フルフルニィ………「誰!?柱間って誰なのォ!!?」   作:アンディライリーのうさぎ

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37話 散りぬるを

 花御にフラれて人生初の失恋をした。いや、植生初の失恋か。……植生初のシツレン?

 

 関係は驚くほど以前のままだった。良き友人──良き親友として、友好的な関係を築いている。

 

 まだ時折、その花のような笑みに心臓が止まるような心境になる。それでもこの想いは押し花にすると決めた。

 

 

 オレははたして誰なのか、という疑問は依然と残っている。

 

 だがオレが何者であろうと、花御の友人であることは確かだ。

 

 未だに聞こえる子どもの泣き声に耳を澄ませば、あの額に傷のある人間の顔が脳裏によぎる。

 オレはどうすればいいのか、どう()()()()のか、考える。

 

 オレの正直な気持ちでは、このまま花御や漏瑚たちの側にいたい。そうすればオレはきっと、呪霊の道を歩むことになるだろう。それもきっと悪くない。

 

 

 しかし、オレは最初に決めた。一番最初に、「自己を愛する」と決めた。

 

 

 オレがたとえ『柱間(オレ)』でなくとも、自分で決めた以上は突き通すのが漢ってモンだろ?

 

 だからオレは、あの羂索(ガキ)の姿を見て泣き出してしまったお前に教えてやる。お前の阿呆のせいで、子どものまま大人になることができないガキがいるのだと。

 

 そんなオレも結局、自己を犠牲にする道を選んでしまうのだから、『阿呆者』ってことだろう。

 

 自分(オレ)柱間(オレ)かも分からないオレは、仮に偽物でも、最後くらいは本物の阿呆(オレ)になってやろう。

 

 そしてオレが不要な命なんかじゃなかったと、証明してやる。

 

 ついでにこれまでヤツが切り離してきた「壊れた部分」を、すべて返してやる。

 

 それでお前が発狂しようと、オレの知ったことじゃない。人を苦しめた報いを受ければいい。

 

(自業自得の塩酸だ。オレに水で薄めてやる優しさなんぞ、ないと思え)

 

 オレがこの道を選べば、花御たちと道を分つことになる。

 苦しいな。苦しいよ。こんな時までお前はオレの首を絞めてくる。

 

 

 

 オレがこの選択を仲間に話すと、反応はそれぞれだった。

 

 漏瑚は薄々と勘づいていたようで、「結局人間の生を選ぶのか」と言われた。謝ると、「そこまで期待はしておらんかった」とも言われた。

 

「お前はオレを先導者にしたい思いで、旅に付き合ってたんじゃないのか…!?」

 

『阿呆め。貴様らと付き合うのも一興だっただけだ』

 

「ツンデレだなぁ、漏瑚クンは」

 

『その「つんでれ」の意味は分からんが、貶されているのは分かるぞ貴様ァ……!!』

 

 漏瑚に燃やされるドメスティック・バイオレンスを受けた。

 

 陀艮の方はあまり話を理解できていない様子だった。別れを感じてはいるのか、しきりに腕を引っ張られた。ああ、オレの心がマッハで死んでいく。

 

 

 そして────花御は。

 

 

「オレが本当の柱間になれば、オレのこの人格はきっと消える。向こうの魂に取り込まれる形で、オレの魂を融和させるからだ」

 

【…そう、ですか】

 

 花御たちと過ごした記憶がヤツに渡ったとして、どうなるかは分からない。ヤツは呪霊を人間を害する「悪」と捉えている。村の守護をしていた時から、その認識を持っていた。

 

 呪霊たちにも人間のような一面があると知れば、同情を持つのだろうか? 感情移入して、呪霊にまでお人好しの阿呆になるのだろうか? それとも「悪」として、そこは切り捨ててしまえるのだろか?

