フルフルニィ………「誰!?柱間って誰なのォ!!?」   作:アンディライリーのうさぎ

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35話 あの日の天気は曇りだったかも

 サイコパスな羂索はその幼少期からサイコパスだった。何だよ、人間の中身が気になったから解体したって。しかも実の親を解体しとるし。

 

 人間の中身を見た時も、「地球は青かった」──的な感動を露わにしながら、「人間の内側は赤かった」なんて思ったのだろうか? というか、その例えに出した彼の有名なガガーリンの台詞は、確か実際の日本語訳だと少し違かったはずだ。

 

「数百年を生きたこの身からすれば、あの男と過ごした時間はほんのわずかさ」

 

 羂索はどこか遠くを眺めながらそう言った。

 ヤツに拾われてから、彼女は今まで知らなかった多くの“未知”を体験したそうだ。

 

「蹴鞠をしたり、柱間に連れられて市井を回った。人の世は面白いと思ったよ。夜空に浮かぶ星々のような煌めきがある。それが私の好奇心(ココロ)をつかんで離さない」

 

『つかまれた側はたまったもんじゃないな』

 

「まぁ今は、その考え方も大なり小なり変わっているがね」

 

 もう一人のオレに様々なものを与えられた少女は、そのオレのことをどう思っているんだろうか? 執着している様子から、あまりその感情が健全だとは思えない。

 

「フム……父親かな、一応」

 

『ヤツも義理とはいえ、よくお前を娘にしようと思ったな…』

 

 すでに家族は全員亡くなっていたため、ヤツは無意識に『家族』の温もりを欲していたのかもしれない。

 

 第一、ヤツの魂の限界が来たのも両親が死んだ後だった。はじめて知った親の温もりを失い、父親の荷物を背負って、村人を──あの地を守る選択をした。

 

 お前にとってその温もりは、尊いものだったのだろう。

 

 だが、温もりは欲しくとも実の子は持ちたくない。そこでこの女を選んだのだとしたら、趣味が悪い。まぁ、羂索の両親から敬遠されていたという境遇に、シンパシーを抱いたのだろうとは思う。

 

 

「あの男はしかし、私以外の人間にも甘かった。その甘さが命取りになる、と本人にも忠告はしていたが、まさか本当にその通りになるとはねぇ…」

 

 

 朝廷お抱えの、まだ下地もろくに整備できていなかった『呪術師』と人々の信頼関係。それがうまく構築されず、民衆の中で不安の種が成長してしまった。そこに当時の「最強」の殺害を目論む『呪詛師』と、呪術師を政治利用したい朝廷の一部の人間が結びつき、非術師を殺すことで人々の『術師』に対する不満を爆発させた。

 

 それがすでに世情に疲れきっていた男の、首を吊る最後のロープ(きっかけ)になった。

 

 その以前から、たびたびいざこざに巻き込まれ、精神が疲弊していたそうだ。

 

 羂索の言う何らかの病気は、推測するに癌ではなかろうか? オレの細胞を殺せるとしたら、同じ細胞しか考えられない。

【善細胞VS悪細胞】のたたかいで、正義の連中が敵に押されたのはストレスが原因だろう。

 

(お前は、人間に尽くすからそうなったんだ)

 

 阿呆者のチャンピオンでも目指しているのか? 本当に勘弁してくれ。

 

 

「柱間は病状が急速に悪化したところを、非術師の連中に襲われてしまった。あの男は重症の身で術式を行使して、より体に負荷をかけてしまった」

 

『………』

 

「すべては、私を守ろうとして」

 

 一丁前にヒトに磨き上げたサイコパスの目の前で、お前は死んだのか。そのとばっちりがオレにも向いている。

 

 そりゃあ次出会った裏松(オレ)の足を奪いたくもな…………るわけねぇよな、普通? そこはコイツがサイコパスだから奪っただけか。

 

『お前がもう一人のオレに執着する理由はわかった。オレの肉片を持っていたのはどうしてだ? オレの肉体から剥ぎ取ったのか?』

 

「失礼だな。柱間が私に右腕を差し出したんだよ。「たんぷれ」とか、何とかで」

 

『誕プレで渡していい代物じゃねぇだろ!! やってることがテロ支援だろうがァ…ッ!!』

 

 

 あの阿呆! 樹神(アホウ)教の阿呆神!! 脳みそに「アホウ」しか詰まってねぇのか!? コイツにンな劇物渡したらどうなるか、日の目を見るより明らかだろうが!!!

 

 

『け、けけっ、羂索クンはそれをさ……まさかさぁ…?』

 

「悪用はしていないよ。私にとって私自身の行為は“()()()()()()()()()からね」

 

『アァァ……!!』

 

「ついでに言うと、()()()()()()()()()()()()は好奇心で人を殺さないとあの男と約束したからね。──っま、勝手に死んで私を置き去りにして、目を離してしまった方が悪いよねぇ?」

 

『ウワァァ……!!』

 

「くっくっく……」

 

 なぁーに人の困り顔にニヤついてるんだ、この女。オレが今どれだけ自分の──、もう一人のオレの阿呆さに絶望していると思ってるんだ。腹を下した時に、トイレットペーパーが無かった以上の絶望があるとしたら、このオレの絶望を最上級の「MOST(もぉ〜〜)絶望!!」にしていいくらいだ。

 

「私が間接的に人を殺しているのに大した嫌悪感を見せないのはやはり、君が呪霊に近しい存在であるせいかな?」

 

『まあな。今のオレは「人間は消えた方がいい」な思考でいる。お前が好奇心の末にどれだけの人間を殺そうと、それはお前の好奇心の餌になっているだけの話だ』

 

「………本当に、柱間とは違う思考回路をしている」

 

