フルフルニィ………「誰!?柱間って誰なのォ!!?」 作:アンディライリーのうさぎ
自分が善い行いをするようになったのは、祖父から聞いた『功徳を積む』考え方を知ってからだったように思う。
『功徳』とは見返りを求めず、善い行いをすることだ。
周囲へ思いやりに満ちた言動をすることで、結果的に自分や亡くなった人間、さらに先祖までもが幸せになる。
反対に悪い行いをすれば、それが自分にかえってくる。
弟は大分性格が捻くれており、祖父からよく拳骨をもらっていた。その際に、「損を積むと…」と、叱られていた。
それで言えば、オレはすでに人を殺し、マイナスが振り切れていた。
当時は祖父に引き取られる以前の記憶を失っていたとはいえ、おそらく、罪の意識があったのだろう。
賽の河原の子どものように、親より先立ってしまったことを謝罪しながら、石を一所懸命に積み上げる気持ちで──。
オレは自分の罪が無くなるように、必死になっていたのかもしれない。
ただ積んだその石は、鬼によって崩されてしまう。そうしてまた、一からせっせと積み上げて、地蔵菩薩に救ってもらう時を待ち望んでいるのかもしれない。
オレは結局、弟の言うとおり偽善者だったのだ。
自分の罪から逃れるために、良い人ぶっていただけの、偽善者。
そうして身勝手な偽善で振り回した人間に対し、新たな
ならば徳を積むのをやめ、落ちるだけの地獄に身を任せればいいのか。
死んでもオレの罪が許されないなら、オレは────しかし、死ぬことも許されないのならば……。
「は〜〜しらま」
その声がアラームとなり、思わず飛び起きた。全身が汗でびっしょりとしていて、肺が一方的に酸素を吐くだけの呼吸を繰り返す。
「大丈夫だよ。さぁ、私を真似て呼吸をしてごらん」
オレの娘なはずの女は近ごろ、母親のように振る舞う。時として妻のようにも振る舞うし、娘のままな時もあった。
「目の隈も、汗もひどいね。共に朝風呂でも入ろうか」
自分の手を引くその手を、拒む気力も無かった。されるがままに立たされ、歩かされる。
爺さんがもっと長生きしていたら、斯様な介護が必要だったのだろうか?
そう言えば、弟はなぜパソコンのデスクトップを見知らぬ男の背景にしているのだろうか? 以前はアニメのキャラと思しきものだったが。
(………アレ? 羂索がオレの布団の中に潜んでなかったか?)
羂索に指摘すると、「親子が一緒に寝るのは普通のことだろう?」と言われる。
あぁ、確かにそうだったかもしれない。
風呂は天然の温泉が利用されている。風呂にこだわりがある父親を気遣い、羂索がこの地を選んだらしい。
双方湯浴みの着物を身にまとい、湯に浸かった。親子といえども、流石に裸は憚れる。
まだ陽が昇り始めたばかりの空は、夕焼けの双子だった。
「…天元は仮初の姿でも現れなくなったな」
「そうだね」
「………」
小難しい話は、今は特に理解するのに時間がかかる。まだ咀嚼しきれていないその天元の問題は、同化云々──の話だった。
菅原殿が器の少女と現れる可能性があるというのは、にわかに信じがたい。なぜなら菅原殿はすでに故人だからだ。
現代の六眼を持った人間はどんな人物でなのか、気になりはした。その者にはもしかしたら、菅原殿の面影があるかもしれない。
「進んでまた、善い人間であろうとするのかい?」
「……分からない。分からないが、天元の人格が消えてしまうのは嫌だ」
もう猶予はないのだろう。ならば自分が取るべき行動は決まっている──はずだ。
一人の少女を犠牲にするか、天元と番うか。
しかし、あの野蛮な行為にオレが身を浸さないといけないのか? その末にオレのような無駄な命が生まれてしまったというのに。
悍ましい。考えるだけで、悍ましい。
自分の存在が何よりも悍ましい。
「柱間、言っておくが、君は計算で善行を行える人間ではないよ」
偽善の善行とはそもそも、打算の上で行われるものだと羂索は語る。
「阿呆なお前に、そんな計算高いことができると思うかね?」
「………テストで、赤点は取ったことがない」
「お前の善行は、理性でものを考えるよりも先に動いてしまう、衝動的なものだよ。“救える”人間が目の前にいたとして、その者が救いを求めてくれば、「救わない」という選択肢を選ぶことができない」