 

 どの道ヤツが人間どもにお優しい以上は、呪霊は必ず悪になる。

 

 だったら、いつかヤツの手で、花御たちが殺される未来が待っているかもしれない。

 

 それは……それは嫌だな。

 

 

「………なあ、無理な話だとは承知だが、人間を害さない道を選んでは──」

 

 

 ────ああ。

 

 漏瑚や花御の目は、強い意志を宿している。それだけは絶対に聞けないという、彼らの根っこがある。呪霊であり、各々が持つ大義という名の揺るぎない根っこだ。

 

 思わず息が詰まった。自分の選ぼうとしている道のせいで、友が死ぬかもしれないなんて。

 

 ダメだ、やはり恐ろしい。彼らにだって命があるんだ。花を慈しんだり、冗談を言ったり、人を殺して楽しむ心があるんだ。

 

 オレは、オレはやはりこの選択を選びたくない。

 

 

 ────私を、置いて行かないでよ。

 

 

 だと言うのに、あの人間の顔と、子どもの泣き声が聞こえる。

 

 吐く息が荒くなり、頭を押さえた。花御がオレの頭に優しく触れる。大きなその手にひどい安心感を覚える。

 

『ッハ! 人間とて、かつての仲間(ともがら)同士で殺し合うこともあるであろうに』

 

「………オレは人間に向いてないんだろうな」

 

『貴様が確固とした大義もなくそのような発言をいたすのならば、呪霊になってしまえばよい。さすれば、貴様を縛りつける面倒なしがらみも無くなろう』

 

「……漏瑚は、敵になっても問答無用で殺しにきそうだ」

 

『当然の事だ。貴様が儂の障害となるなら、狡猾な手段を用いてでも、あの世に葬ってくれるわ』

 

「え〜今までオレに勝てたことないくせに〜〜………熱ッッッ!!」

 

『今ここで塵ひとつ残らず消してくれるわァァァ!!!』

 

 漏瑚が人間になっていたら、すぐに高血圧になってポックリ逝きそうだ。

 灼熱の鬼ごっこはオレの勝利で終わった。漏瑚? アイツは(呪力が枯渇して)安らかに眠っちまったよ…。

 

 

『ぶふうー』

 

「陀艮はオレが消えて数百年経ったら、オレのこと忘れちまいそうだな」

 

『ぶぶー?』

 

「………ごめんなぁ」

 

 オレは裏松の時のお前のような、中途半端に選べないまま死にたくはないんだわ。

 だからこそ──選ぶなら、決めなければ。

 

 

「……さよなら、花御」

 

【………ええ】

 

 

 人間になっても友だちのままでいてくれるか、と尋ねたら、頷いてくれた。ただ友とはいっても、「宿敵」と書いた「とも」になりそうだ。

 

 本当なら、ここでお前たちを殺さなきゃいけないんだ。オレがヤツにすべてを渡して、人間の道を歩むというのなら。これからお前たちが多くの人間を殺す前に、その芽を摘まなきゃいけないんだ。

 

 だが、その芽だって生きているんだ。オレはそれを知っているんだ。

 

 そんな──この手で仲間を殺すなんて(むご)いこと、耐えられない。殺した暁にはオレの心はそこで粉々に砕け散って、終わるだろう。

 

 だからオレは彼らを殺すことができない。………結局、オレも中途半端なんだろうな。

 

「ッ………お前が、オレ…」

 

 体内の水分をすべて絞り出すように、涙が溢れてくる。オレ、花御に死んで欲しくねぇよ。ずっとそのまま咲いていて欲しい。

 

 だが咲き続ける花なんてないんだ。枯れない花があるなら、それは造花(ニセモノ)の花だ。

 

【………】

 

 泣いて、それ以上話せなくなったオレを、花御は静かに見つめる。

 

 今ここで彼女がオレに願ってくれれば、オレは容易く鞍替えするだろう。

 

 それはオレの「自己愛を貫く」という意思が薄弱なわけではない。それだけ、花御の存在がオレにとって大き過ぎるものになっているという証左である。

 

【こゆびん】

 

「……?」

 

【────いえ、()()

 

 花御に肩を押され、よろめいた。尻もちをつく前に足を踏ん張る。

 オレを見下ろすその視線は先ほどの柔らかさを消していた。

 さながら人間に相対する呪霊のように、冷たい。

 

 

【アナタは、ワタシ達と別の道を歩む選択をした】

 

「はな…み?」

 

【ならばワタシはいずれアナタが強大な敵となる前に、選択をします】

 

「待っ────」

 

【アナタを殺す、選択を】

 

 

 どうしてだ、花御。

 

 どうして。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「……ッ!!」

 

 柱間は木を操りながら、襲いかかる植物を防いでいく。

 彼は結界を足場にして跳躍し、一方で花御は鞠状の木に乗り追っていく。

 

 さながらかつて二人で行っていた遊びのようだ。追って、追いかけられて。

 

