フルフルニィ………「誰!?柱間って誰なのォ!!?」 作:アンディライリーのうさぎ
柱間たちの帰りを待っていた花御の元に戻ってきたのは、漏瑚と陀艮だけだった。
はてさて、柱間の方はどうしたのだろうかと、花御が疑問に思った矢先である。
『ヤツは知り合いと思しき、額に縫い目のある人間と話しておる』
【額に……縫い目?】
花御の脳裏に過ったのは、柱間の遺体を持っていた人間の姿だった。
嫌な予感がした彼女は漏瑚に柱間の居場所を聞き、急いで向かった。
『……オレに、捧げろってか。この「いらない命」を』
目的の近辺にたどり着いてから、気配を殺して二人の様子を窺うと、そんな言葉が耳に入った。
柱間はひどく疲弊した様子であった。一方でその彼を抱きしめる男の、
【アナタは、不要な命などではありません】
するりと喉から出た言葉は、嘘偽りない花御の本心である。
紅く濁ったその瞳は、暗闇の中で救いの光を見つけたと言わんばかりに生気を取り戻す。
『花御…』
【アナタは私にとって、大切な友人なのですから】
『はな、み……!!』
羂索の体を押しのけた柱間は、花御に駆け寄り抱きついた。「花御、花御」と、うわ言のように何度も花御の名を呟く。それに応えるように、花御は柱間の背中を叩いた。
「貴様はあの時の呪霊か」
【お久しぶりですね、ニンゲン】
「ふ、ふふ、ハハハ……!! あぁ、そうなんだ。お前にとってその呪霊が、何よりも依存先にしている場所なのか。ヘェー………そっか」
『花御…オレは、オレ……』
【落ち着きなさい】
大きな手があやすように柱間の頭に置かれた。花御は柱間の目をじっと見つめる。この男がここまで不安定になっている姿は、彼女もはじめて見た。すぐにでも壊れてしまいそうな危うさがある。
【アナタが誰であろうと、私の友です。分かりましたか?】
『……オレは、花御の友だち?』
【ええ】
『………そ、うか』
精神の揺らぎと共に不安定になっていた呪力の流れが安定していく。すると、その呪力の流れで息が詰まるような重々しさのあった空気が軽くなった。
「柱間」
柱間の後ろから、縋るような声が聞こえた。その声に振り向こうという気が起きない。先ほど脳裏に過った映像も、すでに霧散してしまった。
柱間は自分の感情を押さえつけるように、強く花御に抱きつく。
「待ってよ、柱間」
あの額に縫い目のある人間が、彼を「柱間」と呼び続ける。
だが、「自分は柱間ではないのだ」という認識が、すでに柱間のうちに刻まれつつある。
自分は結局ニセモノで、いらない命なのだと。
自分の半分しかないその魂までもが、粉々になってしまいそうだった。だからこそ、必死に花御にしがみつく。
「私を、置いて行かないでよ」
その声に、柱間の顔が無意識に動いた。
花御がその場を去ろうとうするその一瞬。その時見えたのは、喚くでもなく、ただ静かに泣く羂索の姿だった。
その姿と、母を求めて泣いていたかつての少年の姿が、日食のように重なり────そして、視界が白んでいった。
◆◆◆
進んでいた呪霊化による変化が形をひそめ、柱間はぼんやりとすることが増えるようになった。
漏瑚が燃やしても、陀艮がその上に乗ってサーフィンをしても、呆けたままでいる。
『とうとうボケてしまったか、あの男は』
『ぶふ〜』
漏瑚たちはあの額に縫い目のある人間と柱間に、何かしらの関係があることしか知らない。その間で確執が生じ、このような
まあ、個人の問題に関わろうという気は漏瑚にはない。
一方で、花御はそんな柱間を気にかけていた。
『ぶぶうー!』
【陀艮、こゆびんに乗って遊んではいけませんよ】
『ぶふ…』
【普通に遊んでいらっしゃい】
柱間の背から下ろされた陀艮は、スイーッと水の中を泳いで行った。
花御は流れる死体になっている柱間を俵持ちで回収する。
【どうしたのですか? 最近のアナタは、いつもの覇気がない】
「……オレは、ウツなのかもしれない」
【うつ?】
「オレの生きる理由が分からない」
【………】
「それに、あの人間の最後に見た姿がずっと忘れられない」
泣き声が聞こえるようになってしまった。耳の奥で、子どもがずっと泣いている。
その声は「柱間」になる前の青年が、幼子だった頃の泣き声だった。
その泣き声は呪いのようだった。自分が「柱間」でないならば、なぜその声が聞こえてくるのか。
彼の基盤になっている男の魂が、その幻聴を聴かせてくるのだろうか?