「…分からないだろう、そんな事。お前はオレではないのだから」
「いや、分かるよ。君の細胞はキショいが、君自身は単細胞だ」
それに、と羂索は言った。
「偽善如きの行動で、私が陥落すると思うなよ」
娘なはずの女は、これまた父であるはずのオレに鋭い眼光を向ける。目からレーザービームが出てきそうな圧だ。
「私は別名『不落城 羂索』だ」
「……お前に苗字があったのか!!?」
「別名と言っただろうが、阿呆」
天元の方は『陥落城 天元』らしい。攻め落とされてるじゃねぇか。
「あの女は存外優しくされると、簡単にコロッと堕ちてしまう尻軽に違いないよ。選ぶならこの、不落城羂索にしておきな」
「それは、以前のツナ──じゃなかった。妻の話に関わってくるのか?」
「そうだね。あぁ……ただ、君に抱かれたくはないな。君のことは愛しているが、そのキショ細胞を注がれて、万が一私の本体に影響があったら取り返しがつかないからね。この方が君にとっても都合がいいだろ?」
もれなくディスられているが、悲しいかな…オレの細胞がキモいのは本当だった。
「……お前が娘として、仮に天元が母になるのは嫌なのか?」
「ハ? あの女と番うならまだしも、契るってこと? 私と?」
「だからあくまで仮定の話だ。そしてさり気なく、自分の要望を出してきたな」
恋愛の感情は未だによくは分からなかった。もう一人の自分が『友』に抱いたソレは、小指とともに埋められた。わざわざ小指を埋めたのが、オレの小指から生まれた彼の──運命への抗議のように感じられる。それこそ、暴力団の指詰めのように。
一方でその行動は、遊女が惚れた男に「一途の思い」の形としておこなう、指切りのようでもあった。
その『愛』の温度は、何度だったのだろうか?
オレにとって『レンの愛』は、氷点下を下回るものに感ぜられる。
ただ、独占欲の愛な羂索はともかく────、天元の『愛』は紛うことなく恋愛の情で。
その温度に、氷点下を感じたことがなかったのも事実だ。
まぁ勝手に子孫を作った件だけは、一時氷点下どころか絶対零度になった。
しかし、「愛しい我が子だった」と語ったときの彼女の顔は、オレが知っている
ならば、オレはこれ以上責められない。
さらにその子孫が、
彼女は神ではなく、人間だ。オレよりも多くの地獄を見て、悟りの境地に至っただけの──血の流れた人間だ。
(ああ────そのお前が、人間ではなくなってしまうのか)
呆けている場合ではなかった。しっかりしないといけない。
自分の足で立って、歩かなければ。
「おっと、気をつけなよ」
フラつき倒れそうになったところを、羂索に助けられる。
大丈夫かい、と聞かれた。
「功徳を積むのは、もう疲れた」
「…うん」
「人間のことも──好きだが、嫌いだ」
「そう」
「母親に、愛してもらいたかった。オレは『いらない子』だから愛されなかったのか? だったら産んで欲しくなどなかった。とっとと首でも絞めて殺しておけばよかっただろ。結局、殺す勇気も罪を背負う覚悟もなく、飼い殺すんだ。ふざけるな、ふざけるなふざけるな、ふざけるなッ………」
勝手に、私のいないところで死ねってか?
本当に、ふざけるなよ。
「あんな女に愛されるなんてッ、こっちから願い下げだ……!!」
私情で怒るなんて、久しぶりだった。いつも他人のことで怒るばかりだった。
腹の底が熱い。怒りはまだまだ吐いて捨てるほど出てくる。
あの女も嫌いだ。売春していたあの女を妊娠させた、顔も知らない男も嫌いだ。小学校もまだなガキに対して、「お前が死んでいれば」とのたまったあの中年女も嫌いだ。厳格すぎる爺さんも嫌いだ。人を小馬鹿にしてくる弟も嫌いだ。その弟を傷つけた連中も嫌いだ。
オレを愛してくれた家族を殺した輩も嫌いだ。お前らが悪いくせに、オレに敵意を向けた他村の奴らも嫌いだ。オレを騙して殺した村長の息子も嫌いだ。嫌いだ。嫌いだ嫌いだ嫌いだ。
他にもたくさん、「嫌い」があった。
しかし嫌いな反面、それ以上の「好き」もあった。厳しいながらオレを愛してくれた爺さんや、何だかんだでオレを一番に心配してくれた弟など──。
そんな「嫌い」だらけの自分が、一番嫌いだ。
こんな自分を好きになるなんて、未解決の数学問題を解くより難しいかもしれない。
自己愛ってなんだ。宇宙の真理か?