 しかし今は片方に殺意がある。単なるお遊びではない。命をかけた戦いだ。困惑する柱間に、花御は容赦をしない。呪力を吸い取る呪いの種子を飛ばす。

 

「花御!!」

 

 呪力量の多い柱間にとって、その種子は厄介な起爆剤である。当たって呪力を吸収されたら最後、その根は一気に自身の体に張る。この種子は柱間が「呪力を餌にしている」のをヒントに、花御が生み出したものでもある。

 

「何でだよッ、花御!!」

 

【逃げ続ける気ですか?】

 

 種子を対処するには呪力を使うわけにはいかない。木で対処してもそこに種子が根を張り、たちまちその種が成長してしまう。

 

 鋭利な先端があるいは一直線に、あるいはうねるようにして柱間に接近する。彼はそれを地面から発生させた木の盾で防ぎ、横へ移動した。

 

「!」

 

 そこにはすでに花御がいた。柱間の思考の速度がわずかに遅れる。辺りには花畑がある。その花畑が本来の効果だけではない、思考の遅延をもたらした。

 

 二人で過ごした一面の花の海。柱間はそれを思い出した。花御が特に気に入っていた場所だった。

 

「ぐっ…!!」

 

 呪力の防御が間に合わず、腹に重い一発が入った。そのまま吹き飛んだ柱間は木にした腕を伸ばし、樹木に絡めた。そこから体勢を整えようとしたが、花御の追撃が迫る。

 

「オレはお前と戦いたくないッ!!」

 

【アナタに戦う理由がなくとも、ワタシにはある!】

 

 木と植物の絡み合いから、物理での戦いに移った。純粋なパワーでは、多い呪力を纏わせて戦う柱間に軍配が上がる。ただし彼らにはガタイの違いがある。これは裏松が菅原の君との手合わせで毎回感じていたことでもある。リーチの差で、拳が入ってしまう。

 

「ガハッ…!」

 

【自分の選択に対する、覚悟を持ちなさい】

 

「花……」

 

【アナタが人生という航海の中で、迷った末に溺れ死んでしまわないように】

 

「ゲホッ……!」

 

【ワタシは()()()、この星を守りたいと願っている】

 

「………っ」

 

【だからこそアナタも自分が「そうする」と決めたのなら、貫きなさい。────ワタシを、逃げる理由にするな】

 

 自生させた木の上に立つ花御は、掴んでいた首を離した。下へ落ちゆく柱間の顔は、ひどく歪んでいた。苦しそうに、酸素を求めているように。

 

(この星のために、アナタという芽をここで摘んで置かなければならない)

 

 柱間が選んだその選択に対し、本人の覚悟が中途半端だったならば、花御は手加減しない。その中途半端さは、己が“大義”のために命をかけられる彼女や漏瑚への侮蔑とも取れる。

 

 そのような甘え、花御は許さない。相手が友であるからこそ、断じて許容してはならない。

 

 地面に降り立った花御は、普段は包み隠している左腕を露わにする。その漆黒の腕を地につけた。

 

 植物(彼ら)を守るためなら、その植物のいのちを犠牲にする覚悟もある。

 

 そして何より、この()()()()()()()()()()()()()()、呪力へと変換する技は────、

 

 

「がッ……アアアアッ!!!」

 

 

 ────『植物』である柱間への特攻技になる。

 

 

【ぐ、う……っ!!】

 

 ただし、その阿呆じみた生命力は、吸収する側のからだにも影響をもたらす。

 

 花御の肉体に亀裂が入り、そこから呪力が漏れ出す。彼女はそれでも歯を食いしばり、耐えた。

 

 これを食らわせれば、流石にあの男でもタダでは済まない。そのイかれた生命力が本人にフィードバックされるのだから。

 

(ワタシは本気だ。アナタを本気で殺す。だからこそ────)

 

 

【ワタシを、本気で殺しに来なさい】

 

 

 ギリッと、歯の軋む音がした。

 

 柱間は自身もまた地面に両手をつけた。“花を供える”花御に、自身もまた花を手向ける。

 

 

「──────『花樹界降臨』」

 

 

 周囲一帯に巨大な樹木がヘビのように絡み合って出現する。そこに咲いた花が花粉を飛ばす。

 

【ッ……!?】

 

 体にしびれが走ったと思った瞬間、花御の身動きが取れなくなった。

 

