フルフルニィ………「誰!?柱間って誰なのォ!!?」 作:アンディライリーのうさぎ
38話
「………」
また羂索の前から、柱間が消えた。
語るのも、演じるのも彼女の得意分野だ。自分は裏に潜みながら盤面を整える。そのためなら労力も惜しまない。
あの男のすべてを自分のものにするには、依存させるのが手っ取り早い。裏松だった頃も実の弟を心のよすがにしていた。
柱間はおそらく“家族”に依存を見出しやすい。そうなると、養子である己は都合が良い立場にいる。
(……………ハ?)
だが、突然小指から生まれたという柱間に出会してしまったことで、「次見つけたら」のプランが諸々吹き飛んだ。
流石は彼女を飽きさせない、おもしれー男だ。予想外の場所からボディーブローをかましてくる。
ここで逃すわけにはいかなかった。そりゃあ誰だって、伝説ポケモンの色違いに遭遇したら、血眼になって捕まえようとするだろう。羂索もそんな心境で「柱間絶対捕まえるマン」になった。
ただ、物理戦法は無理だと判断した。これは羂索が乗っ取っている肉体のスペックの問題ではない。純粋に、向こうが格上の相手だったからだ。
幸い持ち歩いている柱間の肉片や語りを用いて、二人の話し合いに持ち込むことに成功した。
そこから、この小指の男の大まかな人せ……植生を聞いた。
ちなみに、羂索は裏松の遺体を盗んだ呪霊について調べはしていた。しかし、その呪霊につながるような情報はこれまで得られていなかった。
そして、小指の彼が柱間の欠けた魂から生まれたことや、『裏松』を含めた三回の魂と肉体の捕食を行った知り、「…………何だコイツ?」と思った。
魂の情報──その人間が体験した記憶──が肉体にも刻まれることは、羂索も知っている。
しかし、裏松の魂を食らってその情報を得たというのが、人間を辞め過ぎている。いや、本人も言っていたとおり、人間ではなくほぼ植物なのだった。
そのキショさのせいで、「柱間の魂が壊れ続けている」という事実を見逃しそうになった。
この男の話が正しければ、彼はすでに半分以上の柱間の魂を取り込んでいる。その魂も、柱間が自ら切り離したものだ。
己の魂を壊してまで、人間に甘いままでいようとする。
そう話した時の小指の男は、「あの阿呆」と語っていた。
阿呆────そうだ。羂索の知るあの男は、どこまでも阿呆だった。
自分を後回しにして、他人に尽くす。その部分が柱間という人間の、『術師』としてイかれた部分だった。
そんな男と小指の彼は、同じ魂から成り立つ人格のはずだが、ほぼ別人だった。
柱間のような年寄りくささを感じる口調とは違い、若者のごとき口調で、時折謎の単語を発してくる。
思考も「私情で人間を殺す」という考え方をしていた。実際に、その時はもう一人の自分を殺した人間たちの憎悪に駆られ、殺しに行こうとしている最中だった。
(
だが、表情や仕草はよく似ていた。特に羂索に振り回される時の反応は、柱間そっくりだった。
彼女が感じるこの差異は、壊された魂であることから来ているのだろう。おそらくこの小指の彼の方が、本当の素に近いのかもしれない。他人に尽くす「阿呆者」ではない、本来の柱間の人間性である。
そう考えれば、その差異も愛おしく感じた。
この素の柱間を天元が知らないことに、至上の法悦を覚えた。
(ざ ま あ み ろ♡)
今この時もあの女は閉じこもってカラの肉体を愛しているのかと思うと、思わず笑いそうになった。
しかしそこは演技中。表情はビタ一文変えない。脳内ではしかし、脳汁がドロドロと縫い目から漏れてしまいそうだった。
(絶対に、お前には渡さない)
どうすれば自分が望む盤面に持っていけるのか。羂索は話を聞きながら考えた。
そして、小指の彼の話から読み取れた「自己否定」の感情を利用することにした。この自己否定はおそらく、「本当にオレは『柱間』という人間なのだろうか?」という疑問から来ている。
この仮説が正しいのか「本当に君は同じなのだろうか?」と揺さぶってみると、露骨な反応が返ってきた。
(当たりか。ならば、後は──)
小指の彼が「偽物」ではないか、という説を作り上げる。
呪霊が人間の負のエネルギーで発生することを踏まえ、本体の木が呪力を
それで本当に小指の彼が純粋な柱間でなくとも、羂索は一向に構わなかった。違うなら違うで、その自我を消して本来の柱間に戻せばいい。あるいは、自分しか愛せないように改造してもいい。
ただ、どちらの柱間も知る彼女だからこそ、「二人とも同じだ」と分かる。
