フルフルニィ………「誰!?柱間って誰なのォ!!?」 作:アンディライリーのうさぎ
時代は流れ、国の中心が移った。人の世を織りなす新たな動きに、羂索は「なるほどねぇ」と思いながら暗躍を続けていた。
呪術界では呪術全盛期から時が流れ、最強を誇った両面宿儺も過去の人間となった。(その名は現代でも語り継がれている)
術師も他人同士でひとつの組織を作るのではなく、一族で集団を形成するようになった。例えば当時の菅原家から、『五条家』が生まれている。
術式の相伝を考えれば、情報漏洩などを恐れて一族でまとまった方が利ではある。
しかし、デメリットも存在する。
一族経営と同じだ。外部の意見が入りにくくなることで、内部に偏りが生じたまま、是正されない恐れがある。また後継者争いが起きたり、逆に後継者に恵まれないまま衰退していく危険性もある。
まあ、他所のお家事情は羂索にとってどうでもよい問題だ。利用価値があれば、またその話は変わってくるが。
(どこにいるんだ、柱間……)
裏松の死からまた数百年あまりの歳月が経った。羂索は肝心の柱間の魂を宿す人間に会えないままでいた。
この間にも、天元を祖とする千手一族が呪術界で権力を増している。結界術を行使した都の守護や、技術面での貢献がその地位を押し上げている。
(そもそもあの一族全体が天元を「神」としてまつり上げ、奴を守っている)
一度羂索が完全に潰した、天元を崇拝する邪教。
しかしてこの邪教は千手一族がまた興し、広めたことで復活した。
千手の者がなぜこのような行動をするのか。ひとえにそれは、選民思想からくる。
我々は神である
もちろん一族の全員がこの選民思想を持っているわけではない。中にはこの思想を嫌い、一族から距離を置く者もいる。そういった人間の中から居なくなっても問題のない素材を、羂索は実験に使っていた。
「本当に、あの迷子はどこにいるのだか」
そんな迷子の人物は、まさかの
◆◆◆
膠着状態に陥った二者。
柱間は性別は違ったものの、その額にある特徴的な縫い目を見て、その人物が己の──といっても、もう一人の自分に執着しているあの人間だと気づいた。
一方で羂索は明らかに呪霊の二匹を従えて、ついでにその本人も呪霊の如き状態で活動している柱間を見て、「………ハ?」となった。
裏松の次は、呪霊に転生していたということだろうか? いやそれよりも、感じる柱間の魂に違和感を覚える。
(何だ? 魂の形が少し……違う?)
正確には欠けているのだが、羂索はそこまでハッキリと魂の形を認識できるわけではなかった。
『この人間は貴様の知り合いか?』
『知り合いというか、向こうが一方的に知ってるっつーか…』
『ぶぶぶ!』
『そうだよな。腹が減ってるよな、陀艮。だがちょいと待ってくれ』
柱間は陀艮を後ろに下げ、万が一の場合に守れる位置につく。向こうは裏松の足を平然と奪ってにっこりと微笑めるような、激ヤバサイコパスだ。何をしてくるか分かったもんじゃない。
漏瑚はというと、状況を見守る方針にしたようだ。腕を組み、羂索の方へ視線を向ける。
「ヘェー………
『またっつーか、オレの方はお前と会うのが初めてだよ』
「……オレの方? 妙な言い方をするね」
『ああ、つまり…説明すると長くなるんだが』
『ぶうぶ!!』
『…ひとまず後ででいいか? オレの方は今から用事があるんだ』
「ヘェ、私はすでに500年近く待たされているんだがそれ以上待てと言う気か?」
『……いや、すぐに終わらせてくるからさ。そっ、そんな早口になるなよ…』
「では私もついて行くよ」
肩をくっつけるようにピッタリと、柱間にとっては名前も知らぬ人間が側につく。彼は純粋に恐怖を感じていた。力を使えば殺せる相手であるはずなのに、身が竦む。この静かな圧が恐怖心を煽っているのかもしれないし、裏松が体験した
とにかく、有無を言わさぬ圧がこの男にはある。いや、そもそも男なのだろうか? 前回は女だったが。
『とりあえず名前を聞いてもいいか?』
「………」