『根っこは同じ魂だ。受け入れろ』

 

「本当に君は同じなのだろうか?」

 

『ハァ?』

 

「おや、殺気が出ているよ。娘の私に暴力を振るう気かい?」

 

『と言っても、今の見た目は男だしなぁ』

 

 オレが同じ魂であることは確かだ。それをまるで、ヤツとは別人だとでも言っているようで、腹が立つ。

 

 

 

「呪霊はそもそも、人間から生まれるものである。それを元にして考えてみれば、自ずと呪霊に近づいているという君は、人の呪いに影響を受けていると推察できる。そこには君の魂から発生する負の感情も、影響はしているのだろう。

 だがしかし、だ。

 人の呪いをエネルギーとして吸収している君は、これまで膨大な人間の負の感情を取り込んでいるはずだ。

 その素性は柱間の魂から派生した純粋な人格というよりも、不特定多数の人間の感情が合わさってできあがった、不純物入りの人格ないし、存在ではないか────と、私は思うわけだよ」

 

『……ッ』

 

「つまり、君は()()()柱間ではな──」

 

『だ、まれ』

 

 オレの手が、羂索の首をつかんだ。すぐにでもこの人間を殺さんと言わんばかりに、ギチギチと締め上げる音が聞こえる。

 

 当の羂索は首を絞められ、あまつさえ体が浮き上がっているというのに、平然とした表情を浮かべている。

 

『オレは『オレ』だ。ヤツの小指から生まれた、同じ柱間だ』

 

「自分を信ずる根底が揺らぐと、恐ろしいかい?」

 

『オレを苛立たせるな。殺すぞ』

 

「……私を殺すんだ」

 

『お前という存在が、本気で不愉快だ』

 

「私はずっと、柱間を探し続けていたのに」

 

『黙れと、言ったはずだ』

 

「娘が父親に会いたがって、何が悪いんだ? 私は──」

 

 

 

『オレは、偽物なんかじゃない』

 

 

「────私はただもう一度、いっしょに柱間と暮らしたいだけなのに」

 

 

 

 涙が溢れた。羂索が乗り移っている人間の、目から。この女の感情が肉体を通して、この死体に涙を流させている。

 

 ただ、オレの方も泣いていた。ヤツが忘れてしまっている娘の記憶が、オレの魂を通じて涙を流させているんだろうか?

 

 もしかしたら、涙の成分表を見れば、その成分も配合されているかもしれない。

 

 オレとしては、自分が柱間(オレ)ではないという仮説を突きつけられて、泣いている気でいる。その仮説を否定するどころか内心で腑に落ちている自分がいるため、殊更に涙腺が壊れる。

 

 それじゃあオレは、「自分が柱間だと勘違いしている“だれか”」ということになるじゃないか。

 

 オレは、オレじゃないのか? オレはいったい誰なんだ? オレは何のために自己愛だなんだと騒いで、それをクソ真面目に貫こうとしてきたんだ?

 

 

 それこそ、──────オレがまさに、『()()()()()』じゃないか。

 

 

『オレが不要な命というのなら……』

 

「………」

 

『オレは何のために、生まれてきたんだよ…。何のために、阿呆なお前まで愛してやろうと、頑張ってきたんだよ……。すべてッ、すべてが無意味じゃねぇか…!!』

 

 お前が捨てたものから生まれたオレは、文字通りゴミなのか?

 なぁ、頼む。誰か、誰か教えてくれ……。

 

 

「君が本当に『柱間』であろうとするならば」

 

 目の前にいる人間の口が、──いや、羂索の口が動く。

 

「君はその、“愚かな(甘い)”人間でいなければならないと、思わないかい?」

 

 オレはあんな阿呆にはなりたくない。自分を愛せずに、自分をボロボロにしかできない阿呆になんて。オレはだからこそ、自分を一番に愛すると決めたのに。オレは、「柱間(オレ)」でさえないのか?

 

「君が柱間という人間であるという、“証拠”を見せるべきだ。何よりも、君自身のために」

 

 羂索はやさしく微笑みオレの頬に触れる。男の見た目であるが、オレの──これは裏松の記憶だろうか?──に残っていた、母親の手つきと似ている。

 オレの荒波を落ち着かせるように、その手は頬から頭に移動する。

 

「大丈夫だよ。私は君の味方だ。今度こそ何者からも守ってあげるよ。()()()()()()からもね」

 

『………』

 

「そうして、また共に暮らそう。まずはその不安定な魂を安定させよう。君のもう半分を宿した人間を見つけて、魂を取り込んでね。それと君本来の肉体も取り戻そう」

 

『取り……もどす?』

 

「大まかな自分の肉体の位置が分かるなら、君も感じているだろう? ずっと動かない柱間の肉体の位置を。私の父親の肉体を奪った忌々しい女がいるんだ。その女が、己で決めた不干渉の我を通したせいで────、何も動かなかったせいで────、奴の言葉ひとつで信者どもの意思は大きく変えられただろうに────、全部が全部、あの女のせいで──────、私と柱間がいたあの世界は壊された」

 

『……オレに、捧げろってか。この「いらない命」を』

 

「いらない命だとは、私は一言も言っていない」

 

『いらないんだよ。いらない子だったんだよ、()()()。いらなかったから、オレはだからあの時────、あの…………時?』

 

 脳がチリッと焼きついたような気がした。何か、映像がよぎろうとして──これは、オレもまだ知らなかったヤツの記憶か?

 

 過ったのは何かを言う女の顔と、曇りがかった空。そして────そして?

 

 

【アナタは、不要な命などではありません】

 

 

 声が────花御の声が、聞こえた。




演技派女優、その名は羂タカ子。
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