これまで守護の役目を押し付けられたり、その男の記憶という名の硫酸を飲ませられてきた。だというのに、これ以上自分を苦しめようというのだろうか?
「オレは、オレはどうすればいい? 花御…」
あの時見た羂索の姿が、柱間の心を苛む。
あの子は今もひとりぼっちでいるのだろうか──と思うその心が、これまでの自分ではないようで気色が悪い。
そもそも「自分」とは誰なのか?
彼の人格を形成する土台そのものが、崩れてしまいそうになる。
「なぁ、なぁ花御、言ってくれ。お前が「人間を殺して欲しい」と言ってくれれば、オレは『
【………】
「お前のためなら、オレは堕ちても構わないんだ。だから花御、花御……」
溺れるように縋りつく。もう自分でも自分という存在が分からず、柱間は唯一道標になる
【……私にはやはり、アナタに強要することができません】
「どうして…」
【アナタの花は、アナタが咲かせてこそ、こゆびんの花になる。ワタシが水を与えれば、それはアナタの花ではなくなる】
それに──と、花御は続けた。
【アナタが呪霊になることが喜ばしいはずであるのに、私は何故か虚しさも感じています】
「……虚しい?」
【それはもしかしたら、ワタシが呪霊の花を咲かせたアナタが、本来のアナタではないと思ってしまうからかもしれません】
花御の知る柱間の姿は、あの植物たちの世界を築いていたような、大樹のごとき温もりを宿す姿だった。
少なくとも、血を吸い取るおどろどろどろしい木ではない。
【アナタの選んだ選択ならば、ワタシはそれを受け入れましょう。たとえ、道を違うことになったとしても】
「………」
【アナタの友人で、あり続けましょう】
「……違う」
【……ワタシはこゆびんの友ではない、ということですか?】
「違う…! オレは、お前のことを……!!」
ザザアと、波の音が聞こえる。
柱間は水平線に広がる群青色をバックに、花御に言った。
「オレはお前のことを、愛してるんだッ……!」
とうとう花御に告白した柱間。
そんな彼の様子を、漏瑚はしらっとした顔で見つめていた。「よそでやれ」の顔だった。
◆◆◆
柱間が口にした「愛」がどんなものであるのか、花御はピンと来なかった。
少なくとも友愛ではない。友愛とは別の愛を抱いているのだと、柱間本人が語っていたからだ。
【ワタシが陀艮へ抱く愛情と同じでしょうか?】
「……お前のことを
【それはワタシが陀艮へ向ける感情と同じです】
「……っ、キスとか、そっちの方の…!!」
【帰す?】
「口吸いとか、まぐわいの方だよ……!!!」
柱間の顔は真っ赤だ。どういう原理で吹き出しているのかは分からないが、汗がダラダラと流れる。成分的にはただの水かもしれない。
【……つまり、人間のオスとメスが抱くような感情を、こゆびんはワタシに抱いている…ということですか?】
「そっ、そこまで卑猥なことは考えてねぇけど…!!」
【ワタシは呪霊ですが……】
「それはオレが一番分かってる!! お前と旅を始める前から自分の人間性? ──いや、植物性を疑ってんだよ…!!」
【………ッ!! ワタシが植物と関わりが深い呪霊であるがゆえに、
「大真面目に言うと、その可能性も捨てきれないんだわ……」
人間の頭部でサッカーをするような、斜め上の会話が続く。
花御は改めて柱間が自分に向けるものが恋愛の「愛」だと認識し、困惑した。
柱間が一応呪霊と仮定しても、呪霊同士の恋愛など聞いたことがない。
【いえ、そもそも…ワタシと旅を始める前から、恋愛の情を抱いていたのですか】
