつあるのだろう。
「花御は早く、オレに呪いになって欲しいか?」
また旅を始めた中、オレは花御に尋ねた。漏瑚はオレに早く呪霊になってもらい、頭に冠を載せたがっている。
【アナタは今、自ら人間を殺したいのですか?】
「殺したい、とまではいってねぇよ。ただ、オレの目の前から消えてくれねぇかな、とは思ってるかな」
【そうですか】
この世に善人なんてごく一握りしかいないだろ。大半の人間が、人生で一度は「こいつを殺してやる」と思ったことがあるはずだ。常識と倫理さえインプットされていなければ、あちこちで殺人事件が発生していることだろう。
もう一人のオレが尊いものと認識している子供でさえ、成長すれば醜い大人の仲間入りだ。
【私は漏瑚のように、私の大望をこゆびんに押し付ける気はありません】
「オレは……オレは花御にお願いされたら、結構揺らいじまうかもよ?」
【そうすると、アナタは困るでしょう。私は友を困らせたくはないのです】
「……そーね。オレと花御は、友人だね」
花御はオレと、オレの気持ちを尊重してくれている。それは友人であるから。
そう、オレと彼女は友人だ。もうそれなりに長いこと、友だちになってから時間が経っている。
「花御にはさ、愛する感情ってあるのか?」
【愛…ですか?】
花御は遠くで泳ぐ陀艮に目を向けた。ちなみに今は陀艮の生得領域の中にいる。
領域展開までついにモノにした陀艮は、海で泳ぎたい時に発動して、気の済むまで泳ぐ。オレと花御はその見守り中だった。漏瑚は近くに秘境の温泉があると知り、そちらへ足を運んでいる。
「花御は陀艮を可愛がっているだろ? オレはその様子を見ると、お前が陀艮を愛しているんだなぁ、と思うんだ」
【…ええ、陀艮に向けるこの感情は、“
「じゃあさ、オレや漏瑚にはどんな思いを抱いている?」
【“友愛”でしょう、アナタや漏瑚へ向ける感情は】
「……そうだよなぁ」
【随分と不思議な質問をされるのですね】
「オレもなぁ、お前に友愛を抱いているんだ。ただ──」
【ただ?】
「ただもし、仮にだよ。オレが少しどころじゃない、別の愛を花御に抱いていたら、どうする? ……いや、どう思う?」
花御はじっとオレを見つめる。遠くでは水の飛沫と、楽しげな陀艮の声が聞こえる。
自分の喉が、ゴクリと音を立てた。
【おそらく、その愛によるでしょう】
「うん……そ、そうだよな。そう、なんだけども…」
【私にどのような愛を抱いているのか、口にしなければ分かりません】
「………ダメだ。オレにはまだ、その勇気が出ねぇ」
【では、こゆびんが言えるその時まで待っています】
「おっ、おう……!」
花のような微笑みを浮かべた花御に、自分の頬が熱くなるのを感じた。
◇◇◇
前回の出現から、今回はさほど時は経っていない。感覚的に、数年は経って──いや、オレの体内時計はあてにならないんだった。
漏瑚と花御曰く、数十年ほどとのことだった。
このガバガバな己の時間感覚はどうにかならないだろうか? 植物として生きているから、余計に時間の流れが掴みにくいのかもしれない。
今回はこの時計の狂いが、魂の出現時期の認知にズレを生んでしまった。と言っても、10年ちょっとのズレだったので許していただきたい。
さあ自分よ、今回は親ガチャスタートに成功していろよ──と、向かってみると、少年の首と胴体が離れて捨てられていた。
「………」
まだ完全に白骨にはなっていない。虫や動物に食い漁られた死体は、自然へと還りつつある。
せめてお前の死が、お前に相応しい報いの形で与えられたものであることを祈る。そうすればお前が死んだのは、自業自得で片付けられる。
その遺体を木に戻った状態で取り込んで、魂の融和を図りながら肉体に記録された記憶を辿る。
武士の父親を持って生まれたお前は、すくすくと育った。いずれは父のような武士になることを憧れていた。
しかし、その父が罪を犯し、お前はその父の身代わりになることを選んだ。────『
罪を成した者の代わりに、被害者側にその身を渡される。
『────俺の代わりに、死んでくれ』
涙を流す父親にそう言われて、お前は自分の命を捨てることを選んだのか。
(お前はやはり──どうしようもない阿呆だよ)
そんな人間の命の方が無意味で、存在する価値もない。せめて痛めつけられずに死ねたのは幸いだったか。
お前がお綺麗で居続けようとするほど、お前は取り返しがつかないほど壊れていく。
もうすでに、オレは半分近くもお前の魂を持っているというのに。今回取り込んで、オレの方が優位に立った。オレはお前に縛られることもなく、今度お前をすべて取り込めば、オレは完全なる魂を手に入れる。
なあ、いい加減人間の愚かさに気づいてくれ。奴らが存在する価値もなく、消えて然るべき種だと気づいてくれ。お前はいったいどこまで阿呆になるんだ。いい加減に………いい加減にしてくれ。
(阿呆なお前を愛してやる、オレまで特大の阿呆になっちまうだろ)
最初からヤツに人間が「悪」だという倫理感を埋め込めば、お前は阿呆でなくなってくれるのか?
