フルフルニィ………「誰!?柱間って誰なのォ!!?」 作:アンディライリーのうさぎ
『今世のオレ』を回収し、それから羂索を探し出した。はたしてどう見つけたもんかと悩んだ折、向こうから来てもらうのが手っ取り早いと判断した。
まず羂索が所有する柱間の右腕を見つけ出す。そして保管されている場所に仕掛けられていた罠を、物理ですべて破壊した。胴体が真っ二つになるなど多少のケガは負ったが、その程度ならば
その後は羂索が罠の破壊を察知し、訪れるのを待った。
そして合流してから、今世のオレを残している場所に向かった。
幼児の子どもはオレの顔を見ると、楽しげな声を上げた。床を器用に這って、こちらに向かってくる。
「……」
羂索はその子どもを抱き上げ、小さな体に顔を埋めた。裏松の次と、その次の『柱間』がどのような死に方をしたのか、コイツには話してある。
「森の中に捨てられていたところを拾ったんだよ。赤子の育て方なんぞ知らなかったから、かなり苦戦したけどよ」
「君はこの世界に来る前に、どんな大罪を犯したんだい?」
「この“悪果”に相応しい“悪因”を成した覚えはねぇわ」
「そう言って、本当は人類を滅ぼしたんじゃないのか?」
「ただの一般人が、ンな大層なことできるわけねぇだろ…」
幼子の体には四肢がない。這う姿はまるで芋虫のようだった。
子ども特有の大きな頭と短い胴のアンバランスさが、より異質さを際立たせる。
羂索はそんな子どもに、「可哀想にねぇ」と呟いている。少なくとも、裏松の両足を奪ったお前がかけていい慈悲ではない。
「『魂』はこうして、すでに揃っている」
四肢がない以上、この子どもは生きながらえたところで、真っ当な“人”として歩める道はおそらくない。時代が時代なのだ。同じ障がいでも盲人だったら琵琶法師など、生きていく術がある。
今を生きているお前には悪いが、元の鞘に収まってくれ。
「肝心の『柱間』を元に戻す方法だが、何かしらの手段はあるんだろ?」
「あぁ。…しかし、本当にいいんだね? 君の人格がどうなるか、分からないというのに」
「構わない。生に対し、何の未練もない」
「………そんなに、その花御って呪霊が大切だったのか?」
「それをお前に話す必要があるのか?」
オレの内情に、この女がズケズケと土足で入ってくるのは、快か不快かで言えば、もれなく不快だ。父親は返してやるのだから、それ以上何も求めるな。縛りにより逃げもしないのだから。
「………方法について、話すよ」
一度閉口してから、羂索はそう言った。
◆◆◆
柱間の肉体と魂を定着させる方法は、すでに羂索が発見している。魂もまた揃っている。
魂については元の柱間に、小指の彼が譲る形で同調させる。譲ると言っても、正確には「人格の統合」になる。赤と青を混ぜ合わせれば、紫の色になるように。この人格の統合は魂を融和させる以上、避けられないものである。
「オレも魂の融和を重ねたことで、一番最初の時より人格に変化があった。ヤツらの体験した記憶がオレの「人間ぎらい」と結びつき、呪霊らしい人格に引きずられた。いわんや、己の存在もな」
「思ったよりは、そこまで大きな変化ではない気もするね」
「オレが吸収したのは所詮カケラだったからだよ」
半分と半分を一気に合わせるのだ。その比率は小指の彼の方が少し多いにしても、ほぼ1対1。どうなるかは正直、小指の彼にも分からない。
「……記憶の情報を渡さなければ、人格に大きな影響をもたらさないと思うんだが」
「ソイツはお前の
「それが『自己愛』になるんじゃないのかな?」
「──ッハ! ヤツの荷物は、ヤツに背負わせる。それがオレの
小指の彼としては、裏松などの記憶も含めて明けわたす。