「……隠してて悪い。話したら、お前との関係が壊れるんじゃないかと思うと、ずっと言い出せなかった…」
【そうですか…】
花御は冷静に今の自分の感情を整理する。柱間の告白に驚きはしたが、これまでのこの男の行動を思い返すと、納得のいく部分はあった。
同じ柱間の「友人」である漏瑚と比べると、彼の行動には差異が多かった。
柱間はよく漏瑚に悪ふざけをしてキレられているが、花御にはそういったイタズラをしない。
するとしても、寝ている彼女の頭に花冠を載せて、微笑むくらいのものだった。
「花御、お前はひとりぼっちだったオレの前に現れた、はじめての友人だった。まさか向こうのオレ──と言っても、もうその『
『ハンッ、笑うと言っても、歯が剥き出しの笑みだ────ぐああああっ!!』
余計なひと言を言った漏瑚は下から発生した木に衝突され、地平線へと消えて行った。遠くの方でポチャン、という音が聞こえる。
「こんな形で言うことになるとは思ってなかったが…。オレは本当に、お前のことが好きなんだ」
【………】
「まぁ告白したところで、呪霊と呪霊もどきだしなぁ…」
もし互いの想いが同じだったとしても、では付き合いましょうというのは難しい。前例もおそらくないだろう。
呪霊の彼らはそもそも、人間のように多彩な欲を持っていない。人間を害する、殺人的欲求が彼らの本能だ。陀艮のように食欲に貪欲な呪霊は少ないであろうし、逆に花御のように人間への加虐衝動が希薄な呪霊も珍しい。
ただ、その欲深い人間から生まれているならば、呪霊同士で恋に落ちる者もいるかもしれない。
(ワタシは彼に友愛を抱いている。それは確かだ)
漏瑚へも友愛を抱いている。陀艮へは愛情が一番大きい。
柱間と漏瑚への友愛を比べた場合、柱間へ向ける友愛の方が大きい。それは長い時間を共に過ごしていたことも理由にある。
(ワタシは…もしかしたら、彼と同じような感情を抱いているのだろうか?)
恋の愛。
考えて……考えて。それでもやはり、花御には分からなかった。
【ワタシには恋愛の「愛」が分からない。ゆえに、こゆびんのその愛に応えることはできません。ただ────アナタがワタシにとって
「そりゃあ…親友ってことか?」
【親友?】
「より親しい友ってことだよ。………でも、そうか」
浜辺に寝転がった柱間は、空の眩しさを理由にして、目もとを覆い隠す。
これは「シツレン」というやつだろう。目から水滴が溢れていく。そうすると、より「ああ、オレは本当に、本気で花御のことが好きだったんだ」と自覚する。
まぁでも、初恋は叶わないと言うだろう。
そう自分で自分を納得させようと、一人紙相撲のはじまりだ。
「気まずく、なったり……しねぇ?」
【なりませんよ。ワタシの方は】
「……なら、よかったわ」
花御が手を伸ばすと、柱間は鼻をすすってその手をつかみ起き上がる。
数百年にもわたった脳内を真っピンクにする桜前線は、ここらで幕切れのようだ。
その代わり、これまた数百年も続いている青い春が、眼前の海のようにこれからも続いていく。
まだ柱間の中では、桜前線の花びらが海の中を漂う心境である。
諦めきれずに秋や冬に持ち込んでもいいかもしれないが、この青い春を彼自身も好いている。
ならば拾った花びらを押し花にして、それを本の間にそっと挟んでおこう。
「オレの友人でいてくれてありがとう、花御」
【ワタシこそ、感謝しています】
さあ、前を向こう。海はどこまでも広がっている。
下を向いてばかりでは、この群青色を瞳に映すことさえできないのだから。
柱間は拳を握り、その青さと、友の横顔を目に焼きつけた。