『オレは本当に知らねぇんだよ。そんなアルカイックスマイルを向けられても困る』
ハァー、とため息をついた男は、「羂索だ」と名乗った。
羂索、羂索────。柱間はその名前を脳内で反芻してみたが、やはり記憶にない。
「ところで今から呪霊を連れて、どこへ行く気なんだい?」
『餌を取りに行くんだよ。こいつの…陀艮の』
『実態はこやつの私情も過分に含んだ、人間狩りであるがな』
「ふうん……その“私情”ってのは、どんな私情なのか伺っても?」
『それも引っくるめて、オレは後で話してェんだけど…』
陀艮も地面に転がり、手足をばたつかせて「
その姿を見ていた羂索が口角を上げた。懐に手を忍ばせたその動きに、柱間が警戒を見せる。
その懐から出てきたのは、札で何重にも覆われた物体だった。大きさは手のひらに乗せてもかなり小ぶりである。
「これ、食べてみるかい? 多分美味しいよ」
『ぶぶ?』
『ダメだろ、陀艮! 不審者から変なものをもらう……な………?』
『オイッ! 突然陀艮を投げるなァ!!』
『漏瑚クン、ナイスキャッチィ! ゴールキーパーに向いてるぜ。……で、そこのお前』
「ああ、何かな?」
『──敵意や悪意こそ感じねぇが、どういうつもりだ? ソレ、オレの肉だろ』
「さあ? はたしてこの肉が『君の』肉なのか、私には判断がつかなくてね。何せ私の知っているあの男は、私情で人間を殺す男ではなかった。むしろ世情に振り回された挙句に、自分が死んでしまうような愚かな男だった」
姿は同じである。しかし、今羂索の目の前にいる男は、彼女の知る柱間ではない。それは、「オレの方」といった妙な話し方をする点からも読み取れる。
柱間の魂に違和感を覚えるのも、これが原因かもしれない。
『……漏瑚、陀艮のメシは頼むわ』
『人間を狩ると意気込んでいた割に、その体たらくかッ!』
『意気込んではねぇよ。殺意で頭が茹だってただけだわ。こりゃあれだね、
呪力を纏った羂索の足が、すり潰すように柱間の足を踏みにじった。半目になった漏瑚は、付き合ってられんわ、と陀艮を連れて去って行く。
『……じゃ、お話し合い、するか』
その言葉に、羂索は満足そうに微笑んだ。
◇◇◇
この羂索という人間は、オレの養子だったらしい。
そこを言及すると、羂索は恥じらい気味に「どうしよっかな」と呟いた。
「見せても構わないが、結構恥ずかしいな」
『……何? 急に
「フフッ…体液がそこそこね。漏れ出てしまうかもしれない」
男の体液を見せつけられてもな──と白けた直後、確かに体液が飛び散った。体液というか、「脳髄」という名の体液だった。そんなトリッキーな問題を出されても正解できねぇよ。
『スゲェな。脳みそに口があるじゃん』
「……思ったよりも驚かないんだね。つまらないな」
そりゃあまぁ、オレの細胞と比べたら、脳みそに口があるくらいで……な感想にもなる。
この口でも喋れるのか突いてみたところ、「アッ」と変な声を出されたので、とっさに手を引っ込めた。
「“でりけぇと”ってやつなんだよ、ここは」
羂索は慣れた手つきで額を縫合した。
「この脳が私の本体だ。死体を乗っ取りながら、何百年もの時を生きている」
『…術式による力ってわけか』
「ご名答。その何百年という中で探していたのが柱間の魂だ。あの男と約束しているのだよ。“次の彼”を、必ず見つけ出すとね。だというのに、ようやく見つけ出せたと思ったら、死なせてしまってね。その遺体も植物を操る呪霊に盗まれた」
『あっ、それはオレの指示で──』
「本当に参ったものだよ。向こうは微塵も娘である私のことを覚えていない上に、弟にご執着だったのだから。「覚えていれば探す」と柱間は言っていたがね? 探す側の身にもなってもらいたいものだと思わないかい?」
『……オレにキレられても困るんだわ』
ひとまず向こうを宥めてから、オレの大ざっぱな人生……いや、植生について話した。
羂索はもう一人のオレから、かつて村の守護を務めていた話は聞いていたらしい。
ヤツの
「ヘェー………で、その木の本体はどこに?」
