フルフルニィ………「誰!?柱間って誰なのォ!!?」   作:アンディライリーのうさぎ

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※鬱です。


42話 塩酸デストルドー

 首から下の柱間の肉体と、要介護者の天元も回収し、その場から離脱することができた。

 

「はじ、はしら゛まぁ…」

 

「チッ」

 

 天元は首無し遺体を背負うオレにしがみついて離れない上、羂索も舌打ちが止まらない。もはやチッチとリズムを刻んでいる。

 

「そんな女、置いてくればよかったんだ」

 

「だってコイツ、明らかに精神がヤバそうじゃんか……」

 

 オレの遺体が無くなったら発狂しそうな様子だったし、何というか、見ていられないほど哀れだった。

 いくらこの人間が、オレやヤツの共通する地雷を踏んでいると言ってもだ。そのまま放っておくことができなかった。これもまた、取り込んだヤツの記憶に影響されているのかもしれない。

 

 

 

 ──はてさて。

 

 羂索の隠れ家に場所を移し、いよいよ今生とのお別れだ。急展開な気もするだろうが、これは元々のプランだ。

 

「向こうのオレの精神が天元よりブッ壊れるかもしれねぇから、後は任せた」

 

「……あぁ。君が『私の柱間』にならなかったら、手筈どおり『()()()』の柱間に改造させてもらうよ」

 

「…………う、うん」

 

 自分の父親が取り戻せないなら、その父親を改造できちまうお前の精神性(サイコパス)が怖ェわ。

 

「どの君でも柱間は柱間だからね。ちなみに改造する時は、私に依存して私がいないと生きていけずに私しか愛せない柱間にするつもりだ」

 

「………うん」

 

 お前、どうしてこんな狂愛サイコパスモンスターを造っちまったんだよ。うっとりした顔をしているのが尚更恐怖を煽るよ。

 

 天元も天元で、首無しの遺体と愛を育んじまうヤンデレモンスターだ。「いつもみたいにあいして」と言われても、オレは今から今生とおさらばするって言ってんだろ。

 

「オレ──つっても、向こうのオレが目覚めるまでは、天元に害を加えるなよ」

 

「………」

 

「目覚めたらお前を一番最初に抱きしめてやるから」

 

「………」

 

「……あ、頭も撫でます」

 

「ハァイ♡」

 

 縛ったのち、破ったら殺すからね、と毎度の殺害予告ももらった。

 

 それから人の腰にのしかかってくる天元を羂索に引き渡し、幼児を腕に抱える。

 

 この子どもを捕食しながら、肉体とも交わる。ついでに【天元への肉体の譲渡】の縛りを解いて、固定されてしまった肉体の形を元に戻す。この「カタチの固定」は羂索が持っていた右腕にも起こっていた。縛りと何らかの因果関係があるのだろうが、小難しい話はオレにも分からん。

 

 まぁつまり、オレの最期の仕事はクソ忙しいということだ。

 

「じゃあな、羂索」

 

 一応羂索にそう言うと、訂正を要求された。

 

 

()()()、だよ」

 

 

 この『また』は、『又』と書いて読めとも言われる。

『又』の意味は「再び、もう一度」か。

 

 

「……あぁ、また」

 

 

 オレの旅路の幕切れに、お前が()()、愛する父親に会えることを願うよ。

 

 

 

(────さらば、娑婆)

 

 

 

 さらば娑婆。この世に手を振って。

 

 さらば娑婆。オレの命はどこへ行くのだろうか。

 

 さらば娑婆────、願わくば、オレの『無二の親友』と再びあい見えますように。

 

 

 では、さらば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の天気は曇りだった。

 幼子は椅子に乗り、窓から覗くその色を見つめた。

 

 天気が崩れる日は大抵、母親は頭に冷えピタを貼って横になる。気圧性の頭痛、というものらしい。さらに月の特定の日に、いつも以上に情緒が不安定になる。

 そんな日にイラつかせたら最後、彼は母親に髪をつかまれ、何度も打たれることになる。

 

 この日は運が悪いことにその二つが重なってしまった。彼は息を殺して過ごさなければならない。母親は前日の夜に仕事の休みを入れ、その後すぐに軽食をとって寝てしまった。

 

 

 時刻はお昼になり、彼の腹の虫が鳴った。

 

 ご飯は稀に母親が作ってくれる時もあるが、基本は冷蔵庫のものを漁って食べている。

 昼食は食パンの上にハムを乗せて食べようかと考えた。しかし、食パンの包装されたあのフィルムは、かなり大きな音を立てる。

 

 そのためそっと冷蔵庫を開けた彼は、パックに入ったハムを丸々ひとつ食べることにした。

 

 この食べるものも、慎重に選ばなければならない。よだれが溢れる物は絶対に食べてはならない。それは母親が食べるために置いているものだからだ。一度半額の値札が付いたスイーツを食べてしまった時、押し入れに数日間閉じ込められることになった。

 

 

 彼は息を潜めて毎日を過ごす。

 いつかはきっと、テレビに映る子どものように母親に愛してもらえることを信じて。

 

 時折ここから逃げたくなることもあった。しかしそうすると、母親は感情のこもっていない目で、「いいよ、逃げても」と言う。

 