だからこそ────そんな自己愛と比べたら、誰かを好きになって、愛し合うことの方がよっぽど簡単なはずだろ? 少なくとも、オレにとっては。
「天元はいったい、こんな腑抜けのどこを好きになったんだよ…」
そう言ったオレを、羂索は半目で見つめていた。
◆◆◆
現在天元の肉体は、特殊な結界の内部にある。この結界は彼女の肉体や自我を維持するために、天元自身が張っている。この結界が消えていない以上、天元の人格はまだ残っているとわかる。
天元は異形の姿を柱間に見せまいとしていた。それは、ひとえに乙女心からくるものである。
「こ、こんな醜悪な姿、柱間ァンに見せとうない…!!」といった具合で。(柱間が目覚めた直後に、一度見られてしまってはいる)
その乙女心もあり、柱間は天元から結界内に近づかないよう念を押されていた。
「今は一応、状態が安定しているようだな」
羂索に案内され、柱間は友人の異形姿を改めて目にすることになった。
SAN値がお亡くなりになっていた最初と違い、今は多少安定している。そのため、しっかりとその姿を認識することができた。
「人間は老化を重ねると目が4つになるのか…」
「宿儺と似ているよ。彼も複眼だった」
「……そうか」
柱間は座り込み、胎児のように丸まり眠る天元を見つめた。
「異形の彼女を見て、君は「目が4つだなあ」の感想しかないのか? 例えば、容姿が悍ましいとか」
「…? 天元は天元だろう?」
「ハァ〜………だから、本ッ当、そういうところだからな」
「な、何が?」
羂索は以前の朝風呂のような半目になった。この無自覚に人をたらす男をどうにかしないといけない。人目に付かないように、一生閉じ込めておくとか。
羂索一人ではむつかしいが、天元の力も合わされば、今のように閉じ込めておくことができる。
しかしそうなると、天元は厚かましい顔で同居してくるだろう。それは心底腹立たしかった。何だかんだあったが、やはり羂索の中で天元嫌いは変わっていない。その
「……本当にいいのかい? 私を選ばなくて」
「オレはどちらかを選んだつもりはないよ」
「………」
「どちらも愛してるんだ。お前のことも、天元のことも」
「……お前がソイツと寝て、私が二番にならない?」
「ならないよ。なるわけないだろ」
そっぽを向く羂索を、柱間は宥めるように抱きしめた。昔は恐れていた
あの時彼は、人の血で汚れてしまったその手で触れれば、幼子を穢してしまうと考えていた。
しかし同時に、無意識にある上から伸びてくる手の恐怖から、頭に触れることに忌避感を覚えていたのだろう。今だからこそ、それを理解できる。
「………君がまた、他人にお優しい愚か者として生きていくのか、知らないけど。
「恐ろしい脅迫だ」
「そうだ。お前の娘は神より恐ろしいんだよ。だから、一生私の側にいてね」
「…あい、わかった」
羂索が差し出した小指に、柱間の小指が絡まった。
「天元」
約束を終え、羂索から離れた柱間は天元の側に座る。
果たして意識があるかはわからないが、彼女に尋ねる。
「相変わらずと言うべきか、オレには恋愛の情がいまいちピンと来ない」
ただ──と、彼は続ける。
「もし誰かを愛するなら、同じようにオレを愛してくれる人がいい──というのが、今のオレが出した結論だ」
大きな手が、天元の手を包む。
「お前の内心は、器の人間を犠牲にすることに苛まれる心もあるのだろう。それでももし同化するならば、その一人を犠牲にするしかない」
わずかに、天元の指が動いた。
「誰かを救うことにはもう疲れたが、お前を救うことだったら厭わない。その理由が『友』だから、と言っていいのか分からんが。何せ、これからオレがしようとする行為が、友愛とかけ離れているからな」
「────」
「オレはな、番うなら同意を求めるタチだ。
────良いか、天元?」
そう言った柱間の手が、弱々しい手つきで握られた。それが今の、天元のできる精いっぱいの返事でもあった。
「じゃあ私は見ているね」
視姦希望の羂索はもれなく、柱間によって追い出されることになる。
「一生一緒にいると約束したばかりだろ!!!」──と、彼女は木を叩きながら叫んだ。