ゆえにその優しさを引きずり出し、選ばせればいい。
彼の魂を捧げさせる。羂索はすでに『降霊術』を分析して、それを基に肉体に魂をつなげる術を見つけている。この方法はしかし、死んだ肉体に使っても意味がない。
死ねば必然と、肉体と魂のリンクは切れる。これを無理やりつなげても、定着せすにすぐに離れてしまう。そもそも羂索が取り扱おうとしているのは、本物の魂だ。『降霊術』の場合、取り扱うのはその者の「情報」に過ぎない。つまり、偽物であるということ。
この本物か偽物かの違いも、肉体に魂をつなげる難易度を上げているのだ。
その点、柱間の肉体は生きている。そこに元々の魂をつなげるならば、難易度もはるかに下がる。DIOの肉体にジョースターの血がよくなじむのと同じ原理だ。
(────あっ)
ただ、ここで羂索のサイコパスの顔が出てしまった。
利己を考えていたせいで、相手の感情を二の次にしてしまった。
柱間を自分のものにするためなら、多少は精神的に追い込まなければならない。それを計算のうちに入れていたが、どうやら追い込み過ぎてしまった。
羂索がその事に気づいたのは、小指の彼が「オレが不要な命というのなら……」と言った時だ。
死にそうな顔が、
例えるならこの違いは、電車に飛び降りたいと考えている人の顔と、電車に飛び込む間際の人間の顔の違いだ。
(………っ)
それでも、羂索は進んだ。引き返せば結局、何も得られないまま、柱間を傷つけた事実のみが残ることになる。
ならば今の状況さえ利用する。それが最善策だった。
(柱間、私だけがお前の味方なんだよ)
言葉と行動で、相手を崩しにかかる。家族の親愛を持って、依存に導く。
紅く濁った瞳は不安定に揺らいでいた。その瞳に、彼女の正常な部分が働く。胸が締めつけられるような気持ちになった。
同時に、途方もない愛おしさを覚えた。
(私だけを愛して、私だけを求めて、私だけを抱きしめて)
────それが、「父親」というものだろうと。
【アナタは、不要な命ではありません】
だが、小指の彼にはすでに依存している場所があった。
あんな縋りつく姿、見たことがない。その場所には自分がいるべきなのに、そこに自分はいない。
「柱間」
遠ざかっていくその後ろ姿が、かつて自分を背負っていた背中と重なった。
涙が流れている事にも気づかず、羂索はまた声をかけた。
「待ってよ、柱間」
どうして、と羂索は思った。
どうして
置いて行ってしまうくらいなら、最初から拾って欲しくなかった。
自分を養子にしてもらいたくなかった。
誰かを『愛』することの喜びや、苦しみを教えて欲しくなかった。
「お前、なんか……ッ」
それでもなお彼女は、柱間を嫌いになることができなかった。
◆◆◆
「よっ、羂じゃ──グハッッ!!」
髪がやたらめったらハネている男が、諸事情で慌てん坊になっていた羂索の肩にいきなり手を置いてきた。
「何だコイツ?」と思った彼女は、そこで見覚えのある魂を感じて、すかさず顎に蹴りを入れた。
「イッテェな、おい…」
最後にその背を見てから100年近く。その間散々と悩んだり、苦しんだり、知的好奇心の末にハイになったり。感情のコントロールがおろそかになっていた羂索の前に、その男はフランクに現れた。小指の柱間である。
「お前、今の肉体も男なのか。まあ額に傷があるからすぐに見分けがつくけど」
「……さら」
「ン、何?」
「今更どういう要件で、私の前に現れた」
ガン決まった目をする羂索の迫力に押され、柱間は一歩後ずさった。その彼の腕を、絶対に逃さんとばかりに羂索は握りしめる。あまりの強さに腕が変形した。
「イテェよ! 植物の体でも痛覚はあんだってば!」
「あれから何年経ったと思っている、貴様……」
「落ち着けって、別に、逃げねぇからよ」
「ならば今、ここで私と縛れ」
柱間は渋々うなずき、『縛り』を結ぶことにした。しかし、羂索の【私から逃げない】と持ち出した内容に待ったをかけた。
「具体的な期間や条件を設けてないだろ。そこも相互の意思を踏まえて作っ──」
「チッ」
「舌打ちはやめろ。行儀が悪いぞ」
ひとまず縛りは、柱間を復活させるまでの間で、小指の柱間が羂索から逃げない……というような方向で、詰めながら決めていった。
「で、なぜ今更私の前に現れた」
羂索の目は据わっていた。様々な感情で脳が煮詰まっている。
現場で一番大きいのは怒りだった。100年近く経っているんだぞ、アレから?