いや、それでもお前は阿呆になって、阿呆に生きるかもしれないな。
かく言うオレもまた、阿呆なのだ。まだお前のことを見捨てることができないのだから。阿呆のお前に見切りをつけることができない。早く人間の愚かさに気づけ、と待っている。待ち望んでいる。
この“気づき”はな、オレが与えるのでは意味がないんだ。自分で気づかなければ意味がない。
人間の愚かさに目を向けて、人というものを嫌う。そうして、お前は善人で居続ける選択を放棄する。同時にお前はその時、善人の皮を暴いた自分の姿を目の当たりにすることになるだろう。
その姿はオレと同じだ。醜悪な人間そのものだ。自分は特別な人間ではなく、何の変哲もない、「人を殺したい」と人生で一度は思う側の人間なのだと自覚しろ。早く────早く、オレの側へ堕ちてきてくれ。お綺麗なお前を見続けて苦しむオレの身にもなってくれ。そもそもお前がオレを切り離さなければ………
◆◆◆
三度目の魂の吸収を経て、柱間は青年の姿になった。
【瞳の色も変わりましたね】
『…えっ? マジで?』
白目の部分が黒に染まり、瞳孔の部分が濃い血の色をしている。身長とは違うその変化が、呪霊側にさらに近づいた証左であると、花御と漏瑚は気づいている。
『ぶぶー!』
『おっ、腹が減ったか、陀艮』
陀艮の頭をひと撫でした柱間は、餌の調達に向かおうとする花御に待ったをかける。
『オレが取ってくるよ。一緒に一狩りしようぜ、陀艮!』
『ぶぶぶ!』
【……アナタが、人間を殺すのですね?】
『別に、向こうが害をなしてきた場合は、これまでも幾度か殺してきただろ』
【…ええ、
複雑な様子の花御に、漏瑚が「喜ばしいことではないか」と語った。
『そもそも陀艮の人間を食う行為は、人間が他の動物や植物を食らうのと同じだ。必要だから殺して食う』
【……本当に、それが理由なのですね?】
『あぁ』
そう言う柱間は、笑っている。心底楽しそうに、これからの狩りが待ち遠しいとばかりに。
花御はその柱間の変化を喜ばしいと思う傍ら、別の感情も抱いた。大樹のようだったこの男が、人間の負の感情に穢され、呪霊へ転じつつある。
美しかった景色が、人間の手によって壊されていくような──そんな哀しさを覚えた。
【………】
『…悪い、嘘だ。花御の前だと嘘はつけないな』
『ぶぶ?』
『今、あぁ今な、どうしようもないほど憎悪に気がおかしくなってしまいそうでな。ヤツの甘さが心底腹立たしいし、何よりもそんなヤツの甘さを利用して死に追いやった今生のお父上様が憎くて憎くて殺してやりたくてな。あぁ、私情だ。陀艮の餌を取ってくるという理由をつけて、オレのこの、どうしようもない殺意を正当化しようとしている。オレのこれからしようとしている行為は陀艮のためだから罪にはならない。向こうのオレに向ける免罪符を用意しようとしている。殺したいんだ、殺したくて殺したくて殺したいから、殺してくる』
ひと呼吸のうちに(実際に呼吸はしていないが)吐き出された、呪いに満ちた言葉だった。
漏瑚は目を細めて口角を上げる。花御も沈黙したのち、「分かりました」と下がった。
『なぁ陀艮。今生のお父上様や、オレが死ぬのを許した輩──それと、オレを殺した奴らがどんな味をしているのか、食ったら教えてくれ』
『ぶうぶ!!』
柱間は木を残し、陀艮とともに歩いていく。
『おい、本体を忘れておるぞ』
『それなら前よりもさらに離れて行けそうだから、問題ない』
『フン、そうか。…せっかくだ、儂も血の海を見に行くとしよう』
『おっ……なら、花御も一緒に行こうぜ!』
花御は三人の方を見て、残された柱間の本体に視線を向ける。
【…いえ、私はここで待っています】
『………了解。じゃあ行こうぜ、陀艮、漏瑚』
花御は遠ざかる彼らの背を見送り、木の下に腰かけた。触れたその木は、温かい脈動をしている。目を閉じると──いや、閉じたような気分で、彼女は木に寄りかかった。
思い出すのは旅の記憶ではなく、かつて柱間と出会ったあの穏やかな世界のことだった。人間も呪いも存在しない、植物と動物だけの世界。温もりに包まれたその温度を、この木を通して思い出す。
【彼が呪いとなる。それは漏瑚の言うとおり、喜ばしい】
しかし花御はやはり、それを純粋に喜ぶことができなかった。
◆◆◆
「陀艮の餌を取りにいく」という免罪符を片手に、柱間は陀艮と漏瑚を連れて歩く。今生のもう一人の自分が死ぬ原因となった人間をすべて殺すつもりで、意気揚々としていた。
魂の融和を終え、阿呆な自分に散々と苦しまされるハメになったのだ。少しくらいは反抗期になったっていいだろうと、血の色を想像する。人間の赤色が、まるで青空のように感じられる。
遠くでチラリと「自己を愛するなら、向こうのオレが苦しむような真似はするな」と、こだまが聞こえてくる。
今はそれに聞く耳を持てそうにない。せめて、それらしい
「はし…らま?」
その途中だった。柱間が額に傷のある男と、バッタリ出会してしまったのは。