 その母親の表情と言葉が、彼の首輪になっていた。

 

 逃げてもいいと許されているのに、逃げられない。

 

 それは彼が、母親を愛しているからだった。

 そして、母親の愛を諦めきれないからだった。

 

 

 

 

 

 夕方になっても、曇天は曇天のままだった。

 

 起き上がってきた母親の様子を窺いながら、彼は部屋の隅っこに移動する。うろちょろしていると怒られることもあり、そうなると必然的に、隅っこで動かないことが最適解になった。

 

 母親は携帯を見て、「クソ客死ね」──など、暴言を吐きながらメールを打っていく。電話をするとその態度が一変し、「今日ねぇ、体調が悪くって…」と、猫撫で声になる。

 

 そんなやり取りが続き、日も沈み始める。明かりのない薄暗い部屋の中で、ソファーから立ち上がった母親の体フラついた。

 

 思わず彼は駆け寄り、「まま!!」と叫んだ。

 

 

 幸いにも、母親はソファーのヘリをつかんで派手に転ぶことはなかった。

 

 彼は安堵した。そして、じっとこちらを見つめる母親の視線に気づいた。ただ、視線は下の方を向いている。

 

「あっ……」

 

 彼の足元には、ブランドの袋に入ったバッグがあった。それを片足で踏んでしまっている。

 確かこれは、『客』からもらった高い物だと、数日前に連れ込んだ男に話していた。

 

 直後、頬を打たれた。

 

「形が崩れたらどうしてくれんのよッ!!!」

 

 母親は子を抱きしめるように、そのバッグを抱きしめる。

 

 抱きしめて、撫でて、愛おしいもののように扱う。その様子を、彼は見つめていた。涙がとめどなく溢れた。

 

 立ち上がった母親は、うずくまる彼の前に立つ。あぁまた、あの言葉を言われるのだろう。「お前なんか、生まなければよかった」と。

 

 

 

「死ねよ。私の前から、勝手に消えろよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は曇天だった。

 

 母親は彼に「死んでほしい」と願っている。

 

 彼はその思いに応えることにした。それが()()()()()()()()()だと気づいたがゆえに、死ぬことにした。

 

 母親が部屋に戻った後にベランダを開けて、椅子を引っ張った。

 重労働なその作業を終えてから、配置した椅子の上に乗る。

 

 風が彼の髪をくすぐった。曇天の世界は、紅く彩られていた。

 

 椅子の上からさらに、ヘリの上に移動する。

 

 これで母親が喜んでくれるならと、彼は笑った。

 

 

 

 

 

 しかし、彼はその次に病院で目覚めた。

 起きた彼に気づいた看護婦が、慌ただしい様子で廊下に走っていく。

 

 起き上がった彼は気持ち悪さと体の痛みを飲み込んで、フラフラと扉へ向かった。

 

 外では40代ほどの、見知らぬ女性が床に頭をこすりつけ、泣き叫んでいた。

 何事かと思った彼は、壁を支えに近づいていく。

 

 その時、その女性と目が合った。本能的に「殺される」と思った。顔もあの夕日のように赤い。

 

 修羅の剣幕で歩み寄ってきた女性は、彼の服の襟をつかむ。

 そうして、口の端に泡をつけながらこう言った。

 

 

「お前を助けようとして、私の息子が死んだんだよ!!!」

 

 

 落ちた子どもを偶々通りかかった青年が、彼をキャッチしたらしい。しかしその衝撃でその青年はコンクリートに頭を強く打ち付け、死んでしまったのだと言う。

 

 叫ぶ女性は看護師と医師に取り押さえられた。

 

 息子を返せと言われども、死んでしまった人間の命は二度と戻らない。彼の足が宙から浮くような感覚がした。世界すべてが渦を巻き、その螺旋の中に吸い込まれていくようだった。

 

「お前が……」

 

 女は尚も続ける。

 

 

 

「お前が────お前が死んでいればよかったんだッッ!!!!!」

 

 

 

 フッとその時、彼の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 こうして彼は、自分の記憶を切り離した。

 絶対に思い出さないように厳重に封じ、記憶の底に沈めた。

 

 それから母親の虐待が詳らかになったり、児相の虐待の疑いがある子どもの調査に関する不手際が露見したりと、ニュースで報道されるほどの騒ぎになった。

 

 彼はその後、父型の祖父に引き取られることになった。この祖父自身、孫がもう一人いるとは知らなかったのである。

 

 祖父と弟と共に過ごす日々は、幸せだった。

 

 しかし彼の内側には、消えることのない傷が刻まれていた。

 

 

 誰かの命を奪って生きてしまった、この“いらない”命。

 ならばその罪を償うには、誰かに献身し続けるしかない。

 

 

 その過程でいつか────そう。

 

 

 例えば誰かを救って死ねるなら、それが自分の罪が許される日だと。

 

 

 そんな無意識の贖罪を抱える彼は、子どもを救った時、満面の笑みで死んでいった。

 

 

 だが終わった後にも、始まりがあった。

 

 贖罪はいったい、いつになったら果たされるのだろうか。

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