「いや、オレも色々とあって…しばらく完全にボケちまってさ。それからヤツの魂がまた現れたのがショック療法になって、自分の目的を思い出したんだよ」
「……ボケた?」
「友を殺してさ。それで………アレ? ────あぁ、オレ花御を殺……」
柱間の先ほどまで浮かんでいたヘラヘラした表情が、無に変わった。瞳に光がなくなり、死人のソレになる。
羂索はその顔面に呪力を込めてブン殴り、心肺蘇生を行った。
「だからイッテェよ!!」
「次そんな表情をしてみろ、殺す」
「……わ、かった」
柱間の襟首を掴んでいた手が離れた。
羂索はそのまま抱きつこうとしたが、回した両手は空を切った。
「せめて女の時にしてくれ。男同士で抱擁しても虚しいだけだろ。友でもないんだし…」
「おまえをころす」
「なぁぜだい?」
「私が私でなくとも、「お前はお前だ」と言ったのはお前だ。たとえ来世でも私を愛する娘だと言ったのは貴様だ。私の姿が変わろうともお前は私を愛してくれると信じていたのにお前は私と過ごした記憶も自分が柱間だったことも全部忘れて弟に依存してそこは私の居場所なのにお前は私のものなのにどうしてお前は勝手に死んだんだどうして私を置いて行ったんだどうしてどうしてどうしてどうして──────どうして、どうしてッ!!!」
まだ吐き出し足りないと言わんばかりに、羂索は柱間を睨めつけた。
憎悪や愛といった感情をすべて煮詰めて、熟成させた狂気の色がその瞳の中に浮かんでいる。
柱間もまた花御を殺したショックで心が死んでしまっていた。しかし、この娘もまた疲弊し切っている。
なまじ羂索に『壊れる』という選択肢がない分、狂うこともできないまま、狂おしい感情を飼い殺し続けている。
哀れだった。
同時に、強い人間でもあった。
友を殺して、心が完全に壊れかけてしまった柱間とは違う。耐えて、そのストレスをうまく発散させている。まあ、その発散の過程で人間に被害が及んでいるのだが。
「……お前に、父親を返すから」
「………」
「だから、泣くなよ」
泣かれると、耳の中で子どもの泣き声が大きくなってしまう。
柱間は恐る恐る、羂索を抱きしめた。人間を抱きしめたことなど、彼自身はほとんどと経験がない。
そのぎこちない手つきに、羂索は父親との違いを感じた。
胸元に耳を当ててみたが、心音は聞こえない。体温も人間のものではない。それでも、自然──と言えばいいのか、その匂いは同じだった。
それに、抱擁された時に感じる安心感も、同じだ。
「………もう、どこにも」
「…あぁ」
「どこにも、行かないで」
「………わかった」
こうして羂索が柱間に再び抱きしめてもらうのに、何百年もの歳月が流れていた。
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天元
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羂索
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花御
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