『別の場所にあるけど……なあ、さっきの鳥肌が立つような微笑みは何?』
教えたら、ろくなことしかされない気がする。話し合いが終わったら、さっさとここから退散した方がよさそうだ。
『で、話の続きだな』
オレが向こうのオレの欠けた魂から出来上がっていること。そして、そのオレがヤツの遺棄した小指から生まれたこと。さらに【この地を守る】という縛りを解くために、裏松の肉体に残された欠けた魂が必要だったこと────などを話す。
そこから呪霊を仲間にしながら旅をして、オレの魂が再度現れる度にその様子を見に行っていた──ことも話した。
「……なるほど。そういう理由で、私から肉体を盗んでいったのか」
『オレがお前のことを覚えていたのも、裏松の肉体に残されていた記憶の情報を、オレが食って読み取ったからだ。他にも二回肉体の捕食を行っている。欠けた魂を集めた結果、オレは現在半分より上の魂を保有している』
「………半分間」
『だいぶ脳死をされているようで』
スマホだったらすでに
「…まあ、とりあえず君の事情というのは概ね理解できた。呪霊に近しい存在になっているのは、これまで取り込んだ肉体の記憶によって、負の感情が煽られていることも原因にあるのだね?」
『そうだ。呪力を栄養源としているせいか、オレは植物とは言いつつ、そもそもが
どこまでも向こうが甘いままでいるせいで、オレという存在の呪霊化は進む。同時に人間の穢らわしさが、この身を黒く染める。
目には目を、歯には歯を、な精神論で考えるならば、「呪いには呪いを」────。
それを、人間たちにお返ししなければならない。
「これも確認しておきたかったが、故郷にいた頃の柱間の記憶があるんだろう? ならばあの男が、前世の記憶を持っていた──という私の推測は合っているかい? それも恐らく、過去から未来へ戻る形で」
『合ってんよ。次元が同じかどうかは分からんけどな』
もう一人のオレが『異世界転生』だと判断したものが、何らかの超常的現象により、別の次元へ迷い込んだ可能性もある。マルチバースとか、並行世界系の話だ。
オレはその手の専門家ではないため、詳しい説明はできない。まあ、名前だけでも何となくはその概念が分かるだろう。
あるいは、死ぬ間際のオレが無自覚だった術式を発動して、過去に舞い戻り別人として生まれ変わった可能性もある。
「やはりそうか…。だがなぜその記憶は引き継がれたにも関わらず、その次は記憶を失っていたんだ?」
『世界の
「…考えたところで、この問題は仕方ないってことか」
羂索は「ハァ…」とため息をついた。眉間の皺を引き伸ばすように指で揉んでいる。
「本当に…まったく、私を飽きさせない男だ」
『オレは飽きてもらった方がいいけどな。お前ヤベェし』
「君のその、肉体を形作る「細胞」だったっけ? それよりヤバいものはないんじゃないかな」
いや、両足を切ってくるお前も相当にヤバいのは、事実だと思う。
「その一番最初の『彼』は、どんな人間だったんだい? その時からあそこまでの愚かな人間だったのか?」
『……ああ、まぁ、愚かだっただろうな』
異世界転生をする前についての人生は、オレは一切語らなかったようだ。
そこの部分について、お前は触れられたくなかったんだろうか?
そこにはお前の、弱さ──あるいは、脆さと呼ぶべき
(……待てよ? 単純に聞かれなかったから話さなかっただけかもしれん)
聞かれたら、「オレは異世界転生人というやつでな」と話していたかもしれない。ただ、それでも自分の触れられたくない部分があると、話さないだろう。
そうやって頑丈に封をしておかないと、お前が呆気なく壊れてしまうから。
『────いや、すでにボロボロか』
ハハッ、と笑ったオレに、羂索は片眉を上げた。「笑い方は似てるんだな」と言われる。もしかしたらその言葉には、皮肉が交じっているかもしれない。
『オレの話はしたんだ。次はお前の話を聞かせてくれ、羂索』
そう言うと、羂索はポツポツと自分のことについて語り始めた。