植物の肉体もろとも向こうの肉体に吸収されれば、これまで遺体から回収した記憶も、譲渡することができる。
というかそもそも、肉体ごと融合させなければ、魂の融和もできない。
ただし、ここには大きな問題があった。
「植物のオレと………」
「人間の肉体が合わさった時どうなるか、分からないってことか」
「…そういうこと」
元は同じ細胞同士である。
だが例えば、同じウマ科でもシマウマとウマ科動物が交配して生まれる「ゼブロイド」のように。別の種がかけ合わさり、交雑種が生まれることもある。
つまり、別種の柱間細胞同士がかけ合わさり、交雑種の生命体が生まれてしまう可能性もあるということだった。
「何それめっちゃ見たい」
「……まあ、植物の細胞が向こうの細胞に取り込まれる可能性が一番高い」
「雑種の、柱間……」
「お前の目的は新植人類を作ることじゃなくて、父親を取り戻すことだろ?」
「………致し方ない」
割と本気で残念そうな表情を浮かべる羂索。それを見た小指の彼の口元が引きつった。
「とりあえず、いきなり本番というわけにはいかないだろう。
「何でお前の肉片で試すんだ…?」
「おっと、失敬。私の柱間の肉片で試してみよう」
「独占欲のフライングがえげつねぇな、お前」
羂索は常備している柱間の肉片を取り出し、小指の彼に渡した。
(というかこれを食えば、一部でもヤツの情報が入ってくるのか……)
これはあくまで肉片。柱間の情報がすべて入ってくることはないはずだ。
ついでに羂索から、「これを食べて私との記憶を思い出し、私に依存しろ」──なヤンデレも感じ取っている。
小指の彼としてはしかし、食べる他ない。ぶっつけ本番でほぼ
(────あ、待てよ?)
ただ、そこで小指の彼は気づいた。色々と羂索に利用されているらしい柱間の右腕は、彼が一度見た時は傷がなかった。
つまり、あの腕は再生しているはずだ。再生の原理はここでは重要な問題ではないので、省いておく。
(何度か再生した末の肉なら、記憶の情報もどうなってるかわからねぇな…。あったとしても、抜け落ちている部分がさらに増えていそうだ)
まぁやはり、考えたところで──の問題である。
「あ」
大口を開けた小指の彼は、肉片を口の中に放り込んだ。
その様子を、羂索は食い入るように凝視していた。
◆◇◆
「おまえったら、また修行だなんだって、無茶をしたの?」
「だって、オレははやくとーちゃんみたいになりたいんだもん!」
母親は父の背を負って無茶ばかりするオレをよく叱る。生傷は毎日更新されていた。
今日は吊るした木を目隠しをして避ける練習をしていたら、見事に顔に当たって吹き飛ばされることになった。
「おまえは不思議とケガの治りが早い。でも早いからって、それが無茶をしていいことにはならないんだよ」
「どうして?」
「そりゃあ…だって、ケガをしたら痛いじゃないか」
「うん。ケガをしたらいたいよ。でも、いたいたけだよ?」
「………え?」
鼻血はすでに止まっていた。転んだ拍子に擦りむいた足のケガも、数日後には綺麗に治っているだろう。
早く強くなって、父親のようになりたかった。威厳ある風格で村の皆んなに頼りにされている父ちゃん。しかし家ではその威厳をしまい込んで、母ちゃんの尻に喜んで敷かれる。
「……柱間」
「なに?」
母がオレの両頬を手のひらで包んだ。温かい手である。オレの手が自然と、その両手に重なった。口角が自然と緩む。目を閉じると、その温もりが自分を包んでいる感覚をより感じる。
不意にそのとき額に何かが当たり、目を開けた。至近距離に母ちゃんの顔がある。母ちゃんはオレの額に自分の額を当てていた。その目は閉じられており、長いまつ毛がよく見える。
「おまえの痛みはね、私の痛みでもあるんだよ」
「そうなの?」