「ハァ……っ、この花粉は呪力に結びつくと、しびれの成分に変換される。人間にも呪霊にも有効な技だ。呪力はかなり消費するが…」

 

【……逞しい花だ】

 

「お前の花は、美しいよ」

 

【………そうですか】

 

 花御の左腕がボコボコと、異様な音を立てて変形する。集まった呪力を放出していないせいで、内側で暴発しかけている。

 その異変に気づいた柱間は、花の樹木を引っ込め花御に駆け寄る。

 

「早く放出しろ!! 爆発するぞッ!!」

 

【これでアナタを消し炭にしましょう】

 

「……花御ッ」

 

【このままにしてワタシが自爆しても、アナタが呪力を吸い取り救おうとしたとしても………どちらの行動を取っても、それはワタシの覚悟を侮辱する行為だ。「柱間を殺す」と決めた、ワタシの覚悟を】

 

「………」

 

【アナタの情けで生かされるならば、ワタシはここで散ることを選びます】

 

「お前の“大義”は、どうするんだ」

 

【漏瑚に()()()()()

 

「……それは、どういう…」

 

 花御の右手が、柱間の頬に添えられた。

 尚も呪力が暴れる異質な音が聞こえる中で、花御は微笑む。

 

【未来のワタシが未来の『友』に殺されるなら、ワタシは今の『(アナタ)』に殺されたい……と、思うことは傲慢でしょうか?】

 

 未来の柱間と争い合ってたどる結末よりも、花御は今の柱間に殺されたいと思った。

 

 その心には、友と敵対することへの悲しみもあった。

 同時に、自分を殺すかもしれないその時の柱間が、自分の死を悼んでくれるのだろうか、という疑問もあった。

 

 彼女の“大義”を揺るがすほどに、柱間という男の存在は大きくなっていた。

 

 大切で──そう。かけがえのない、『友人』なのだと。

 

 そんな自分がまるで忌むべき『人間』のようでもあると、花御は感じている。

 

「バカ、だよ……お前」

 

【死ぬなら、アナタに呪いを刻みたい】

 

「ほんっ、とうに………阿呆だよ」

 

【どうか、ワタシを忘れないで欲しい】

 

「忘れねぇよ! お前はオレの、初めてのダチで……初恋ドロボーだったんだからよ…!!」

 

 柱間の瞳からはとめどなく涙が溢れた。花御の方は目から飛び出ている木に花が咲いては、その花弁が落ちてゆく。

 

 

「………お前の覚悟、しかと受け止めた」

 

 

 柱間は立ち上がった。今にも破裂してしまいそうな花御を見据える。もう一人の自分に押し付けようとした荷物を、自分で背負った。

 

 手が震えた。それでも、真っ直ぐに友を見た。

 

 花御もまた、微笑みを崩さず柱間を見つめていた。

 

 

 

「オレの友達になってくれて、本当に……ありがとう」

 

 

 

 花御の体が木のドームに覆われ、そして────。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 花御と柱間が戦う場所から漏瑚は陀艮を連れ、いち早く離れていた。陀艮は途中から大泣きし始めた。それは、ちょうど遠くまで聞こえていた轟音がピタリと止んでからだった。

 

『……花御』

 

 花御は柱間の失恋してからしばらくして、漏瑚に人間を滅ぼすことを頼んでいた。

 

 自分の“大義”を放棄するのと同義の発言に、当然だが漏瑚は怒りを露わにした。「お前の大義は他人に任せられるような、そんな矮小なものだったのか」──と。

 

 

 ────ワタシにとって彼は、それほど大切な存在なのです。

 

 

 その心が、漏瑚には理解できなかった。己の大義よりも優先すべきことはないと、彼は思っているからだ。

 

『………花御よ』

 

 だが、分かることもある。

 

 それを指摘すると、花御は長いこと考え込み、目を丸くした──ように、漏瑚には感じられた。

 

 その姿が異形でありながら、どこまでもヒトのようだったのが、彼の印象に強く残っている。

 

 

『その呪いは、一番恐ろしいものだぞ』

 

 

 漏瑚の上から一枚の紅い花びらが落ちてきた。

 それを手に取ると、空気に溶けるようにして消えていく。

 

 

 

 

 

 ──────殺されるなら、ワタシは彼に殺されたい。

 

 

 

 

 

 そうして巡り、またアナタと────今度は、同じすがたで。

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