「だから、無茶のし過ぎでケガをするのはやめてちょうだい。あの人に憧れて鍛えようとするのは構わないから」
「わかった! きをつける!」
それからもオレは、母ちゃんに度々怒られた。
◆◇◆
不気味な異形を、摩訶不思議な力をもって打ち倒す
それがオレの父だった。
「帰ったぞ、柱間」
「トチャーン!!」
「ハハッ! 呼び方がちょっと変だな」
父が帰ってきた嬉しさのあまり、「トーチャン」が「トチャーン」になってしまった。「ー」のやつの電車が遅延してしまったのか。はたまた、「チャ」がぶつかりおじさんとなって、「ー」を後ろに吹き飛ばしたのか。
「おかえり、アンタ」
「ああ、ただいま帰った」
そして、夕食の時間。今日も今日とて父ちゃんは母ちゃんの尻に敷かれた。いや、敷かれたっつーか、椅子になっているというか。ちょっとオレには高度過ぎる。
「とーちゃんのからだは、キズがたくさんだね」
どれも異形と戦う中でできた傷だ。名誉の勲章である。
しかしケガをすると母ちゃんが悲しむし、オレも心が痛くなる。
「むちゃしすぎちゃダメだぜ、とーちゃん。かーちゃんがカンカンになるよ」
「ならばお前も、無理をしてはならんな。母さんが言っとったぞ」
「わかった!!」
「おまえね、返事だけはいいけど……ハァー…」
何も分かっちゃいない、と母ちゃんは言う。
「おまえが父ちゃんの傷を見て痛いと思うように、私や父ちゃんもおまえのケガを見たら痛くなるんだ。心がね、ギュウッと、めいいっぱい痛くなるんだ」
「うん。だからケガには気をつける!」
「……アンタ」
母が父に縋るような視線を向けた。母の椅子になっていた父は母ちゃんを下ろすと、オレの隣に移動する。
「柱間」
大きな手がオレの頭に乗った。その手がゆっくりとオレの頭を往復する。
「自分をもっと大切にしろ」
「……大切?」
前世の祖父と同じようなことを父は言う。
これは、弟からも言われていた。アイツをいじめた奴らを殴り乱闘騒ぎに発展し、パイプ椅子で後ろから頭を殴られ──病院で目覚めた後に言われた。
あの事件はオレにとっての黒歴史だ。オレを病院送りにした一名は警察沙汰にまでなって、他は退学などの措置が取られた。停学で済んだオレは、事態を鑑みた学校側からある程度の温情が与えられていたのだろう。
しかしこのような大事を招いてしまったのは、すべてオレの責任だ。自分の行動で、さまざまな人間の人生を狂わせてしまった。
ゆえに自主退学して、以降はアルバイト生活に明け暮れた。
「それは自分を愛するということぞ、柱間」
父は、そう言った。
何を言っているのか、よくわからない。意味はわかっているんだが、やはりわからない。
ただ、「わかりません」と言うと、オレを大切にしてくれる父と母の気持ちを裏切ってしまうかもしれない。
失望させたくない。失望させたらオレは、彼らに愛してもらえなくなるかもしれない。
だからオレは、
「わかった!」
そう、答えた。
◆◆◆
「柱間?」
夢と現実の狭間で、小指の彼は自分の顔をのぞき込む男の顔を見た。
羂索は眉を八の字にして不安げな視線を寄越している。
「体に異変は?」
「ない…と、思う」
「……では、記憶の方は?」
「お前は…」
「…あ、あぁ、私が何かな?」
「オレとヤツの話し方が、違うと言っていた」
小指の彼は、先ほど見た記憶の紐を手繰り寄せる。
母の優しさと、父の偉大さ。これまで知らなかった両親の温もり。
親に『愛』されることの尊さを、記憶の中の柱間は遅ればせながら知った。
だからこそそれを喪失した時、魂のカケラが生まれてしまった。
「父の背を、ヤツは追っていたんだ」
家族を失った彼に残されていたのは、「村を守る」という大義だけだった。
改めて小指の彼は、もう一人の己を